エピローグ-2

「なんか、げんなりしてんね」

「美月……いや、もうあいつらどうしようかと思ってな……」

「いいんじゃない? 楽しいんだし」

 美月はニヤリと笑っている。その表情につられるように、俺もニヤリと笑い返した。

「……まぁ、そうだな」

 そう返事をして、俺はリビングで楽しそうに作業をする三人を眺めながら、尋ねる。あくまで、何でもない口調で。

「……お前、これからどうすんの?」

「どうすんの、って?」

「……これから、どう生きてくんだ?」

「どう、ねぇ……」

 美月はいちいち俺の発言をオウム返しにして、うーん、と悩み出す。

「よく知らないけど、孤児院、ってやつに行くのかな? 家は売って……お父さんとお母さん、国の極秘のエージェントっていうくらいだし、たぶんお金には困らないよ。……って、あ、二人のお葬式が先か……二人とも、忘れててごめん……ちゃんとやるから……」

 でも、お葬式の準備って大変らしいし、大丈夫かなぁ……と、美月は眉をひそめ、不安そうな顔をする。……。

「不安じゃ、ないのか?」

「え?」

「両親がいなくなって、これから自分がどんな人生を送るのかって、不安にならないのか」

「何、心配してくれてるの?」

「そーだよ」

 茶化すように笑う美月に、俺は至極真面目に頷き返す。一瞬美月は驚いたように目を見開いて、固まって、それから今度は、柔らかい笑みを浮かべた。

「そりゃ……不安だよ。少なくとも私は、もう一週間前と同じ生活を送れないし、二人にも会えない。私は……色んなものを、失ったから」

「……」

「でもね、大丈夫な気がする!! ……だってさ、この一週間、何度も危ない目に遭ったけど……それでも、今ここで私は生きてるから。あんなことを乗り越えられたんだから、なんか、何が起きても、きっと平気だなって、そう思えるの」

 そうじゃない? と笑う美月に、俺は思わず噴き出した。

「まぁ……確かに。ちょっとやそっとのことじゃ死なない自信あるわ」

「でしょ? ……それに、わかったんだ。私」

「何を?」

「……私は、一人じゃないって」

 美月は少しだけ恥ずかしそうに、俺から視線を外す。そしてそのまま続けた。

「私、最初……貴方たちのことを、信じてなんてなかった。周りが全部、自分を狙う敵に見えて。……嫌えたら良かった。貴方たちが、私が嫌いになるような……そんなことをしてくれればいいって、思ってた。そしたら、嫌いきれるから」

「……自暴自棄になってたなぁ、お前」

「うっさい。……とにかく私、あんたらと一週間過ごして……確かに、全員が味方ってわけじゃ、無いとは思うけど……信じてもいいんだって、思えたの。話せば、分かり合えることもあるって、わかった。……私は、一人ぼっちじゃないから」

 だから大丈夫。

 その言葉には、重みがあった。こいつは……たぶん、いや、絶対、大丈夫なのだろう。

 何があっても、きっと上手く乗り越える。俺が助けに行かなくても、こいつは、自分の足で、立てるのだ。


 きっと、いや、絶対大丈夫だ。絶対上手くいく。

 何故だか、そんな確信があった。


 ……ある、けど。

 そう思うと少し、寂しい……なんて、思ってしまったり。

 わかってる。会えるのは、きっとこれで最後だ。俺は夜といるけど、美月は天涯孤独……ってやつになっちまったし、雛都だって帰る場所がある。

 この一週間、俺たちはずっと一緒にいた。でも、それも今日で……終わりなんだ。

「……寂しくなるな」

 俺は思わず、ぽつりと零す。顔を背けていた美月が、俺を見るのが視界の片隅で分かる。でも今度は俺が、美月と目を合わせることが……できなかった。

「何言ってるの」

 しかし美月の声は、あっさりしているものだった。

「……は?」

「いや、何しみったれたこと言ってんのよ」

「いや、だって」

「確かに私たち、ここで離ればなれだけどさ……また会えるに決まってるでしょ。……生きていれば、絶対さ」

「……」

 生きて、いれば。

 その言葉を、頭の中で繰り返す。

 繰り返すほど、その言葉は腑に落ちて、俺の中にハマっていって……ああそうか。そう、納得した。

 また、会えるのか。

「蛍太、美月ちゃん、スイカ切れたから、食べよ~」

「あ……ああ、今行く!」

 エプロンを着た夜にそう声を掛けられ、俺はそう返事をする。そして、歩き出そうとして。

「……っていうかさ、蛍太」

「? 何……」

 名前を呼ばれたかと思うと、突然、腕を掴まれた。次いで。……頬に、柔らかな感触。

 ちゅ、と、小さく音が鳴る。何をされたか、それに思い至るのに時間はかからなかった。

「……みっ……美月ちゃん!?」

「ふむ……らぶろまんす、じゃな!!」

「はは、若いっていいなー」

 三人が思い思いの感想を述べる中、俺は自分の顔が、最大にまで赤くなるのを感じていた。

「おっ……おおお、お前っ……」

「……ふふ、その顔見られただけでも、収穫」

 美月はニヤリと笑う。しかしその頬も、耳も、真っ赤で。

「私、あんたと離ればなれになっても、あんたのこと手放す気なんて、全くないから!!」

 そう言って美月は俺から顔を背け、一目散にリビングに駆け出す。なん、だよ、それっ……。

 俺は言葉なく悲鳴を出してから、何とか言葉を捻りだした。

「~~~~ッ、こっちのセリフだわボケ!!!!」



 明日がどうなるかなんて、誰にもわからない。

 それでも明日は来るし、私たちは笑って、泣いて、怒って、誰かを……愛して、そうやって、生きていく。

 きっと、いや、絶対大丈夫だ。絶対上手くいく。

 何故だか、そんな確信があった。


 だって夏はまだまだ、始まったばかりなんだから!!



【終】




【オマケ】


「あの……おじさん、ちょっとお願いしたいことが……」

「うん? どうしたの、夜くん」

「……僕の家、燃えちゃったので……しばらく家に泊めてくれませんか?」

「…………………………ん?」

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Summertime to be 秋野凛花 @rin_kariN2

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