グロテスクでエゴイスティックな作家への愛
海沈生物
第1話
私はSNSのプロだ。なので、不用心にもSNSに「家の近くに桜が咲いてました♡」なんて写真を上げている人間がいれば、その写真から住んでいる住所が分かった。だから、先日「瞳を焼き切るような素晴らしく”癖”な触手生物の物語」を
それから数日後、私は触手三郎先生のTwitterアカウントを探した。インスタやフェイスブックにしかいない作家も稀にいる。ただ、見てくれる層がやっているSNSは大体Twitterなので、基本的にはTwitterにいる。
そうでなくても、そもそも作家というのは常に「承認欲求」に飢えている気持ち悪い生き物なのだ。140文字を呟くだけでバズって「承認欲求」を満たせるSNSというのは、作家にとって都合がいい。なので、触手三郎先生は絶対にTwitterにいる。
早速作家名で検索してみると、触手三郎先生の名前がトップに出てきた。クリックしてbio(※プロフィールのこと。biographyの略語)を確認した。
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触手三郎@カクヨム
ただの趣味ですが、カクヨム様で小説を執筆しております。触手が好きです。創作をしている方なら100%フォロバ(※フォローされたら返します、の意)します。過去の著作は「僕の彼女は火星人」「異世界転生した俺は紐男として、オクトパス族のお姫様に守ってもらう!」等。
◎火星
□https://kakuyomu.jp/works/16817139557514298013
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確実にこのアカウントであろう。逆にこのアカウントが同一人物でなかったのなら、一体誰が触手三郎先生なのだろうかと思った。私はウキウキとした気分で、早速先生のメディア欄を探った。すると、「自宅から虹が見えました」と不用意にも電信棒の写った写真が一枚あった。ちょうど一年前の写真ではあったが、「引っ越しました」というツイートがないし、まだここに住んでいるだろう。
私は抑えきれぬ興奮のまま電信棒の画像を拡大すると、ちょうどうちから二駅ほど離れた住所が書かれていることに気付いた。こんな「偶然性」があるのだと興奮しつつ、これは「家を突き止めてお邪魔できる”運命”だったのかもしれないな」とかなり自惚れた。
私は友達と出かける用の服に着替えると、財布やスマホなどの最低限の品を持って、触手三郎先生の家へと向かった。
# # #
駅について数分。触手三郎の住んでいるアパートの一室にやってきた。不用心にも鍵が開いていたので深呼吸してドアを開けると、中に赤い血だまりがあった。
私は浮かれてたまたま持ってきていた肉切り包丁を片手に持つと、恐る恐る中に入った。すると、そこには――――おそらく触手三郎先生と思わしき――――人間がいた。
私が急いで近寄ると、生臭い匂いが鼻を刺してきた。思わずその場でゲロってしまうと、先生が「うっ……」と声を漏らした。私はすぐに先生の手をギュッと握ると、ぽろぽろと涙を流した。
「先生、死なないで! ……いや別に死んでもいいんですが、せめてあと3000文字ぐらいの短編……いえ、100文字程度の掌編でもいいので、一作は書いてから死んでください! 書いたら死んでいいですから!」
「うぅ……この血はただのリストカットによるものだから、気にしてなくて大丈夫だ。それよりも、お前のその手にある肉切り包丁は一体なんなんだ……?」
「それはただの肉切り包丁なので、気にしなくて大丈夫です。そんなことより、先生に感想を伝えていいですか? いいですよね! まずは……最近の作品だと「触手探偵の華麗なる解決」が一番良かったです! ”謎を解くなんてかったるい過程をすっ飛ばして、触手で被害者の脳を操作して自供させる”という冷酷なスタイルと、つい私までゾクゾクしちゃうような
「ストップ、ストップ! そんな話を俺にされても意味がないぜ。残念ながら、俺はSNS運用やメディア露出担当の触手三郎だ。PVは1000万を超え、4桁の星とハートを貰っているような……そんな面白い小説を書く”才能”に恵まれたやつとは違うんだよ。俺はな、コミュ障で話すことが苦手な本物の触手三郎の代わって適当なことをほざくだけの――――”才能無し”の、偽物なんだよ」
