第2話 春の華
「今?何もしてない」
窓の外広がる静かな夜、月が街全体を明るく照らす。部屋から見える景色は夜にしては明るく街の輪郭がはっきりと見える。
頻繁にあの人の事を考えてしまう、しばらく連絡をとってないが元気だろうか。あなたのアドバイスをしっかり覚えておますよ。
明日からは今日までと違う1日が始まるのかと想像するが、あまりいい想像は頭の中では作り出されない。
僕の今までがそう思わせるのか。
電話の相手は離れて暮らす兄、時々お互いの近況等を話す。
電話口から聞こえて来る声はいつもの声だ。
落ち着いている声だが、おそらく顔はニヤけているだろう。
「明日から楽しみだな」
「楽しければ良いけどね」
「学校生活は自分で楽しくするのさ、夢中になれる何かを見つけれるかはブラザー次第だけどな」
「兄ちゃんは何が楽しかった?」
「授業以外はなんでも楽しかったけど特に楽しかったのは部活動かな、海堂先生がまだ居たらよろしく伝えてくれ」
「何をよろしく伝えるの?」
「神崎道清は先生達との毎日が楽しかったって、それが高校生活の一番の思い出だって」
「部活?やってたの?」
「やってたよ、あの仲間と会えて良かったと心から思うよ」
全てが新しい。
僕を取り巻く環境は昨日と今日では比べ物にならない。
春休み、山でスノーボード をしたり、海でサーフィンをしたりとある意味忙しかった僕は
4月。新潟県立七星(ナナホシ)高校に入学した。
グレーのチノパンに濃い紺のジャケットの制服を来て父と一緒に校門から生徒用昇降口まで歩いて行く。
周りを見れば同じたくさんの新入生が保護者と歩いている。
女の子はグレーのスカートに濃い紺のジャケットを着ていてなんだか大人っぽく見えた。
桜の咲き誇るこの道を歩く同級生達は皆笑顔だ。
僕にとっても楽しい高校生活になるだろうか、高校生活での楽しみは今のところない。
僕の先の見えない人生とは逆に明るく道に咲いている桜が綺麗だ、今年は暖かくなるのが早かったからか開花するのが早い。
道にはピンクの花びらが少しだけ落ちている。
「疾風(ハヤテ)もこの高校なんて、兄弟で優秀で助かるよ」
父は僕の隣で独り言のように呟く。
「性格は似てないけどね」
僕と兄は似ていない、アウトドアが好きな僕に対して兄は変な事が好きだ。そう変な事。
午前中は入学式、生徒と保護者が出席する学校行事の最初のイベントだ。
「次に来るのは疾風の卒業式か」
「気が早いよ、それに進路の面談とかで来ると思うよ」
「それなら、喜んで来るんだけどな」
「兄ちゃんの時はどうだったの?」
「、、、来たなぁ」
昇降口の横にはクラス分けの掲示板がある、1学年6クラス、自分の名前を探す。
「神崎は、、、」
僕は2組だった、同じ中学の友達は1人もいない。まあもともと友達と呼べる人はいなかったかな。
「疾風、記念写真撮ろうぜ」
父と2人で並び自撮りで桜とクラス分けの掲示板をバックに写真を撮る。
昇降口に入り、外履きと上履きを履き替え教室に向かう。
4階建ての校舎が2棟ある。
1年生の教室は4階だ。1階が3年生の教室があり、2階は別館への渡り廊下と各教科の教室と職員室がある。3階は2年生達の教室だ。
学年が上がるたびに1つ下の階に降りていくのだ。
毎日4階まで上がるのは苦ではない、階段は資源だ。
足腰を鍛えるのに階段は有効だと父は言っていた。が階段を上がる父はどうも息が上がっている。
「4階まで上がるの疲れるな」
手すりにつかまりながら上がる父の隣で僕は踵をつけないようにつま先だけで登っていく。
幅の広い階段を大きな窓から差し込む光が明るく照らしてくれる。背中に陽の光を浴びて自分の教室を目指す。
「頑張れ、階段は資源だよ」
4階に上がり左に曲がると、左右に長い廊下が伸びている。
2組を目指し歩いて行く。
「ここか」
廊下には沢山の保護者がいる。
式が始まるまで保護者は体育館で待機なのだが、子供達がこれから学ぶ教室を見学できる。
「ここが疾風の教室か、案外綺麗だな」
父は廊下から教室を見てつぶやく、明るい茶色の木目の壁、床のフローリングに白い天井教室の中には沢山の人がいる。
自分の席を探すため教室の中に入ると、
「おや、神崎さん」
振り向くとそこには西野さんがいた。
「あれ、西野さんどうしたの?」
父は笑いながら男性に近寄る。
スーツ姿の男性は僕もよく知っている人だった。
サーフィンをやっている時たまに会うおじさんだ。
あるあるだか、春でも日焼けして2人の顔はよく焼けている。
教室に日焼けした背の高い大人が2人いるこの違和感は今日だけなのだろう。
「こんにちは」
挨拶をすると西野さんも僕に向かって手を挙げている。
「おはよう。疾風、入学おめでとう」
「ありがとうございます」
西野さんに子供がいたのすら知らなかった。
同じクラスだろうか。
「じゃあ疾風、私は体育館に行ってるからな」
父は僕にそう告げて廊下に出て行った。
一応知っている人がいて安心した。1人は慣れているがやはり緊張はする。
「疾風、ウチの子もこの学校なんだ、よろしく頼むね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
親御さん達の姿が次第に少なくなっている。
僕の席は窓側から2列目の前から3番目だ。
窓の外からはもう1つの校舎が見える。
生徒の姿はない校舎がこちらとは対照的だ。
朝のホームルームがあと15分程で始まる。
教室の席も半分以上埋まっている、入学式の今日は半日で終わりだ。
9時から担任の先生から1日の流れを聞いて、入学式が始まる。
そのあとホームルームにて提出物の確認。
それが今日の僕達のスケジュール、席に座り時間が来るのを待つ。
窓の外を見てると隣の席に人が来た。
女の子だ。
ショートボブの小柄な女の子、横顔は髪で隠れているが大きな目は見えている、色白で運動をするようなタイプではない印象を受ける。
彼女はカバンから本を取り出して読み始める。
周りなど気にしてないって感じか。
クラスの中には中学の同級生と一緒になった人もいるだろう、教室の後ろや廊下で生徒同士が喋っている。
この子も僕と同じだろうか、、、
いつかの冬の日を思い出す。
まだ中学生だった時、スキー場で出会った#さくらさん#の言葉を僕はずっと忘れられない。
#自分から行動するの#
高校生活では友達ができればいいのだが。
優しい音楽が流れてきて校内放送が流れる。
「新入生の皆さん、おはようございます。9時より、ホームルームを始めます。先生より入学式の説明がありますので、一度自分の席に着いてください。本日はご入学おめでとうございます。」
担任の先生は兄が在学していた時の先生だろうか、兄は5つ年が離れているので兄がいたのは2年前か、話に出てきた海堂先生はまだこの学校にいるのかな、昨日の会話を思い出す。
静かになった教室、少し緊張感のある教室に先生が入ってきた、スーツを来た女性、身長は僕より低い、黒髪が肩までありメガネと見た目は真面目そのものだ。
「おはようございます。本日より2組の担任になります、京野千景(キョウノチカゲ)です。3年間皆さんと一緒に楽しい学校生活にしたいと思っています。担当は現代文です。皆、よろしくお願いしますね。」
にこにこしながら話す先生は優しそうで安心した。
みんなで机に座ったままお辞儀をする。
「このあと、体育館に移動して入学式を行います。今隣に座っている人同士で2人1列になってください。これから移動しますので生徒会の皆さんの誘導に従ってください。」
隣の子か、横を見ると隣の子は先生の方を見ている。
「まず廊下のロッカーに貴重品を入れてください。鍵は付いてますから無くさないように各自で管理してね!では皆さん行きましょうか」
みんなが席を立つ中で僕は隣の子に話しかける。
「神崎です、よろしく」
目と目が合う。長い睫毛に大きな目がとても印象的だ。
「よろしく」
自分から挨拶したのに恥ずかしくなった。
この後は何を話せばいいんだ。
彼女は何も言わず廊下に出て行く。
いきなり失敗したかな。
「いい感じに日焼けしてるね、部活何やってたの?」
後ろから話しかけてきた男子生徒は背の高い男子生徒、同い年には見えないがこれから一緒に勉強する同級生だ。
「部活はやってないんだ」
「そうなの、俺サッカーやっててさ誰か一緒にサッカー部入るやついないかなと思って、どこか部活には入るの?」
廊下に歩きながら名前も知らない人と会話する。
「まだ決めてないんだ」
「そっか、ここの学校、部活色々あるからなぁ、俺は木村、よろしくね」
「神崎です、よろしく」
「敬語なんて使わなくていいよ」
つい畏まってしまう。堂々と話せない自分が情けなくなった。
ロッカーに財布と携帯を置いて鍵を閉める、無くさないようにしなければいけないがズボンのポケットしか鍵を入れるところがない、ポケットに鍵を入れて、どうか落ちないでくれよ。こういう時に落とすんだよなぁ、なんて思いながら隣の子を探す。前から3番目の席だから前の方か。
京野先生を先頭にして生徒達は並んでいる、隣にいたあの子の隣に立つ。背の低い彼女と並び彼女を横目で見る。
小柄な彼女はどこを見ているのか、前を見ているようで何も見ていないような目をしている。
「では、いきましょうか。移動しますね。」
体育館までの道のりはまた階段だ。
4階から1階までを降りて行く。
「きゃっ!」
咄嗟に隣の子を支える。
足を踏み外してバランスを崩した彼女の前に腕を出し支えたが
「大丈夫?」
声を掛けたのは後ろにいた、木村君だ。
「、、、うん」
「階段降りるときは気をつけてね!前の人との感覚少し開けてね!」
京野先生は列の後ろにも聞こえるくらい大きな声で言う。
咄嗟に反応できたが声は掛けれなかった、僕も彼女も無言のまま進む。
今日は在校生はいない、生徒会の役員生徒達が入学式の手伝いで登校しているのみで一般の生徒の登校は明日からだ。
体育館には紅白幕が飾られている、小学校も中学校もこの紅白幕が体育館に飾られていて春にしか見ない学校の風物詩といえるのかな。
体育館の裏口で待機しているとき、生徒会の役員の人達から入場の説明を受ける。
「体育館に入るとすぐに黄色いテープが床に貼ってあります!そこで一度立ち止まってから一礼して進んでください!」
高校生にもなってやってることは幼稚園から変わらない。
高校入学はそんなにおめでたいことでもないだろうと思うが親達にとってはおめでたいことなのかもしれない。
父さんに感謝しなきゃ。
ここは素直にありがとうと心の中で唱える。
「さっきはありがとう」
小さい声の少女は下を見ながらつぶやく。
彼女を見るが僕の方は向いていない、僕に話かけていると信じて答える。
「怪我はない?」
「うん」
「君の名前を教えてよ」
「音葉百合(おとはゆり)」
「僕は神崎疾風(かんざきはやて)よろしくね」
隣の席になる子の名前が聞けただけでも一歩前進かな。
体育館の中から声が聞こえてくる。
「新入生の入場です。皆様拍手でお迎えください」
1組の人達が徐々に入って行く。
それから何を喋る訳でもなく彼女と並び入口で礼をしてから入場する。
綺麗に並べられた椅子に座り全員が座り終わるまで待つ。
恒例の校長先生の式辞から来賓の大人達の祝辞を聞いているが頭には入って来ない。
兄に昨夜言われた事を急に思い出す。
#夢中になれる何かを見つけられるか#
高校生になったからって何ができるんだ?
相変わらずスノーボード とサーフィンは好きでやっている。
夏の日本海はあまり波が立たない。
けどそれでも僕は海に行く、波がないならSUPをやる、波が来れば波に乗る。
父と一緒に。
兄に言われた事が頭の中で蘇る。夢中になれる何かを見つけられるかは自分次第。
さくらさんにも言われた#自分から行動するの#
まずは友達を作るべきか、でもどうやって?
