18

――デスゲイズが現れてから数日後。


ロニーとレネフィガロ姉妹は、いつものように仕事をしていた。


定期的に入る酒場の清掃を終え、相変わらず午後は暇を持て余している状態だった。


「ああ~ヒマだなぁ……」


「そんなこと言わないの。少なくとも収入はあるんだし、毎日せかせか仕事に追われるよりはいいでしょ」


掃除屋の店内では、ロニーが日課である機械いじりをしていて、レネはそんな姉を眺めていた。


普段通りの生活が戻って来たが、それでもレネの表情が暗いのは、仕事がひまだからではない。


その理由はデスゲイズが現れた事件の後――。


ゴゼンが正体不明の幻獣がティティであることを、国に報告したからだった。


当然ブルーム王国としては、街に被害を与えたティティを放ってはおけず、幼女は城へと連れていかれてしまった。


それから、これまで共に掃除屋で働いていたゴゼンは元の仕事へと戻り、ピュリーのほうに関してはいつの間にかその姿をくらましている状態だった。


寝食を共にしていた三人が消えたことで、レネはなんだかやりきれない気持ちになってしまっている。


短い間だったが、五人での暮らしは楽しかった。


つまらないことでケンカしたことも、どうでもいいことで笑い合っていたことも――。


皆で過ごした日々がそこまで時間も経ってないのに、ずいぶんと昔だったように感じている。


ティティに関して心配はあるが、ゴゼンがいる以上、酷い目に遭うことはないだろう。


それでもレネは、楽しかった生活がなくなってしまった損失感を埋められずにいた。


「ねえ、お姉ちゃん……」


何かまた新しいものを造っているロニーに、レネは声をかけた。


その声から妹が寂しそうにしているのを感じたのか。


ロニーは手を止めて振り返る。


「うん? なんだい、レネ」


「もう、ティティとは会えないのかな……」


「どうだろうねぇ。でもまあ、会える日もくるんじゃない?」


「アタシは……またティティと、ゴゼンとピュリー……みんなと掃除屋の仕事したいよぉ……」


今にも泣きそうな顔で言ったレネ。


ロニーは布で手をふくと、そんな妹の頭を優しく撫でた。


レネはモンスターを倒せるほどの実力を持っているが、まだ子供なのだ。


それが突然一緒にいた友人たちがいなくなってしまったら、落ち込んでしまうのもしょうがないだろう。


グスッと泣きべそをかいたレネをロニーがなぐさめていると、店の扉がゆっくりと開く。


「いらっしゃい。ここは掃除屋フィガロ。仕事の依頼なら今すぐにでも――ってッ!?」


「ティティッ!? それにゴゼン、ピュリーも!?」


来店したのはティティ、ゴゼン、ピュリーだった。


ティティは突然駆け出すと、レネに向かって突進。


ガバッと両腕を広げて彼女の胸に飛び込んだ。


「レネ! レネレネッ!」


「ティティ……。元気そうでよかった」


はしゃぐ幼女を抱き締め返したレネは、再び涙を流していた。


それは驚きと嬉しさ、そしてティティが無事だったという安心感から出た多くの感情が入り交じった涙だ。


「タイミングがバッチリなのはいいんだけど、状況を教えてほしいね」


抱き合う二人を尻目に、ロニーがゴゼンに説明を求めた。


ゴゼンは隣にいたピュリーと顔を合わせると、コホンと咳払いし、なぜティティと共に掃除屋に現れたのかを話し始める。


「結論からいうと、ティティに恩赦おんしゃが出た」


「恩赦?」


思わずオウム返しをしたロニーに、ゴゼンは説明を続けた。


ティティの正体が、数年前にこの国を襲った幻獣だったことをブルーム王へと伝えた彼女は、その恐ろしさと共に幼女には罪がないと擁護ようごしたようだ。


だが当然そんなことを根拠もなく認めてはもらえない。


そこでピュリーに調査を頼み、なぜティティが幻獣に変身してしまうかを調べていたようだ。


「なるほどね。それでこうやって自由にさせてもらったわけだ。それで、その原因はわかったの?」


フムフムとうなづいたロニーは、ピュリーに訊ねた。


彼女はニヤリと口角を上げながら、ゴゼンがしようとしていた話の続きを口にし始める。


「あのときティティの身体にクリスタルが入ったでしょ? そいつが原因だったんだよ。それとたぶんだけど、ティティは幻獣と人間のハーフなんだよね」


なんでもティティが調べた話によると、そのクリスタルは、彼女が以前にとある遺跡で手に入れた古文書に書かれていたもので、多大なる魔力を宿した物質らしい。


それが幻獣と人間のハーフであるティティと呼応こおうし、本人でも止められないほどの魔力暴走を引き起こしてしまったようだ。


「だからクリスタルさえなければティティは無害ってわけ。もちろん魔法を使わせたら危ないけど、そんな暴力を振るうようなヤツじゃないしね、この子は」


「オッケー。そいつはわかったけどさ。ティティはお城じゃなきゃどこに預けるの?」


話のいきさつを聞いたロニーは、どうでもよさそうに訊ねた。


するとゴゼンが呆れた様子で答える。


「そんなのここに決まってるだろ」


「でしょうね。それで、君らもお目付け役って感じでうちにまた住むと、そういう話になったわけだ」


「なんだ、わかってるじゃないか。ちなみにクリスタルのほうは城の地下に封印したようだ。詳しい場所は私も知らん」


「そっか。それなら安心だね」


ロニーはわざわざ訊ねたものの、答えを聞く前からこうなることを予想していた。


いくらティティが無害だとはいっても、いつまた暴走するかわからない。


そのとき幼女を止められるのは、このブルーム王国では掃除屋であるロニー、レネのフィガロ姉妹、女サムライのゴゼン·イチゴヒトフリ、自称大冒険家のピュリーの四人だ。


また同じ形でティティと四人が暮らすのは、考えずともわかることだった。


「というわけで、不本意ながらまた掃除屋フィガロの世話になるぞ」


「もちろんボクもね」


ゴゼンとピュリーがそういうと、レネがティティの両手を取って叫ぶ。


「やったよティティ! またみんなで暮らせるんだよ!」


ティティは彼女に応えるようにはしゃぎ返す。


二人が踊りながら部屋の中を動き回っていると、ゴゼンはロニーへと近づいた。


息を吹きかければ届くような距離だ。


ロニーは急に距離を詰めてきた彼女に戸惑いながらも、いつもの調子で口を開く。


「どうしたのゴゼン? 今日はずいぶんと積極的じゃないの?」


「フン、当然だ。なぜならば、ようやくおまえとの勝負を再開できるのだからな」


ゴゼンが嬉しそうにそういうと、反対にロニーは苦い顔をしている。


そんな彼女のことなどお構いなく、ゴゼンは言葉を続ける。


「ピュリー、これまでの戦績はどうだったか?」


「えーと、たしか百戦百引き分けだよ」


「つまりはそういうこと……。勝負だ、ロニー·フィガロッ! 今日こそ長年の決着をつける!」


ゴゼンが声を張り上げると、ロニーは勘弁してくれと言いたそうに仰け反っていた。


ピュリーはそんな二人を見て笑い、ティティもさらに喜んでいる。


突然慌ただしくなった中、店の扉が開いた。


レネは誰よりも早く入ってきた人物に向かって、笑顔で大声を出す。


「いらっしゃいませ! ここは掃除屋フィガロ! なんだってキレイにしちゃいますよ!」



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フィガロ姉妹の掃除屋さん コラム @oto_no_oto

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