空蝉 -ウツセミ-
今際ヨモ
ご愛読ありがとうございました!
「えー。……うーん。やっぱ山に行くのはやめよう。虫が多いし」
「じゃあ海にでも行こうって言うのか? ははは。うちの県、海無いけどな」
夏休みの予定を話し合ってる近所の学生がいますね。
ちょっと様子を見てみましょう!
◆
八月。馬鹿みたいな猛暑の連日なのに、親は外で遊んできなさいって言う。夏休みで子供が一日中家にいると邪魔なのだとか。
仕方ないので、友達Aと外でできる遊びをして過ごした。
最初の三日くらいはそれで暇つぶしができた訳だが、四日目くらいから、Aが外で遊びたくないとゴネ始めた。
Aのくせに俺に逆らうのか、と思って、その日はAを近くの川に沈めて遊んだ。
木々のざわつく音と、流れる激しい水音で最高に涼しい川原。夏はこういう水辺の遊びが楽しめるから悪くない季節である。
最初のうち、Aは泣きながら謝っていた。口答えしてごめんなさい、もう許して下さいと。謝罪の途中に頭を沈めてやると、水の中で謝り続けるからめっちゃおもろかった。
「何に謝ってんの? 俺別に今楽しいから、なんも謝ってほしいことなんか無いのに」
「ゲホッ、おねが、もうやめ、」
こんなことを繰り返していたら、そのうちAが動かなくなった。体を揺すると、ゴム人形みたいにブヨブヨと揺れる手足を見て、あ、やべーかもとは思った。
「あれ? AとBくんじゃん、やっほー」
そのとき、隣の家に住んでるCがやってきて俺は肩を跳ねさせた。Cは丸めた画用紙と絵の具セットを持っていた。だから、絵の宿題をしにきたのだとすぐにわかった。
「Cじゃん……えと、やっほ……」
「Aはなにしてんのそれ。寝てる?」
「いや……なんかちょっと……」
俺が言葉に詰まっていると、Cはなんとなく察したのか。神妙な面持ちでAの手首を握ったり、首に指を当てたり。最後にAの口と鼻に手を当てて、表情を強張らせた。
「脈無いし、呼吸してなくね?」
「してないのかぁ。ははっ、やっちゃったわ」
Aが死んだっぽい。
さっきまで鳴いてなかったミンミンゼミの声が急にうるさく響く。Aは永眠々しちゃったので、追悼の歌のように聞こえる。俺を責め立てるみたいで、酷く耳障りだった。
「Bくん、遂にやっちゃったかぁ」
「遂にって何だよ」
Cがしみじみと言う。
「Bくん、三日前くらいからAを連れ回して遊んでたし、なんか……虫食わせて遊んでなかった? ちょーっとヤバそうだなとは思ってたけど、殺さなくてもいいじゃんね。はー、怖いやつだわー」
「は? 別に殺す気は無かったよ。明日も遊ぶ予定だったよ。こいつが勝手に死んだんだよ。はー雑魚くてクソだわ」
「ひゅー、殺しといてその言い草、最高だねー」
一日目は宝探しして遊んだ。
二日目は虫取りして遊んだ。
三日目は鬼ごっこして遊んだ。
四日目、水遊びしようとしたら死んじゃった。
五日目は花火でもしようと思っていたのに、夏休みの予定を狂わされて最悪の気分だった。
俺は動かなくなったAを見て、どうしたものかと考える。
「C、これどうしたらいいと思う? このまま川に流していいかな……」
「えー。見つかったらメンドーじゃない? どっかに隠したほうがいいかもね。山に埋める? ……てゆーか、もしかして僕も死体隠し協力する流れになってる? メンドーなんだけど」
「なんでだよ? 俺はA殺しのヒーローだぞ」
「Bくんヤバー。人殺しといてヒーロー気取りは流石に狂ってるわー」
「実際これでお前はAにいじめられずに済むだろが」
Aはいじめっ子だった。
とろくさいし何考えるか分からないから、Cは見ていてイライラする。正直その気持ちはわかる。クラスの全員がそういうふうに思ってたとは思う。
とはいえ、AはCの私物を隠したり、蟻を食べさせたり、石をぶつけて追いかけ回したり、頭から牛乳かけたり、ライターで炙ったり、やり過ぎだと思った。
から、可哀想に思ってAに仕返ししてあげるつもりで、夏休みに遊んでやってたのだ。Aのしてきた事になぞらえて。明日は花火で炙って遊ぼうと思っていたのだが。
「んーまー、それはありがとーねBくん。Bくんは僕のヒーローだね」
「だろ? そしたら今から裏山にこれ運ぶぞ」
「えー。……うーん。やっぱ山に行くのはやめよう。虫が多いし」
「じゃあ海にでも行こうって言うのか? ははは。うちの県、海無いけどな」
実際、こんな暑い中道の整備されていない山道を歩くなんて最悪である。それに、Aを背負って歩くところを人に見られずに移動できるとは思えない。
「山も海も行かない。Bくん、自首しようよ」
「はあ?」
「自首しないなら僕、通報する」
「お前本気で言ってんの? お前のためにやったのに、マジ?」
「だって僕、頼んでないよ。それに、犯罪者を手伝うなんて、無理だよ」
はんざいしゃ。お前のヒーローに向かってそんなこと言うやつあるか?
