マジメ執事とパリピ聖女

mafork(真安 一)

第1話


 ミラーボールが聖なる光を照り返す。

 積み上げられたゴブレットは、まるで塔だ。頂きから聖水が流され、これまた輝く滝を作っていく。

 私は執事服を乱さぬよう、手袋をした手でそっと我が目を揉んだ。

 当家のダンスホールは、今日も大盛況である。

 パーティーに集まった貴族達もまたキラキラと着飾り、視界中が宝石箱をひっくり返したような有様だった。


 輝きと騒音で、耳も目も痛い。頭と胃も危ういかもしれない。

 ホール最奥の舞台から、明るい声が響いてきた。


「みんな、今日はありがとう!」


 白の法衣がひるがえる。

 高く抜ける声で、お嬢様は聖歌を歌い上げた。

 フロア熱狂。


「「「YEAHイェァ!!」」」

「今日も楽しんでいってね!」

「うぇっす!」


 壇上で笑顔を振りまいているのは、当家のご令嬢アリス様だ。

 歴史ある伯爵家の令嬢、しかも聖女。御年17歳にして、王国に10数名しかいない聖女の1人である。

 なのに聖なる力で輝きを振り回し、軽快なステップで伝統を踏みにじっている。

 私は声を漏らした。


「うう……!」


 アリスお嬢様は、なぜこんな残念な感じになってしまったのだろう?

 5歳年下のお嬢様は、とても大切なお方だ。私もまた貴族の末端ではあるが、13歳の時に病で生家を喪っている。執事として召し抱えてくれた伯爵家、そしてお仕えしてきたアリスお嬢様には、特別に恩義があった。

 立派な方々だと知っているだけに、私は悔しい。


「嘆かわしい……!」


 グラスには、眉間に皺を寄せた私が歪んで映っている。

 招待客が私に呼びかけた。


「カクテルお願い~!」

「は! はい、ただいま」


 いかんいかん。

 笑みを貼り付けて、お嬢様開発の聖水と酒のミックス飲料――カクテルを客に出す。

 魔法で氷を生み出して、それをシェイクする。シャカシャカやっている間に、私はちらりと舞台を見た。


 お嬢様はパリピッピ伯爵家のご長女。

 10才から王都の神学校へ通い、聖女としての力に覚醒された。

 貴族平民問わず、病を治すこと数知れず。

 村々を救ったこと100回以上。

 アリス様をたたえる言葉が王都から離れたこの辺境にも聞こえてきたものだ。

 去年、領地へ戻られた時は、物静かないつものお嬢様だった。けれども神学校の全ての教育を終え、生まれ育ったお屋敷に帰ってきた時、あの方は変わっていた。


 ――だって私、『パリピ』だもの!


 お嬢様は、聖女の力と共にパリピにも目覚めていた。

 より強くお止めすべきだっただろうか。

 けれどもお嬢様のカリスマか、それとも当領地のノリのよさか。お嬢様が広めた『パリピ』としての生き方は、またたく間に周囲にも伝染した。


「みんなぁ、アガっとるかね!?」


 そう。

 あそこで奥様とぐるぐるダンスに興じているパリピッピ伯爵のように。

 私は視線をきり、完成したカクテルを客へお出しした。


「ギムレットでございます」


 にっこり笑って、貴族子女にカクテルを出す。


「どーも☆」


 へらりとした笑いが受け付けない。

 周りから固いと言われるが、私は生来がマジメな質なのだ。お嬢様の軽やかな声が背中を叩く。


「もっとアゲていこうね!」


 舌打ちをこらえるようにして、私は仕事に戻った。



    ◆



「お嬢様、お話があります」


 パーティーが終わった後、私はお嬢様を呼び止めた。

 お嬢様は侍女を下がらせ問いかける。


「あら、シギ?」

「……シグルドで結構でございます」


 そう断って、私はアリスお嬢様に近づいた。


「いったいどうしてしまわれたのです? 王都から戻られてから、このような催しばかり……!」

「そうですね。そこはお話しなければ――」


 こほんと咳ばらいをして、お嬢様は白い指を立てた。


「楽しいからです」

「……! 戸惑っている者も多いのです」


 当然ながら、お嬢様の変貌ぶりとパリピッピ家のパーティーをよく思っていない貴族もいる。

 お嬢様はチッチと立てた指を振った。


「ご心配なく、全て私のお金です。当家のお財布は傷みませんし……そもそも貴族の散財は事業のようなものです。『人や商いが領地に集まるようになった』と、お父様もお喜びでした。それでも?」

