一年後のヒーロー
渡月 星生
第1話 ヒーローの続き
平凡な人生を送ってきたと思う。
受験は苦労したけれど落ちたことはなく、長続きはしなかったけれど恋人がいたことも何度かある。
落とした単位はあったけれど大学は四年で卒業できたし、山ほど面接して山ほど落とされたけれど新卒で就職もできた。
そこは有名企業でなければホワイト企業と呼べるところでもなかったけれどブラック企業というほどのところでもない。
そんな取り立てるほどのものもない、どこにでもいる平凡な人間のはずで───
春は長雨が降るものだ。だけど今年はそんな気配はちっと見えない。現に今日だってとてもいい陽気で、出かけるなら、例えば花見をするならとてもいいタイミングだったに違いない。
「……」
ため息をこぼしたくもなる。今はそんな余裕は全くない。例年だったら、社内恒例の花見行事に巻き込まれていたはずだ。
「……おかしなもんだよな」
ずっと平凡な人生を歩んでいると思ってた。平凡な学生生活を送って、平凡なサラリーマンになって、そのままずっと平凡に生きていくんだろうと思っていた。
だけどここ数年は平凡とはかけ離れたことばかりで。よく分からない現象や組織に巻き込まれて、それが終わっても何故か縁が続いていて。だけど、それも相手が学生の間だけだろうと、環境が変わるまでのものなんだろうと思っていたのに。
「何でも屋?」
そう言われたのは秋が深まる前ぐらいのことだったか。朝から突撃してきた雲居太陽が、やけに真剣な顔をして話を切り出した時だった。
「そう!俺、ヒーローじゃなくなってもやっぱりヒーローでいたくってさ。緑さんに相談したら、そういう道もあるって言うからさ!」
土生緑の入れ知恵だと聞けば納得しかできなかった。確かに彼女だったらちょっと面白そうな、だけど普通はやらないだろう考えを平然と人に勧めたりするだろう。そういうイメージしかない。あまりいい性格でないことはさておき、面倒見は悪くないのだからやらせるからにはフォローをするだろうし、阿曇海だって太陽を放っておきはしないだろう。……いや、そもそも既に巻き込まれているかもしれない。
海も大変だな、と半ば決めつけた時だった。
「そんで、あのさ、宙さんも一緒にやってほしくて!」
「は?!」
「え?」
そんなこと言われるだなんて思いもしなかった。これはただの報告で、だから来年からはあんまり来られなくなるみたいな言葉が続くと思っていたのに、まさか自分も誘われるだなんて。想像しろってほうが無理だろう?
だからすぐには理解できなかったし、ろくな返事もできなかった。そのまましばらくまじまじと見つめてしまって───まさかあんなにも分かりやすく落ち込むだなんて思いもしなかった。というか太陽が落ち込むだなんて夢にも思わなかった。悪かったと思ってる。本当に悪かったと思っている。雲居太陽も人の子だった。
じゃあ、と慌てて取り繕って。具体的にどうしたいのか?と聞くとぼんやりとしたイメージしか返ってこなかったから頭を抱えたし、卒業後は取り敢えず自分のところに転がり込むつもりだなんて当たり前のように言われたものだから、頭を抱えている場合じゃなくなった。ノープランにも程がある!というかこんな狭いところに転がり込もうだなんてよく思えたな!!
だからまず必要なのは住むべき場所、太陽が転がり込んできても差し支えがない場所の確保だった。いろいろと探した結果、そんなに遠くもない場所に閉店状態だった駄菓子屋兼住宅という物件を見つけることができたのは本当に幸いだった。条件として店を開けることを提示されたけれど、何でも屋なんて不安定なことをやろうとしている身からしたら無収入にならずに済む(可能性ができる)のは逆にありがたかった。……正直なところ、金のかかる趣味を持っていなくて本当に良かったと思った。
日持ちしそうな菓子類と飲料、それと日用品や雑貨を少々。全部コンビニで事足りるような品揃えでしか無いけれど、それでもなんとか形にはなった。
肝心のヒーロー……何でも屋業務のほうと言えば。どう始めればいいのかがよく分からなくて、そっち方面にも頭を抱えることになった。
そもそも"ヒーロー"なんて屋号はふざけているように思えたし、その上何でも屋だなんて胡散臭いにも程があると思っていた。内情を知っていてもそう思ってしまうのだから外から見た印象はもう相当なものだっただろうし、よく通報されなかったなとも思っている。実際、どれだけビラを貼ってもチラシを配っても二ヶ月三ヶ月は問い合わせすらなしのつぶてだった。
変化が訪れたのは初夏を迎えた頃だった。自治会で行う草むしりの人手が足りないから手伝ってくれないかという、仕事の依頼というよりはご近所なんだから手伝ってくれぐらいの軽さで頼まれたものを太陽は二つ返事以上の勢いで頷いて、出かけていって、持ち前のやる気と人懐っこさっをもって全力でやり遂げたらしい。帰ってきた太陽が興奮した様子で最初から最後まで話してくれたのを今でも覚えてる。
