学校一のイケメンと呼ばれる女の子を学校一可愛い美少女にしたら責任取ることになった

本田セカイ

キワモノ足達と手越くん

 高校生として2度目の夏が終わりを告げた頃。

 俺はある疑問が確信に変わっていた。


手越遥てごしはるかは、やはり可愛いのではないか?」

「は? 裕貴ゆうき……お前ついに焼きが回ったか」


 すると俺のボヤキが聞こえたのか、首藤すどうが溜息交じりの声を上げる。


「……。確かに手越の可愛いさに確信を持てなかった事実は認めよう」

「焼きが回って消し炭になってんじゃねえか」


 酷い言われようである。そこまで手越は誰もが知る美少女だったのかと思っていると、首藤は呆れ声でこう言うのだった。


「裕貴、お前の無知と審美眼の無さを今更とやかく言うつもりはないが、いい機会だから教えておいてやる。あれは世間一般では『格好いい』と言うんだ」

「……なんだと?」


 首藤から告げられた驚愕の事実に俺は目を擦ると、再度黒板付近で雑談に興じる手越を見る。


「いやーでも正直自信ないよ、私なんてさ――」


 少し目尻の上がった、他の女子生徒より大きな目に、スラリと通った鼻筋、顎のラインも申し分なく、極めつけは小顔と来ている。


「……あれが格好いいだと? お前の方こそ焼きが回ったんじゃないのか」

「俺が回ってるなら今頃日本列島は火の海だ馬鹿野郎」


 そう言って首藤は俺の頭を叩こうとしてきたので、スッと身を引きそれを躱す。


 それを見て首藤は若干ムッとしたが、彼はこう続けるのだった。


「いいか、手越さん……いや手越くんは我が校全男子生徒の中でNO.1のイケメンだ」

「手越は女の子だろ」


「それぐらい格好いいと言う意味だ、馬鹿なことを言うな」


 お前が全男子生徒とか言うからだろうと口にしかけたが、これ以上話の腰を折っても仕方ないと思い、俺は口を紡ぐ。


「王子、プリンス、男役トップスター、イケメンアイドル……呼び名は数知れず。女子からの人気も相当高い。何なら文化祭の劇でも男主人公役でほぼ確定だからな」

「ああ、そういえばそうだったな。俺は甚だ疑問だったが」


「因みにお前は村人Q」

「村人が多過ぎるだろ」


「いずれにせよ、彼女はお前を除いて誰の目からみてもイケメンなんだよ。大体見てみろあの髪型、男以外の何者でもないだろう」


 そう言われ、俺はまた視線を手越へと戻す。

 実際彼女の髪型は非常に短い。一般的なベリーショートより短い髪型である。


 どうやらバレー部所属で、部員は軒並み髪を短く切るように言われているかららしいのだが、ご多分に漏れず彼女もその一員。


 ただし実力は折り紙付き、2年になってからは主将も任されているようで、チームの模範となる為に一層短くしていると小耳に挟んだことがある。


「だが髪型などどうでも良くないか。俺は顔が可愛いと言っているだけなのだが」

「残念だがそれはマイノリティの戯言だな」


「そうか? 無論メイクをしていないのもあるが……しかしポテンシャルは間違いなく高いと思うがな」

「否定されて認めたくないのは分かる。だが現実は皆手越くんではなく、猪頭いがしらさんこそ可愛いと言うだろう。何ならアンケートを取ってやってもいいぞ」


 そんな自信満々な言葉に導かれるように俺は視線を変えると、そこには我が校でNO.1に可愛いとの呼び声高い猪頭萌香いがしらもえかがいた。


「正直他のクラスなんて相手にもなんないでしょ。レベル低過ぎ」


 耳横付近から毛先をウェーブさせたロングヘアに、技術が遺憾なく発揮されたメイク、お洒落の玄人と言わんばかりの女である。


 まあそのせいか傲慢な奴ではあるが、彼女を可愛いと言う男子生徒は多い。実際猪頭と同じクラスになり狂喜乱舞する男子諸君の姿は記憶に新しいほどだ。


 そんな彼女は俺の視界で一際大きなサークルを形成し、その中心は自分だと言わんばかりの眩い立ち振舞いを見せる。


 しかしそんな姿を見て俺はこう呟くのだった。


「手越に比べれば、そんなに可愛くはない」

「モテない癖にひねくれてんじゃねえ」


       ◯


「事実を述べただけであそこまで言われるものか」


 だがいつの世も多数派は正義。結果を示せない少数派は淘汰される運命だ。