「はい。僭越ながら、私が問いたいのは」


 お嬢様を問い詰めるのは、不本意なことだ。

 それでも……散財も、人集めも、別のやり方があったように思えてならない。


「なぜ、お嬢様はこのような……『パリピ』なる存在を目指すのです?」


 お嬢様は仕方なさそうにため息をし、小首を傾げた。


「困ったわ。あのお話は本当なのに」


 いいこと、シグルド。

 そう指を立てて、お嬢様は話し出した。



     ◆



 聖女とは、神々から特別な力を授けられた存在だ。

 同じような存在には男性もいるが、なぜか力がより強く宿るのは女性である。


 王国を囲う荒野や岩山には魔物が潜み、聖女が放つ聖なる魔力は彼らを退散させる力がある。

 そのため我が国では、聖女となった後は国に届け出て、必要に応じて辺境などに配属される。そこで領土を魔物から守るため、一生を祈りに捧げるのだ。

 お嬢様は、生家のパリピッピ家がちょうど聖女のいない辺境にあったため、神学校の卒業と共に家に戻ってくる形となった。


 お嬢様は言う。

 自分の生き方は、そんな聖女になる前に、女神様から教わったのだと。

 聖女の力に目覚める直前、お嬢様は聖堂で3日も寝ずに祈っていた。


 ――女神様!


 お嬢様は、よいお方だ。

 聖女として人の役に立ちたいという信念は、きっと本物だったはずである。


 ――お願いです、お顔をみせてください!

 ――私の領地には、近くに聖女がおらず……私がお力を授かって、多くの人を、安心させて差し上げたいのです!


 やがて、お嬢様は女神の姿を見た。

 が――そこにいたのは、『ディスコ』なる薄暗い空間で、他の天使らと一緒に踊ったり歌ったり、酒を飲んだりしている女神の姿だった。女神は、お嬢様に気付くなり、顔を真っ青にしたらしい。


 ――ち、違うのよ!

 ――こ、これはプライベートで……!

 ――今は天界の終業時間外だから……!


 天使らがひょこひょこ顔を出していった。


 ――下界の子っすかぁ?

 ――この女神様、パリピで有名なんっすよぉ~。


 お嬢様に言わせれば、ニコニコした感じの、人の良さそうな天使だったらしい(ニコニコとはお嬢様らしい好意的な解釈で、実はヘラヘラではないか?)。

 とはいえお嬢様にしてみれば、天使の印象など些細なものだっただろう。

 神学校の戒律。聖女候補としての厳しい監視。

 そんな中でのぞき見てしまった天界のど派手な『ディスコ』なる場は、お嬢様を変えてしまった。


 ――楽しそう!


 きっと目はミラーボールのようにキラキラだっただろう。

 以降、開かなくてもいい音楽とダンスの才能もむやみやたらと開花。

 聖歌で王都を爆アゲ(お嬢様談)してお嬢様は卒業式を終えた。



     ◆



 そして今に至る。

 お嬢様は手を組み合わせて、祈るように目を閉じた。


「あの光景には意味があったはず」


 真摯な表情で、お嬢様は続ける。


「アリスは立派なパリピ聖女になってみせます……見ていてくださいね、女神様」


 私は首を振った。


「他の方々は、伝統的に、できるだけ人との交わりを避け、聖堂にこもっていると聞きますが」

「もちろん、お祈りやお勤めはきちんとします。でも……」


 アリス様は、目を開いた。


「聖女の在り方だって、一つきりじゃないと思います」

「だからといって……これでは護衛の魔法騎士も現れません」


 その時、わたし達に一報が入った。

 領地の外れで魔物が出たというのだ。


「……弱い魔物であれば、聖女が近づくだけで逃げていくわ」


 そう決意をして、お嬢様は馬車に乗り込んだ。私ももちろん後に続く。


 パリピッピ家のやたらと長いリムジン馬車は、崖を曲がるときに大変なスリルだった。



     ◆



 私達は兵を連れ、夜通し馬車で駆けた。ドンペリ村は人口1000人で、辺境にしては大きい。なだらかな丘に沿ってブドウ園が続いており、ここで産出されたブドウが、パリピッピ家の財源の一つであった。

