海は転じて

旧星 零

空を成す

 私の空は、この海の下にひろがっている。

 衝撃だった。驚きという心の揺れではなく、身体がひどく刺激された。肉筋が引きつる感覚を知った。塩辛いのに、澄んでいて、深く深く包みこまれる。

 そんな体験ができるのは、海だけだ。あの、人を焦がれさせるばかりの気取った天の空ではなく。

 砂浜に横たわった。粒にちりちり点った熱が、さあ沈め、と訴えていた。潮が、身体を抱き寄せた。水面が揺らいだ。


 地球の中心に向かって、私は昇っていた。重力ではない。地球の引力によく似た何かが、私を導いていくのだ。そのとき、何連にもなった大小の泡が、からまったまま穴から這い出していった。

 

 目がバチバチした。海に融けていくような熱さを感じた。私が知る物質の単位よりももっと極小の存在が、揺らいでいるのがわかった。すぅっと手をのばせば、水分子の一部になれた気がした。

 こうして海に浸かるたびに、私という生きものはなにか別のものになってしまうんじゃないかと思った。


 私は空に憧れていた。空はたったひとつ、あの天にしかないものだと、思い込んでいた。だが、求めていたものは、あそこにはなかった。

   

 くるり、と身体を天の方へ向けた。水中では、上も下もなく、ここには天の方と中心の方とがある。水というレンズを通した太陽は、照明のように、光るだけの円だ。

 無力だ。天は無力なのだ。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海は転じて 旧星 零 @cakewalk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