 それに――手越が可愛いという事実を知らしめた所で何の意味もない。


 人の好みなど千差万別、そこを言い合いの種にしても何も得はない。


 そう思いながら俺は参考書を買って帰ろうと書店へ立ち寄ると、入って右手の雑誌コーナーに一人の女子生徒がいることに気づいた。


「あれは、手越か」


 短髪では少し不釣り合いな制服姿で雑誌を立ち読みする手越遥。


 読むのに夢中になのか俺には全く気づいていない。

 さぞかし面白い作品なのだろうと思い、俺はそっと覗き見てみると。


 それは何の変哲もないファッション雑誌だった。


「『あの大人気美容系ライバーがオススメする100均コスメ10選』――」

「うえぇっ!!?」

「あ」


 決してそんなつもりはなかったのだが、うっかり漏れ出た声に俺が側にいることに気づいた手越は、慌てふためき後ろに仰け反りそうになる。


「な! な! な! ……」

「落ち着け、ここは書店だ。まずは静かにしろ」


「し、静かにって……お前が驚かせたんだろ!」

「それもそうか。悪い、そんなつもりはなかった」


「ま、全く――……って、あれ? お前――」


 すると、そこでようやく手越は目の前にいる人間が同じ学校の生徒と気づいたのか、ぐっと寄せていた眉間を僅かに緩ませる。


 が、その眉間は僅かコンマゼロ秒で元に戻った。


「お前……キワモノの足達あだちじゃないか」

「何だその通称は、聞いたことないぞ」


「クラスじゃ皆言ってるぞ、好みがズレてるキモい奴だって」

「キモいはおかしいだろ」


 だが冷静に考えるとそう言われるのも致し方ない。首藤もそうだが、俺は幼い頃から『何故それを選ぶのか』と言われる選択をよくしていた。


 当然、俺はそれが一番良いと思ったから選んだに過ぎないのだが、周囲は誰も彼もが首を傾げ、変だのセンスがないだのと口を揃える。


 必然として、それは気分が良いものではなかった。


「まあ、そんなことはいいんだけどよ……で? 私に何か用か?」

「ああ、ファッション雑誌を読むんだなと思ってな」


「え? ……あっ! い、いや! こ、これはその……」


 自分が手にしていたものをすっかり忘れていたのか、雑誌に視線を下ろした手越は、急に顔を真っ赤にさせるとそれを後ろに隠す。


 別に見られて疚しいことはないと思うが、彼女的には不都合だったのかまたしても機嫌斜めな表情を浮かべるとこう言い出した。


「な、何だよ、私がこういうのを読んだらおかしいっていうのか?」

「いや、別に女の子ならそれぐらい当たり前じゃないのか」


「え……あ、そりゃそう……だよな」

「まあ、お前は可愛いから読まなくてもいいとも思うが」


「へ? えええっ!? か、可愛い!?」

「? ああ、少なくとも学年で一番可愛いと俺は思ってる」


「~~~!!??? な、な、な……ば、馬鹿にしてんだろお前!」


 怒っているのか焦っているのか、感情が忙しなく動き回る手越は少し声を大きくして俺に詰め寄って来た為、思わず身を引いてしまう。


 首藤といい手越といい、何故事実を述べただけで俺は怒られるのだろうか。貶したというならまだ理解出来るが、そんなつもりも一切ない。


「別に馬鹿になどしていない。可愛いから可愛いと言ったまでだ」

「は、はぁ……? も、もしかして……お前今告白でもしてるのか……?」


「は? そんなつもりはないが」

「!!!! やっぱり馬鹿にしてんだろ!」


 だが手越は客や店員が振り向く程の声を上げると、プンプンという擬音が実に合った態度で書店から出ていってしまう。


「あ――」


 俺も大概ズレていると言われる男だが、決して鈍感ではない。

 完全にやってしまったことは言うまでもなかった。


「「「…………」」」


 そして一人書店に残された俺に、痛々しく突き刺さる視線。

 流石に申し訳なくなり俺も帰ろうとしたのだが。


 迷惑をかけたまま帰るのは忍びない。故に俺は手越の読んでいた雑誌を手に取ると、そのままレジへ向かったのだった。


       ◯


『ナイッサー!』


 その日の私はずっとモヤモヤした気分で部活に臨んでいた。


 何でかって? そんなの足達のせいに決まっている!