いつのまにか来賓の祝辞が終わり皆が椅子に座ったまま礼をしている。
「続きまして、在校生代表挨拶。生徒会長 西野楓(にしのかえで)さん」
ここの生徒会長は女の人なのか。
遠目からでもわかる、背が高く髪の長い女性。
「新入生の皆さん、本日はご入学、誠におめでとうございます。生徒会長の西野と申します」
綺麗な声、それに加えて堂々としている声。
大勢の前で喋れる勇気を僕は羨ましく思う。授業で発言するのも緊張する僕には出来ないし、する事もないだろう。
「本校は生徒会活動、部活動共に活発に活動しています、皆さんが人生でかけがえのないものを見つけられる場所であります」
「綺麗な人だな」
隣の木村君が言う。
「そうだね」
僕もそう思う。
容姿端麗成績優秀な生徒会長、さぞかし人気だろう。
「私も卒業していった先輩達や先生方に色んな事を教えて頂きました。ここでの出会いを大切にしてください、そしていつでも先生と先輩を頼ってください」
音葉さんの方を見ると彼女は下を見たまま心ここに在らずといった感じだ。
壇上の西野生徒会長の話が終わり会場中で拍手がなる。
ただ1人彼女だけがそこにずっと固まったまま。
1時間程で終わった入学式も終わりまた教室に帰る。
この階段とも長い付き合いになるのか、僕は決して苦ではないが周りからは階段が長いと文句が聞こえる。
これから教室で保護者も交えたホームルームだ。
京野先生が今度は保護者に対して自己紹介をする。
教科書を各自配られ、必要な備品があるか確認する。
「おはようございます。本日より2組の担任になります、京野千景(キョウノチカゲ)です。担当は現代文です。今後保護者の皆様には連絡事項はメールと生徒さんに配布するプリントにて案内して参ります、生徒の皆さんは親御さんにプリントをちゃんと渡してね。連絡し忘れる事がないように気をつけて下さい」
父が学生の時は学校の連絡事項は電話でリレー形式で親御さん同士が伝達していたらしい。
メールの方が時間も手間も省けていいと父は僕が小学校の時から言っていた。
「ではクラスの皆さには自己紹介をして頂きます。名前と趣味や中学校の時にやっていた部活なんか付け加えてもいいので名簿順に、藍川さんからお願いしてこうかな」
僕はこの自己紹介がとても苦手だ。
ましてや親も見ている前で緊張とは別の嫌悪感がある。
特に名前以外に言いたいことがないからか、サーフィンやスノーボード をやっていると言ってもちょっと人と違うとかカッコつけてると思われがちだ。
周りに同じ趣味の人がいればいいのだが。
とりあえず名前だけ言っておこうと思う。
「音葉百合です、よろしくお願いします」
隣の彼女も同じ事を考えていたみたいだ。
自分の番が来て席を立ち
「神崎疾風です、よろしくお願いします」
無事に終わりました。
1人1人、サッカーだったり野球だったり好きな事について話している。
このクラスは全員で40人、全員の名前を覚えるのはいつになることやら。
全員の自己紹介が終わると、教室にあるテレビで学校の施設内の紹介映像が流れる。校内の案内映像を皆で見る。
見たところで、実際に行かなければ場所なんて覚えないのだが。
昇降口に入り1階の教室から4階の教室まで、渡り廊下を渡った別館の各教室や、体育館などが映像で説明される。
音楽室、化学実習室、職員室、体育館、保健室に校長室。
ずいぶん前の映像なのか、古い感じがする。
次にテレビに映ったのは図書室だった。
広い図書館、棚にびっしり本が並び、焦げ茶色の机、本棚、色が統一された空間が印象的だった。
学校のイベント事も紹介される。
文化祭、体育祭、修学旅行、卒業式、そして入学式の映像。
生徒達の笑顔の写真ばかり使われていて、いい映像だと思った。
僕の中学生活にはなかった楽しい学校生活がそこには映っている。
ビデオはこれで終わり。京野先生は淡々と説明を続ける。
「明日から通常通り在校生が登校して来て部活動が始まります。放課後見学に行ってみてください。部活動への入部は自由ですが委員会には1人1つづつ入って頂きます。」
昇降口にはさまざまな部活動のポスターが貼られていた、運動系は勿論、この学校は文化系の部活動が盛んだ。
放送部全国大会出場や全国高等学校英語スピーチコンテスト出場などの垂れ幕が学校の屋上から掛かっている。
「今日は部活動はありませんが各教室は開放されています。是非学校の中を見学していってね。何か質問がある人?」
京野先生からの質問に男子生徒が手を挙げている。
「どの委員会へ加入するかはいつまでに決めればいいですか?」
右側の後ろのから男子生徒の声がする。
「そうね、来月の1日から皆さんには委員会に参加して頂きます。ちなみに委員会の活動は月に1回か2回くらいです。」
京野先生が答える、1回か2回くらいの委員会?やらなくてもいいのではないか。
「質問があればなんでも聞いてください、皆さん明日からよろしくお願いしますね。」
しんと静まり返る教室、終わったのかな?と思った矢先。
「はい、解散!」
京野先生が大きな声で言い放つ。
「解散!?先生ちゃんとしてよ!」
教室のみんなが笑っている、僕も笑ってしまった。
隣の彼女はずっと外を見ている。笑ってる様子は無かった。
ホームルームが終わりこれからどうしよう。
明るい木目の壁の教室、教室の後ろの保護者の中にいる父の元に行くと、父は笑っている。
「よかったな、可愛い先生と隣に美人がいて」
またそんな事を言う。
父は僕が女の子と無縁な事を知っていてよく揶揄う。
さくらさんが所属するbouquetのDVDを見ていた時も誰がタイプかとよく冗談を言われた。
隣の美人、、、
僕も気になっていた、それは美人だからじゃない、不思議な雰囲気だったからだ。
なんだろうよくわからないが、今時の子ではないような感じ。
僕が言うのもなんだが、、、
彼女は教室の中にはもういなかった、鞄も無い。帰ってしまったかな。
「俺は帰るけど疾風はどうする?」
着慣れないスーツのポケットに手を入れた父は帰りたそうだ、もう12時になる、昼食の時間だ。
「学校の中を見て回るよ」
兄の母校であり、僕が3年間通う学校を、色々見ておきたかった。
父と廊下を歩きながら周りを見ると昔から仲が良いのか、親同士で話し合っている人達もいれば、生徒同士5人で笑いながら話している人達もいる。
「道清の時を思い出すな~あいつは初日からふざけてたからなぁ」
父は兄の入学式の時の事を話してくれた。
「何をふざけてたの?」
兄は勉強ができて好奇心が旺盛だ、旺盛すぎる。自分より大きい魚を釣りたいといって漁船をチャーターして鰤を釣りに行ったこともあった。
高校生の時に1人でインドネシア、アメリカにに行きたいと行って1人で行ってしまった事もあった。
やりたい事はとにかくやる性格、そんな印象しかない。
自己紹介の時に言ったそうだ「面白い事がしたいから誰か一緒にやろう」
「何がしたかったの?」
「わからん、教室はしらけてたなぁ」
兄さん、やっちまったな。
「疾風、あんまり遅くならないようにな」
「了解だよ、帰る時連絡するね。」
最寄り駅から歩いて10分のところに学校はある。
海も近いこの学校を僕はとても気に入っている。ただ海が近いという理由で。
父を見送り、学校内を探索する。昇降口から伸びる廊下には委員会のポスターと部活動のポスターがずらりと並んでいる。
歩きながら壁一面のポスターを見るがどれも興味をそそられなかった。
廊下を歩きながら職員室の前を通り過ぎて奥に行くと右手にある木製の扉、ここだけ扉が他の教室と違う。
扉の横の壁には#図書室#と書かれた木製の板が取り付けられている。
さっき教室で見たのはこの中の映像か。
僕はあまり本は読まないが母と兄はよく本を読んでいた。家には母の所有している本が沢山ある。料理本、小説、さまざまジャンルがあり母が亡くなった後は兄がよく読んでいた。
扉は大きな木製のドアノブがついていた、ドアを開けると本特有の匂いが僕を迎えてくれた。
中には誰もいないか、映像で見るのとは大違いで実際に見ると広さに圧倒される。
図書室中央部にカウンターがあり、左手に短い階段があり二階にも本棚があるがある、1階も2階も辺り一面本が埋め尽くしている。
ここにある本を全てを読んだ生徒はいないだろう。なんの本がどこにあるのか把握している人すらいるのか怪しい。
小さい窓から陽の光が入る図書室には小さな埃が舞っている。
図書室の中はまさに静寂。誰もいない広い空間には僕と本だけだ。
「一年生かい?」
1人では無かった、丸い眼鏡にモジャモジャの髪の毛のおじいさん。60歳くらいかな?
「あっ、はいそうです」
「入学おめでとう」
穏やかな話方の初老の男性は一目で優しい人なんだろうと印象付ける雰囲気があった。
「ありがとうございます。えっと、この学校の先生ですか?」
「一応な、だが今は司書だ。教鞭は執るが教壇にはもう立たないよ」
司書さんか、この図書室の管理をする人なのか?司書なんて初めて聞いた。
「1年2組の神崎疾風です」
とりあえず自己紹介をするが、この人は教師ではないのか、結局のところわからない、聞くのも失礼かなと思う。
「ここには沢山の本がある、高校生活は短い、いい本に出会えるといいな」
いい本?面白い本ということか。兄は本が好きだった、兄もここで本を読んでたのかな。
「今年は入学式早々2人もここに来てくれたなんて、勉強に意欲的な生徒が揃っていて関心だ」
2人?もう1人いたのか。
「彼女は君と同じクラスかな?」
2階の長机には隣の席のあの子がいる。
音葉百合、耳にイヤホンをしながら本を読んでいる。
声を掛けるかとても迷う、あの耳のイヤホンは話しかけるなの警告のように感じた。
「そうですね、音葉さんは同じクラスです」
司書さんにボソッと顔見知りだという事を伝えると、何も言わずにカウンターに行ってしまった。
「君の好きな本を教えてくれ」
僕に聞いているのだろうが僕は好きな本なんて無い、思いつかなかった。
「あまり本は読まないんです、、、」
「そうか、ここには色んな本があるから見ていくといい」
カウンターのパソコンを見ながら司書さんは僕に言う。
曖昧な返事をしながら本棚に並ぶ本の背表紙を見て歩く。
小説がほとんどのようだが参考書から辞典、図鑑、学校の卒業文集なんかもある。
兄の卒業文集はあるかな、2015年卒業文集
、あった。
本を手に取り机に座る、今いる学校と何も変わらない風景がそこには映っていた。
兄は1組にいた。若いなと思う、今も若いのだがこの頃の兄は実家にいて一緒に生活していた。
各クラス1人1人の顔写真。学校行事の一場面を切り取った写真がそこには載っていた。
部活動ごとの写真、ユニフォームを着た運動部や袴を着た弓道部の写真もある、文科系の部活などここには数多くの部活動がある。
兄は部活はやってなかったと思ったが、委員会の写真に兄が写っていた、図書委員会。
ここで兄は面白い事をしようと思ったのかな。そこには4人の生徒と司書さんが写っている。
とても仲が良さそうに見えた。こんな友達がいて兄が羨ましくなった。
「入学式に過去の卒業文集を見てる生徒は君が初めてだよ」
司書さんの後ろからの声にびっくりした。
「いや、実は兄が卒業生なんです。見たこと無かったので」
「、、、神崎君と言ったね、」
「はい、兄は神崎道清です」
司書さんの目が大きくなったのが分かった。
「なんと、彼は今どうしている?」
どうしている?
「石川県の大学に行っていますけど」
「金沢だろう、なんというか、その、生活ぶりはどうだ?」
何が聞きたいのか分からなかった、生活ぶり?普通の大学生だが。
「普通だと思いますよ。連休の時にしか帰って来ませんけど」
よそよそしい態度が感じ取れる。文集の写真を見る限り一緒に活動していたのではないのか?
「いや、すまんね。変な事を聞いて彼が元気でやっているならそれでいいんだ」
もしかして、、、
「もしかして、司書さんは海堂先生でいらっしゃいますか?」
この人は兄の言っていた海堂先生ではないか?兄が1番楽しかったのは海堂先生との課外授業だと言っていたが。
「いかにも海堂は私だ。昔、彼が在籍していた時は確かに#先生#だったね。彼は私達の事を君に話していたかい?」
先程より落ち着いた声だ。
「海堂先生との課外授業が学校生活で1番楽しかったと言っていました」
すると海堂先生は大きな声で笑い出した。
「あれを課外授業というか、相変わらず面白い事を言うな」
先程までの落ち着いた雰囲気はどこへやら。
海堂先生の言う#あれ#図書委員会の活動の事か?