 のどかな光景。

 けれども墨を引いたような黒い煙が、一本、すうっと青空へ立ちのぼっている。

 村の中央で納屋が燃えていた。

 馬車を降りて、私は村長に問いかける。


「何があったのですか」

「そ、その紋章は伯爵家の……! ば、馬車、ながっ……!?」

「リムジン馬車です」

「りむじん? そ、それは?」


 そういえば、なんだろうね。

 私は頭を振り、本題に戻した。


「魔物はどこから?」

「地面から急に魔物が現れました。納屋のブドウ酒を襲ったようで、中にあった燭台を倒し……火の手が」

「なるほど。人的被害は?」

「それは、ありませんでした」


 ほっと安心した。

 その時、馬車の扉が開いた。たったそれだけなのに、内部から光が溢れたように感じられた。


「聖女、アリス・パリピッピ、参上しました!」


 白の法衣を翻し、お嬢様は胸に手を当てた。

 誰もが目を見張る。

 その神々しさと、目元にはめた仮面に。


「か、仮面……?」


 村長はぶるぶると肩をふるわせる。

 私は慌てた。

 アリス様は、三日月型の仮面を顔にはめて、まるでパーティーにでも出るようだ。


「私が来たからにもう安全……むぐっ」


 私はお嬢様を馬車に連れ戻した。


「し、シギ、どうしたの?」

「『どうしたの』じゃありませんっ! 何を考えているのですか、被害があった村にそんな派手な仮面をつけて……!」

「気分をアゲようと」

「限度があります。前例がないことですよ」

「革命的ってこと?」

「むしろそれが起きそうなのです」


 私はそろそろと外を見た。お嬢様を見た村人達は、まだ肩をぶるぶる振るわせている。

 これは怒っただろう。そうに違いない。

 だが……


「おお、噂にきくパリピ聖女様……! 我々を励ますために、こんなことまで……!」


 普通の聖女は、祈りのために神殿にこもっている。だから情報伝達に時間がかかる。こんなに早く聖女が自ら来てくれるとは思わなかったようだ。


「噂は聞こえております! 聖堂にこもるのではなく、大勢の前に出てくださる、気さくな聖女様が領地にいらっしゃると!」

「……評判がよいのは、なんか納得いかないが……」


 魔物の来襲に備えるため、さっそく儀式の用意が始まった。



     ◆



 村長がいう用意とは、魔物を退ける儀式だった。

 多くの人を集めれば集めるほど、儀式の威力はあがり、より遠くまで魔物は逃げていく。ただし、この村のように小規模な場合は、人数に限界がある。

 そういう場合は、儀式の盛り上がりが重要になる。

 多くの人が祈ることで魔力を集めるのは儀式だが、盛り上がりによって、集まる量はどうやらぜんぜん違うようなのだ。

 要するにイヤイヤ祈るのと、盛り上がった状態で祈るのでは、単純に十倍くらい集まる魔力が違うらしい。

 だから、お嬢様は村人を集めた上でこう言った。


「今日は、皆さんにも儀式に参加してもらいます!」


 そう言ってお嬢様は聖歌を歌い上げる。

 伸びやかなリズムと、抑揚。音があの丘から空にのぼっていくようだ。

 すぐに転調が入る。

 さすがにこのまま伝統的にいくと思っていた私は、カクテルを混ぜる手を止めてしまった。


「へ」


 即席で組んだ櫓の上から、ミラーボールが聖なる光を照り返す。

 その下でお嬢様は法衣のスカートを少したくし上げ、足元を見えるようにし、リズムを刻んだ。


 タタン!


 村人達の肩がぴくりと動いた。


 タタン! タタン!


 足踏みに続くのは太鼓の拍子。

 聖歌に、太鼓?

