第9話 道化師、心を覗く
これはボクにとっても好都合だった。
アーデラル家には、この世界に関する本はたくさんあるだろう。
今のうちに文字や歴史を学ぶ、いい機会だ。
しかしグレン様から、この日は度の疲れもあるだろうから、ゆっくり休んでほしいと言われた。
道化師として働くのは、明日以降だ。
客室に備え付けられている椅子で、少しだけ目を閉じる。
──うん、5分くらい寝れたかな。気分がすっきりした。
世界レベルの過密スケジュールに追われていた日々では、5分の休憩が貴重だった。
だから5分も休みがあれば十分なのだが……前世のボクは、そのせいで死んでしまった。休める時はしっかり休まないと。
メイドさんにコーヒーを入れてもらい、音楽を掛けてもらう。
コーヒーの香りを楽しみながら、音楽を楽しむ……ボクの人生では考えられないくらい、ゆとりのある時間だ。
でも、時間に余裕がありすぎて、あまり落ち着かないな。
……あ、そうだ。
「失礼。グレン様から聞いたのですが、この屋敷は魔物に呪われているというのは本当ですか?」
「本当かと問われたら、確証はありませんが……恐らく、としか」
ふむ。恐らくか……でもこの人も、何か違和感のようなものは感じてるみたいだ。
「そうですか……そもそも、魔物の呪いとはなんなのですか?」
「魔物には、高度に知能が発達したものもいます。その中には、魔法のようなものを使う魔物も。しかしそれは魔法であって、非なるもの。私たちはそれを、呪いと呼んでいるのです」
魔法に近い異能、ということか。
確かにそれは、ボクの手に負えない。いや、専門の退魔術師を探していると言っていたから、この世界でもかなり珍しいものなんだろう。
「わかりました、ありがとうございます」
「いえ。また御用がありましたら、なんなりとお申し付けください」
メイドさんが出て行くのを見送り、勢いをつけて椅子から立ち上がる。
思ったよりも面倒な事情っぽいな。
転生していきなり、この世界でも珍しい呪いとやらに出くわすなんて……運がいいんだか悪いんだか。
とりあえず、書斎にある本でも読もう。
と、思ったのだが。
「しまった、日本語じゃないのか」
って、何を当たり前のことを言ってるんだ、ボクは。
ここは異世界、ラザーン王国。日本語であるはずがない。
誰かに教えてもらうか? いや、でもみんな忙しそうだし……。
「仕方ない。
──4時間後。
「なるほど。魔物は生物という括りではなく、空気中に漂う魔素という成分が、死んだ人間の魂と結びついて魔物と化すのか。そうして生まれた魔物の中に、魔素の結晶である魔石ができる、と」
魔素の量が多いほど強い魔物となり、結びついた魂が強いほど知能が発達する……呪いを使う魔物は、生前は強い人間の魂だってことか。
え、読めすぎ?
ふっふー。世界レベルの道化師にもなれば、文字の羅列と言葉さえわかれば、ある程度解読することは可能なのさ。
ある程度だから、魔法の専門書のようなものはまったく読めないけど。
魔法は使えないから、読めなくても問題ないけどね。
でも4時間も解読に徹したのは久々だ。さすがに疲れたな……。
書斎から居間に出ると、西日が目を焼いた。
もう夕方になるのか。この世界に来て丸1日以上が経ったけど、濃い1日だったからか、もっと長くいたような気がしてくる。
「……ところで、なんで君はここでコーヒーを飲んでるのかな、リリナ?」
「えへへ、暇でして」
昨晩はユニウルフの群れに襲われたというのに、ケロッとしてるな。豪胆なのか、鈍いのか……。
リリナの対面に座ると、メイドさんがコーヒーを淹れてくれた。
「ミチヤ様、何やら熱心に本を読んでいたようですけど、読めましたか?」
「未知の言語だったから解読に手間取ったけど。なんとか一通りは」
「……ミチヤ様が何をしても、もう驚かなくなりました」
「ボクは世界最高の道化師だからね」
コーヒーで唇を濡らし、湯気の向こうにいるリリナを見る。
「ついでだ。世界最高の道化師が、世界最高の眼で君の心の中を覗いてみせよう」
「心の中?」
「──リリナ、君には何か後ろめたいことがあるね?」
ボクの言葉に、リリナは一瞬だけ目を泳がせる。
けどすぐに目を閉じ、綺麗な妖精のような笑顔を見せた。
「何を根拠に、そんなことを? 私に後ろめたいことなんてありませんよ」
「ああ、ブラフ。カマかけただけだよ」
…………。
「ふぇっ!?」
「いくら世界最高の道化師でも、人の心なんて覗けるはずないじゃない。HAHAHA☆」
「…………」
あ、怒った。まったく、純粋なんだから。
そこまでできたら、ボクは道化師じゃなくて超能力者になってしまうよ。
メンタリズムに近しいことはできるけどね。この世界にそういった技術が確立されているとは思えない。
「ひとつのブラフで、君の動揺を誘った。瞳孔の収縮。目の揺れ。発汗。体の硬直。そして言葉の端々から感じ取れる動揺……君の心は覗けないけど、ボクの言葉で心の内を引きずり出すことくらいはできる」
カップを置き、少しだけ前のめりになってリリナの目を覗き込んだ。
ふっふっふ、驚いてる驚いてる。ボク、お客さんが驚く時の顔も好きなんだよね。
「さあ、リリナ。君は何に対して後ろめたく思っているのかな?」
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