 アイツがいきなり私のことを可愛いなんて言い出すから、しかもそんなの今まで一度も言われたことなかったし調子も狂って当然だ。


 その癖、今日学校に来ても何も言ってこないどころか、ボンヤリ外の景色を眺めているだけだったし……。


「よりにもよって何でキワモノの足達なんかに……――ぶっ!?」


 そんなことをブツブツと口にしていると。

 不意に視界が暗くなり、顔面に強い衝撃が走る。


 それがボールが当たったのだと理解した時には、私は床に尻もちをついてしまっていた。


『きゃああっ!』

『きゃ、キャプテン! お顔に傷はございませんか!』

『ああ……も、申し訳ございません!』


「あ……いや大丈夫だから、全然気にしないで」


 慌てて駆け寄ってきた部員達に、私は気恥ずかしさを覚えながら答えると、鼻を触って血が出ていないか確認する。幸い出血はしていなかった。


「これはどう見ても私の不注意だしさ」


『そ、そんなことは決して……』


「そんなことはあるって。あ、でも顔は洗ってくるから、皆は練習に戻っていいよ」


 何とかこの場を収めようと、私は少し強引に話を打ち切ろうとする。


 それでも部員の皆は納得のいかない顔をしていたけど、最終的には練習に戻ってくれたので、私は胸を撫で下ろして体育館を出た。


「はぁ……別にあんな扱いをされたい訳じゃないのに」


 でも、振り返ると私の人生はいつもこんな感じだった。


 小さい頃から活発な性格で、女の子っぽいことをしてこなかった私は近所の人から『男の子みたいね』とよく言われていた。


 別にそう言われても気にしなかったし、寧ろ自分もそう思ってたぐらいだったんだけど、思春期に入ると徐々に心境の変化が出てくる。


 見た目なんて気にせず部活に打ち込んでいたのに、急に自分の容姿が気になり始めたのだ。


 実際周りの皆もお洒落を意識し始めて、色恋がチラホラ浮き彫りになる。そんな姿を見れば見るほど、自分は置いていかれている気がした。


「ただ、私はそういうの出来なかったから……」


 皆から口を揃えて格好いいとかイケメンとか言われて、女の子から言い寄られそうになったりしても、男の子からは何も無かったし……。


 それに、この見た目のお陰で主将の私に皆ついてきてくれたから、決して悪いことばかりじゃないせいもあって気づけばズルズルとこんな所に来ていた。


「でも文化祭が終わったら、いよいよ後戻り出来ないだろうな……」


 い、いや、そんなことはない。大学生になったらお洒落をすればいいだけだろ。


 後で時間はいくらでもあるんだ。今じゃなくたって……。


「やはり、水も滴るいい女だな」

「え? ――うあああああぁぁっ!?」


 そんなことを考えながら、私は体育館近くにある手洗場で顔を洗っていると、頭上から掛けられた声にビックリしてしまう。


「な、な、な――あ、足達!」

「すまない、部活中に押しかける真似をして」


「な、何の用だよ! お前のせいで無茶苦茶だってのに――」

「うむ、実はその件で謝罪に来てな。これはその詫びだ」


「はぁ? 何言って――」


 謝罪と言う割にまるで悪びれていない足達に、私はついムカムカしてしまったが、取り敢えず突き出されたレジ袋を受け取る。


「あ……」


 そこにあったのは、私が昨日読んだ雑誌にあったコスメの数々だった。


「これ、何で」

「さっき詫びと言っただろう」


「そ、そうかもしれないけどよ……でもこれ100均だけじゃないじゃないか。このチークとか、そんな安いやつじゃないぞ」

「ん、そうだったかな。手越に合いそうなら値段は気にしていなかった」


「お前……マジで昨日からずっとおか――」


 そう言おうとした所で、はたと足達の根幹にあるものを思い出す。


 そうだった。コイツは最初から私を可愛いと言っているんだった。


 何で急にそんな茶化すのかと、最初は怒りに似た疑問を沸かしてしまっていたけど、ここまで来ると流石に嘘だとは思えない――


「因みに色々調べて見たが、このタイプはナチュラル感が出るから入口には丁度いい。しかしお前はバレー部だからな、それならウォータープルーフが――」

「……おい」


「何だ、これではご不満だったか」


「違う――そ、その……私は、本当に可愛くなれるのか?」


 自分でも、何を言っているんだと思った。


 もしこんな男に可愛いと言われて舞い上がってるなら相当焼きが回っている。


 でも……言わないといけない気がしたんだ。


 チャンスがあるなら――今なんじゃないかって。


「……何を言っているんだお前は」

「え?」


「可愛くなれるではない、お前は最初からずっと可愛い」

「!」


「ただその見た目では中々理解は得られない。だからもしお前にその気があるなら俺としても――なんだ、体調でも悪いのか」

「……へっ? い、いや、な、何でもねえよ!」


 ここまで何回も可愛いだなんて言われたことが無かったせいか、足達に言われて自分の顔が赤くなっていることに気づく。


 な、何だよ……や、やっぱり私は、嬉しくなってるのか?