流石に殺すのは不味いのはわかっている。でも、俺は本当にCが可哀想だから、仕返しを手伝ってやったのに。Aの方が犯罪者だったから、それを成敗してやろうと思っただけなのに。
「あー、そうかよ。はいはい、お前ってほんっとに頭おかしいやつなんだな」
「ええ……? Bくんがそれ言うの、待って、何しようとしてるの?」
「お前みたいな頭おかしいやつ、いじめられて当然だよなあ。だからさ、お前はAにいじめられて、そんで頭おかしいからさ、Aに仕返ししようとしたんだよ。だけど、お前は間違ってAを殺した。そういうことにしよう」
「や、やめて、そんな大きな石振り上げたら危ないよ、Bくん、やめ……」
◆
お盆なので実家に帰省していた私は、子供の頃によく遊んでいた川を見に行くことにしました。
近くまで来ると、せせらぎと蝉時雨が混じり合って、ノスタルジーの旋律を奏でます。子供の頃は当たり前に思えたそんな音も、大人になって都会に進出して、仕事に悩殺される日々の中では失われてしまいますからね。もう戻れない夏の奔流に、勝手に涙が溢れました。ははは、疲れてるのかな。あはあは。
灼熱の紫外線を遮ってくれる木々の道を歩く間なんか、涙と汗と鼻水を拭いながらでしたからね。持ってきていた可愛らしいハンカチがベチョベチョでしたよ。ここに来て急に泣き出したわけじゃありません。実家から川へ向かう道中もやばかったです。
錆びたトタン屋根の駄菓子屋だとか、そこでグイッと煽る瓶ラムネ──ではなく、缶ビールを買っちゃいました。もう大人なのでね、ラムネでは満足できない体になってしまってるんですよ、へへへ。店先のベンチでビールをグイッとね。
そこから見える、底抜けに深く青い空と、嘘みたいに大きく白い入道雲。都心の空って、棒線グラフみたいにビルが並んでるでしょう? こんなに大きな空は見えないんですよ。泣くかと思ったけど、店先のお婆ちゃんに心配かけたくなかったから堪えたんですけどね。
ノスタルジーの旋律は駄目でした。聴覚と視覚だけじゃなく、嗅覚まで刺激してくるんですよ。むあっとした湿度の高い土と木の匂い。
そんな中に交じる、川で遊んでる学生の声。山とか海とかね、楽しそうですね。そこに加えてもらおうには、私は歳を重ねすぎてしまいましたからね。汗や虫や紫外線を気にして、ブランドのハンカチに、虫除けスプレーに美容効果のある高い日焼け止めなんかでガチガチにコーティングしちゃって。嫌ですね、蚊は私なんかのおばさんの血より、若い子の血を吸いに行くんですよ。
ずっと聞こえていた子供の声が、会話が、ちょっと不穏な気がしてきた辺りで、あれ? とは思ったんですけどね。山、海、楽しそうだな、から自首とか通報とか。いじめとか殺したとか。
それで、悲鳴が聞こえてきたとき、私。
ラッキーだって、思ったんです。
ご存知の方がいらっしゃるかはわかりませんが私、売れない作家なんですね。ほら、最近えるじーびーてぃーなんとかって騒がれてるじゃないですか。だからか、同性愛をテーマにした作品ってウケるんですよ。
だから、高校生のときの恋愛をテーマに百合小説を書いたんですね。それが中々評判が良くって、本を出したんです。初めてあんなに色んな人に作品を読んでもらえて本当に嬉しかったなあ。あの頃は楽しかった。
普通に男子に恋したけど、自分磨きを怠る喪女が告白したところで上手く行くわけ無いから、いつもその男子にドキドキしながら眺めてるだけだったんですけどね。それを女子に置き換えて書いただけなんですけどね。流行りに乗っかっただけなんですよ。
流行りに乗っただけの奴がどうなるかってまあ、結果がこれですよははは。
私、才能ないんですよ。自分の体験したことしか書けないし、そのくせ経験した出来事も少ないし。
でも、だからこそ私、この瞬間ラッキーだったんです。
駆けつけた川辺の、砂利の上。男子中学生が頭から血を流して倒れてました!
