《掃除屋》キリュウと99個のゴミ

黄黒真直

《掃除屋》キリュウと99個のゴミ

「僕はただの《掃除屋》だよ。もちろん、君たちが言うところの『掃除屋』じゃなくて、本当にただ落ちてるものを拾って捨てるだけの《掃除屋》だ」

「ウソついてんじゃねーぞコラ!!」


 今どき珍しいモヒカン頭のゴロツキが、僕の顔を睨みつけた。

 うん、まぁ、ウソだ。でも僕が《掃除屋》ってのは本当だ。それは職業の名前ではなく、僕が持つ異能の名前だった。


「なーんでただの掃除屋がぁ、こんな誰もいねー倉庫街をウロチョロしてたんですかねー!? しかも、こんな地図まで持ってよぉー!」


 ゴロツキがひらひらさせているのは、さっき彼の子分が僕のポケットから引っ張り出したものだ。この近辺の地図である。


「ご丁寧に大きな丸が描いてあって……で、この横の文字はなんだ? え?」

「……《断裁屋》」

「断裁屋! つまり、俺の不思議なパワーの名前ってわけだ!!」


 こいつは異能のことをそう呼んでいるのか。誰にも呼び方を教わらなかったのかな?

 異能のことを知る人間は、この世にまだ十数人しかいない。だから彼が知らないのも無理はない。これ以上異能が広まる前に、僕達は対処する必要があった。


 しかし、今の僕には、どうすることもできない。ボロいパイプ椅子に縛り付けられ、古い倉庫の奥に座らされている。周りでは、このリーダー格の男に加え、五人ほどのチンピラが銃を片手にニヤニヤ笑っていた。


 ううん、油断した。やっぱり先生と一緒に行動するべきだった。チャンスだと思ったら軽率に動いてしまうのは、僕の悪い癖だ。そうして、先生にいつも叱られるのだ。


「で? お前もなんか、パワー持ってんのか?」

「異能」

「あ?」

「パワーじゃなくて、異能。僕達はこの力のことを、そう呼んでいる」


 我慢できずに指摘してしまった。ゴロツキのこめかみに、ピクリと青筋が一本走る。


「んなこと知るかああああ!!!」


 ブォンッ!

 とすごい音がして、僕の頬に一筋の血がにじんだ。同時に、背後でガゴォン、と爆音がする。見ると、積んであった木箱が真っ二つに切れ、倉庫の壁にも細長い穴が空いていた。

 これがこいつの異能《断裁屋》か。

 速過ぎて何も見えなかったが、おそらく、どんなものでも切断できる何かを飛ばす能力だ。シンプルに暴力的で、シンプルに強い。


「おっと、危うく殺すところだった」ゴロツキはケタケタ笑った。「お前はまだ殺すわけにはいかない。色々聞かなきゃいけないからな。で? お前の異能はなんだ? 缶々を飛ばす能力か?」