 衝撃の事実に、私の視線は一気に泳ぎはじめる。


 次第に何処に視線を向ければいいか分からなくなり、気づけば足達に背を向けるしか無くなってしまっていると、ふいに目の前から声が聞こえてくる。


「あ、手越くんじゃん、丁度良かった」


 そのやけに自信に満ちた声は、猪頭さんだった。


「い、猪頭さん」

「あの文化祭なんだけどさ――え、なにその大量のコスメ」


「あ……これはその、私じゃな――」

「いやいや待って、手越くんがメイクは大分キツくない?」


「え」

「だって意味ないじゃん。イケメンがメイクしたって女になる訳ないし」


「そ、そんな」

「しかもさ、誰も得しないじゃん。大体仮に女っぽくなったとして文化祭どうすんの? 男役で殆ど決まってるのに、急に色気づかれても困るんだけど」


「…………」

「あんまり言いたくないけど、皆に迷惑かかるし変なことしないでよね」


 ……猪頭さんは、割りとはっきり物事を口にする人だ。


 仲の良い男友達にはしないけど、それ以外の生徒には結構強気な態度を取ることが多い。そんな彼女を私はあまり好きじゃなかった。


 だって皆が嫌な思いするし、私も頭がぐっとなるから。


 実際今も、何も言い返せずに俯いちゃってるし……。


 ああ、こんな私のどこがアイドルとかトップスターなんだろな。


 そんなことを考えながら私は気を逸らせていると――ふいに足達の声が聞こえてきた。


「ああ、悪いんだが手越はヒロイン役に立候補することになってな」

「は?」


 え……? えええええええええええぇぇぇぇ!!!???


