幕間
そこで、ふと思った。
もしかするが、支払いはあのとき代替えで彼女が代わりにやってくれたのだ。
この理屈が通れば食い逃げしたという事実は存在しなかったことになるのではないだろうか?
そうすれば、僕の罪はなくなり、彼女の悩みもなくなるだろう。なかなかの名案ではないか!さっそく聞いてみよう。
「ねえ、『ソプラノ』?あのときの代金なんだけど、君が肩代わりしてくれたんだし。これって食い逃げにならないんじゃない?どう?」
「あ?私が黒って言えば黒になるぞ?」
怖っ!こいつ一番と言っていいほど権力を持たせたらダメなタイプだろ!
さすがに私用では使ってないよな職権乱用っていうレベルじゃねえよ。
機嫌悪そうに鼻で笑いながらそういう彼女はまさに悪人だった。
背筋はゾクッとし冷や汗を感じた。
「まあ、その話はもういいんだよ。話しても意味ないってわかったし、貸しにしといてくれ。あと『ソプラノ』って言うのやめてくれ、その名前は捨てたんだよ。さっきの場所で呼ばれたときは焦った。」
確かに、この名前は『名前』と言うよりかは『個体の識別番号』というニュアンスのほうが近いかもしれない。簡単に言うとあまり誇らしいものではないのだ。
僕もそれを考えることのできる発想さえあれば、変えていたことだろう。だから、彼女の気持ちも理解できる。
「……それは悪かった。で、今はなんて名前で通ってんの?」
「『ソラティア』。騎士ソラティアで通っている。自慢ではないがこの国の騎士の中じゃそれなりの実力者でそれなりに知られている。今後はそれで頼む。」
「わかった。僕は『アルト』。画家アルトで渡り歩いてる。自称だ。」
「なぜ、名乗った?誇れるほどでもないし、だが『画家』……とは初めて聞いたな。」
なぜ?と言われても困るのだが、なんとなくとしか言いようがない。名乗ったら名乗り返さなければいけないという本能にも似た何かがそうさせた。
「だが、お互いになんだかんだやれているようで安心したよ。研究所を抜けだそうとお前が言い出したときはどうかしたか?とも思ったが存外に悪くはない。あのときよりも今の生活のほうが充実していると自信をもってそう言える。」
「わかるよ、その話し方も考え方も今のほうが『君』らしいから。」
僕たちは人間ではない。とある魔術師により創り出されたゴーレムなのだ。普通のゴーレムと言えばただの土くれであり、初めに指示したものしか実行してくれないのだが僕らは意志を持たされている。自ら動き、自身で考えその場での行動を決定することができる。人に最も近く、差がなく作られた。新しいタイプのゴーレムである。
その魔術師は僕らをホムンクルスと呼んでいた。
「そうかもな。」
紅茶を一口飲みながら、感慨深そうに彼女は頷いた。
「さて、せっかくだからな。何か食べていくとするか。再開の祝いに奢ってやろう。」
マジで?それは助かる。
僕は犬がしっぽを振るように首をブンブンと振った。
愛想のいいやつだ。と笑いながら通りすがりの店員を呼び止めた。
「このケーキをお願いしたい。アルトはどうする?」
「同じのでお願いします。」
「は?お前、自分の意志で選べよ。」
「いや、どうせなら知り合いのオススメを食べたい。それが一番おいしいんでしょ?」
「今日はこれの気分だったってだけでそんなことはないぞ。それにこういう時は互いに別の物を選ぶべきだ。……いや私が選んでやるよ。これと、紅茶のおかわりもいただきたい。」
見つめていると何かを察したように選んでくれる。
面倒見の良さは相変わらずだ。昔もいつの間にやら僕らのリーダー的なまとめ役の立ち位置だった。
少々雑なところはあるが気遣いもできるいいやつであることを僕は知っている。
店員が注文を受け席を後にする。ソラティアはそれを横目で流した。
「ケーキが来るまで少し時間があるからな、その間の暇つぶしにお前の話を聞いてやるから話してみろ。」
「とか言って、本当はすごく聞きたいとかじゃないの?」
「……本当にめんどくさくなったよ、お前は。」
それから僕は旅の話をした。
