初見殺しのプレフィールド

月影澪央

初見殺しのプレフィールド

 2054年現在、様々な技術が進歩し、数々のフルダイブ型のVRMMOが誕生していた。

 その中で最大手なのが、『Memories of Swords』。通称MoSだった。


 私はその中でも数少ない女性プレイヤー。しかもトッププレイヤー。


 ここでは実力がものを言うから、私は他のプレイヤーと混ざれているし、友達とも普通に話せている。だけど現実世界では、このことが知られて縁が切れたこともある。だからこの世界が私の生きる世界だし、その結果がこの実力だろう。



 今日も例外なく、学校終わりにMoSにログインする。知り合いとの待ち合わせまで時間があったから、私はメインワールドの中心街を抜けた先にあるプレフィールドでウォーミングアップをしておくことにした。


 プレフィールドは中心街の外れの方にある建物、通称『練習棟』の中にある端末を操作して、転移するように移動する。


 私は慣れた足取りで、その練習棟の前までやって来た。


 練習棟の周りには、明らかに装備が安くて薄い人たちが多い。


 ――確か、最近は新しく始めるとここに案内されるんだっけか……


 私はそんな人たちを無視して練習棟に入ろうとする。すると、練習棟の前で妙なことが起きている声がした。


 その声の方向に目を向けてみると、白銀色の髪をした女性プレイヤーが複数の男性プレイヤーに話しかけられているようだった。


 女性プレイヤーの装備は始めたばかりの弱い装備で、ゲームシステムに案内されてここに来たのだろう。


 男性プレイヤーたちは助けるのかと思えば、そういう気配は全くなかった。女性プレイヤーが嫌がっているのに、離れようとしない。


 VRMMOの世界ではMoSに限らず、現実との体格差による不快さを避けるために、性別は選べないようになっている。だから、これは正真正銘のナンパ――みたいなもの。こんな思いをされてしまっては、彼女の中で、この世界が悪夢のようなものになってしまう。できれば、そんなことは避けたいところ……


 普段なら絶対にしないけど、何故か体が動いていた。


「ねえ、何してんの?」

「は? お前こそ何だよ」

「邪魔なんだけど、こんなところでナンパなんて」

「ナンパなんてしてねーし」

「じゃあ何なの? 嫌がってるじゃん」

「お前に何がわかる」

「人の邪魔になることをしている人に言われたくない」


 男たちは代わる代わる言い返してくる。


「練習棟に来るような奴は雑魚だ。いいか? この世界では実力が全て。実力が上なら、何だって許される」

「何か勘違いしてるでしょ。実力が全てだとか、馬鹿なことを……」

「お前も雑魚なんだから、俺たちには逆らえない」

「何だってしていいんじゃないって言ってんの。実力が全てっていうのは、男女も年齢も関係なく、同じプレイヤーとして尊重しようって意味。そんなこともわからないようじゃ、まだ威張っていい実力じゃないんだね」