 初耳でしかない発言に、私は凹むのも忘れてパニックに陥る。


「な、な、な、あ、足達、何ふざけ――!」

「いやいや、急に何ソレ、完全にふざけてるじゃん」


「いいや? 至って大真面目だぞ。ヒロイン役は手越こそ相応しい。それに、配役はまだ確定してないだろう。迷惑も糞も無い筈だが」

「……ま、それはそうだけど、だとしても手越くんも随分馬鹿だよね」


「い、いや違――」


「馬鹿かどうかは後に分かることだ――ところで明日が役を決める日だったな。確か複数立候補者がいた場合は投票形式だった筈だが」

「そうだっけ、よく覚えてない」


「そうか、だが決選投票になるのは確定だからな。俺も今一度確認しておこう」

「あっそ。ま、精々頭の悪いことでもしてれば? さよなら」


 猪頭さんは淡々とした態度でそう言うと、これ以上は無用とばかりに去っていく。


 でも、その目は明らかに機嫌を損ねていた。


「――さて」

「さて、じゃねーよ! ばかやろう!」


 嵐が過ぎ去り冷静になった私は急に怒りが込み上げて来て、サーブの要領で足達をぶん殴ろうとしたがヒラリと躱されてしまう。


 当然怒りは増すばかりだ。


「何であんな嘘ついたんだよ! 私はヒロイン役をやりたいなんて言った覚えはないぞ! なのにあんなふざけた……猪頭さんなら怒るに決まってるじゃないか!」


「ふざけた発言をしたのはあいつが先だ。大体それを言い出したら、男主人公だってお前がやりたいと言い出した訳じゃないだろ」


「そっ、それは……皆が絶対私しかないって言うから」

「つまり手越の本意ではない」


「う、うるさいな! だったら主人公だってヒロインだってやりたくねーよ!」

「だがこれはお前の可愛さを証明するチャンスでもあるんだ」


「あ」

「……女の子らしく、可愛くなってみたいんだろ。なら俺はそんなお前を、イケメンだのと宣う者共に知らしめてやりたい」


「ま、またそんな……」

「利害は一致している筈だ。ただ――確かに無理やりではある。だからもし手越が拒否するなら、俺は今から猪頭に全ては俺の妄言だったと謝罪しに行こう」


「! ……な、なら、もし立候補するって言ったら」


「当然共闘する。そしてお前を是が非でも可愛くしてみせる」


 …………。


 む、無茶苦茶だ。足達ってここまで変な奴だったのか。


 こんなの、絶対にやらない方がいい。第一コイツが言ってるだけで何の保証もないんだ。


 失敗した日にはそれこそ笑い者になる。猪頭さん筆頭に皆から馬鹿にされる。


 そんなのは御免だ。だからここはちゃんと拒否して――


 拒否を――


 ……。


「……分かった、足達の言葉を信じてやる」


 絶対に、拒否するべきだったのに。


 気づくと私は根拠のない説得力に吸い寄せられるようにして、それに同意してしまっていた。


       ◯


「なあ、お前男なのにメイクとか分かるのかよ」

「男だから分かる筈ないだろ」


「じゃあ何しに来たんだよ!」


 その日の夜、俺は手越の部屋に来ていた。


 イケメンと言われるだけあって部屋も男っぽいのかと若干思ったが、特に何の変哲もない普通の女の部屋である。とはいえそこに突っ込む気は毛頭ない。


 それよりも今日中に彼女を可愛いく仕上げなければならないのだ。無理難題ではないが時間はない。


「最近は動画サイトにいくらでも指南書はあるからな。これでも勉強はしてきたつもりだ。さてまずは化粧水と乳液を――」

「へ? って! お、お前が私にやるのか!?」


「それ以外ないだろ。俺が俺にしたらそれこそ何をしに来たんだ」

「そ、そりゃ……でもお前が私の顔を触るのは――」


「む、それはそうか。まあ簡単だからやってみるといい」

「いや、流石に化粧水くらいは塗ってるって……」


 疎ましそうな表情を浮かべながらも手越は俺から化粧水を奪い取ると、鏡を見ながらさっと化粧水、乳液と顔に塗り終わる。


「次は下地だ」

「お、おう」


「手で伸ばしてもいいらしいが、スポンジがあればムラなく出来る。あとこのコンシーラーは高評価だった。俺も使ってみたが悪くない」

「使ったのかよ……」


「自分で試してみないと良さは伝えられないだろう」

「だとしても私の為にそこまでするか普通……」


 ブツブツと文句は言うものの、しかし着実にメイクは進めていく手越。


 その表情は何処か嬉しそうでもある。


「よし……と、次は――」


 そしてファンデーションを終えた手越は、アイブロウへと入る。


 この辺から経験の無さが出るのではと危惧していたが、意外にも器用に眉を描いていく。


「何だ、出来るじゃないか」

「やったことはあるんだよ。私も動画とか色々見たりするし」


「でも上手くいかなかったのか」

「というより、メイクで駄目だったらもう打つ手がないだろ。だからそれが怖くていつも途中でさ――」


「そうか――眉、もう少し長めに描いた方がいいぞ。お前の顔ならその方が似合う」

「え? あ、ああ分かった……ありがとう」


 そんな感じで。


 あくまで補助役に徹しながら、決してやり過ぎないよう、手越の顔を活かしたメイクをアドバイスしながら完成へと近づいていく。


 そして、最後にリップを塗り終えた所で手越は小さく息をついた。


「ふう……」

「お疲れ様だ」


「ど、どうだ? か、可愛くなってるか?」

「学校一可愛いに決まってるだろ。猪頭なぞバックミラーにも映っとらん」


