エピローグ 思い出依存症
キンコンカンコン、とチャイムが鳴った。
本日最後の授業が終わり、みんなが嬉しそうに溜息を漏らした。
「絢音、一緒に帰ろ」
友達のひとりが私に話しかけてきた。
私も別に断る理由がなかったから、頷いて荷物を整えた。
外に出ると綺麗な夕焼け空が広がっていた。下校する生徒の身体が夕日に照らされほんのり輝いている。
「あっそうそう、ちょっと聞いてよー、絢音」
「うん」
「今朝親と喧嘩してさぁ、その理由が何だと思う?」
「うん」
「……そうなの、中間試験の勉強しろって言われてさ。まだ先なのに早くない? って」
「うん」
「それで朝もちゃんと食べれなくてさぁ。しかも弁当も持ってくの忘れてたでしょ? もう購買並ぶのも辛いくらいお腹ぺこぺこで」
「うん」
「そりゃあたしは馬鹿だし今くらいからやっとかないと不味いかもしんないけどさぁ。絢音はもうやってたりすんの?」
「うん」
「…………そか」
こうして友達と楽しく話しながら何事もなく帰宅した。
まだ親が帰ってきてないみたいなので、自室のベッドに制服のまま飛び込んでみる。
そのままスマホを弄っていると、いつの間にか母の「ご飯ができたよ」という声が聞こえてきた。
私はリビングに行って、味のしないご飯を食べて、また自室に帰った。
そしてまたベッドに飛び込み、今度は床に散らばった1ヶ月以上前の新聞紙に目を向ける。
『建設中のビルから鉄骨落下 男子高校生死亡』『熱中症死者 1週間で40人超』『DSJ 新ジェットコースター脱線 死者1名』『登山客の家族遭難』
嫌な内容ばかりで私は目を瞑った。
こーくんがいなくなってからは、こんな毎日ばかり過ごしていた。
朝起きて、学校に行き、終わったら家に帰って、たまにバイトに行って、また帰って、寝る。
前もそんな感じだったはずなのに、何かが違う気がする。
何か、根本的な何かが。
「——松草、ちょっといいか」
放課後になって、いつものように友達と一緒に帰ろうとしたところで、先生に呼び止められた。
「職員室に来てくれないか」
「はい」
「先生……」
「
「あっ、じゃあ行きます!」
「よし。ただ職員室に行く前にC組に用があるから寄り道していくぞ」
そう言って先生は手に持つ書類をとんとんと叩いた。
C組は私のクラスとはちょうど隣に位置している。けれど靴箱や職員室に至るまでの階段とは逆方向だから、ほとんど行く機会がなかった。
いや、前学期は結構行ってたんだ。こーくんがC組だったから。
休み時間になる度に行って、それでいつもこーくんが困ったように笑ってて。
「ちょっと失礼、立山はいるか?」
C組の教室の戸を開けて、先生が残ってる生徒に呼びかける。
すると、ひとりの生徒が不思議そうな顔をしながらこっちに向かってくるのが見えた。
先生が彼に持ってきたプリントを渡しながら何かを話している間、私はその後ろから教室の中をちらりと見てみた。
ほとんどの人が部活に行ったり帰宅したりしていて、10人も残っていない。
こーくんと帰る時もそんな感じだったなぁ。確か窓際から2番目の席で——。
「……絢音?」
そうだ。確かにその席がこーくんの席だった。だからこそ今こうなってるわけで。
むしろ、こうなってないのがおかしいわけで。
でも、分かっているのに、分かってはいたのに!