「ちなみにどこまで聞いている?」
急に真面目な顔と声に少し緊張する。
「実は何も聞いてないんです、先生によろしく伝えてくれとだけ言われました」
そうかと言いながら振り返りカウンターに向かって歩いていく、僕には何が何だかわからなかった。
「君のお兄さんは本当に優秀な人間だよ、いやあの4人は本当に優秀だった」
#ガチャ#図書室の扉が開いた。
入ってきたのは女子生徒、一年生ではない事はすぐにわかった。入学式で在校生代表で挨拶した生徒会長の西野楓さんだ。
こちらに向かって歩いてくる。
「先生、こんにちは」
僕の方をチラッと見て海堂先生に挨拶をする。僕は生徒会長に小さくお辞儀をする。
小さい声で挨拶をしたが聞こえたかはわからない。
海堂先生が椅子に座りながら「やぁ入学式の挨拶ご苦労様。大役だったね」
「いえ、私の役目ですから」
堂々とした雰囲気は近くで見ても変わらない。
一礼して僕たちの前を通り過ぎる。
音葉さんのいる机の方に向かっていく。
つい見惚れてしまう、背が高く顔立ちも大人っぽい。
生徒会長が本でも借りにきたかと思ったが机にいる音葉さんの肩に手をかけて何か話している。
驚いた。2人は知り合いなのか?
海堂先生といい、この2人といい入学式から驚かされる。
悪気はないが凝視してしまった。
こちらを振り返った西野さんと目が合い慌てて目を逸らす。入学早々生徒会長に変なやつと思われたくない。
足音だけが近づいて来て「先生これで失礼します」とだけ言って図書室から出て行ってしまった。
僕もそろそろ帰ろうかな、乙葉さんに一言声を掛けるべきだろうか。
彼女の座ってる後ろ姿に声を掛けようとしたが。
「音葉さん、」
「……」
顔は見なくてもわかる、鼻をすする音だけが聞こえてきた、彼女はおそらく泣いている。
そのまま静かに立ち去る。
僕はなんて間が悪いのか。
「また来てもいいですか?」
カウンターにいる海堂先生はこくりと頷き「ここに来るのに許可などいらんよ、好きに使えばいい」と言った。
図書室を出て駅に向かう。
お昼ご飯を食べるのも忘れていた。お菓子でも買って帰ろうかな。
「ただいま」
家に帰ると父はパソコンに向かって作業をしている。我が家は住宅街の中にある一軒家。窓を開けていてもとても静かで居心地が良い。
「おかえり、早かったな」
学校の中を見て回る予定が図書室しかいってない。明日また色々回ろう。
「兄ちゃんの事知ってる先生に会ったよ、図書室の司書さんだった」
「なんで先生だった?」
海堂先生の名前を出すと父はそうかと一言だけ返した。
「兄ちゃん図書委員だったんだって知らなかったよ」
「図書委員ねぇ、やってる事は図書とは関係なかったけどなぁ」
「なんか知ってるの?」
「道清達がお世話にになったのは確かだな、まああれを委員会の活動とは言えなかったがな」
「何してたの?」
「親達の知らないところで色々やってるもんだよ、高校生は」
意味深な事を言う父はこちらを決して見なかった。なんだか嫌な事を思い出した時のようなそんな感じが伝わってきた。
これ以上聞いちゃいけないのかな。
普段の父とは少し違う様子だ。
兄の高校時代の話は詳しく聞いたことがない、毎朝学校に行って帰ってくる、バイトはしてたらしいが部活はしてない。
僕が知ってる兄はそんな感じだった。
悪い事をしてるなんて話はもちろん聞いたことがない、けど父の言った#とんでもないこと#ってなんだろう。
入学初日からなんだかもやもやした感じが残る。
その日の夜に兄に電話をしたが繋がらなかった。明日掛かってくるのを待つ事にしよう。
僕は朝が強い、目覚ましより先に起きる事なんていつものことだ。いつも起きて携帯をいじるか漫画を見る。
今日から通常の授業といっても午前中はホームルームと学校案内。
午後は委員会と部活の紹介で授業は無い。
授業を受けている時間はある意味で楽だ。1人で黙々とやっていれば時間は過ぎる。#__・__#いつの間にか終わる。
休み時間で誰とも話さない事を気にする事もなければ、人の目も気にならない。
#自分から行動するの#そう言われてから高校生になったら自分から積極的に友達を作ろうと心の中で思っていた。けどせっかく話しかけてくれた人ともうまく話せない。
隣の子に話しかけてもあまりうまく話せない。終いには入学初日に泣いてるところを見てしまう。
これからの学校生活に希望は一切見えない、まあまだ2日目、頑張ろうと思いながら朝ごはんを食べる。
電車に乗り学校までの道は生徒だらけだ、学校の周りには本当に何もない、海と民家と畑だけ。
車通りも多くない道を沢山の自転車に追い抜かれながらひたすら歩く。
何か1つ委員会に入らなければならないと言っていたが、図書委員会かな。
学校の部活にサーフィンやスノーボードがあればいいなと思うが調べたところ無いようだ。
学校の敷地内は桜が咲いていて綺麗だ。
写真を撮ってる人もあちこちにいる。
4階にある教室に入り時間が来るのを待つ、毎日このルーティーンが繰り返されるのか。
「おはよう」
隣の席の女の子に挨拶をしたが彼女には聞こえなかったようだ。
彼女は自分の席で本を読んでいる。
相手にされてない感じがして少し残念だ。
「おはよう、皆席に着いて!ホームルーム始めるわよ」
京野先生は今日も元気だ。出席を取り先生の話を聞く。
午前中はクラス毎にオリエンテーション、学校の中を一回りして、奨学金の説明や3年間の年間行事の説明を受ける。
午後はクラブ活動と生徒会による学校行事の発表会。
上級生達の気合いの入った説明をよく聞いて、と京野先生は言っていた。
面白そうな部活があれば放課後に見に行き、明日から体験入部ができると言っていた。
教室から出て先生を先頭に各教室を歩いて回る。
明日から授業によっては教室を移動しなくてはならない、覚えておかなければ行けないのだかこの広い学校は僕には少しストレスだった。
廊下に貼ってある委員会のポスターを見ながら「午後に委員会の活動発表があるけど、ここにあるポスターを一通り見ておいてね!」と先生はみんなに言う。
一通り見て回るが図書委員のポスターは無い。
貼ってない委員会もあるんだとその時ばかりは思っていた。
お昼は朝コンビニで買ってきたサンドイッチとパン。
昼休みになると殆どの生徒が教室から出て行ってしまった。
高校生になったらやりたい事の1つが学校の屋上に行くことだった。よくドラマなんかで屋上にいるシーンを見るが僕の中学では屋上に出る事は禁止されていて叶わなかった。
よし行こう。
屋上まではすぐだ、教室を出て廊下の先にある階段を一階上がるだけ。階段を上がり扉を開けるとすでに何人もの生徒が座ってお昼ご飯を食べている。
午後は体育館で全校生徒の集会だ。僕は部活に入る気はないが委員会に入らなければならないとなるとどうしようかな。
開放的な空間の中に隣の席の彼女の姿がある、屋上の手すりに寄りかかり外を見ている。
昨日の図書室での彼女はやはり泣いていただろうか。僕が気にする事ではないかもしれないけど気になってしょうがない。
「音葉さん、もうご飯食べた?」
風に髪をなびかせている彼女は同い年とは思えないくらい大人っぽい雰囲気を纏っている。
「食べてない、いらない」
「そうなんだ、昨日図書室にいたよね、邪魔しちゃいけないと思って声掛けれなかったけど、本好きなんだね」
「そうね、本を読んでる時は現実を忘れられる」
遠くを見ながら笑わない彼女はなんだか僕によく似ている。
今のところ楽しい事は学校には無い。めでたく入学したが友達もまだいない僕は兄の高校時代にやっていた事と隣の席の彼女の事だけが気になってしまってしょうがない。
「ねえ、音葉さん、よかったら僕と友達になってよ」
無言で僕の顔を見る彼女。初めて彼女と目が合ったがとても綺麗な茶色の目をしている。
自然と言ってしまったが、やばいヤツだと思われたかな。
「意外と大胆ね」
彼女は真顔でそう言った。この時の顔を僕は忘れない。少し怖かった。
「そうかな、変なヤツだと思わないでくれたら嬉しいな」
恥ずかしい気持ちを隠すために買っておいたパンをビニール袋から出して一口かじる。
もう彼女の顔を見れない。
「私でよければよろしく」
言ってみるもんだと思った、自分の中にある壁を乗り越えてその先の景色が見えるようになったようなそんな感覚。
けど、ただただ嬉しかった。
「音葉さんお昼は食べた方がいいよ、はい」
楽しみにしていたチョコパンを袋彼女に差し出す。
「ありがとう」
彼女は受け取ってくれた。
2人でパンを齧りながら黙って屋上から景色を見ていた。
教室に戻り周りの賑やかな空気に馴染めないまま席に座る。
午後は体育館に集まって全校集会。全員で体育館まで移動する。
入学式と違って椅子はなく、床に直接座るでお尻が痛い。
「音葉さんは部活入るの?」
隣に座る彼女は先程教室で配られたプリントを見ている。
「決めてない、神崎君は?」
「部活には入らないかな、中学の時も何もやってなかったし」
こちらを見ている彼女はその日焼けはなんだと言いたそうだ。
「委員会には必ず入らなきゃいけないなら僕は図書委員になろうと思う」
図書委員のポスターが無いのは気になったが、兄もやっていた委員会であり、司書さんの海堂先生だってまだ学校にいた。
「私はなんでもいいや、特に興味ないし」
さっき本が好きだって言ってなかったかな、読むのと委員会は別だって事だろう。
体育館には上級生の男の人が壇上に上がっていきた。
「それでは定刻になりましたので、これより我が校の委員会の活動内容の説明と部活動の紹介をさせて頂きます。」
まばらな拍手が起こり、間をおいて続けて話し出す。「ではまずは生徒会からお願いします」
壇上に上がってきたのは生徒会長の西野楓。
相変わらずこの人は人前でも堂々と話をする。
昨日の図書室での事はすごく気になるが、彼女が泣いていた気がして話しかけることは出来なかった。彼女も僕がいるのは気づいていただろうけど、男なら女の子が泣いている時は声を掛けるべきなのか、答えはわからない。
「昨日、図書室で話しかけてこなかったね」
「えっ」
小さい声で聞いてきたのは彼女だった。
「昨日は海堂先生と話をしていたんだ、音葉さんの邪魔したらいけないと思って声かけなかったよ」
焦ってしまった、彼女から昨日の話をしてくるとは思わなかった。触れてほしく無いのかと思っていた。
「私のお姉ちゃんよ、今喋っている生徒会長は」
声が出そうになったが我慢した。驚いた。
僕は黙って彼女を見ている事しかできない。「今はあんまり喋れないからまた今度話すね」
壇上の生徒会長の話はなんにも頭に入ってこない。
周りの生徒は小声でぼそぼそしゃべっていたり、真剣に聞いている人もいる。
その中で僕はただ座ってパニックになっていただけ、生徒会長から目が離せないが何を話しているかは少しも理解していない。
この集団の中で1番話を聞いていないのは僕だろう。
周りの皆が拍手をするから僕もとりあえず拍手をする、終わったのか?
