第31話

「……何でも?」


ミクモの、少し震えるような声が返される。

クレアボーヤンスの漆黒の眼差しに、何かを期待するかのような挑発性が滲み出始めている。

「ああ、何でもでヤンス。世界が終わりかけてるってのに、今更もったいぶる事も何もないでヤンスからね。

何から聞くでヤンスか?あっしが知っている限りのリウ・グウの真実?

それとも陸洞の思惑?10年前の真実?」

……黒い魚影団・団長、クレアボーヤンスの不敵な声音が、再生の棺の立ち並ぶ暗い空間の中に木霊し、そしてひたと消えた。

ミクモからの返事はすぐには無かった。

代わりに、その軽い足音が暗い空間にいくつか響き、そして大きな音がして静寂が訪れた。……ミクモが、クレアボーヤンスの隣に腰を下ろした音だった。


「もちろん、全部聞きたい。だけど」

「だけど?」

「何より先に、オレはアンタの話が聞きたい。キャプテン・クレアボーヤンス」


それは、予想外の言葉だった。

クレアボーヤンスは勿論、ミクモ自身にとっても。

だが、思考するよりも先に、その言葉は不思議とミクモの口から先走るように飛び出ていた。続けて、ミクモがひとりでに思考を追いつかせる。何故、そんなことを言ったのか。その答えは、意外なほどにと引き出せていた。


「……どういう意味でヤンス?」

思わず間の抜けた反応をしたクレアボーヤンスの瞳が、自分を見つめるミクモの眼差しを見た。……それだけで、彼は息をひそめた。

夕焼け色の眼差しが、真っ直ぐに向けられていた。


「……ずっと。ずっと考えてたんだ。オレはんだろうって。

考えて……考えて、最近やっと解ってきたところだったんだ。

オレはそもそも、自分が何をしたいかって事すらちゃんと考えて来なかった。

ずっと『』って、誰かの役に立つ事だけ考えてて……それを言い訳にして、自分で何かを考える事から逃げてたんだ。

……ずっと。今の今まで。ついさっきまで、ずっとだ」


夕焼け色の眼差しが、揺れる。

ミクモ自身の震える言葉に同調しているかのように、ゆらゆらと揺れている。

それでも、ミクモの言葉は止まらなかった。

まるで、ずっと。

いつかの自分が、この決意に手を伸ばすよう、望み続けていたかのように。


「……まだ、よく解らないけど。これだけはなんとなく気付いた。

オレは……いい加減、前を向かなきゃいけない。

過去の事も、そりゃ知りたい。でも……今は。

今はきっと、自分がこれから『』を決めなきゃいけない。

……それが解らなかったから、オレは陸洞の言葉に迷った。

だから、大事だったはずのものまで……アンフィねーちゃんまで、あんな目に遭わせちまった。

もういい加減、自分が何をしたいのか、自分で決めなきゃいけない。

でもまだ、どうしたらいいか解らない。だから、まずはアンタの話を聞きたい」


「なんであっしの話を?」


数秒の間を置いて、返ってきたのはそのような純粋な疑問だった。

問いかけた当人であるクレアボーヤンスの眼差しは、眉根がおかしな角度に釣り上がり、不機嫌というよりは純粋にミクモの真意が掴めていない様子だった。


「決まってるだろ。

……アンタよりも


少し、悪戯めいた表情を浮かべて。

ミクモはどこか挑発的に微笑み、そう言った。

言葉を認識したクレアボーヤンスの頬が、歪む。

みるみる口元が釣り上がり――さぞ愉快そうな、三日月のような笑みだった。


「――ッハ!

ハハッ!アッハッハ!ギャーッハッハ!ヒィー!腹痛いでヤンス!

ケツの青いガキンチョが一丁前に何を言い出すかと思えば……よもやこの大悪党を人生の参考にしたいとほざくでヤンスか!

いや趣味が悪い!本当に悪すぎるでヤンス!

こんなのご先祖に枕元総立ちで泣かれるでヤンスよ、小僧!」


涙まで浮かべ、腹を押さえて痙攣するクレアボーヤンスの姿を、ミクモは苦笑するように見つめる。

そうして30秒後、ようやく息が整ったのか、やれやれといった様子でクレアボーヤンスは自身の姿勢を正した。


「……面白ェ。

牙抜けてつまんねえガキになったと思ったあっしの目が狂ってたでヤンス」

「別に、アンタの話を鵜呑みにしたい訳じゃない。でも……今なら解る。オレ、たぶんアンタが嫌いじゃなかったんだと思う。

……トイレの時、覚えてるか。あの時、初めて誰かに相談できた。誰かに泣きつくとかじゃなくて、ちゃんと自分で言うって決めて、そして自分の言葉で言えた。

それを、アンタは。それが嬉しかった」


微笑んだまま言葉を紡ぐミクモに、ついにクレアボーヤンスは観念したといった様子で海賊帽を脱ぐと、

自身の目元を隠すように角度をつけて顔に被せ、ミクモの方を見ずに話を続けた。


「……はあ、こんな悪いオトナを選んじまうとは。本当にタチが悪いクソガキでヤンスね。まず最初に言っておくでヤンス。別にあっしはあんさんの保護者じゃあない。

これから言うことは、つまるところ全部

あんさんが都合の良い部分だけ、自分でちゃんと選り好みしていかにゃならんでヤンス」

「知ってるよ。"好きにやる" 、その為なんだから」


ミクモの声音に、今までにない決意の炎が宿ったのを確かに聞き取ると。

キャプテン・クレアボーヤンスは、静かに微笑み、そして言葉を紡ぎ出した。


「……話が早くなった。

こうなると逆に時間がないでヤンスね。まずは――」



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