転生局は大変です!

咲崎見合

第1話 転生局へようこそ!

 生命省転生局局長、リリー・ガルシア・オイヘンリーは参っていた。あまりに参っていて、最近ではコーヒー風呂に入って眠気を飛ばしているほどだ。

 突如として増加した転生希望者。その対応に追われているのは転生局全体であるが、その従業員の少なさから局長であっても残業の日々なのだ。


「リリー、私もうやめたい」

 そう言ったのは、唯一の部下であったスターネット・ヴァイオック。虹色の髪をポニーテールに束ねてまとめている彼女は、非常に優秀な逸材だ。転生局の仕事は転生希望者の中から転生を許可するものを選別するのが主である。転生局が作られた当初、その仕事はほとんどないに等しく、最も楽して給料を得られる職場として倍率は30を超えていた。他の省庁の倍率がせいぜい2、3倍であることを考えるとその人気度合いが伺えるだろう。

 そしてスターネット・ヴァイオックはその高き倍率を下した最高の人材だ。

 その対応力、適応力、行動力、処理能力、あらゆる要素が備わった彼女であるが、何よりも彼女が優れていた点は誰が見ても明白であろう、その見た目にあった。

 芸術家が見たら趣味が悪いと言いそうな髪色に、全てを見透かす灰色の眼。爪は生まれつき黒く輝いている。肌は真っ白で、その様はまるで美しい死人である。


 そんなヴァイオックが根を上げた。神の作り上げた最高の逸品である彼女が根を上げた。その衝撃はリリーにとって何よりも優先すべき事項がなんなのかを知らしめた。


「………採用する?」

「是非ともお願いしたいです。このままでは私が死んでします」


 部下がどんなに苦労をしていても基本的にリリーは動かない。昔はそういう人間だった。しかし転生局に入り、ヴァイオックを従えるようになってから、彼女は変わった。要はヴァイオックには頭が上がらないのだ。

 転生局の仕事のうち88パーセントはヴァイオックが行なっている。リリーがいなくても転生局は回るけれど、ヴァイオックが欠けては転生局は崩壊するのだ。


「えーっと、生命法典ってどこにあるっけ」

「………今はデジタル化の時代ですよ。そこのタブレットから簡単にひらけます」

「アタシってさー、紙の方が好きなんだよねー。ほら、パソコンって画面ちっさいし、どこに何があるかよく分からないし!」

 にゃははと笑うリリーをヴァイオックは呆れた表情で見る。上司ではあるが自分より年下で、それでいて自分よりも時代に取り残されているのは不思議でならないからだ。普通、若ければ若いほど時代の変化への適応は早いはずだが、リリーは昔気質むかしかたぎな人なのか、いまだに本も紙のものを読んでいる。


「ごめんなさい、紙の法典は全部捨ててしまったのでここにはないです。リリーの代わりに私が調べるので、何が知りたいのかを教えてください」

 カタカタとパソコンを使って法令一覧と人事マニュアルを開いた。

「あぁ、じゃあさ。転生希望者を採用するための法令ってあるか調べてもらってもいい?」

 検索しようと動かした指が止まる。思わぬ頼みに呆気に取られたヴァイオックだが

「───────────あるわけないじゃないですか」

 と、少し間を置いて返答した。

「えー、じゃあさ一時的にでもいいの。ほら、うーちゃんを採用するときにさ、何年かかったか覚えてる?」

「3年です」

「待てる?」

「待てません」

「でしょー。だから思ったの。転生希望者の中から適当に選んで働かせればいいかなって。ほら、確かあったよね。転生法第87条」

「第87条。転生を希望する者に対し、転生局長は聴聞の機会を与えることができる………ですね。確かにここに呼ぶことはできそうです。ですが、働かせていいなんて法律はありません」

「働かせてはならない、って書かれてる?」

「それは………」


 よし、と腰を上げたリリーは机の上にある書類の束をペラペラとめくる。そこには転生を希望する人間の情報が、名前からクセまでほぼ全ての情報が載せられている。凝り固まった腰を鳴らしながら、窓に腰をかけて書類を読み漁る。

 リリーが集中したときは、ヴァイオックであっても敵わないほど、情報処理が早い。そこから1000ページほどにまとめられていた、転生希望者378名の人生情報を5時間程度で読み終えた。


「よし、こいつにしよう」

 リリーは一人の人物を選んでヴァイオックに渡した。

「本気ですか………?」

 ヴァイオックは信じられない、といった表情を一瞬浮かべたが、リリーの目がふざけていないことを見て、渋々作業に取り掛かった。


「さぁ、面接だ!」

 5時間の疲れなんて気にしないままで、リリーは鏡部屋へと足を運んだ。


 



 

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