続々と委員会の発表が続く、色んな委員会があるもんだ。
各委員会約3分くらいしか紹介する時間がなかったが先輩達はよっぽど練習したんだろ、上手に喋っている。
「ありがとうございました。これからは部活動の紹介になります。まずはウェイトリフティング部からの紹介です」
一年生は静かに聞いていたが、上級生達の盛り上がりは凄かった。この学校は部活動がとても盛んである。運動部が県内でも強豪という話は聞いた事はないが、文化系の部活は全国大会によく出場している。
空手、サッカー、野球、陸上、新入生の入部者を1人でも多く入れようと面白く、熱い部活紹介が行われる。
「続きましては、文芸部のご紹介です」
遠目からでもわかる、体格のしっかりてしいて日に焼けている。一見運動部っぽい見た目は文芸部と言われなければ誰もそう思わないだろう。
グレーのチノパンに長袖のワイシャツを腕まくりしながら他の部活とは違い1人で壇上に上がってきた。
「えー、文芸部です、2年の藤森と申します。現在文芸部は2人だけでございます。活動内容としては本の執筆です。各出版社に創作した作品を投稿し、書籍化を目指します。それと図書室の本の整理、棚卸しのお手伝いをしています」
淡々と喋る声は他の部活とはまるで違う、元気のないというか、眠そうな感じだ。
「皆さん、本は好きですか?いい本に出会い、作りたいと思う人は是非遊びに来て下さい。図書室の一角を借りて活動しています。以上です」
あっという間に終わってしまった。
図書室で活動しているという#文芸部#、図書委員会はどうやら無い。
体育館にきて委員会と部活の説明を聞いたが
生徒会長が音葉百合のお姉さんだといったことが1番印象に残ってしまい、結局どの委員会に入るかは全然決められなかった。
教室まで戻るなか音葉さんとはなにも喋らなかった。なにを話していいのかわからなかった。
たださっきの話は皆には聞かれたくないだろうなと思った。
教室に戻ったら京野先生に図書委員会の事を聞いてみよう。
自分の席に戻りホームルームが始まる。
「説明した通り、ご自分の希望する委員会に入会届けを出してください。1年間はその委員会で活動をしていただきます。部活動については本日から体験入部が可能です。入部届は本日出す事もできますけど一度部活の雰囲気等を見てから判断するのもいいと思います。皆さん3年間しかない高校生活ですから、楽しんでくださいね。それと勉強も忘れずに頑張る事」
学生の本分は勉強。この学校の9割は大学に進学する。高校生のうちに将来の事を考えて逆算して勉強するんだと兄は教えてくれた。
この高校は生徒の好奇心を尊重する。あまり生徒の自主的な活動にあれこれ口を挟んでこないとのことだ。
僕もその話を兄から聞いてこの学校に進学したいと思って入学した。
「明日から通常授業が始まります。授業の時間割はプリントでも配った通りですし、教室の後ろにも貼ってあります。各自把握しておいてください」
先生の説明を一通り聴いて、今日もホームルームは終わった。
各自席を立ち部活の見学や帰宅する生徒達がいるなか京野先生に図書委員会の事を聞こう
と思って話しかける。
「先生、ちょっとお聞きしたいんですけど」
「はいはい、神崎くんどうしたの?」
「この学校で図書委員会って存在してたかご存知ですか?」
先生は顎に手を当てて考えているが「聞いたことないわね、私も実はこの高校の教師になって2年目なの、図書委員のことなら海堂先生が知ってるんじゃないかしら、図書室で司書をやっているわ」
先生すら知らない、少なくとも2年前にもなかったということか。
「そうですか、ありがとうございました」
先生に礼をして机の鞄を取りに戻る。
音葉さんと目が合うと彼女は僕に小さい声で「ねえ、体育館での話、内緒にしてくれる」
僕はもちろんと答える。
「よろしくね」
「わかったよ、音葉さん今日はもう帰る?」
彼女は下を見たまま小さい声で「図書室にいく」といった。
「僕も海堂先生に用があって行こうと思ってたんだ、一緒に行こう」というと彼女は机から鞄を取り教室を出て行く。
彼女と2人で階段を降りる、今日は全校生徒が登校している。中学校とは部活の数も生徒の人数も倍近く多いため放課後は人で賑わっている。
しかし図書室の前まで来ると人はいない。ここだけ隔離されているような感じだ。僕にとってはありがたいことだ、人混みは苦手だし、集団行動は疲れてしまうから。
図書室の扉を開けて2人で足を踏み入れると昨日と同じ風景、生徒の姿はない、陽の光が埃の舞う室内を明るく照らす。
「先生いないかな?」
「司書室にいるんじゃない?」音葉さんは本棚の本を眺めながら品定めをしているようだ。
司書室は入り口左手にある小さな部屋だ。
年期の入った#外出中の木札#が扉からぶら下がっている。
「留守みたいだ」
「そう、神崎くん体育館での話だけど、、、」
本を1冊持ちながらこちらに近づいてくる彼女は俯いたまま、小さな声で話し始める。
「私のお姉ちゃんっていったけど、西野さんは#従姉妹__・__#なの今は訳あって西野さんの家で一緒に住んでいるの」
「そうなんだ、音葉さん地元は新潟じゃないの?」
新潟が地元でなければそういうこともあるだろう、この学校では寮なんてものはなかったはず。遠くから通えない子は親戚の家や下宿を使うことだってあるだろう。
「地元は東京、中学3年生の時に親とは一緒に住めなくなって叔父さんの家にお邪魔しているの」
訳ありってことか、彼女のプライベートな事を聞くのはやめた方がいいかな?僕が友達になろうなんて言ったから、彼女は困ってるんではないか?
今になって自分勝手な事をしてしまっているのでわと思ってしまった。
「東京、なんだか色々と大変みたいだね」
何を聞いていいのか分からなかった。
変な事を聞いて話したくない事を聞くのだけは避けたい。
「こっちの暮らしはどう?東京と違って何もないでしょ?」
彼女は椅子に座って「何もないね」と笑った。彼女の笑った顔を見るのは初めてかもしれない。
「海には行った?日本海の海は汚いなんていう人もいるけど凄い綺麗なんだよ、僕はよくサーフィンに行くんだけどいい場所沢山あるんだよ」
驚いたようにこちらを見る彼女は「サーフィン?案外チャラ男なのね」と真顔で言ってきた。
誤解だ。僕はチャラい事なんてした事ない。
「そんな事ないよ、」
彼女は笑いながら「うそよ、私の叔父さんもよくサーフィン行くわ、一度連れて行って貰ったけど寒くて車から見てるだけだったわ、海には入ってない」
「じゃあ、もしかしたら、、、」
#うちの子もこの学校なんだ#
入学式の日に#西野さん#に言われた。
「西野さんの子って言うのは君か!」
サーフィンでよく一緒になる、父の友人の西野さん僕も何度か話をしたことがある。
言われてみれば、生徒会長の名前も西野さんだ。
「叔父さんから疾風君のことは聞いてたわ、しっかりしてるから頼れと言われたわ、疾風君よろしくね」
僕の知らないところで色々な事が起こっている。図書委員会の事を聞きにきただけなのだが入学早々僕には刺激が強すぎる。
「こちらこそよろしく、今度海に入ってみる事をおすすめするよ、海はいいよ」
「夏になったらね」
「友達になってくれてありがとう」
僕は彼女に心からお礼を言った。
静かな図書室、2人だけの空間は僕には居心地が良かった。
#ガチャ#
図書室の入り口から1人の生徒が入ってきた、先程の全校集会で壇上に立っていた人だ。
「おや、お待たせ入部希望者よ。2人も来てくれるなんて心強いな」
文芸部の藤森さん、近くで見ると顔も眠そうだ。色黒でいかにもスポーツやってそうな見た目だが図書室を活動の拠点としていると言っていたな。今から部活動?
「こんにちは、いえ、海堂先生に用があって待ってるんです」
「そうかい、待ってるついでに文芸部入部する?」
ついで、、、
「検討します」そう言って場を濁す事しか出来なかった。
先輩は落ち着いた声で「残念」と言った。
「承知、ちなみに海堂先生は新潟大学に行ってるから今日はいつ戻るか分からないよ」
そうなんだ、図書委員会の事はまた今度聞こうかな、ちなみにこの先輩は知ってるのか?
「先輩、知ってたら教えて欲しいんですけど#図書委員会#って今は無いんですか?」
「どこで委員会の事を聞いた?」
眠そうな先輩の顔はどこかへ行ってしまった。聞いてはいけない事だったのかと咄嗟に思った。
先輩が目の前まで近づいてきて嫌な緊張感が僕達2人の周りを取り囲む。
音葉さんが僕の腕の裾を掴んだのがわかったが僕は動けなかった。
「先生と一部の生徒しか知らないはずだ、誰から聞いた」
正直に言うしかなかった。
「兄が卒業生で図書委員会だと聞いて、、」
僕の驚いた顔の目の前で先輩も驚いた顔をする。
「お兄さんの名前は?」
「神崎道清です」
「お兄さんから委員会の事は何も聞いてないのか?」
何も聞いてない、海堂先生の時もそうだが、なぜこんなにも変な空気になる。
「ごめん、驚いてしまったよ」
それはこっちの台詞だと言いたかったが何も言い返せなかった。
先輩が手招きをしながら司書室へと入る。
僕と音葉さんは顔を見合わせ先輩の後について行く、司書室の扉は鍵がかかっていない。
中に入ると机と小さな本棚が狭いスペースにあった。
「君のお兄さんの代で委員会は無期限の活動停止になった」
司書室の中の段ボール箱を漁りながらそう言った。
僕は何か兄がやってはいけない事をしてしまったのだと思った。だから兄達の代で無くなったのだと。
「委員会の先輩達は常に#挑戦__・__#していたそうだ。在籍していた4人は学校でもずば抜けて優秀だった海堂先生も言っていた」
そう言いながら取り出したのは水色の安っぽいファイルだった。
藤森先輩はパラパラとファイルを捲りながら話してくれた。
「世界には数学や物理の#未解決問題#やインターネット上の#謎#を解き明かすと賞金が出るといった世界中の人に向けたある種のクイズみたいなものがある。図書委員会は図書室の管理意外にそういった問題に挑戦する事をやってた」
「つまり、謎解きをやっていたと?」
音葉さんが小さい声で質問する、やっている事はなんだか数学オタクみたいだなと思ってしまった。
藤森先輩はファイルを見ながら違うと言った。
「先輩達がやっていたのはどちらかといえば金儲けに近いな」
「金儲け?!」
兄が友達と金儲け?高校生が世界中の人間が解けない問題を解いて賞金を獲得するなんて聞いたことない。ありえない。
仮に未解決問題を委員会のメンバー達で解いたら大ニュースになる。活動停止どころか褒め称えられるのではないか。
「活動停止の理由はお金儲けを企んだからですか?」
僕には笑い話に聞こえた。兄は図書委員会という場で何を子供みたいな事をしていたのかと。
「実際、未解決問題を解決して賞金を獲得した記録はない、だが#何かしらのお金__・__#を獲得した。その方法が問題になり活動停止になった」
「えっ!すごい!」
僕より先に音葉さんが驚いた。
実際に賞金を獲得したなんて話、兄も父からもそんな話聞いた事がない。少ない額だったから話題にならなかったのか、、、賞金を獲得した方法が問題になる?どういう事だ、まさか、、
「方法が問題って、何か、犯罪に加担したとかですか?」
僕は恐る恐る聞いた、兄がなにかよからぬ事をしていたなんて事実、入学早々聞きたくはなかった。
「どういった方法なのか記録にはない。俺ははここでの記録からその方法を調べている。
君からお兄さんに活動の詳細を聞いてくれないか?」
兄に聞くのはいいが、何から聞けばいいんだ。お金儲けをしたそうじゃないか、方法を教えてよ!って聞くのか?
「兄が図書委員会だと言う事も昨日海堂先生から聞いて知りました。聞いてみてもいいですけど、教えてくれるかは分かりません」
先輩はうなだれながら「そうか」と呟いた。
藤森先輩はどこからか図書委員会の活動の情報を聞いて同じようにお金儲けをしようと思っているんだろう。
兄のやっている事を知らない人に調べられて尚且つ、兄達の実績を横取りされてる気がしてなんだか腹立たしく思った。この人はなんでそんな事調べているんだ?
「先輩も図書委員会の真似をしてお金儲けがしたいんですか?」
僕は生意気な事を言っているのは承知で言ってしまった。
「半分正解だ。俺には金が必要だ、だがそれ以上に」
ファイルを閉じて、先輩は僕達をじっと見た。先程の威圧的な態度ではなく、ゆったりとした口調で話始める。
「2年前になにがあったか知りたいんだ。委員会が活動停止になったのはなぜか。不思議だと思わないか?」
兄が停学になったとは聞いた事がない、もちろんちゃんと卒業もしてる。委員会の活動に問題があったが、校則は破ってないってことか。兄に聞くのが早いのだが昨日電話が繋がらなかったきり折り返しもない。
今晩にでもまた連絡してみよう。
「さっき#一部の人しか知らない__・__#と言っていましたけど知ってる人はこの学校にいないんですか?」
僕の隣でごもっともな事を音葉さんが聞いてくれた。
「おそらくだが、一部の教師、図書委員会に在籍していた卒業生の4人、海堂先生、3年でこの部活の部長の時雨(しぐれ)先輩だ」
藤森先輩はこの件で知っているのはその数人だけだと言った。卒業生の連絡先はわからない、SNSのメッセージ機能を使っても返信はないらしい。
「先生も先輩も教えてくれない。この話をすると怒るんだ」
藤森先輩はそう言って椅子から立ち上がり眺めていたファイルを元あった場所へ戻す。
「ところで、2人とも本は好きか?」
急に話が変わり、反応できないでいると、
「私は本大好きです。読む専門ですけど」
音葉さんが答えた。
「皆そうさ。俺だって読む専門だった。一緒に作らないか?さっきも全校集会で説明したが文芸部は本の執筆が部活の活動になる」
さっきまでの態度とは反対に優しい口調で勧誘をしてきた。
「3年間しかない高校生活だ。今は2人しかいないからアイデアは沢山あった方がいい、君たちは真面目に活動してくれそうだ」
僕はあまり本は読まないんだよな、音葉さんにはこの部活合ってるんじゃないかな?けど執筆活動そっちのけで、お金儲けの方法を探す手伝いをさせられるのはごめんだ。
音葉さんを見ると彼女は首を傾げている。
今の話を聞いて入りたいとは思わないだろう。
「ちょっと2人で考えさせてください」
考える余地があるのか?まさか金に目が眩んで、、、あれ、僕も考えるの?