 村人達が自然と足でリズムを刻み出す。村長が声を上げた。


「これは、我々の祭りに伝わる、ブドウ踏みのリズム!」


 アリスお嬢様の足踏みに合わせて、村人達も足を動かし出した。最初は浮かない顔で戸惑っていた者らにも、笑顔が生まれ出す。

 私は察した。

 ブドウ踏み、つまり収穫したブドウをワインにするため足で踏みつぶす作業には、村々に伝わるリズムと音楽がある。毎年の作業を、収穫を喜ぶ儀式に変えているのだ。

 起源がないダンスはない。

 お嬢様はそのリズムをすでに勉強して、今の振り付けに落とし込んでいたのだろう。


「ブドウ踏みのタップダンス――」


 私が呟いた名前が、以後、そのままダンスの名前になった。

 盛り上がる会場。

 村長が、いつの間にかつけていた仮面をずらして、言った。


「実は、聖女様から事前に早馬がありましてな」

「な、なんですと」

「このように、全員で盛り上げて儀式を行うから、予め櫓を組んでおくように、と」


 なんと。そこまで考えておいでだったか。

 ……ならば私は、私の仕事をしよう。

 聖水で作ったカクテルを、喉がかわいた村人に振る舞う。聖女が魔法で生み出した水は、聖水となり、さまざまな魔法的効果を生み出す。

 私はそれを酒と混ぜることで、錬金術のように、さまざまな薬効を生み出すことができた。

 酒はもともと錬金術の材料にも使われる。


「活力のライムです」


 お客にカクテルを差し出す。

 気付くと私は、にっこりと、自然に笑っていた。

 その時、地面が揺れたのだった。



     ◆



 地面から突如として現れたのは、3メートルはあろうかという、クマじみた巨体の魔物だった。


「大モグラ……!」


 私は叫んだ。


「なぜだ、儀式で逃げていくはず……」


 魔物の目を見て、察した。瞳は奇妙に濁り、大口からはむわっとした臭気が漂っている。


「納屋にあった酒で……酔っているのか」


 おそらく前後不覚で、方向感覚も正常ではないのだろう。

 だから普段なら遠ざかろうとする儀式の場所に、逆に近づいてきてしまった。この状態に気付いていれば、下手に刺激せず、少し待ってから儀式をするべきだったのに。


「くっ」


 私のミスだ。酒に酔った魔物という例がないではない。

 お嬢様に忠告をするべきだった。


「お嬢様、お逃げ下さい!」


 大モグラは周囲を睥睨する。

 大いに暴れ、櫓をなぎ倒し、人々は悲鳴。そして不快な儀式の発生源へ目を向けた。

 兵士が大モグラの前で盾を構えるが、いつまでも持ちこたえられそうにない。

 アリスお嬢様に向けて、大モグラはつっこうもうとする。


 こういうとき、助けになるのが魔法騎士だ。大貴族出身の、魔法を治めた貴族は、魔物との戦いで絶大な存在だ。

 けれどもこの場に攻撃的な魔法を使える者はいない。


「シギ!」


 お嬢様が言った。


「思い出して! そこに、聖水があるから……!」


 私のバーカウンターの前には、聖水と、カクテルを作るための酒がある。

 頭に今まで試してきたレシピが閃いた。


「……こんなの、前例がない! 魔物と戦うのが、執事なんて……!」

「シギ!」


 お嬢様は遠くで首を振った。

 やり方は一つじゃない、か。

 私は一かバチか、新しいカクテルのレシピを試した。この地でとれたブドウ酒も使い、聖水も混ぜ、氷と一緒に混ぜ合わせる。


「魔力のサングリア」


 一口飲むと、錬金術の法則通り、私に即席の魔力が宿った。

 強い酒と、聖水の効果で頭がくらくらする。


凍れフローズン!」


 魔法ともいえない、ただ『凍れ』という言葉を古代語で唱えただけだ。

 それなのに、聖女の魔力と錬金術の成果物は、望み通りに魔力を作用させてくれた。大モグラが凍る。

 広場一帯に霜がふった。

 村は快哉に包まれた。



     ◆



 帰りの馬車で、アリス様は言った。


「ね、今後もシギが魔法騎士をやってくれればいいのよ」

「今回だけです。即席もいいところ……」


 まったく頭が痛い。


「でも、私、ちゃんと聖女やれたでしょう?」


 どこか得意そうに、それでも不安そうに尋ねるアリス様。

 私は苦笑をかみ殺して、頷いた。


「そうですね」


 あり方は、一つじゃなくてもいい。

 アリス様は立派な聖女様である。

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