第32話
――暗い闇の中へ、魂が沈む音がする。
光はもう、遙か上方に遠く。
それすら間もなく一筋の光さえ届かなくなって、ごぼごぼという音だけが残る。
生死の狭間にいるのが自分でも知覚できて、感触はどこか心地よい。
その浮遊感が、わたしにひとつの結論をもたらした。
……そうだ。
陸道の言葉は、正しかった。
結局のところ――私が心底望んだことは。
対等な誰かに、側にいて欲しいことだけだった。
与えたぶんだけ、返してくれる誰か。
そう望まれたなら、私のすべてを与えてもよかった。
そして。
代わりに、すべてを奪ってもいい権利が欲しかった。
……違う。
まだ、違う。何かが足りていない。
こんなに傲慢で、厚顔な欲望だというのに。
それでもまだ本質でない。
与えたぶんだけ返してほしい?
そんなもの、まだ遠慮がちな嘘だ。
……思えば、父は天才だった。誰もが認める程の。
父の代わりを務めるなど。
それが不可能なことくらい、誰よりもこの私が解っていた。
解っててなお、やるしかなかった。
この世界に、価値なき者の居場所はなく。
価値なき者に、手を差し伸べる
特別な才能に恵まれた者は。
恵まれなかった者達に、施す義務がある。
だから。
どこまでも持たざる者として生まれてきた私は。
必然、この世界を庇護する絶対の壁に、救世主になるしかなかった。
そうでなければ。
平凡で無価値な私は、
だから、私は。
ただ災禍に巻き込まれただけだった
その為に、今まで身に付けたなけなしの振る舞いすべてをつぎ込んだ。
さりげなく、それでいて主導権は奪われないよう。
致命的ではない隙をわざと晒して、さも常に余裕があるかのように。
……私が、これからも私であるために。
この少年に首輪をつけて、愛らしい相方役にするために。
……だから、わたしは怖かった。
普段は従順そうにしている彼が時折、その自我を発露させることが。
本当は。
本当は、無条件でわたしを認めてくれるひとが欲しかった。
ただ「生きていていいよ」と。
誰にも、何も価値を証明しなくても。
そう言って側にいてくれる人が、ただ欲しかった。
醜悪な本性に、感覚のすべてが腑に落ちる。
わたしは、誰かに助けてほしかった。
この
……それも。もう、いい。
出来損ないにしては、十分にやった。
私もこの世界も、何もかも腐っていて、とっくに限界が来ていた。
ミクモのような者を消費して、どうにか駆動しているだけ。
腐敗した死骸だけが浮いている、破綻の詰まったビオトープ。
……冷たい死の感覚の足音がする。
あんなに恐れていたものだったはずなのに。
今の私にとっては、まるで愛しい隣人のような、心地よい冷たさだった。
ちょうどいい。おあつらえ向きだ。
こんなにも醜い私の本性を、これ以上誰にも暴かれることのないまま終われるのなら。
ああ、それは。
きっと、悪くない――
――ふと、誰かがいるのに気付いた。
放っておいてくれ、と喉元まで出かけて、ここに私以外誰がいるものかと我に返る。
姿すら見えない闇の中で、私はそれが誰なのかを、直感的に理解した。
……誰よりも私が知っている。
アームヘッドは――有機質のフレームと無機質の駆動補助機構と装甲で構成される、生体兵器であると。
遥かな過去の遺産である彼らは、自ら搭乗者を選び、その者にしか起動できなくなる。それこそが、一度彼らに選ばれればその責から逃れられない理由のひとつだ。
……これほどまでに、明確な『意思』があることを、初めて知った。
他の機体もそうなのかは解らない。
「彼女」が例外だったのかもしれない。
言葉にならない意思なのに、「彼女」が私を呼んでいるのは解る。
共に行こう、と。
護るために授けられたこの力で、その慟哭を知らしめてやろう、と。
どうせ壊れかけの世界なのだから。
最後くらい、好きなようにやってみろ、と。
――口の端が勝手に吊り上がるのを、抑えきれない。
――あまりにも。あまりにも甘美にすぎる、私だけの悪魔からの誘惑。
――何もなくなってしまった私の返事など、ひとつしかない。
手を伸ばし、闇色の泥から現実に急速浮上する。
生まれて初めて――護るためではなく、殺すために。
「
誰が為の惑星の詩 -I.O.S./Infinite Ocean Song- ブッキー @ibukkey
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