小さな冒険

天川希望

小さな冒険

 私は少し好奇心が強い。

 何でもない日常に、ほんのちょっと刺激を求めてしまうことがある。


 今日の私は、いつもの通学路から少しだけ外れた、一本の裏路地へと足を踏み入れた。


「すごい……」


 そこは、ただの路地裏だと言うのに、まるで異世界に来てしまったかのような、そんな感覚になった。


 普段とは違う、ほんの少しの冒険。

 迷路のような入り組んだ道は、日陰で薄暗いことも相まって、よけいに好奇心をくすぐる。


 人気のない静寂に、生活音がかすかに聞こえてくる。


 狭い道、木製の柵、小さな階段。

 そのどこにも、私の知るいつもの景色はない。


 歩けば歩くほどに感じる非日常感は、私の心を満たしていく。


 学生の声、近所の子ども達の笑顔、そんないつもの風景から、一歩外に出てみると、そこには全く新しい、別の世界が広がっている。


 そう思うと、とても楽しくなってくる。


 歩調はだんだんと速くなり、分かれ道は気分のままに。

 ただただ新鮮な景色を、感覚を、目に、心に焼き付けながら、目の前の道を進んで行く。




 しばらく歩いてたどり着いたのは、手すりのない長い階段だった。


 どこに繋がっているのかなんて分からない。

 それでも、直感が行けと私にささやく。


 一歩、その階段に足を踏み入れると、その先は自然と足が出る。


 上るに連れて、周りの景色は緑色に変わっている。

 夕暮れ時の橙色の光が、常盤色の隙間から仄かに差し込む。


 石畳の階段は、私をいったいどこへ連れて行くのだろうか。


 通学鞄を両手でギュッと握り、少し足を速める。




 数分程上ると、ようやく階段の最上段が訪れた。


 頂上に着くと同時に、目に飛び込んできたのは茜色に染まった広大な町並みだった。


 遮る物は何もなく、その光景は私の元に直接主張していた。


「綺麗……」


 私はそう口にすると、小走りで柵の元へと向かう。


 少し身を乗り出すようにもたれ掛かると、心地よい薫風くんぷうが長めの髪を揺らした。


 私は髪をそっと手で押さえながら、沈みゆく夕日をじっと眺めた。




 どれほどの時間が経ったのだろうか。

 辺りはすっかり暗くなり、街には光が星のように輝いていた。


 私はその間、ボーっとその様子を眺めていた。


 暖かな光を遠くに感じながら、日頃の悩みから逃れていたその時間は、何とも心地よく、それでいて穏やかなものだった。


「よし!」


 ゆったりとした時を満喫した私は、夜風にたなびくスカートを抑え、帰路に就くことにした。


 来た時とはまた違った趣のある林道を下ると、私はもう一度あの異世界へと足を踏み入れた。


 昼間の薄暗さとは違い、闇夜に灯る家庭の明かりが、何とも風情があって、新鮮だった。




 思っていたより長い道のりを歩いていたことに少し驚きつつ、私はとうとう現実世界へと戻ってきてしまった。


 眩しいほど明るい光が目に入ってくる。


 何かと思い、瞼を少し開けてみてみると、それはいつも利用しているコンビニの明かりだった。


 周りに意識をやると、車の音が右往左往し、仕事や部活帰りの人の話し声が、パラパラと聞こえてくる。


 こうしてようやく、私は本当に帰還した。

 私の小さな冒険は、こうして終わりを告げたのだ。


「次はどんな冒険が待っているのかな」


 そんなことを呟いて、私はいつもの道を静かに歩き出した。

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小さな冒険 天川希望 @Hazukin

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