道の守り人
水神鈴衣菜
名誉を持って
ふらりと旅に出たくなって、家を出た。
なにも行く宛てはなかったが、きっとなんとかなるだろうと家の目の前の道沿いに、町外れに向かって進んで行った。
なにも持たずに出た。すぐにお腹が空いて仕方なくなり、どこかに家はないかとぼんやりする視界の中探す。
──いた。道沿いに人がぽつり、ひとり立っている。なぜ、そういった疑問は必死さに消え去った。
よろよろとその人に近づく。
「あ、あの……」
「どうされましたか?」
「なにか、食べ物とか……」
「食べ物ですか。でしたらここに」
道沿いに立っていた人は、肩に掛けたバッグから何かを取り出した。これは、クッキーだろうか。
「いいんですか」
「はい。私はお腹は空きませんので」
そんな声を聞くこともせず、彼女の手に乗せられた何枚かのクッキーを貪るように食べ尽くした。美味い。
「……よかったんですか、全部くれて」
「? ええ、私はお腹は空かないと、言ったはずですが」
お腹が空かない? そんな変な話が──いや、きっともうお腹がいっぱいだということなのだろうと勝手に決めつけ、僕はやっと落ち着いて話ができると口を改めて開いた。
「ええと、あなたはなんでこんな所に?」
「道を守っているのです」
「道って、この道?」
「ええ。ずっと前から、ここで」
「どんな風に守っているんです?」
「……ただ、見ているだけです。ここで」
「つ、つまらなくないんですか」
「ええ。道を守るように、言われたのです」
「誰に?」
「私を作った人に」
──人を作ったと表現するなんて珍しいなとぼんやり思いながら、へえ、ととりあえず相槌を打つ。
「お仕事っていうことですか?」
「……しごと、まあそういうことです」
少々戸惑ったような反応が返ってきた気がしたが、まあいい。ずっといたということだ、義務なのか自分の意思なのか分からなくなるなんて普通かもしれない。
「なにか他にしていることとかは?」
「……私を作った人を、待っているんです」
「親と離れちゃってるってことですか? そんなの不安じゃないですか」
「いや、なんだか慣れてしまって。元々寂しいとかよく分からないけれど」
そういう彼女の顔は、表情が一ミリも動かない。ただ単調に言葉を連ねている。
なんだか、怖いと思った。
「……にんげんじゃ、ないみたいだ」
「? 人間だと思っていたのですか?」
追い討ちをかけるようなその疑問に、きゅっと心臓が掴まれたような気分になった。
「え、はい、思ってました」
「いえ。私は人間ではないですよ。人に作られた、ロボットのようなものです」
アンドロイド、ヒューマノイドロボット。そんな言葉が頭を埋め尽くす。
だからお腹も空かないし、ずっと前からこんな若い姿のまま、ここにいるということか。人に作られたという言い回しも、よく分かる。
なるほどと思いつつ、やはりほんの少し覚えた恐怖が拭えなくなってしまった。未だに、心臓が早鐘を打っているのだ。
「……怖いですか」
「え」
またロボットの彼女は真顔のままだったが、僕の反応から感情を読み取ったのか、よく見るとなんだか心配そうにしている気もした。
「……道を守っているのに、久しく誰も通ってくれなかったのです。守りようもなかったんです。あなたは久しぶりの通行人だった。しかも私に話しかけてくれる通行人など、今までひとりもいなかったのです。きっとこれが嬉しいという感情なのだと、今なら分かります」
真剣にそう言った彼女の口角が、ほんの少し上がって、笑ったように見えた。きっと分かっていなかっただけで、心は寂しがっていたのだ。なんとなく、彼女が待ち人を待っている間だけでも、彼女の隣にいたいと思った。
夜は彼女が使っているという小さな小屋のような場所に寝かせてもらい、また同じ場所へ朝戻ってきた。
「あの、一度街へ戻ってもいいですか? 食料の調達がしたくて」
「ええ、どうぞ。ここで待っていますから」
その言葉を聞き届け、僕は一度家へ戻った。家族が、昨晩はどうしたのかと心配そうに話しかけてくれた。──なんだかこうして心配してくれることすら、ロボットの彼女には経験ないのだなと思うと、家族には申し訳ないがすぐに戻りたい衝動に駆られた。
財布を引っ掴み、とりあえず街へ繰り出して一人分に充分な量を買って、ロボットの彼女がいる場所へと戻った。
けれど、近づいても姿は見えなかった。小屋にいるのかもと思い見てみても、いない。
小屋から出て先程の場所へ戻ると、姿はあった。けれどそれは、倒れて砂埃に塗れていたのであった。
守り人が、結局誰にも見られず、道を守ることもできぬまま、彼女を作った人物にも会えないままに、その活動を終えた瞬間だった。
道の守り人 水神鈴衣菜 @riina
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