第10話 道化師、報酬を受け取る

 ボクの言葉に動揺を隠せないでいたリリナ。

 顔色が青白い。生唾を飲み込み、綺麗なドレスがシワになるのも考えず、強く握りしめている。

 この感じ……かなり思い詰めているみたいだ。何をしたのかはわからないけど、こんな表情をするなんて……。



「……ごめんなさい、ミチヤ様。あなたのことを疑っているわけではないのです。でも……」

「あ、ごめん。リリナを追い詰めたかったわけじゃないんだ。言いたくないのなら、言わなくていいから」

「ありがとう、ございます」



 あ~……しまった。こんな辛そうな笑顔をさせたかったわけじゃないのに。ボクもまだまだだ。



「じゃ、この話はおしまい。ここからは君のためだけに、素晴らしい芸をお見せしよう」

「まあっ、いいのですか? ふふ。私、ミチヤ様の芸すっごく好きです。ちょっとしか見てませんけど、もう大ファンですよ」

「嬉しいこと言ってくれるね。それじゃあ――」



 夕日が差し込む中、今できる限りのパフォーマンスをリリナに見せる。

 ボクの見せる奇術や芸の全てが珍しいのか、リリナの顔に生気が戻り、笑顔で拍手をしてくれる。

 後ろめたいことが今だけでも忘れられるなら、それでいい。

 ボクの芸を見るときは、ボク以外のことは考えさせない。それがボクの信条だ。


 時間にして30分。深々と頭を下げると、リリナは立ち上がってボクの手を握った。



「すっごい! すごいです! こんなにぽんぽんいろんなことをするなんて、ミチヤ様は本当にすごいです!」

「ありがとう。今はこれくらいしかできないけど、喜んでくれて嬉しいよ」

「もっとすごいこともできるんですか……!? ミチヤ様、すごすぎますっ、天才です!」



 あぁ~これこれ、これだよ。観客は笑顔になって、ボクは絶賛される。

 承認欲求が強いんだろうね、ボク。いつからこうなったのかは覚えてないけど、小さい頃からこうだったのは覚えてる。

 誰かを喜ばせたい一心で、芸を磨いたっけ。



「実はグレン様に雇われて、しばらくの間、明日から定期的に屋敷で芸をお披露目することになったんだ。旅の道化師から雇われの道化師になったから、よかったら見にきてよ」

「本当ですか!? 絶対見に行きますっ!」

「うん。芸の前には告知するからね」

「はい!」



 リリナはスキップして部屋を出ると、こちらに手を振って去っていった。

 よかった。これであの件はチャラになる……かな?

 こんなに喜んでくれるなら、俺も準備しないと。もっとクオリティの高い芸で喜ばせてあげないとね。






 翌日。アーデラル邸の庭では歓声と拍手、そして笑顔で溢れていた。

 総勢200人くらいの小さな公演だけど、やることはいつもと同じ。でも同じじゃない。前回よりも精度を高く、前回よりもお客さんに喜んでもらう。

 それが世界一を目指す鉄則だ。


 初めて道化師による芸を見たのか、ちょっとしたことでも歓声が上がる。

 みんなの表情には、恐怖も不安も感じられない。グレン様の目論見どおりってことか。


 最前列はリリナとエレナ様。グレン様は少し遠くでレイヴンさんと一緒に見ている。当主である自分が従者と一緒に見ると、従者のみんなが気軽に楽しめないからというのが理由らしい。

 さすが貴族のご当主様。みんなのことをちゃんと考えているんだな。


 最後に口から火の玉を上空に打ち上げ、爆発とともに白い小鳥が現れ、天高く飛び去って行った。



「おおおおおおっ。す、すごい……!」

「こんなにすごい芸を見たのは初めてです!」

「なんと言ったか、あの者は?」

「確か、ミチヤ・クラクモ殿と」

「クラクモ様、素敵……!」



 全員の声を聞くに、ありがたいことで受け入れてくれたみたいだ。

 グレン様の思惑どおり、みんなの顔に不安の色はない。芸に夢中になってくれている。

 声を掛けてくれるみんなひとりひとりと会話をすると、満足気な表情で仕事へと戻っていった。



「ふぅ……」

「ふふ。ミチヤさん、ご苦労様」

「これは、エレナ様。リリナ様」



 2人の前にひざまずこうとすると、エレナ様がボクの肩を支えた。ひざまずかなくていい、ということかな。

 立ち上がると、後ろからグレン様も近付いてきた。



「ミチヤ殿、ご苦労だった。やはり私が見込んだどおりだ。素晴らしかったぞ」

「もったいないお言葉です」

「これは今回の報酬だ。受け取ってくれ」



 レイヴンさんが、何かの入った小さな袋を渡してくる。

 報酬……ということは、お金だろうか。昨日のうちにこの世界の通貨は調べた。通貨は大陸ごとに違っていて、ここではリベルト金貨、銀貨、銅貨が使われているらしい。

 袋を受け取ると、結構の重量が手にかかった。



「リベルト金貨10枚だ。これだけあれば、半月は生活できるぞ」

「はん……!? さ、さすがにこんなにいただけませんっ。ここに住まわせていただいて、他にも報酬を出してくださるのに……!」

「頼む、受け取ってほしい。貴殿の働きはそれほどのものだ」



 う……そう言われると、これ以上の断るのは逆に失礼か……。



「……ありがたく、ちょうだい致します」



 ん、待てよ? この半月って、まさか貴族でいうところの半月って意味では?

 ……考えるのはよそう。

 そういえば、通貨はわかってもラザーン王国の物価は知らないな。

 まだ時間はあるし、午後は街中をぶらぶら散歩してみようかな。

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異世界に転生した世界最高の道化師、スローライフを送りたい。※送れない。 赤金武蔵 @Akagane_Musashi

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