彼女は失礼しますと言って部屋から出て行く。
僕も急いで彼女の後を追う。
後ろから藤森先輩の「お兄さんに聞いといてね」という台詞が後頭部に当たった。
図書室の机の上に出しっぱなしだった鞄を取った彼女は僕に「今日は帰ろっか」と言った。その方が良さそうだ。
図書室を出て2人で昇降口まで歩く途中彼女はなんだか楽しそうだ。
「あの話本当だと思う?」
僕も同じ事を聞こうと思っていた。「わからない、けど兄ちゃんは昔から変わってたから本当だとしても不思議じゃないかな」
「お兄さんに聞いてみてよ、どうだったか明日教えて」
上履きから、下足に履き替えて分かったと返事をする。春でも夕方はまだ冷たい風が吹く。日も傾き始めて2人で駅を目指して歩く。
家は新潟大学から少し離れた西海岸公園の近く、彼女はその先の新潟駅より西の方らしい。
「音葉さん、文芸部に興味はない?」
道を歩く生徒は僕達だけだ。図書室で時間を過ごしたから他の生徒達とは時間が被らなかった。とっくに駅まで行って電車に乗ってるか、部活動の最中だ。
「迷ってる、本の執筆なんて考えた事も無かった、面白そうだと思ったし先輩の作った作品を見てみたいな」
本を書くのと読むのは別なのか、たしかに何もないところから何かを創造する事は難しい。
改めて作家という仕事は何をきっかけに物語を創るのか、実際に体験もしてない事が頭の中から出てくる。想像力がある人は凄いなぁと安い言葉が出てくる。
「迷ったらゴーだよ」
彼女は鼻で笑いながら僕に問いかける「ゴー?」
神崎家で父、兄ともによくこの言葉を言っていた。迷ったら進んでみろ間違ってたら引き返せという意味らしい、母はよく考えなさいと横から口を出して注意していたのを思い出す。
「迷ってるならやってみたら、あの先輩は悪い人ではなさそうだし純粋に本が好きなんだと思うよ、多分」
藤森先輩と話していてなんとなく悪い人ではなさそうだと思った。図書委員会の事を話している先輩はなんだか楽しそうでもあり、謎解きに夢中になっている気がした。学校生活で夢中になれるものがあるなんて羨ましい。
兄に電話で#夢中になれる何かを__・__#見つけられるかは自分次第だと言われたのを思い出す。
「疾風はなにか部活入るの?」
風で揺れる髪を抑えながら僕に話しかける彼女の隣で前だけを見ながら歩く僕は女の子と一緒に帰るなんて贅沢だなと思ってしまう。
「部活に入る予定はないかな、委員会には必ず入らなきゃいけないなら園芸委員会にしようかな」
部活には入る予定はない、人にやってみればと勧めといて自分は部活に入らないなんて、音葉さんに適当な事言っちゃったかな。
「ふーん、じゃあ私は福祉委員会にしようかな。ねぇ、今のところ部活に入る予定無いなら明日また一緒に文芸部を見に行かない?」
彼女からの急な誘い、なんだか嬉しかった。断る理由はないがまた兄の事を聞かれるのは目に見えている。
兄から何があったのか聞いてみるしかない。そういえば先生も昨日変な事言っていたな、生活ぶりがどうかって。
「いいよ、海堂先生にも話聞いてみたいしね」
「ありがとう、あの先輩なんか変な感じしたよね?1人で相手する自信無いわ」
藤森先輩の事だろうが、僕は少し兄に似ていると思ってしまったから、変という事は言わず、陽気な人だねと言った。
駅に着き電車を待つ、僕はこの駅から3つ先の白山駅、彼女はその先の新潟駅が自宅の最寄駅だ。
少し小高い位置にある駅。海を見下ろす事の出来るこの場所は景色がとても良い。電車を待ちながら彼女に聞いてみた。
「音葉さん、オススメの本ある?」
彼女は隣でうーんと考えている。「疾風は本読まないのね、どういったのが好きなの?」
好きなジャンルか、本を読まない僕にとっては全てのジャンルが、未体験なのだ。
だから本好きにオススメを聞きたかった。
「実話が元になっている物語か、怖いのが好きかな」
僕はこの類の映画が好きだ。だからこの2つくらいしか出てこなかったのだ。
「じゃあオススメを貸してあげる、ちゃんと最後まで読んでね」
「ありがとう、努力するよ」
今日までの人生で、最後まで読んだ本は子供の頃に読んだ絵本ぐらいか、高校入学を機に読書を嗜めるようになろうかな。なんて思っているが僕は予感する、恐らく僕は本が好きにはならないんだろうなと。
2人で電車に乗って学校の話をした。担任の先生が優しそうでよかった事、まだお互い友達と呼べる人がいない事。苦手な教科のこと。
クラスメイトとこんなにゆっくりお喋りするのはいつぶりだろうか、心地よい時間はすぐ終わる。電車を降りて彼女に手を振りながらゆっくりとそして加速しながら進む電車を見送る。
「ただいま」
家の中から返事は帰ってこない、父は仕事で出かけているのだろう。
大体いつもの時間に帰ってきてそこから2人で晩御飯を作り始める。
いつも晩御飯までは金魚に餌をやり、テレビを見たりして時間を過ごす。
部屋に入り携帯を取り出し兄に電話をする。
授業中かな、、
繋がらない、、
電話を切り制服から着替えてると携帯にメッセージが入ってきた。
兄から「夜掛け直す」とだけ書いてある。
隣の兄の部屋なにかあるかな。
兄が出て行ってからはあまり立ち入らない。特に用がないからだ。
兄の部屋に入ると、そこには変わらない景色がある。大きな本棚と机とベット。
本棚を眺めながら、何冊か手に取りパラパラとめくるが兄の読む本には統一性が無い。
警察が舞台の小説、青春小説から恋愛小説まで、タイトルからもおおまかな内容が伝わる。著名人の自伝、大学入学の問題集と沢山の本がある。
図書室で見た卒業文集も棚の端にある。
几帳面に並んでいる本は8畳の部屋に対して存在感がある。
卒業文集の隣にある、真っ白の硬い表紙の本が一冊ある。これだけ何も書かれていない。
手に取り捲ると兄がパソコンで打ち込んだのか数字と見慣れない漢字のオンパレードだ。
売上高、売り上げ変化比率、自己資本比率、負債比率、EPS.ROE.ROA.
なんだかよくわからないがノートに書いたものを写しただけなのか。
株式会社〇〇、〇〇ホールディングス、聞いたことある会社もあれば知らない会社の名前もある、名前と一緒に知らない指数と数字。
何枚も捲ると、写真が何枚も貼り付けてある。
図書委員会の4人の写真か、卒業文集では4人しか映ってなかったが他にも2人いる。女の子が2人だ。
兄達よりも背が低い彼女達は4人と並んで写っている。他にも部員がいたのか。
図書委員会はなんで活動停止になったんだろう。知ってる人に聞くのが1番早いが今日は誰とも話せなかった。
藤森先輩が言っていた知っている人は一部の教師と部長の時雨先輩と元図書委員会の兄達卒業生。
時雨先輩って誰だ。
窓の外から赤い夕焼けの光が差し込んでくる。
1時間もしないうちに日が沈む。
夕方サーフィンをやっている時、海に浮かびながら水平線に沈む夕日を何度か見ているがとても写真では写しきれない壮大な景色が僕は好きだ。東京で水平線に沈む夕日を見れていたのかはわからないが彼女にも見せてあげたい。
晩御飯を父と2人で食べながら、今日の話をする。白ソイの煮付けとごぼうハンバーグを食べた。海に近いため魚はいつでも食卓に並んでいる気がする。晩御飯を食べて、片付けを済ませて部屋でくつろいでいると兄からの着信が来た。
「もしもし、何してるん?」
兄はいつでも聞いてくる。この時間高校生は勉強か何もしてないよ。
「なんもしてない」そう答えるのが毎回の兄弟の電話での会話の流れだ。
「学校ばどうだ?」
まだ2日目で普通の授業は受けていない、それどころか兄の事、いや図書委員会の事で訳が分からなくなっているよ。
「まだ2日目だし、特に面白い事はないけど海堂先生にあったよ」
「先生は元気でやってるか?いや、今は司書か」
兄が在学中は教壇に立っていたと言っていた。
「元気だよ、先生も同じこと言ってたよ、兄ちゃんは元気かって」
そうかとつぶやく兄はいつものお調子者な感じはしなかった。
「兄ちゃんって図書委員会だったの?先生に聞いたよ」
「あぁ、毎日楽しかったよ、疾風は入る部活決めたのか?」
聞きたい事を全部聞こうと思ってたが、何から聞いていいのかわからなくなった。
「まだ決めてない。図書委員会、今は無いんだね、兄ちゃん達の代で無くなったって聞いたけど何があったの?」
「興味本意で始めた活動が思ってもない方向にいった、そうしたら部活動の域を超えたってことろか、かなり特殊な問題だったからな」
「何したの?」具体的な説明を聞きたいのだが濁すような言い方をするのがもどかしかった。静かな部屋で兄の言葉を待つ。
「誰にも言うなよ。学校側と皆で約束している事だ。委員会でやったのはインターネットを使った資金調達と株式投資だ」
株式投資、聞いた事はあるが問題になるのか?