偽物。こいつは、先生ではないのか。私は自分の心がスゥーと冷たくなっているのを感じた。脳天まで冷たくなってくると、私の心は明鏡止水の如く、冴え渡った。「先生」であると認識していた男が、ただの「男」になる。世界に数多と存在する「男」の内の一人、生きる価値のない「男」になる。
私は心に身を委ねると、たまたま持ってきていた肉切り包丁をその男のリストカットした傷口に当てた。ぐりぐりと傷口を広げる度、男は「ぐが……」とか「あが……ぐっ……」と良い悲鳴をあげた。
先生の小説に出てきそうな悲鳴に興奮すると、また一段と私はヒートアップする。これもまたたまたま持っていた拷問器具で足の爪を一枚ずつ剝がした。ベリッと一枚剝がす度、目が白黒と変わっていくのが可愛い。苦痛に身を委ね、まるで獣のような雄叫びを上げるのが可愛い。その悲鳴が私をまた、ヒートアップさせる。
今度はたまたま持っていたライターで手の甲を焼いた。爪を剥がした直後ということもあって「あぁ……あぁ……」程度の悲鳴しかあげてくれなかったが、完全に「壊れてしまった」感じがして、私は嬉しくなった。人間の意思なんてものは、この程度の拷問で簡単に壊れてしまう。その儚さが、まるで散る桜のように儚く、春の終わりのような「切なさ」を感じた。
いつしか声も上げなくなってくると、私は優しいので、肉切り包丁で首を切り落としてあげた。ころりんと転がる首に自分の優しさに、私はかなり自惚れた。
まったく。これが本物の先生であるのなら殺さなかったが、偽物の先生であるなら生きる意味はない。
人を殺せた達成感にかなり自惚れながら部屋を出ると、隣の部屋の住人の方に白々しく「人が死んでます!」と警察への通報だけ頼むと、私は帰路を歩いた。
帰宅すると、すぐにベッドに倒れた。時計の針は17:00を指していた。いつもならこのぐらいの時間に先生の作品が出されるはずだ。今日はどんな作品が投稿されるのか楽しみにしつつ、私はカクヨムのサイトにログインした。
すると、そこには先生の作品が投稿されていたのだ。しかし、いつもの作品に加えて「大切なお知らせ」という近況ノートがあった。滅多に近況ノートを更新しない先生が珍しいなぁと思いつつ、覗いてみる。
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大切なお知らせ
いつも読んでいただいている読者の皆さん、ありがとうございます。触手三郎です。いつもは年末年始のご挨拶と自著出版程度にしか近況ノートを書かない俺ですが、お知らせがございます。実は、今執筆している俺はゴーストライターです。正確には「メディア露出担当の触手三郎」と「執筆担当の触手三郎」がいます。
その内の前者が数時間前、亡くなりました。普段から俺に対する「劣等感」でリストカットをするようなやつ(もちろん止めましたが)でしたが、まさか死ぬなんて思っていませんでした。ですが、死んでしまったものはどうにもなりません。
執筆の方は引き続き、ゴーストライターである俺が続けます。ですが、俺はメディア露出に出ることができません。コミュ障なので無理です。そこで、公式にゴーストライターである俺の代わりに「メディア露出担当の触手三郎」をやってくれる方を募集します。月の給料も出しますし、その方には俺が書いた作品を読んでもらえます。
もしもご希望の方がいらっしゃいましたら、下記のメールアドレスかTwitterのDMにてお送りください。(希望者多数の場合、直接の面接とさせていただきます)
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私はその近況ノートを読むと、我先にと自分のプロフィールを詳細に記したDMを触手三郎先生に送った。送り付けた瞬間、自動返信メールとして「送信完了を確認致しました」というメールが届いた。
私はドキドキと興奮しながら、オタクみたいに「早く触手三郎先生の小説を読みたいな♡」と呟き、肉切り包丁を研いだ。
グロテスクでエゴイスティックな作家への愛 海沈生物 @sweetmaron1
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