「う、べ、別に較べたい訳じゃないけどよ……」


 そう言いつつも鏡を見る度嬉しそうな表情を浮かべる手越。


 俺としても、想定した以上の出来に大いに満足感があった。


 だが、暫くして手越の表情がふっと暗くなる。


「どうした、不満でもあったか」

「い、いや、そうじゃないけど……やっぱり……この髪型じゃさ。違和感があるっつーか、何か笑われそうだなと思って」


「ああ、そういうことか」


 正直俺はあまり気にする点ではないのだが、髪型は人の印象を大きく決める。


 手越がイケメンと形容されるのも、それが要因であるのは事実だった。


「へへ……でも髪だけは伸ばすこと、出来ないからなぁ」

「まあ、伸びるまで待てる状況でもないからな」


「うん。だからここまでしてくれたのは本当に感謝しかないけど……ヒロイン役の件は私も猪頭さんに謝るよ」

「何?」


「ああいや! 別に無駄だと言いたい訳じゃないんだ。お陰で自信もついたしさ――でも部活を引退して、髪が伸びて来てからの方がいいと思う」


 そう口にし、くしゃりと苦笑いを浮かべる手越。


 ――恐らく、変化することで周囲に起きる現象を考えてしまったのだろう。


 自分を殺し、集団に迎合する気持ちは分からんでもない。だが折角意思を見せたというのにここで諦めるのは非常に好ましくない。


 だから、俺はこう口を開いた。


「髪を伸ばす手段がない訳ではない。何せ現代技術は牛歩ではないからな」

「え……いやでも――」


「責任は、全て俺が取ってやる。だからお前は思う存分やりたいことをやれ」


       ◯


『え……?』

『あ、あれ……手越くん……だよな?』

『か、可愛い……』


 その日は、朝からずっとクラス中の視線が手越へと注がれていた。


 まあ無理もない。学校一のイケメンが学校一の美少女に変われば誰だって言葉を失う。


 とはいえ、俺としては須らく予想通りなのだが。


「お、おい足達、あれ……手越く……さんだよな?」

「そりゃそうだろ、急に転校生が来る訳もあるまい」


「そ、そりゃな……で、でも髪が――」

「ショートボブというらしいな。よく似合ってるじゃないか」


 当然急に髪が伸びたりはしない。分かりとは思うがあれはウィッグである。


 正直どんな髪型でも手越なら似合うのだが、ロングにすると些かやり過ぎ感がある。だからこそ程よい長さを選んだのだが、これが彼女にピッタリだった。


「か、可愛いなんてもんじゃねえぞ……」

「おや? 妙だな、首藤は手越を格好いいと形容していた気がするが」


「えっ? あ……そ、それは、周りがそう言うからよ……」

「そうか。まあ、そういう判断基準はあまりお勧めしないがな」


 その言葉に首藤は苦笑いを浮かべたが、別に勝ち誇る気など毛頭ない。


 俺はただ事実を証明をしたかっただけであり、それ以上も以下もないのだ。


『遥どうしたの!? 無茶苦茶可愛いじゃん!』

「え! あ、こ、これはさ――」


「…………」


 その内クラス中が大いにざわつき、一部生徒が目を輝かせ彼女に声を掛け始める。


 それに気恥ずかしそうに対応する手越、対して茫然自失の猪頭。


 大いに満足だ。これで利害関係は無事終わりである。


       ◯


 そこから先のことなど、特筆すべき点はない。


 猪頭のお株を余すこと無く奪い取った手越に勝つ要素など皆無であり、ヒロイン役確実とまでなっていた猪頭はそもそも立候補すらしなかった。


 自分に自信があるなら気概ぐらい見せて欲しかったが、まあいいだろう。


 必然、満場一致で選ばれたのは手越遥ただ一人、主人公役もクラスの中では割りと人気の部類に入る男だったので支障もない。


 因みに俺は村人Mである、村人多過ぎだろ。


 そんな時間を経て、やって来た放課後。


 帰宅部の俺は道草もせず家へ帰ろうとしたのだが、人気の少ない廊下まで来た所で、目の前に女子生徒が仁王立ちしていることに気づく。


 おお、何と可愛い女の子だと思ったら、手越だった。


「おい」

「おう」


「おう、じゃねーよ。まさか一言も無しに帰るつもりだったのか?」

「昨日散々可愛い姿は見たからな。改めて言うものでもないだろ」


「な! ま、またそういう事を……」

「それに、物事は滞りなく進んだ。お前の姿を悪く言う奴は殆どいない、なら何も問題はあるまい。無事利害関係は終了だ」


「そ、そんなの分っかんねーだろ!」

「む?」


 お互い後腐れなく終わるのであれば、それに越したことはない。


 何より俺のようなキワモノがしゃしゃり出た所で手越に得などないだろう。故に俺は完璧なリセットを提案したつもりだったのだが。


 妙に顔の赤い手越はこう続けるのだった。


「い、今はいいかもしんねーけど……今後は分かんねーだろ」

「うん? まあ……それはそうだな、絶対とは言えん」


「だろ! まさかそれを見越さず責任とか言ってたのか?」

「…………いいや? それは流石に無責任だろう」


「だ、だったら!」


 と言った手越の顔は、今にも沸騰しそうなほど赤い。


 感情豊かで心優しく、そして何より学校一可愛い。


 俺にはあまりにも勿体無い相手なのだが、まあ――




「ちゃんと責任取るまで……私の側にいろ」


「――分かった、精々捨てられないよう、俺も努力しよう」

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