「それだけ?何か犯罪に加担したの?」
「そんな訳ないだろ、ギャンブル性があって面白かったんだ。ただそれだけだ」
お金儲けをしたと聞いていたが、僕でも知っているが株式投資はそもそもお金を持ってないとできないはず。お金持ちがやる事。そんなイメージだ。
「そんなお金どこから用意したの?学校に図書委員会は無くなってるし兄ちゃん達はお金儲けしてたって聞くし、初日から情報量が多すぎてこっちは大変だよ」
「もちろん稼いだ。パソコン1台あれば少しは稼げる、疾風も本を読んで勉強しろ」
兄は笑いながらと言った。
それに加えて「可愛い担任の先生だけじゃなくて美人の隣になったんだろう?羨ましい限りだよ」
話がだいぶ逸れた。兄のこういう所はよく父に似ている。
「誤魔化すなよ、図書委員会の活動の事を兄ちゃんに聞いてくれって学校の先輩に言われたんだよ。その人兄ちゃん達の事調べていたんだ。」
兄は笑っている。愉快な奴だ。
「調べたって何も出てこないよ、学校が全部隠している。当時の資料も全部各自持ち帰った。学校には写真くらいしか残ってないだろう」
なんにも無いか。
「ねぇ、なんで委員会は活動停止になったの?投資ってしちゃいけなかったの?」
投資をしてはいけないなんて校則があるのかは知らないが、高校生がやる事なんてたかが知れているだろう。
「疾風、誰にも言うなよ。約束だ。」
兄は笑ってなかった。いつになく真剣な声に少し緊張する。兄弟でも兄のこんな声は久しぶりに聞いた。
「問題はお金だ。委員会で始めた稼ぎと投資は高校の3年間で800万、今では額は5000万位になっている。当時俺達は金を使う予定はなかったが、仲間の1人がその金によって人生が変わってしまった男がいたのさ」
「そんなに!!」
想像を超えた額だった。兄は静かに続ける。
「18歳まで証券会社からお金は降ろせない。卒業してそいつは同じ委員会に所属していた後輩を巻き込んでしまった。後輩の子は株で稼いだお金とは知らなかったようだが使っても無くならなない額だ、2人で調子に乗って金を使いまくった、学校にも来なくなり、親達が騒ぎ出したんだ。その後後輩の子は退学した。」
夫婦でも友達同士でも兄弟であってもお金関係の問題が1番揉めるとよく父も言っていた。
その後兄から2人とは連絡がつかず音信不通だと聞いた。
「高校生には身分不相応な金のせいで人生が変わってしまった人間が出てしまった。しかも2人も、
それが問題視されて活動無期限停止だ」
そういうことね。
黙って聞くしかなかった。高校生で大金を稼ぐ事なんて考えてもなかったし話を聞いても真似しようとも思わないが、あまり自慢できる話ではないか。
「疾風、誰にも言うなよ。運が良かったんだ俺達は。もう2度と同じ事は出来ない。学校側も法を破った訳ではないという事で俺達は処分無しだ。しかし公表出来ない事件として生徒には事実を隠している。当時関わった人間には口外しないようにと誓約書まで書いたからな」
学校には何も記録が残ってないか。
余計な事聞いてしまったと思う反面、モヤモヤした感じが吹っ切れた。言うなと言われた以上話が漏れたら僕だとバレてしまうと思った。どこがで話が漏れていれば既に学校では噂になっているだろう。
「わかったよ、言わないよ」
そう言ってその話はやめた。海堂先生が兄の事を心配していた事、友達ができた事を話した。
兄からも海のプラスチックごみの研究をしているとの近況報告を聞いて電話を切った。
明日音葉さんになんて説明しようかな。電話繋がらなかったで誤魔化そう。よし決めた。寝よう。
入学して3日目、今日から学校では朝から夕方まで各教科の授業が始まる。勉強はそこそこできるつもりだ、自信はちょっとある。だからこの学校に入学出来た。
朝、同じ制服を着た名前も知らない生徒達と同じ駅で電車に乗り、同じ制服を着た生徒達を増やしながら学校の最寄り駅までゆらゆら揺られながら電車が走る。
駅に着き、生徒達の賑やかな話し声の飛び交う道を学校目指して歩いて行くと後ろから制服を引っ張られる。
びっくりして振り向くと誰もいない。
「おはよう、疾風」小さい声が隣から聞こえる。
「音葉さん、おはよう。あれ、今の音葉さん?」
彼女は小さい声で笑いながら「日焼けしてるからそうだと思ったけど、引っ張った瞬間に人違いだったら恥ずかしいと思って」
隠れた訳ね。
「意外と大胆だね」
「私の真似でしょ」
咄嗟に出たセリフは昨日屋上で彼女に言われたセリフだった。真似したつもりはないがつい口から出てしまった。
「ねぇ、お兄さんなんだって」
彼女は僕を見ながら興味深々な顔でこちらを見る。
「電話繋がらなかったよ。結局わからなかった」
昨日、頭の中で考えたプラン通りとぼける事にした。彼女は人に言いふらす事はしないだろうが、あの先輩にしつこく聞かれたらと考えると知らせない方が良いと思った。
「そうなの、気になってたのに。疾風にこれ貸してあげる、私のオススメよ」
彼女は本の入った可愛らしい手提げ袋を僕の前に差し出す。
「あっ!ありがとう、読んでみるよ」
そうだった、本を貸してとお願いしたのを忘れていた。流石に読まずに返すわけにはいかない。これは眠れない日が続きそうだ。
「私は約束守ったからね。お兄さんに聞いたら教えてよ」
そういう約束だったかな?
「音葉さん、お姉さんは図書委員会の事何か知らないかな、僕の兄さんが5歳年上だから3年の時にお姉さんと同じ学校にいたと思うんだけど」
「うん、聞いてみる」
僕にはわかった。さっきまでのお茶目な感じは無くなんだか違和感のある間があった。
お姉さんといっても従姉妹と言っていたな。僕達兄弟みたいに仲が良いとは限らなかった。
我ながら気が利かないと自分が嫌になる。爽やかな朝だったのに自分で壊してしまった。
「貸してくれたこの本はどんな物語なの?」
咄嗟に話を変えた。彼女に嫌な思いはさせたくないのだが、僕にはなかなか難しい事だ。
「読む前に内容を話したら面白くないじゃない、事前情報無しで読みなさい」
「わかりました」
2人で学校までの短い道のりを歩いていく。
今日から授業が始まる、お互い英語が苦手だとか運動が苦手なんて話をして教室まで一緒に歩く。
放課後一緒に図書室に行く約束をしてお互い授業を受ける。
なかなか難しい授業じゃないか、、、
授業が終わるチャイムがなり6限目の授業が無事に終わる。
生徒達はここから自由時間だ、僕はカバンを持ち隣でカバンに教科書を入れている彼女を待つ。
相変わらず音葉さんは大人っぽい雰囲気だ。都会育ちだからかな。
「お待たせ、行きましょう」
「うん、海堂先生いるかな」
2人で図書室に向かう、彼女は文芸部の創作した本を見に、僕は兄から全部を聞いてしまったがその事を誰にも言えないので彼女に昨日話した通り海堂先生に会いに行く。いわゆるアリバイ作りだ。
図書室まで向かう為4階から1階に降りる。
藤森先輩にも嘘をつかなくてはならない為頭の中でセリフを繰り返し唱える。電話は繋がりませんでした。
隣を歩く彼女のペースに合わせてゆっくり歩く。
下を見ながら歩く彼女は朝とは違い疲れた様子に見えた。
「大丈夫?疲れた?」
彼女はこちらを見ながら「平気よ」とだけ言う。
渡り廊下を歩いていると生徒会長の西野楓さんが廊下の向こうにいる。
こちらを見ている西野さんは明らかに音葉さんに用がある様子だった。
「百合ちゃん、よかったら一緒に帰らない?」
笑いながら話しかける先輩とは逆に目を合わせようともしない音葉さんはとても困惑している様子だった。
「これから図書室に行くので先に帰っててください」嘘はついていないがあまり2人になりたくないように見えた。従姉妹とはいえ同じ家に暮らす家族が同じ学校にいるのは気恥ずかしいのかな。
「うん、帰りは気をつけて帰ってきてね」
先輩は1人昇降口まで歩いていく、堂々と歩く背中は少し寂しそうだ。
西野さんには僕はまるで見えていなかったようだ。
「図書委員会の事、聞くの忘れちゃった、ごめんね」
小さい声で音葉さんは呟く。
「いいんだ、海堂先生の方が詳しく知ってるさ、先生に聞いてみよう」
西野先輩と音葉さんの事聞くべきか、聞かない方がいいか、こういう時兄だったらどうするだろう。
再び2人で歩き始める。
「一緒に帰らなくて良かったの?」
「いいの、お姉ちゃんも気を使ってるだけだから」
先日の図書室でもお姉さんは一緒に帰ろうって声掛けてたんじゃないのかな。
相変わらずこの図書室だけは賑やかな校舎とは違い静かだ。
扉を開けると話し声がする。
「何考えてるのよ、あなたは!」
女の人が怒ってる。
「時雨さん違うんだよ!あの子は関係者なんだよ、多分」
「家族でも知らないかもしれないじゃない!教えられないって何回言えば分かるのよ!むやみに話すんじゃないわよ!」
藤森先輩が怒られている。恐らく時雨先輩にだ。
カウンターで海堂先生が座りながらパソコンに向かって作業している。
先生だけが僕達に気づいてくれた。
「やぁ、いらっしゃい。ゆっくりしていくといい。
文芸部は騒ぐなら外でやりなさい。ここは図書室なんだから」
「やぁ、君たちか、入部する気になったかい?」
藤森先輩はそそくさと入口の僕達の方に近づいてくる。
「いえ、まだ決めてなくて。もしよろしければ文芸部の作った作品を見せて頂けないかと思いまして来ました」
昨日の事は聞かなかった事にしよう。僕にはその方が都合がいい。
「ついに、入部希望者がきたのね!」
奥にいた時雨先輩らしき人も入口に近づいくる。
メガネを掛けて肩にかかる長さの髪はウェーブが掛かってお洒落な髪型だ。テレビでよく見る女性アイドルにも似たような人がいたような気がして可愛いと思ってしまった。
西野先輩とは違い幼い印象を受けるが3年生と言っていたかな。
「こんにちは、文芸部の執筆した本をよければ見せて頂きたくて」
音葉さんが僕の後ろから小さい声で喋るが果たして相手に届いているのか。
「昨日のこいつの言った事は忘れてちょうだい!
ようこそ文芸部へ、道清先輩の弟さんね、可愛い彼女連れてお兄さんよりやるわね!私たちの作品是非見てみて!」
走って司書室に入っていく時雨先輩はなんだか子供みたいだ。
彼女ではないのだが悪い気はしなかった。
「私たちの書いた小説よ!2人ともどんな本が好きなの?」
段ボールを両手に持ったまま出てきた先輩はニコニコしてとても嬉しそうだ。
僕は黙ったまま音葉さんの方を見る、僕は好きな本は今のところありません。先輩、隣のこの子が来たいって言ったんです!
「私は小説全般好きです。特に「アルジャーノンに花束を」が好きです」
「分かるわ、素晴らしい本よね。私、あなたのこと好きだわ」
音葉さんの答えが相当心に響いたのか時雨先輩はさっきまでの怒りは治ったようで、音葉さんの手を握ってじっと彼女の目を見ている。
藤森先輩と僕は女子2人のやり取りにただ呆然と見ているしかなかった。
椅子に座るように促された僕達は先輩2人と向き合う形で長机に押し込まれた椅子に座る。
「私たちがこれまでに執筆したのは2冊、毎年定期的にある公募新人賞に応募して大賞を取る事を目標に活動しているわ、創作するジャンルは大きく分けて3つ、ミステリー、青春、ラブストーリー」
きちんと活動はしているようだ。
「この2冊読んでも良いですか?」
音葉さんが段ボールから出した、文芸部の創作した本を手に取ろうとすると
「いいけど、感想は率直な意見を聞かせて、お世辞はいらないわ。つまらなかったらどこがつまらなかったかちゃんと教えて。」
文芸部は真剣にいい作品を作ろうとしいるのであろう。
「わかりました」
今度はしっかりした返事で音葉さんが本を手に取る
「挨拶が遅れたわね。部長の倉木時雨(くらきしぐれ)です。これは副部長の藤森君、昨日お話ししたみたいね」
「これってなんですか!?」
この2人が文芸部。
「1年2組の神崎疾風です」
「同じクラスの音葉百合です」
挨拶をする時雨先輩は先程とは違い、穏やかで優しい雰囲気がある。
藤森先輩と並ぶとなぜこの2人が同じ部活にいるのかと違和感を覚えるが2人とも執筆活動には真剣なのだろう。
「来てくれて嬉しいわ。2人が入部してくれたらアイデアが増えてもっと質の高い物語が書けそうなんだけどね」
僕はもともと兄の所属していた図書委員会の事が知りたくて図書室に来ただけだ。
音葉さんは本が好きで図書室に来ただけ。
入学式の日は図書室が文芸部の活動拠点だとはお互い知らなかったのだ。
「本は読むのは好きですけど、作るとなると難しそうで…」
音葉さんの言う事はごもっともだ。僕も同じ意見だ。
「そんな難しく考えないで、自分達の作ったものが残れば面白いじゃないか、ましてや応募して大賞を獲って人から認められればそれは名誉な事だし、これからの人生のプラスにもきっとなるはずだよ」
藤森先輩の勧誘は上手いなぁと感じた。何人にも断られてきて鍛えられたのだろうと感心してしまう。
確かに高校生作家なんて優越感たっぷりの肩書きだ。周りには誰一人として作家を生業にしてる人はいないからなんだか格好良く聞こえてしまう。
「面白そうだなとは思うんですけど」
音葉さんの小さい声は迷っているのが分かるほど弱々しい、そして僕の顔をじっと見ている。
「疾風も入るなら入ろうかなと思ってます」
「僕も?」
目の前の先輩達がニコニコしながら僕を見る。
入れよと先輩達の心の中の声が聞こえたような気がした。
「いや、僕は本をあまり読まないものですから」
「これから読めばいいのさ、良い作品を作ろう」
藤森先輩に肩を組まれる僕の横で時雨先輩に腕を組まれている音葉さん。
入部するかどうかは僕が決めることになるのかな。
「とりあえず、また後日返事をさせて頂きます」
「疾風殿、彼女が踏ん切りつかない時は背中を押してやる事も男の役目だよ」
隣で囁く藤森先輩は昨日の事もあり裏があるように聞こえる。
「疾風、先生に用事あるんじゃないの?」
音葉さんに言われて焦ってしまった、本当は用事なんてない。昨日兄から全て聞いてしまったからだ。
やはり嘘をつくと碌な事がない。
「何かようかね?」
ここは何も知らない体でいこう。
「いや、兄に海堂先生によろしく伝えるように言われたものですから挨拶に」
「道清先輩からどこまで聞いてるの?」
時雨先輩の声はとても重かった。この先輩は感情の変化が大きいな。
「何も、ただ先生とやった部活が学校生活の1番の思い出だと言っていました。先生によろしくとだけ」
「誰にも言ってはダメよ、先輩達にも迷惑が掛かるからね」
なんだか怒られた気分になった。そのまま文芸部の執筆した本を持って音葉さんと図書室を出た。
熱心な勧誘をしてきた人とはまるで別人みたいな態度の変わり様にとても居づらくなってしまった。
下駄箱で靴を履き替えて音葉さんと2人で駅を歩く。
音葉さん本当は文芸部入りたいのかな?
