四話ノ三(選択肢3を選択)

「だめです……!」


 レヌがそう叫んで、ばっとメナータさんを突き飛ばした。車椅子が倒れ、がしゃあんと音が響く。【雪月ノ命】が床に転がる。


 レヌはその【雪月ノ命】を逡巡するように見つめてから、意を決したように拾い上げて、それを飲み込んだ。俺は呆然と、その様子を見守っていた。


 真っ白な光が、レヌを包み込んでゆく。


「レヌ!」


 彼女の名前を呼んだ。

 光が空気に溶けてゆく。そうして現れたのは、美しく巨大な――鳥、だった。真っ白な毛並みに覆われていて、目だけが狂おしい紅色だった。

 レヌの姿は【雪月】そのもので、でもそれを認めたくなくて、俺は歯を噛みしめた。


「……何ということを……私の【雪月ノ命】を、よくも、よくも奪ったわね……!」


 地面に倒れ込みながら、メナータさんは怒気に満ちた声でそう叫んだ。


 レヌは憐れむような、憎むような目で、メナータさんのことを見た。メナータさんの口が動く……魔法が紡がれようとする。まずい、そう思って咄嗟に俺も魔法を唱えたようとしたけれど、レヌの方が早かった。


 レヌはその鋭い嘴で、メナータさんの心臓を貫いた。血潮が吹き出す。レヌの真っ白な翼が、飛び散った血液によって赤く染まってゆく。


「あ……そんな、私の、いのち、は……ずっと……」


 メナータさんはそんな言葉を口から漏らして、そうしてどさりと倒れ込んだ。

 レヌは、俺を見た。俺もまた、レヌのことを見ていた。


 俺はゆっくりと、レヌに歩み寄った。

 そうして、その大きな身体を、優しく抱きしめた。

 姿が変わっても、彼女の温かさと冷たさが混ざり合った体温は、変わらなかった。


【やめて――】


 耳元で、レヌの声がした。泉のような音は、石が投げ込まれたような震えを帯びていた。


「何で?」

【へん、だからです――】

「変?」

【にんげんが……にくい、んです――】

「そっか」


【このままだと、わたしは、おにいさんを……ころして、しまうかも、しれません――】

「それでもいいよ」

【え――?】


 身体を離す。レヌの目から、一筋、涙が零れ落ちた。


「俺は、レヌになら、殺されてもいいよ」

【…………】


 そうしてでも、俺はレヌと、離れたくなかった。


「ずっと、一緒にいよう。大丈夫だ。絶対に、大丈夫だから」

【ほんとう、ですか――?】


 最愛の、家族だから。


「ああ。本当だ。絶対に、嘘じゃない」


 レヌはやがて、ゆっくりと頷いた。

 それから微かに羽ばたいて、前脚で俺のことを掴む。

 そうして彼女は、天井を突き破って、外の世界に飛び立った。


 舞い散る雪の中で、俺は遠ざかっていく町を眺めながら、白い息を吐いた。



―― END3 雪景ノ飛翔

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雪月ノ屑 汐海有真(白木犀) @tea_olive

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