多分面白半分くらいの気持ちで依頼をしたんだろうと思う。そうしたら本当に面白そうな奴がきてちゃんとやっていった。そんな感じでほんの少し評判になったらしく、そこから少しずつ、本当に少しずつだったけれど依頼が入るようになった。
毎回上手くいくなんてことはなかったけれど、太陽はどんな仕事にも全力で取り組んだし自分もそうなるようにした。そうやって続けていってようやく、なんとか受け入れられるようになった。のだと思う。
ともあれ一年経った今、店には少しだけ客が入るようになったし何でも屋にはほんの少しだけ仕事が入るようになった。気楽に頼めるからなのか、常連と化した人もいる。正直一年でここまでできるだなんて思ってもいなかった。そういう意味では上々の結果と言えるんだろう。
もちろんなんとかなったとは到底言えないレベルだし、なんとかしないといけないことはまだまだ山積みではあるのだけど。
「宙さん。こんにちは」
「お、海」
ガラガラと入り口のドアを開けて入ってきたのは、客ではなくて安曇海だった。私服姿に未だに違和感があるのは、海が三人の中で一番年下で、制服姿を一番長く見ていたからなんだろう。今年から大学生だということに謎の感慨深さすらある。
「雲居先輩は仕事ですか?」
「ああ、いつものやつ」
「土生先輩は」
「来るって連絡はきてないな」
「そうですか。……ええとじゃあ、何かやることはありますか?」
海が善意で言ってくれているのは分かる。分かるけれど、そろそろ何かがあった日の方が少ないってことを分かってほしい。毎回「今日はない」って言うのは案外辛いんだぞ。「今日も」と言いたいのをぐっと堪えているんだぞ?
「……。あ、じゃあ折角だしレジを代わってくれないか?」
これは実際、悪くないアイディアだ。何しろ海は顔がいい。立っていてくれるだけで客の入りが少しは変わる気がする。具体的に言えば下校中の女子高生なんかが、だ。
「え、接客ですか?」
このアイディアの難点は、海が接客を好まないことだ。言われなければレジに立つことはないし、表に立って何かすることもない。この辺りは太陽とは正反対だ。
「うん。在庫の管理とかしたいからさ、頼むよ」
「あの……僕がそっちでは駄目ですか?」
本当に好まない。だから大抵は言えば聞いてくれる海が少しだけ強情になる。確かにどっちがどっちでも変わらないだろうし、実際のところ客足だってそうは変わらないのだろうけれど───
「ただいまー!進藤さんとこのメローさー、今日は河原の草むらんとこにいてさ、探すの大変だった……あ、海!」
どうしたもんかと考えてると、ガラガラガシャンと勢いよくドアを開けて騒がしいのが入ってきた。太陽だ。体を成していない報告を挙げる最中に海に気が付いたらしく、嬉しそうに手を振っている。でかい図体でそんな風にしていると大型犬にしか見えない。本当に大きくなった───初めて会った頃はまだ自分より背が低かったはずなのに。
「海は今日は何をするんだ?」
「いや、レジをやってもらおうと」
お前も繰り返すんじゃない、と思いながら海を指さして答える。えっ?!という顔をされた気がしなくもないがそれはそれ、見ないふり。
「海、そーいうの苦手じゃん」
「……そうです」
いくら苦手でもそうやって改めて確認されたら気不味くもなるだろう。海はそんな反応をしているし、太陽はそういうところがある。
「じゃあ代わりに俺がレジをやる!」
「えっ」
「えっ?!」
……本当にそういうところがある。思いがけない提案に思わず海と顔を見合わせた。やる気が十分なのはいいことだ。いつかはちゃんとできるようにならないといけないのも確かだ。確かなんだが、そうやってやらせてみてレジの金額が合っていたためしがないという大きな問題がある。
「いや、」
「大丈夫、今日はうまくやるから!」
自信に根拠がなさ過ぎる。なさ過ぎるのに自信を持って言えるのはきっと長所なんだろうが。
自信満々の顔を見るとおいそれと却下もできない。海を横目でちらりと見る。海はすぐに気が付いて小さくため息をついた。
「分かりました。横についてますから、分からないことがあったらすぐに聞いてください」
「分かった!海がいてくれたら百人力だな!」
やったー!とガッツポーズをするといそいそとレジの前に入っていく。そんな太陽を見ながら海に小声で「悪いけど頼む」と言う。ちょっと困った顔をしながら、それでも小さく頷いてくれるのが海らしい。
そうやって二人がレジに立つのを見届けてから室内に入り、管理表を広げたところで思わず吹き出してしまった。なんだかんだで最初に目論んだとおりになっていたからだ。
がらがら、とドアが開いてお客が入ってきた音が聞こえる。いつもとはほんの少しだけ違う、だけど端から見たら多分いつも通りに見える日常で───
こんな日々はきっと、少なくとももう少しの間は続くのだろう。
一年後のヒーロー 渡月 星生 @hoshiu
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