 ゴロツキは僕の頭を、空のコーヒーの缶で小突いた。これはさっき、僕が能力を使った缶だ。あの缶を追って、僕はこの倉庫にたどり着いたのである。


 異能力者のおおよその位置と、異能の名前は、僕達の仲間が異能で探知できる。それで、この近辺に《断裁屋》がいるとわかったのだ。

 先に調査に入った僕が、たまたま落ちている空き缶を見つけた。僕はチャンスだと思って、それに《掃除屋》の力を使ったのだ。


 《掃除屋》は、触れた物を元の持ち主に返す能力だ。もしこの空き缶が《断裁屋》の捨てたものなら、そいつの居場所がわかる。

 結果、能力を使われた空き缶はビュンッと飛んで、この倉庫に入っていったというわけである。


「なんのために缶を俺の頭にぶつけた? あぁ?」


 頭にぶつかったのはたまたまだ。本人の元に飛んでいくだけで、飛んで行ったあとどうなるかは僕の制御下にない。


「だから、僕は《掃除屋》だから……落ちてる缶を片付けようと思って……」

「舐めてんのかああああああっ!!」

「舐めちゃいないよ。ただ、先生は、ゴミが落ちてるのをすごく嫌うんだ」

「あぁ? 先生だぁ? なんの話してんだてめぇはよーーっ!!!」


「私の話だ」


 ガラガラガラ、と重い音がして、倉庫の中に外の光が入ってきた。

 先生だ! やっと来てくれた。今日もバイクで駆けつけてくれたらしい。ぴっちりとしたライダースーツがとてもよく似合っている。


「やれやれ、キリュウはまた捕まったのか。あれほど軽率な行動は控えろと言っているのに」

「ごめんなさい、せんせー! 助けてくださいー!」


「あぁ? なんだてめぇ」

 ゴロツキは手にしてた地図と空き缶を、床に捨てた。ああ、だからそういうことをしちゃダメなんだって。


「おいおい、よく見りゃ綺麗な姉ちゃんじゃねえか。おっぱいもでけぇ。こいつは上玉だ」


 チンピラ共が下卑た笑いを浮かべる。ええい、先生をそんな目で見るな。


「先生! そいつが《断裁屋》だよ! かまいたちみたいな能力だ!」

「なるほど、さっきの爆音はそれか。おかげで倉庫を特定できて助かったよ」


 先生は他のチンピラには目もくれず、ゴロツキの方に歩き出した。


「お前からは、二つのものを返してもらわなきゃいけない。ひとつ、お前の持つ異能《断裁屋》。ふたつ、そこで縛られている私の助手」

「へぇ、面白ぇこと言うじゃん」


 ゴロツキは半歩あとずさると、声高に命令した。


「お前ら! そいつの脚を撃て! 動けなくするんだ!」


 チンピラ達が、一斉に銃を先生に向ける。そして、躊躇いもなく発砲!


「やめとけ」発砲音の中で、先生は微動だにしなかった。「私に、銃の類は通用しない」


 銃声が止んでも、先生はその場に立っていた。


「ど、どうしたお前ら? もっと撃て!!」


 再び発砲! パンッパンッパンッ、と銃声が何度も鳴り響く。だが十秒もしないうちに、それらはカチッカチッという音に変わった。マガジンの中身を全て撃ち尽くしたのだ。

 それでも先生は無傷で立っている。


「だから言ったろう。私に銃の類は通用しない」


 先生が右手を前に出した。そこには、何十発もの銃弾が握られている。


「な……なんなんだてめぇは!?」

「お前と同じ異能力者だよ。私の異能は《収集屋》。こうやって、自分の体に触れたものを『集める』能力だ。もっとも、服は破れてしまうがね」


 先生のライダースーツは、脚や腕の部分がボロボロになっていた。チンピラ達のエイムは正確だったらしい。


「反撃だ。やれ、キリュウ!」


 先生が右手を振りかぶった。手にしていた銃弾をすべて、僕に向けて投げつける!


「うおぉっ!?」


 ゴロツキがビビって、弾を避けた。撃たれるとでも思ったのだろうか。先生にそんな力はない。力があるのは僕の方だ。

 投げられた弾が体に当たった瞬間、僕は《掃除》した。体に触れた銃弾を、すべて


ビュンッ


 《掃除屋》は精度が高い異能ではない。元の持ち主へ飛んでいくが、飛んだ先でどうなるかは僕の制御下にない。

 超高速で僕の体から飛び出した銃弾は、そのすべてが、撃ったチンピラ共の体に突き刺さった。


「ぎゃああああっ」


 奴らの目を、腕を、腹を、容赦なく弾が襲う。チンピラ共は這う這うの体で倉庫から逃げようとした。


「逃げんじゃねぇーーー!!」


 ブォンッと大きな音がして、逃げるチンピラ共の周囲の床が《断裁》された。スパッと切れ込みが入ったのだ。やはり、速過ぎて何が飛んだのか全く見えない。


「ひ、ひぃぃ」


 それでもチンピラ共は止まらずに、全員倉庫から逃げ出してしまった。

「ちっ、腰抜けどもめ……」


 それを見ていた先生が、「なるほど」と、言った。


「今のが《断裁屋》か。硬化させた空気を飛ばす能力のようだな」


 空気! そうか、速くて見えないんじゃなくて、刃自体が見えないのか。


「しかしそうなると厄介だ。私の《収集屋》と相性が良くない」

「へぇ、空気は『集め』られねぇってか」

「いや違う、集めすぎてしまうんだ。お前の飛ばす空気と、地球上の空気を、《収集屋》は区別できない。だから、お前の空気を集めようとすると、地球上の空気を全部集めてしまう。さすがの私も、そんな大惨事を起こす気はない」


 さらっと怖ろしいことを言った。気付いてなかったけど、先生はその気になれば、一瞬で人類を滅ぼせるんだ。


「じゃあ俺は、姉ちゃんをたっぷり嬲れるってわけだな?」


 ゴロツキは下卑た笑いを浮かべた。


「食らいやがれッ!!」


 ブォンブォン! と爆音がして、何本もの刃が先生を襲う。先生はそれをすんでのところでかわしているが……ああっ、ライダースーツが破れていく! そして、血がにじんでいる!


「いつまでそうやって避けられるかな?」


 先生は避けながら、ゴロツキを睨みつけた。


「趣味の悪い男だ。お前、わざと攻撃を外しているな? 少しずつ私を傷つけるために」

「だったらどうだって言うんだ?」

「決まってる。早く決定打を撃ち込んだらどうだ? 私の脚を《断裁》したらいいだろう。もしかして、本当に人を傷つけるのが怖いのか?」

「は?」


 せ、先生!? なに煽ってるんですか!?

 すると先生は、僕の方を見てニヤリと笑った。


 あ、ああ……そういうことか……。


「言うじゃねえか……じゃぁ、食らいやがれ!!!」


 ゴロツキが叫ぶか叫ばないかのとき、僕は。そして先生の元に駆け寄り、立ちふさがる。


「えっ?」


 次の瞬間、ゴロツキの左腕が吹き飛んでいた。


「ぎゃあああああっ!?」


 腕を抑え、のたうち回るゴロツキ。

 良かった、間に合った。


「先生、無茶しないでくださいよ」

「悪いな。あいつの狙いが定まっていないと、キリュウが異能を使いにくいと思ってな」


 それはその通りだ。さっきまでのように、あいつがデタラメに刃を飛ばしていたら、異能を使うタイミングが難しかっただろう。


「な、なんで!? なんでお前、動けるんだよ! なんで俺の腕が切れてんだよ!」

「自分の足元を見てみろ」


 先生が言う。ゴロツキがのたうち回る近くに、ロープが数本落ちていた。

 あれは僕を縛っていたロープだ。でも、元の持ち主はあのゴロツキだった。だから僕は、体に触れているロープを、元の持ち主に返したのだ。


「つまりキリュウは、いつだって拘束を解けたんだ。そして私の前に立ちふさがり、お前の刃をお前に返した」

「て、てめぇら……」


 ゴロツキはロープで自分の腕を縛って止血した。片手と口だけでやるなんて、器用な奴だ。


「ぶっ殺す!!」


 残ってる右手でナイフを取り出し、僕らに向かって走り出す。

 あいつが手に持った状態のナイフには、《掃除屋》も《収集屋》も効果がない。僕達の能力は、飛び道具に特化しているのだ。

 純粋にピンチだ!


 が。

「うえっ?」

 ゴロツキは床に落ちていた地図を踏んづけた。そして足を滑らせ、ぐるっと一回転した。

 ガン、と頭を床に叩きつける。そしてそのまま、気を、失った。


「……」

 僕はあぜんとしていた。ああ、だからゴミを捨てちゃダメだって言ったのに。


「なんだ、あっけないな。まぁいい。おーい、リリス! どこかにいるんだろ? 出て来てくれ」

「はーい」


 先生が虚空に向かって呼び掛けると、小柄な女の子がコンテナの裏からひょこっと現れた。彼女はリリス。僕と同じ、先生の助手だ。


「やはりいたか。助けてくれればよかったのに」

「嫌ですよー、あたし、戦いには向いてませんもん。で、こいつは死んだんですか?」


 リリスは倒れているゴロツキを足で蹴った。


「いや、気絶しただけだろう」

「殺しちゃえばいいのに、こんな奴」

「リリスちゃん、先生は人殺しはしないんだよ」

「ふーん。こんな異能を作っておいて?」

「ぐ……」


 僕も先生も、言葉に詰まった。


「すべては私のミスが招いたことだ。さぁ、いいから、こいつが目覚める前に取り出してくれ」

「はーい。じゃ、《分別》しますねー」


 リリスがゴロツキに手をかざす。するとゴロツキの胸元から、小さな光る珠がゆっくりと浮かんできた。


 これが、先生の作った異能付与薬、通称《トラッシュ》。これを飲んだ人間は、異能を手に入れる。

 しかしこれで得られる異能は、他者を傷つけるのに特化したもの……先生の言葉を借りるなら、「ゴミみたいな」異能がほとんどだった。だから先生は、《トラッシュ》をすべて廃棄した――はずだった。


 どうやら研究所にスパイがいたらしい。そいつは廃棄された《トラッシュ》を回収し、外にばらまいた。おそらく目的は金だろう。このゴロツキみたいな奴らにとって、異能は喉から手が出るほど欲しいものに違いない。


 幸い、リリスの得た異能《分別屋》を使えば、飲み込んだ《トラッシュ》を取り出せることがわかった。だから僕達は、こうして危険な異能を回収して回っているのだ。


「はい、先生、どうぞ」

「ありがとう。これでやっと、10個目か」

「持ち出された《トラッシュ》は全部で99個。あと89個ですね」

「はぁぁ、先は長いな……」


 先生は嫌そうにため息を吐いた。

 でも、先生には悪いけど、僕はそんなに嫌じゃなかった。

 こうして先生と色んな冒険ができるから、僕は最近、とても楽しいんだ。

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