「ねぇ、疾風、本当にお兄さんと電話繋がらなかったの?」
本当のことを言いたくなった。自分でも余計な事に首を突っ込んでしまったと思ってしまう。
兄の部活に興味など持たずに普通に生活していればよかった。
「いや、実は聞いたけど誰にも言うなって言われたんだ」
隣の彼女は何も言わず、僕の方をじっと見ている。
「嘘ついてごめん、誰にも言うなって言われたから」
「私は約束した本持ってきたわよ。疾風は約束守らないの?」
彼女の怒っているのか、冗談なのか判断のつかない問いになんと答えようか。このまま無言で電車に乗ってさよならするほどの度胸は無い。
友達になってと僕から言ってまだ1日しか経ってないのだが、約束も守らない男と思われるのは嫌だ。
彼女なら誰にも言わないだろうか。
「冗談よ、焦ってたでしょ?顔に出やすいのね」
「勘弁してよ、兄ちゃんの許可が降りたら教えるよ」
彼女は「はーい」と言って歩いていく。少し後ろを歩きながら彼女の後ろ姿を追いかける。
「疾風、携帯の連絡先教えてよ」
「うん、いいよ」
携帯を片手に自分の番号を表示する。彼女は横から覗く様に僕の携帯の番号を自分の携帯に打ち込む。
携帯の連絡帳に名前が増えるのはなんだか嬉しい。友達が増えた実感が湧く。
電車に乗り、彼女は文芸部の執筆した本を読んでいる。僕は窓の外をただ見ている。日が傾き初めて空が段々緋みを帯びてくる。地平線が真っ赤になり、空にいくにつれて青くなる。赤と青の間には白い空が見えてとても幻想的だ。
彼女より先に電車を降りる。
走り出す電車の中にいる彼女に手を振りながら今日も電車を見送る。
家に着き彼女から借りた本をカバンから出して手に取る。
表紙に巻いてある帯には2012年ミステリー大賞ノミネートと書かれている。この本はミステリー作品で名のあるコンテストで評価された作品なのだろう。
文芸部もこういった賞を獲る為に活動しているってことか。
本を読むのは久しぶりだ。
家にある本を手に取ると、母が生きていた頃、母は本が好きだったなと思い出してしまい僕は本を手に取る事が減った。まだ兄が家に居た時、兄の部屋に家中の本を持っていったのも僕への配慮だと勝手ながら感じている。
本からは微かに良い匂いがした。本独特の匂い。
少しだけ読むつもりだったが気づけば父が帰ってきた。
晩御飯を食べて部屋に戻る。
携帯を見ると兄からの着信があった。
ベットに横になりながら電話をかけ直してみると、すぐに兄が出た。
「昨日の事誰にも言わなかったみたいだな」
「聞かれたけど答えなかったよ」
「倉木から連絡があったよ」
「お兄さんから何を聞いたかと聞かれてとぼけたよ」
そっかと兄はどこか他人事のような返事をする。
「文芸部には入らないのか?」
「本は読まないからなぁ、どうしようか迷ってるけど、友達に僕が入るなら入ろうかなって人がいて困ってる」
「入ってみろよ、友達と一緒なら良いじゃないか、行動あるのみだ」
そうだね。
「疾風、夢中になれる何かがあるかもしれないぞ。それに本は読んで損はない」
兄に言われると不思議とそれが正しいのではないかと思ってしまう。兄には何故か説得力がある。
時々電話の向こうから風の音が聞こえる、外で話しているのか?
「外にいるの?」
「海にいる、魚釣りだ。石川の魚は本当に美味いぞ!一度来てみればいいさ」
1日中好きな事をしている。羨ましい人生だよ。
「友達は文芸部に入りたいんじゃないのか?時雨ちゃんなら面倒見てくれるよ、優しい子だからな」
確かに時雨先輩は優しかった、けど藤森先輩には兄達のやった事聞かれるんだろうなと思うと面倒だとと思う。なんとかなるか、、、
「友達が文芸部の執筆した本を借りて読んでるんだ、それを読んでから決めるって言ってた」
「俺も読んでみたいなぁ」
高校を卒業してから倉木さんや海堂先生とは連絡をとっていなかったそうだ。
「その当時の皆と連絡とってないの?」
「とってるよ。けど皆それぞれやりたい事に向かってバラバラの道に進んだからなぁ。会ってはないな」
「兄ちゃん稼いだお金どうしてるの?」
「まだ証券会社にある、使い道はない、寿司食いに行くくらいか」
欲が無いのか、やる気がないのか。兄は昔からこんな感じだ。
「疾風、迷ったらゴーだ、とりあえずやってみろ」
「了解」
兄との電話を終えて音葉さんから借りた本の続きを読む。物語では高校生が一枚の殺人事件の証拠写真と疑われる#物____#を拾って、本当に起こっている事件なのかを調べているところだったな。
携帯にメッセージが入っている。
音葉さんだ。「文芸部の執筆した本かなり本格的でビックリした」との事だ。
僕も「音葉さんから借りた本読んでるよ。面白いね」と返信する。
久しぶりに夜更かしした。
続きが気になって結局最後まで読んでしまった。
昨日より一本遅い電車の乗って学校を目指す。この時間は生徒の数が少し少ない。
少し早足で学校まで向かい教室に入る。少し賑やかな教室を入ると彼女の姿が見えた。相変わらず本を読んでいる。
「おはよう」
「おはよう」
教室ではお互いあまり会話をしない。周りの目が気になるというか遠慮してしまう。
彼女の読んでいる本は昨日文芸部から借りていた本だ。
午前中の授業は3限だけ、昼休みになると昼食を
食べる為皆散り散りバラバラになる。今日は父がお弁当を作ってくれた。
「屋上に行かない?」声を掛けてくれたのは音葉さん。いいよと言って2人で屋上に行く。風のない暖かい陽気が射すなかお互い家から持ってきた弁当を食べる。
「音葉さんが貸してくれた本面白かったよ」
「でしょ、私あれ好きなのよね。私は文芸部の作品1つ読んだけどかなり凝ってたわよ」
「そうなんだ、文芸部の作品ってどんな内容なの?」
「40代の主婦と20歳の大学生の不倫の話よ」
「?!」
予想外の作品だった。昨日読んだ本の内容とはかけ離れていた為、勝手にもっと青春的な作品だとばかり思い込んでいた。
「疾風にはまだ早いかもね」
おっしゃる通りです。音葉さんそういう本でも読めちゃうんだ。やっぱり大人っぽいなと改めて思う。
「ねぇ、音葉さん、一緒に文芸部に入らない?」
僕は昨日の兄との電話で背中を押された。兄と同じ高校で兄の所属していた委員会はないが兄の事を知っている先輩と当時の先生とも出会えた。
これも何かの縁ではないかと思って思い切って入部してしまえばいいやと思ったのだ。
藤森先輩にしつこく聞かれても海堂先生と時雨先輩がいるから助けてくれるだろう。
「一緒に入ってくれるの?」
「うん、1人より音葉さんいてくれた方が心強いしね」
「ありがとう、疾風。学校生活つまんないものになると思ってたけど行動しなきゃダメよね」
なるほど、あの人に似てるからこの子の事、気になってたのかな。
「放課後に一緒に図書室へ行こう」
お弁当を食べ終わり、約束をして午後の授業に向かう。
放課後、2人で図書室に向かうと海堂先生と時雨先輩がいた。
日が差し込む図書室にいる2人はなんだか絵になる。
「こんにちは」
2人はカウンターで話をしていたが2人ともこちらを振り返り「いらっしゃい、今日も来てくれて嬉しいわ♫」と時雨先輩が笑顔で言ってくれた。
「作品読ませて頂きました。ありがとうございました」
借りていた1冊を両手で持ち、時雨先輩に返す。
「どうだった?もちろんフィクションだけどリアルさを追求したつもりだったんだけど」
「素直に面白かったです、後半に掛けても軸がブレずに終盤ににかけて文章に勢いがついて最後まで楽しかったです」
ホッとした様子の先輩は嬉しそうな笑顔だ。
「よかった、そう言ってもらえて嬉しいわ、それで、どう?一緒に作ってみない?」
高校生活で楽しい事が見つかるか不安だったが、初日から色々あった。楽しめるかは自分次第、兄とさくらさんにも言われた。
「僕は役に立つかわかりませんが、入部したいと思ってます
「私もお力になれるかわかりませんがよろしくお願いします」
お辞儀をして頭を上げた時に見た時雨先輩はとても嬉しそうな顔をしていた。
「ありがとう、歓迎するわ‼︎」
僕達の後ろに回って肩を組まれる。隣で音葉さんにも肩を組んでいるの。
僕と音葉さんは身長が10センチ以上違う為先輩はかなり斜めになっているが時雨先輩はなかなか姉御肌みたいだ。
「入部届を渡すからまた書いて持ってきて、それで活動なんだけど今は「ミステリーズ新人賞」への
応募作品を作ろうと考えてるの、来週から構想を練ろうと思ってたから2人ともよろしくね」
「今日は部活動無しでしたか?」
時雨先輩は申し訳なさそうにしていた。
「なんとなく集まっても時間の無駄よ。それぞれが色々なところから得たインスピレーションを併せてこそ、自分では考えつかなかった事が生まれるような気がするのよね」
そのため集まるのは週に2回ほどらしい。
執筆した作品は海堂先生に読んでもらって何度も手直しをするそうだ。
時雨先輩と話をしてる音葉さんは教室にいる時とは違い笑顔が多い。
彼女が夢中になれる何かに出会えるお手伝いができたならいいじゃないかと自分を納得させる。
「せっかく来てくれたのに申し訳ないんだけど、今日は活動の予定はなかったの、けどゆっくりしていってね!」
昨日、藤森先輩に怒っていた先輩は僕達には優しい言葉で接してくれる。
「疾風、お兄さんの事は私が卒業してから詳しく聞けば良いわ、それまではあの事は聞かない、言わないでお願いね」
秘密が自分から漏れたなんて事は誰しもが避けたい事だろう、当時の関係者が皆学校を卒業してしまえば学校内に知ってる生徒はいなくなる。
今、ここには過去の委員会の活動を知っている人達がいる。委員会の事聞くなら今しかないのではないかと咄嗟に考えついた。
「時雨先輩も兄達の活動に参加していたんですが?」
「いえ、私が入学して委員会に入った時はもう先輩達は大成功を納めていたわ、毎日とても楽しそうだったわ、まさかあんな事してたとは思わなかったけど。」
時雨先輩は知らなかったのか、問題が起きてから知ったってことか。
「道清先輩達は毎日とても楽しそうだったわ。私もあんな高校生活が送りたくて委員会に入ったわ。とても可愛がってもらったものよ」
先輩は笑顔でそう言った。兄は言っていた。皆と出会えて本当に良かったと。
「疾風、お願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「私が卒業するまで、道清先輩に聞いた事は秘密にしておいてね」
「兄と連絡取ってるんですか?」
「取ってないけど道清先輩の事だからあなたには話しているでしょう」
音葉さんには聞いてないと言ってしまったし、先輩には見抜かれてるし嘘をつくと本当に碌な事がない。
「疾風は私の事信用してないのね、話してくれるって約束だったのに」
隣でこちらを冷たい目で見ている音葉さんにはもう何も返す言葉がなかった。本当に申し訳ありません。
「百合ちゃんには黙ってくれていたみたいね。その調子で頼むわよ。ただ彼女に隠し事するなら徹底的にしなきゃダメよ。何かあったか知られた時点でもう隠せないからね」
女の子2人に怒られたが、僕はなぜ怒られているのだろう。
「すいませんでした」
僕を見かねて先生が遠くの方から声を掛けてくれた、本に囲まれたカウンターに座っている先生はもはや学校の職員とは思えない風格のある物語の登場人物のようだ。
「もういいだろう、すまないが新書が届いてるから仕分けを頼むよ。2人も時間があるなら手伝ってくれないか」
時雨先輩は「はあい」と返事をしながら先生の元へ歩いて行った。
もう音葉さんには兄の事喋ってもいいだろう。
「音葉さん、後で話すよ。隠しててごめんなさい」
「ケーキが食べたい気分」
「是非ともご馳走様させて下さい」
その後4人で本にバーコードを貼り付けて、バーコードの番号をパソコンに入力したり、新刊の棚に本を入れ替えたりと作業をした。