 元々はトッププレイヤーの間で広まったこと。それがこんな形で広まっているなんて思いもしていなかった。


「お前に言われたくない。雑魚」

「私は雑魚じゃないからね、言っておくけど」

「はぁ?」


 私はそう言ってから右手で空中に円を描いてコマンドを開く。そして、持ち物の欄からとある剣を取り出す。


「これを見ても、同じことが言える?」

「は……? そんな……馬鹿な……」


 私が取り出した剣は、毎月一回公開される新マップの早期クリア特典である拡張アイテムが付いた、一部のプレイヤーしか持っていないものだった。


「練習棟は私たちだって使うの。雑魚が集まるとか、何も見てないくせに」

「くっ……」

「す、すみませんでした!!」

「わかればそれでいい。いくら実力があっても、威張っていいわけじゃないから」

「はい……!!」


 そして男たちは去っていった。


「……大丈夫?」

「あ、は、はい……! ありがとうございます……!」


 大丈夫そうでよかった。


MoSここは初めて?」

「あ、はい」

「じゃあ、システムに沿ってここに来た感じか」

「はい、そうなんですけど……」

「何か入りにくいよね、最初は」

「そうなんですよね……」


 ベテランも使う場所にいきなり入るのはキツイと思う。特に女性プレイヤーなこともあるし。


「一緒に行く? いきなりフィールドに出されても、あれでしょ?」

「いいんですか?」

「うん」

「ありがとうございます!」


 そして私はその子を連れて、練習棟の中に入った。


 練習棟の中には沢山の人がいて、特に私たちが目立つということも無かった。まだ時間が早いからか知り合いもいない様子だし、ちょうどよかった。


 私は中央にある端末に向かい、その端末を操作する。


「これを操作すると、プレフィールドに入れる。そこには他の人はいないから、好きなようにやっていい」


 私はそう説明しながら端末を操作し、一番敵が弱くて簡単なモードを選択した。


 すると、次にそこに入るプレイヤーを選択する画面に移る。


 私の名前は先に入っていて、もう一人この子の名前を入れようとする。だけど、そもそも名前を知らなかった。


「一緒に入るにはフレンドになる必要があるから……じゃあ、これ」


 私は自分のコマンドを操作して、その子にフレンド登録の申請を送る。その子はそれを了承し、端末の方で選択できる名前にも追加された。


「フブキ……って言うんだ。よろしくね、フブキ」

「よ、よろしく。えーっと……」

「アズヤ」

「アズヤさん。よろしくお願いします」

「さんはいらないよ。プレイヤーネームだし」

「そう……ですか……」


 ――ゲームすら初心者なのかな……この子。


 私はそんなことを思いながら、さらに端末を操作していく。そして最後、マップの選択画面に移る。


「どれがいい?」

「えーっと……これ、ですかね。一本道で、簡単そうです」

「簡単そう、ねぇ……」


 フブキの頭の上にはハテナが飛んでいる。


「まあいいよ。ここにしよう」

「はい」


 私はフブキの了承を得た上で、決定ボタンを押した。


 すると白い光が発生し、その光が無くなると広がっていたのは、広い草原と真っ直ぐ伸びる一本の道だった。


「一応、チュートリアルはやってるよね?」

「はい」

「じゃあ、前行っていいよ。道を進んでいけば、モンスターが現れる。判断はフブキに任せるよ」

「わかりました」


 フブキは腰に下げていた剣を抜いて、真っ直ぐな一本道を走って進んでいった。


 狼のようなモンスターが前を塞ぐが、フブキは躊躇することなく剣を振り、狼をぶった切って行った。


 ――結構やるじゃん。


 ゲームはあまりやらなくても、運動神経はいいのかもしれない。……関係ないか。


 それから数分にわたって、私たちは狼のモンスターを狩って、環境に少し慣れた。そして、一本道の先に小さな小屋があるのを見つける。


 ――ここからが本番だよ、フブキ。


 このプレフィールドは初見殺しで有名なフィールド。まあ、私の知り合いは何があっても死なない最強だから引っかからなかったけど、私はそいつと一緒じゃなかったなら危なかった。今はもう大丈夫だけど。


 一本道の前から狼が複数頭。そして、背後からも狼が複数頭現れた。


「えっ……ど、どうしよう……」

「……落ち着いて」

「いや……でも……」

「早くしないと、もっと集まってくるよ」


 私がそう言うと同時に、草原のあちこちから狼の大群が迫っているのが見える。


「じゃあ、ちょっとここは私に任せて」

「は、はい……!」


 これ以上、フブキに判断を任せることはできない。実力という経験値のためには、ここが踏ん張りどころだけど……初心者にこのフィールドは難しかったかな……


 そして私は魔法の詠唱を開始する。


 慣れた術式なので、迷うことなくスラスラと詠唱し、一瞬で術式が発動する。


 一面に炎が広がり、狼のモンスターは光のエフェクトを残して消えていった。


「す、すごい……」


 フブキはそう声を漏らす。


「ごめんね、止めなくて」

「え?」

「ここ、実は初見殺しで有名で、プレフィールドの中では一番難易度が高いの」

「え……」

「これも経験になるかなって思ったけど、ごめんね」

「いえ。ありがとうございます。初めて会ったのに、そこまで思ってくださって……」


 ――ポジティブだなぁ……


「でも、覚えておいてほしい。このゲームは、他のゲームと絶対に違う。こんな初心者向けに見えるフィールドも、何かが隠されてる」

「なるほど……」


 元々は『VRMMOだから違う』と言われていたけど、もうそう言われる時代は終わった。このゲームをやっていくなら、むしろ他のゲームの知識は無い方がいいとも言われるくらいになった。


 となれば、フブキは上に上がってくる存在になるかもしれない。私はそう予感した。


「これは、知り合いが言ってたことなんだけど……『ただの一本道ほど、怖いものは無い。それがこの世界』って。よければ覚えておいて」


 どんなに安全そうでも、安全じゃないのがこの世界。こんな一本道こそ、それが言える場所。運営は既に示してくれていた。


 死んで覚えるゲームなのだから、死んで当たり前。だけど、死んだらペナルティがある。だから、無駄な死を無くさないといけない。特に始めたばかりの頃は。


 こういう何もない場所に隠されているトラップをいかに避けて死なないか、それが大事になってくるんだ。彼はそう言いたいんだろう。


 これは初心者でも上級者でも等しく言えること。この言葉は、まさに今のフブキに贈るべき言葉だった。


「『ただの一本道ほど、怖いものはない』……なんか、名言みたいですね」

「かもね」


 それから私たちはプレフィールドを出て、練習棟に戻ってきた。


「あ、ごめん。私そろそろ約束が……」

「そうですか。わざわざありがとうございました!」

「じゃあね」


 フブキにそう言って、私は練習棟を出ようとする。


「……あ、フブキ」

「はい」

「私がこんなに人に何かを教えることって無いから。……じゃあ」


 私はそう言って練習棟を出て、待ち合わせの場所に向かった。

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