ミンミンゼミの声は私へ向けられた歓声だと思いました。高校球児とかが吹奏楽部に校歌の演奏をしてもらえるじゃないですか。アレみたいに聞こえました。
倒れてる子に駆け寄って行って顔を見たら白目向いてて、凄いなあこれが生の死体なのかあやったぜって思いながらも、凄く心配するみたいな声で、近くで放心している子に事情を聞いたんですよ。
ほら私、体験したことしか書けないって言ったと思うんですけど、体験さえすれば書けるんですよ。殺人事件に立ち会えるなんて、ネタをありがとうって気持ちでしたね。
ええ、ご想像のとおり、先程の一人称視点小説は、この中学生に聞いた話を元に書きました。いじめっ子のA君に、いじめられっ子のC君。C君の復讐を果たしてくれたB君。ちょっとB君の行動原理がよくわかんないのが惜しいところでしたが、後編を書くときに適当に流行りに乗せてC君とB君のブロマンスを書けばいいでしょうあはは、あはあはあは。
バンドマンは付き合ったら曲にされるなんて言いますが、物書きは関わったら物語にされるんです。物書きって恐ろしい生き物ですね。あはあはあは。
頭から血を流して倒れている中学生は、ちょっとやさぐれた子なのか、明らかに染めたような明るい茶髪でした。耳元で光るピアスに、腕を飾るブレスレットなんかを見ると、私が学生時代に苦手だった陽キャとかヤンキーなんだろうなって思いました。
もう一人倒れている中学生。色素の薄い肌──なのか、死んで青白くなっているだけなのか。羨ましいくらいのブルベ肌ですよ、死んだらブルベになれるんですね。線の細い男の子で、目鼻立ちの整い方からしても、殺されるなんて勿体無いなと思わずにはいられない美少年でした。
それから視線を落としたまま突っ立っている中学生。彼は……あまり特筆するべきことはない……ですね。容姿は捏造するに限るので、腐女子にウケるように、知的で頭の冴えそうな眼鏡男子ってことにしておきます。
あまり犯罪に関わると私の身も危ないので、通りすがりの優しいお姉さんを装って、私は知的眼鏡君の気持ちに寄り添おうとしました。
多分、色白ブルベ美少年は服も髪も濡れているので、最初にB君に殺されたA君。それで、あの話の流れ的に、通報されそうになって逆上したB君に殺されたC君が、頭から血を流している陽キャ。A君にいじめられていたと言う。それで、捏造知的眼鏡君。二人を殺してしまったのが、B君でしょう。
あれ? って思いました。私の中の陽キャに対する偏見かもしれませんが、陽キャが美少年にいじめを受けていたことになりますね。それをこの、冴えないB君が殺した?
陽キャはいじめをする側であって、される側ではない。陽キャを常に悪者にしたい陰キャな私は、なんとなく違和感を覚えました。そもそも、この三人の中で一番いじめを受けていそうな容姿の子はB君なんです。
何かおかしい。
一応。そう、一応ですね。二人を殺してしまった冴えない少年──いいや、知的眼鏡という設定でしたね。彼に名前を聞いてみました。
「俺は……Aです」
彼は不快な笑みを浮かべて、私を見つめていました。
「……え?」
こんな意味のわからない小説を持っていったら、私、また編集者さんに呆れられてしまいます。
ですが、本当なんです。彼は、Aだって言うんです。笑ってるんです。彼は私が彼らを物語にしようとしたことなんて、知るはずがないです。普通、同級生が二人死んだとき、近くに頼れそうな大人が来たら、助けてくれそうな大人が来たら、正直に全部話して、それで頼ってくるはずでしょう。
彼は、私をからかって遊んでいるのでしょうか。それとも、彼は本当に最初に殺されたはずのAなのでしょうか。だとしたら、死んでるのはBとC?
わからない。でもでも、でも。私には、事実を書くことしかできないんです。知的眼鏡なんかじゃなくて、凄く不快な目つきで私を見てくる、地味な髪型に冴えない私服の、眼鏡の中学生。彼はニタニタと私を見て、それから、二人分の死体を放置して何処かへ行ってしまったんです。
◆
それを今、警察の人に話し終えたんです。ありのままのことを全部言ったんですけど。警察の人は、私のことをすごく疑うんです。
ほら私、ビールを飲んでいたじゃないですか。と言っても一缶だけですよ?
温い風を送る古い扇風機が、首を振っています。外で蝉が鳴いてます。私を責め立てるみたいに聴こえます。
夏なのに、指先が冷たくて仕方がありません。
信じて下さい。きっとAが、私を嵌めたんです。信じて下さい。私、私ただの、ただ通りすがっただけの、売れない作家なんです。
私、都会に疲れて実家に帰ってきただけなんです。夏の暑さにやられてなんかいないんです。本当に、おかしくなんか無いんです、私。
空蝉 -ウツセミ- 今際ヨモ @imawa_yomo
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