鉄の箱が走る機械仕掛けの街、日中でも薄暗く視界が胞子の霧でふさがれるキノコの森、無数の星が堕ちる丘に住む少年の話、出てくる飯がマズい小さな村の料理屋の話。
話せることはたくさんある。
とてもではないが料理を待っている時間などでは足りるはずもなく中途半端になってしまう。
「おお、来たな。」
少しだけ退屈そうにしていた。ソラティアは起き上がりそう言った。
まあ……また会うこともあるだろう。その時までに語りは練習しておこう。
「お待たせしました。」とテーブルの上にまだ湯気が立つ紅茶と白と黒の料理が置かれる。
先の注文でケーキと呼ばれていた、料理とは思えないとても凝った装飾が施されており見ようによっては余所行きのドレスを纏ったようにも見えるかもしれない。
「これはうまいぞ。私はここにきて初めてこのケーキの存在を知ったが余程口に合ったらしくてな、五日に一回は食べないと気が収まらないんだ。店はそこら中にあるから気に入ったなら周ってみるといい。店それぞれにこだわりがあっておもしろいぞ。」
そう言って彼女は少しだけ悩むそぶりを見せながら、黒色のほうを手元に寄せた。
フォークをケーキに突き立てると嘘のように入り込んでいく、一口サイズに切り分けそのまま口に運んだ。
「んんんん~~~~!!」
と空いている片手を頬にあて、目を細め、おいしそうに食べ進む。
これほど幸せそうな彼女の姿は見たことがなかった。
「なに、見てんだよ。」
「おいしそうだなと思って。」
「お前も食べてみろって。それはチョコレートがベースになっているんだ。」
恥ずかしかったのか、ほんのり頬を染め早口にそう言う。
女性の食べる姿をまじまじと見つめるのはよくなかったと思い反省する。が何だか嬉しかった。
「甘い。」
あまり食べたことのない味だった。一口食べると口の中がじんわりと支配されていく。でも、
「おいしい。」
「だろ?隙あり!」
「あっ。」
彼女は目にもとまらぬ速さでチョコレートケーキを一口分僕の皿から奪っていった。
「私も食べたかったからな。」
コイツ、だから僕の分も選んでくれたのか……。やさしさのかけらもないな。
「なんだよ。私の金なんだからいいだろ?怒るなって。ほら私のも一口やるから」
さっき、からかった分の仕返しも入っているだろうから怒りはしない。
それよりも声を出して楽しそうにするソラティアの顔を見れてうれしいよ。僕は。
しかし、彼女は気がついていない。真後ろに独特な雰囲気を纏った女性がいることに
「ソラティアさん?警備をすっぽかして、堂々と遊んでいるとはいい身分ですね?」
瞬間、ソラティアは凍った。
後ろにいるのは同僚かそのあたりだろうか?彼女も同じような鎧を着こんでいる。
独特な雰囲気というのは作られた笑顔のせいかもしれない。
「いや、ですね、隊長。ちょっとしたトラブルの解決と言いますか……。」
ソラティアはギギギと首を後ろに向け、交渉を試みるが取り付くシマもないといった様子だ。依然として笑顔は張り付いたままである。
「貴方、ソラティアさんのお相手ありがとうございました。大変だったでしょう?」
「い、いえ。」
怖い!
「さ、行きますよ。」
襟をつかみ強引に連れて行こうとするその女性の力は本物だった。
すげー、あの『ソプラノ』が引きずられそうだよ。
「やめろ、自分で歩くから!」
しかし、ソプラノはソプラノだった。身をひるがえし拘束を解く。
そしてこちらへ寄ってくる。
「また、会おうな!」
机の上に何枚かの紙幣を置き、隊長と呼んだ人物のもとへ戻る。
「あいさつは大事だから別れだってきちんとするべきだろ、じゃないと縁が続かねえだろ。」
「そうですね。それは確かに失礼でしたね。」
「やめろって。」
隊長はソラティアの頭を撫でた。嫌そうに言うソラティアだがそれほど嫌そうにしている雰囲気はない。
僕と同じだ。
「さて、僕も行くかな。」
ケーキをしっかり二つ分いただき僕は旅に戻った。
放浪画家の異世界旅行記 色彩 絵筆 @rasuku0120
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