「っ! 絢音!」
無意識に、私は廊下へ走り出していた。
後ろから友達や先生が私の名前を叫んでいるのが聞こえる。でももう立ち止まれない。
こーくんはもういない。それは分かってるよ。事故で死んじゃったんだもん。あの日の夜遅くに、こーくんからラインが全然来なくて寂しかった時に、こーくんのお父さんが家に来たのも覚えてる。
悲しくて泣いて、泣いて、泣き疲れてもまた泣いて。葬式でもやっぱり泣いて。
でもね、やっぱりまだどこかにいるんじゃないかって、そう思ってたんだよ。
なんか遺体が酷い状態だったらしいから、ちゃんとこーくんを見れてないから。
実は生きてたりして、なんて馬鹿みたいな妄想をしてたんだよ。
なのに、こーくんの席に花が生けられてたら、本当に死んだんだって、それが正しいってことになるじゃん。
認めたくないのに、認めるしかなくなるじゃん!
「しにたい」
ふっと、そんな言葉が漏れた。
そうだ。死にたい。死にたいんだ。
死んで、何もかもを終わりにして、こーくんのところへ行きたい。
だって、こーくんがいないのに、生きる意味なんてないもん。こーくんがいたから、私という存在があったのに。
覚えてる? 私が昔は引っ込み思案だったってこと。
いつもいろんなことに怯えてて、そんな私にこーくんはいつも「大丈夫だよ」って私の手を取ってくれた。
こーくんから勇気をもらったから、私も一歩踏み出せるようになったんだよ。
階段を駆けあがっていく。下から私を追う音が聞こえるけど、構うもんか。
——あんたらにこーくんの代わりが務まってたまるもんか!
屋上の鍵は閉まってるものだと思ってたけど、そんなことはなくて、夕焼け空が私に風を吹かせながら迎えてくれた。
思えば、空を見る度にいつもこんな感じの色だった気がする。まぁ、もうこの空を見るのは最後だからどうでもいいんだけど。
普段は誰も来ないからか、広々とした屋上には懸垂幕を留めるためとおぼしき柵しかなく、それも膝くらいの高さだった。自殺防止の意識が全然ない学校の杜撰さに思わず笑ってしまう。とはいえ、これはこれで好都合だ。
地面を見下ろしてみた。心臓がやけにドクドクと脈打つのが聞こえる。多分怖いからかな。
ここから飛び降りれば確実に死ぬ。そんな直感がするから。
「こーくんも、同じ気持ちだったのかな」
あの時、こーくんは悲しそうに笑ってた。
声も震えて、何かに怯えているようだった。
——もしかして、こーくんはこれから自分が死ぬって分かってたのかな。あの辛そうなピアノも、死ぬのが怖かったからなのかな。
「ごめんね、こーくん」
気付けなくてごめんね。大好きなのに、こーくんが何を抱え込んでたのか何も知らなかった。
もっと一緒にいて、あの時も一緒に先生のところに行ってれば、何か分かったのかな。
「でも、これからは一緒だよ」
ちょっとだけ寂しい思いをさせちゃったね。だけどもう大丈夫。もうすぐまた会えるよ。
会ったらまず何をしよう。そっちにはここみたいに遊園地とか観光スポットとかあったりするのかな。なくてもいいけど、あった方がきっともっと楽しいよね。
こーくんと、たくさんの思い出を集めたいなぁ。ここでできなかったことを一杯叶えたいなぁ。
私は柵を片足ずつ越えて、ゆっくりと目を閉じた。
『大好きだよ』
その叫び声が頭の中で木霊する。
優しくて、かっこよくて、いっつも私のことを見てくれたこーくん。
きっとこーくんがいなかったら、今より惨めで、苦しくて、臆病なままの日々を送ってたと思う。
こーくんが幼馴染だったから、ずっと一緒にいてくれたから、最高の人生を謳歌できたんだ。本当にありがとう。
「私も、こーくんが大好きだよ」
この世界に心残りなんて何ひとつない。覚悟、はないけどそんな心もとっくに腐っている。
いつでも、最後の一歩を踏み出せる。
——だから。
「あの時果たせなかった約束を、果たしに行くね」
そう呟くと、誰かがすぐ後ろに立っていて、私を見守ってくれているような気がした。
死神の表情 狛咲らき @Komasaki_Laki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます