手の木

徒然気まま

第1話 手の木


 手の木と言うのを聞いたことがあるかい?


 まあ、ここいらの生まれじゃなきゃ聞くことはねぇわな。

 ここは土地柄もあってか戦場になったって話が多くてね。家を建てりゃ、矢の刺さった骸がいくつも見つかったとかよくある話さ。

 でね、よく聞くんだよ。手の木の話をね。


 よくよく見りゃあ、柳の幽霊の正体って奴なんだけどな。見間違えた本人からすりゃ、肝の冷えた話ってだけじゃ済まねぇんだわ。


 見えちまったんだからよ……


 だからここに来たお前ぇさんにもよ、知っといて欲しいんだわ。

 手の木の話をよ。



 ここ、持成し村の由来を知ってるかい?

 ピンと来たのならもう分かるだろうが、喪って手無し――喪手無村が由来なんだ。

 昔の戦ってのは矢で射て槍で刺してってのでよ。鉄砲とか使わねぇ分、近くで命のやり取りしてたんだわ。


 で、出る訳よ。右手をスパッとやられた奴が。

 落とした右手を拾える暇がありゃいいんだけれどもよ。敵さん、すぐそこに居んのに気にしてられねぇよな。


 すぐさま逃げ出さなきゃならねぇ。で、運よく逃げ出せて戦が終わったらどうすると思う?


 探すんだよ右手をよ。


 余程の金持ちか武将ってんなら人に行って探させりゃあいいがよ。大半は雑兵か足軽だ。その日の食い扶持すらあるか分かりゃしねぇ。


 だから歩けるうちによ、夜な夜な右手を探すんだ。


 で、探しているうちに傷口を腐らせて落っちん死まうって訳さ。


 今じゃ、そいつらが木に乗り移って右手を探してるんじゃないかって噂さ。


 もし、木の手に出くわしたんなら自分の右手を隠しな。

 ズボンのポケットでも服の中でもいい、隠せばそれだけでお前ぇさんから興味を失う。奴らは右手を探しているだけだからな。


 単純だがそう言うもんだよ霊ってのはよ。


 木の手の話も済んだしお暇させてもらうか。

 そうそう、上の手に気を付けるのもいいけどよ、下の手にも気ぃ付けな。すすきの原にはそんな奴らがゴロゴロ埋まってるぜ。


 じゃあな、顔のねぇ別嬪さんよ。




 そんな話をして口だけの男は消えた。


 この町の旧名が持成し村だった事実はないし戦場があった話も実家からは聞いたことがない。

 おそらくは、根も葉もない噂を流して現世に根付かせようとする見た目通り口だけのなのだろう。


 私は家に向かうすがら一本の木を見上げる。

 木は夜陰に乗じて枝を私の右手に伸ばして来たので圧し折ってやると悲鳴のような音を上げて暗がりへ消えて行った。


 柳の幽霊の正体見たりとは言うがこれほど脆いとは思わなかった。

 これなら両手足を吹き飛ばしても笑いながら這いずり回って喉元を食いちぎりに来る分、まだそこいらの女子高生の方が怖いだろう。


 そんなことを考えながら私は家へと足を速めた。


 この梔子町の夜は深く家まではまだ遠い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

手の木 徒然気まま @turedurekimama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