第2話

木の根元に小さな酒場がある。そこは『世界横断』を掲げた一団が集う一種の『巣窟(ネスト)』と呼ばれていた。Mに連れられ初めて木の根元で一夜過ごすことになるのは人生で初めてのことだった。

木の内部を掘り進め鳥の巣のような穴ができている。巣の中は少なくともベッドと水飲み場があるだけで窓もなければ灯りもない。外が分からなければ昼か夜なのか混乱しそうだ。

「Mさん、ぼく、どうすればいいんでしょうか」

Mは荷物を置くなり、ベッドの上に座ると疲れたのかすぐ横になる。

「詳しい話は仲間が戻ってからだ。なにせ、この先はすごく大変になるからな。あと、勝手に出入りするなよ、ここにいる連中はみんな優しい人じゃないからな」

そう言って、イビキひとつ立てずに眠りについた。

見た目はキザなのに、眠ってしまえば可愛らしい姿だ。子供でも大人でも関係はない。みんな眠ってしまえば…ふと団長の寝顔が頭の中で横切った。団長もぬいぐるみを抱いて眠っていたっけ。

そんなことを考えていると、入口の方から銀色の髪をした少女が顔を覗かせている。

「なにかご用ですか?」

訪ねると、少女はぼくを無視してベッドに眠るMに静かに駆け寄る。

Mはすぐに目を開け、少女に向かってなにか呟いている。

聞いたことがない言語が飛び交う。そのなかで聞きなれた言葉もあったがすべてを理解できるほどぼくの知識では不足していた。

Mが起き上がると、ぼくに向かってあることを伝えた。

「L(エル)が少々遅れているようだ。迎えに行かなければならない。しばらくの間、S(エス)が面倒を見る。俺はLを迎えに行ってくる」

目を瞑ってまだ一分もたっていないはずなのに、全回復したみたいに元気よく出かけて行った。Mは一体何者なのだろうか。そんなことを考えていると視界にSが回ってきた。

「えーと、Sさん…あの、ですね」

年頃が近いのだろうか、しどろもどろとする。ちゃんとしたセリフが上手く出てこない。こんなとき、団長たちならなんて答えていたのだろうか。

「シャディ(S)」

「え、あー…エルム(E)です」

「ここのこと、まだなにもしらない。聞かせて」

「えー…つまり、ぼくが知っていることを?」

シャディは頷いて見せた。


***


しばらくして、シャディと話し込んでいると、Mが帰ってきた。Mがぼくを見るなり、「へー仲良くなったんだな」とまるで認めてくれたかのような気がして少しうれしくなった。

「マスター(M)。少し寝かせてくれ」

Mの背後に現れたのは好青年だった。碧色の帽子をかぶり、ジャージ姿だったのが印象的だった。彼がL(エル)という人なのだろうか。

「わかった。少し休んでいてくれ」

「シャディ(S)、君も寝てないんだろ。ここで寝ておかないと次はいつになるか分からないぞ」

シャディは頭を左右に振った。

「なんだ、エルムが気に入ったのか?」

シャディは頭を縦に振った。

「話は後だ。エルム、君に伝えないといけないことと、この先についての話をしなくてはならない」


***


部屋は分かれていた。

シャディがとても気に入ったようで別れ際に握手を交わすほどだった(握手は友達、親友の合図)。

Mは深刻な顔をしながらあることを伝えた。

「後悔はしていないんだよね」

「も、もちろんさ」

後悔はしていない。決心(ケジメ)はあの夜、すでに決断したんだ。

「仲間として加える前に、君には戦う術は持っているのか?」

頭を左右に振った。前の一団では団長や仲間たちが戦っていたこともあり、特に手伝うことはなかった。それどころか手伝おうといったんだけど、応援してくれればいいって結局なにもできなかった。だから、戦う術は持っていない。あくまで応援と逃げる術しかない。

Mは左手を広げる。左手の中には小さな空き瓶があった。子供の人差し指程度の大きさだ。

「びん…?」

Mは突然自分の掌を刃物を取り出して切った。ポタポタと水滴が垂れる。

「え、それは…なに?」

小さな空き瓶に注ぐようにMの左手の中からこぼれ落ちる。それはよく知る赤い液体なのではなく白い液体なのだ。それも単なる白ではなく時折に銀色や金色、赤色、青色と様々な色合いが混ざってくる。生物上、こんな血液を流す人なんて初めてのことだった。

「血液だ。Lも君と同じ顔をしていたよ。Sは冷静だったがな」

Mは小瓶いっぱいに液体をそそると、左手を服の中へと隠した。特に辛そうな痛そうな顔はしていない。

「これを飲むか飲まないかは自由だ。ただ、飲まない場合は元の場所に帰ってもらう」

Mはそう言い終えると、ベッドの上に腰を下ろし、じっと背中から見つめた。

これを飲むとは、どういう神経をしているのだろうかと正直ツッコミたいと思った。だが、こうまでして飲むかどうか選択させるのはなにかあるのだろうか。帰る場所はもうない自分にとって、飲まないという選択はどこにもない。けど、もし飲んだらどうなる? 飲んでしまった後はどうなるのだろうか。人の血液を飲むなんて、今までなかった。ましてや、ギラギラと光り輝く白と銀色に染まった血液を飲む勇気がない。

後ろをチラッと振り向く。

Mは目を瞑ることもなくじっと見つめている。微動だにしないその姿から、逃げ場はないのだと悟った。

ええーいままーよ。

思いっきり口の中へ液体を注いだ。味は甘くもなければ苦くもない。辛くもなければ酸っぱくもない。味はない。真水だ。ドロドロとした感触もない。

「飲みましたよ、これで認め―――!!」

身体が締め付けられる。息はできるが手足が動かせない。窮屈な檻に入れられたみたいな動かすことができない。同じ姿勢でいるかのようにイライラが募る。声を吐き、助けを求めたい。けど、ここで助けを呼んだら、きっと後悔しか残らない。そう思うと、必死で声を抑え込んだ。

「完成が楽しみだ」

そう言い捨てていくMをずっと見つめる事しかできなかった。

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大樹横断 黒白 黎 @KurosihiroRei

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