縁結び
呪いとの縁を切った千秋は、それから数日も経たないうちに回復し、元の瑞々しい元気を見せつけながらラーメン屋のバイトにも復帰したようだ。話を聞く限り、同じく呪いに蝕まれていた父親も無事に回復したらしく、一家揃って狭霧を恩人として扱っているらしい。
当の狭霧はと言えば、私との縁が切れたことで幼少期から現在に至るまでの私に関する記憶がすっぽり抜け落ちるという混乱はあったものの、人間の頭というのはつくづく都合が良いものだ。私が千秋に語っていた「地元の因習を嫌って家出同然で東京に出てきた」という半分真実の出自が、狭霧の中でも真実として受け入れられたらしい。私が狭霧として生活していた時期の記憶も薄っすら残っているらしく、今ではすっかり東京での生活に慣れているようだった。
今日はどうやら、千秋が狭霧の家へ遊びに来るらしい。朝から忙しなく掃除をしている姿を微笑ましく思いながら、私はゴミとして捨てられる予定の糸切り鋏を見下ろしていた。
「人の縁を切る怪物の、相応しい末路か」
信仰の蓄積で生まれた私は、人々に忘れられればいつか消える。狭霧との縁を切った時点で、遅かれ早かれ消える運命だ。私の最期は、これで良い。
──そう思っていたのだが。
「先輩、この鋏、捨てちゃうんですか?」
「ん? ああ、なんで持ってるのかも分からないんだよね、それ」
「……これ、私が貰っちゃダメですか?」
「良いけど……錆びてるし欠けてるし、ろくに使えないと思うよ?」
「でも……これ、捨てたらいけない気がするんです、なんとなくですけど」
もしかすると、呪いに侵されて死の淵に居た千秋には、あのとき呪いとの縁を断ち切った私の存在が感じ取れていたのかもしれない。どうやら私が消えるのは、まだしばらく先のことになりそうだ。
意図せず結ばれた千秋との縁に掬い上げられながら、私はもう少しだけ狭霧を見守れることに、心から歓喜するのだった。
恋慕は結ばれずとも悪縁を断つ 桜居春香 @HarukaKJSH
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