時雨先輩と音葉さんはずっと本の話をしていた。2人ともこれまでに相当な量の本を読んでいたのだろう。話には全く入れなかった。
重労働は僕の仕事だ。本の束をあっちに運んだりこっちに運んだり、棚の上に本を並べてと今日はとても役に立っただろう。
「ありがとう、3人とも時間を使わせてしまったね」
「いえ、楽しかったです」
音葉さんはとても満足そうだ。
「2人ともありがとう、助かったわ!ちなみに来週から執筆する物語の素案を出し合おうと思っているの、来週月曜日放課後、ここに集合してもらえる?用事はない?」
「わかりました」
「大丈夫です」
時雨先輩と海堂先生と別れて2人で昇降口を目指しながら音葉さんはずっと携帯をいじっている。
やっぱり嘘をついていた事怒っていたのかな。
「疾風、約束は守ってもらうわよ」
僕の方に向けられた携帯の画面にはカフェの写真が表示されている。
「わかってるよ。兄達の事話すよ。誰にも言わずに内緒にしてよ」
「そっち!?ケーキ食べたいって私言ったじゃん」
「そっち?!」
新潟駅近くのそのカフェは僕は行った事がない。
「約束は守ってもらうわよ」
「わかったよ。いつ行こうか?」
「土曜日は?」
「いいよ、その時に兄の事正直に話すよ」
「ありがとう」
音葉さんにお礼を言われるとは思ってなかった。
女の子とデートか、困ったなおしゃれな私服はもってない。海や山に行く時に着るジャージしか持ってない。
「駅で待ち合わせでいい?」
「わかったわ。私、新潟駅詳しくないから、分かり易い場所にしてね」
「改札出たところにコーヒーショップがあるからそこの前にしよう」
「うん、分からなかったら電話するね」
「わかったよ」
今日もまた2人で駅に向かって歩いて行く。
夕日が水平線に沈み始める。
「夕日が綺麗ね」
「そうだね、ここで見ても綺麗だけど、浜辺で見ると本当に迫力がある緋になるよ」
電車に揺られながら彼女は本を読む。
僕はいつも通り外を見る。
「これから楽しみね。色々なアイデアは思い浮かぶけど、今まで読んだ本の既存のアイデアしか思い当たらないわ」
「僕は、自分の体験した事しか思い浮かばないよ、何も無いところから何かを作るのがこんなに難しいとは思わなかったよ」
誰も思い付かないことが出来る。それが出来るから他人から注目されるし、人と違う結果を出す事が出来るのだろう。
電車は僕の家の最寄り駅に着く。数人の人に紛れて僕も降りる。
「じゃあね」
「さよなら」
夕日に照らされながらゆっくり走り出す電車に手を上げて彼女を見送る。
「もしもし、兄ちゃん」
「どうしたブラザー」
「文芸部に入る事にしたよ、時雨先輩に兄ちゃんから聞いてるんでしょって言われて、バレちゃったよ」
「疾風、誰にも言うなよ」
「一緒に文芸部に入った友達には話していい?時雨先輩も知ってると思ってて話しちゃってたよ」
「時雨ちゃんらしくないね」
「そうなの、話しちゃいけない割にはその子の前でも喋ってたけどね」
「文芸部の3人の秘密にしとけよ」
「もう1人先輩がいるんだけど、その人兄ちゃん達の活動の事調べてたよ。詳しくは知らないみたいだけど藤森って人知ってる?」
「…知らないなぁ。その人には秘密にしておけよ」
「わかったよ、それと相談があるんだけど」
「珍しいな、どーした?」
「女の子とカフェに行くんだけど、何着てけばいいかな?」
「服だろ」
「わかった、また連絡するよ、おやすみ」
「冗談だよ。俺の部屋の服なんでもいいから着て、写真で送れ、サイズ合うだろ。」
「了解しました」
文芸部に入っても今週は活動は無い。毎日授業を受けてそのまま帰る。
今日も全ての授業が終わり、家に帰ろうとカバンを持って席を立つ。
「疾風、待って」
「音葉さん、一緒に帰る?」
「うん。けど借りていたもう一冊を返しに行くの、一緒に図書室に行かない?」
文芸部の執筆したもう一冊。
彼女の本を読む速さは凄まじい。
賑やかな教室の机の間をすり抜けて図書室に向かう。
「そっちの本はどんな内容?」
「読んでみなさい、人の絆の形は色々あると考えさせられるわ」
歩きながら彼女は難しい事を言う。
図書室に入ると相変わらず誰もいない。
「誰もいないね」
「司書室の机に置いてっていいって言ってたからちょっと待ってて」
彼女は司書室に入っていった。
この膨大な書籍の中で1番面白い本はどれだろう。
音葉さんに借りた本は今まで思ってた#小説__・__#のイメージが変わるほど面白かった。
1人図書室の奥に進み棚に並んでいる本の背票紙を見ている。
「お待たせ、次に読む本探しているの?」
「いや、この図書室で1番面白い本はどれだろうと思って」
答えのない質問なのは分かっている。学校の図書室の本を全て読んでいる人なんていない。
「案外、卒業文集じゃない?思い出は誰にでも特別なものよ」
「そうきたか」
「ガチャ」
誰か入って来た。
本棚に囲まれたこの場所からは誰が入って来たかは見えない。
時雨先輩かな?
音葉さんと僕は何故か音を立てないようにそっと入り口の方を見る。
藤森先輩だった。鞄を持ったまま司書室に入って行く。
「あの先輩だね」
小声で話す音葉さんにつられて僕も小声になる。
「うん、兄の事また聞かれちゃうかな」
「隠し通そうね」
「そうだね」
同じ部活の先輩のはずだが、第一印象はあまり良くなかった。それに兄との約束もある。嘘をつかなくてはいけないし、正直話すのもめんどくさいと思った。
司書室に入っていった先輩を追いかけて扉をノックする。
「失礼します」
藤森先輩は椅子に座ったまま両手で顔を押さえている。悩みごとがありますと言っているように見えた。
「よぉ、疾風。こんにちは、音葉ちゃん。作品読んでくれた?どうだった?」
「2作とも本当に面白かったです。本を執筆するなんて私に出来るかなって少し不安になりました」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。時雨先輩のアイデアが大半を占めるけどね」
笑いながら話してる先輩には先日の嫌な印象は感じられ無かった。
「2人にしか出せないアイデアが必ずあるよ、一緒にがんばろう」
自信は無いがそう言ってもらえると気持ち的には楽になる。
「なぁ、疾風。あの事お兄さんは何か教えてくれたかい?」
答えは事前に用意してあるはずなのに、鼓動が早くなるのが分かる。平常心を保ちながら、相手に悟られないように答える。
「電話したけど繋がらなくて、また聞いておきます」
「いや、もういいんだ。自分で調べるよ」
この前の勢いはどこに行ったのか。
まあ、面倒な問題が片付いてよかった。
「何かあったんですか?」
こちらを振り向く先輩は見るからに元気が無い。
「いや、時雨先輩に怒られたんだ、強烈に!」
「…」
「自分1人で調べてるときは別に勝手にやれって感じだったのに、疾風達に委員会の事話したろ。お兄さんに聞いてくれって頼んだって言ったら…」
先輩は心ここにあらずといった感じだ。
「そうですか、結局兄からはまだ聞いてないんですよ」
先輩はため息混じりに床に向かって呟く。
「疾風も聞かない方が身のためだ」
「そんなに怒られたんですか?」
音葉さんはそんな先輩を見て、なんだか楽しんでいるようだ。
「あぁ、家の外を出歩けなくしてやるって言われたよ」
時雨先輩、可愛い顔してなんて事を言うんだ。
「時雨先輩の前であの話はタブーだ。2人とも気をつけろ」
この先輩はなんだか忙しいな。
「では、あの話は聞かなかった事にしましょう」
一件落着。
「部活に集中しよう!4人でいい作品を作って一発当てよう!」
立ち上がりながら気合を入れる藤森先輩は遠くを見ている。
「お金目当てですか!?」
「いや、いい作品を作りたいだけだよ」
藤森先輩がお金目的なのかは分からないが本当にお金が欲しければバイトでもなんでもやるだろう。
本なんて書いてる場合では無いのでは?
なんだかんだ藤森先輩は本が好きなのかな。
先輩に挨拶をして図書室を出た。帰宅する為駅に向かう。
明日は音葉さんとの約束がある。
「明日の天気も良さそうだね」
「よかった♪ケーキ楽しみ♪」
カフェの他に海に行くか本屋に行くかを2人で話しながら電車を待つ。
結局本屋になったけど音葉さんが喜んでくれるならいいか。
電車に揺られながら見る景色は昨日と変わらない。
僕の隣で本を読む彼女の横顔も昨日と変わらない。
家に帰って明日着てゆく服を用意しなくては。
入学して1週間しか経ってないが忙しかったな。
「じゃあまた明日ね」
「うん、音葉さん気をつけて来てね」
電車を降りて窓越しに彼女に向かって手を上げる。
せっかくの土曜日なのに目覚まし時計より先に起きてしまう。平日ならメリットのあるこの能力は休日にはデメリットとして現れる。
早く起きると昼間眠くなる事を自覚している。
無駄な早起きはできればしたくない。
今日は海や山ではなく街に行く。女の子と。
正直楽しみ半分、不安半分だ。
まともな服も持ったない、兄のお下がりを着て行くし内緒にしろと言われた事も話さなくてはいけない。そして女の子とデートは初めての経験だ。
今日が#楽しく__・__#終わりますように。
携帯を見ると6時20分。
兄から「今日の服装の写真を撮って送れ」とメッセージが来ている。
頼りになる兄だ。
朝ご飯を食べてゆっくり準備をしながら兄の指示通りの服装に着替えて身だしなみを揃える。
一応髪型くらいは自分でセット出来る。
土曜日の午前中は車通りもいつもより少ない。
自転車に乗りながら駅に向かう、平日とは違い歩道には人の姿が全然無い。
中学時代はいつもボードかサーフィンの事しか考えていなかったのに、最近は文芸部の事とこれからの活動の内容である#ミステリー____#の事ばかり考えている。
ミステリーといっても詳しく説明しろと言われてもわからない。
ネットで調べてみたがなんとも難しいものだった。
自宅の最寄駅から待ち合わせの新潟駅にはすぐに着く。
電車の中で音楽を聴きながら窓の外を眺めている。
僕は席が空いていても何故だか立ちたくて立っている。揺れる電車でバランスを崩さず乗るのは体幹が鍛えられる気がして自分の中でのトレーニングの一つになっている。
駅に着くとさっきまでとは違い人だらけだ、キャリーケースを転がしている人から休日なのに学校の制服を着ている人まで、こんなに多くの人が行き来しているのに知り合いに会わないのが不思議だ。
音葉さんが乗ってくる電車は反対方向、分かりやすい場所に居てと言われたから改札出た先のコーヒーショップの前に出る。
女の子を待たせるなと兄に言われたから早く来たが約束の時間にはまだ早い。
携帯を出して音葉さんに連絡を入れる。
「駅に着いたら連絡ください。ホームまで行こうか?」
返事はすぐに帰ってきた。
「ありがとう。もう着くから大丈夫!」
コーヒーショップの中には既に沢山の人がいる。
行き交う人もとても早足に歩いているように見えた。
お店の玄関にあるメニューを見ながらどれも甘そうだな、なんて考えていると携帯が震える。
「もしもし、音葉さん無事に着いた?」
「おはよう、着いた、改札出るね」
電話しながら改札の前に向かって歩く。
改札から出でくる人波の中から彼女の姿を探す。
すぐにわかった。
周りの人とは放つオーラが全然違った。教室で見る制服姿の彼女とは違う。
同い年とは思えない上品さを纏っているようだった。
ジーンズに白いシャツを羽織ってるだけなのだが、素直に可愛いと思った。
僕に気づかず周りを見回す彼女に近づきながら「いた」と電話で伝えると彼女も僕に気づいたようだ。
「あっ」と電話から彼女の声が聞こえて合流した。
「お待たせ」
電話をバックにいれてる彼女は学校とは違う雰囲気だ。化粧してるからかな。
「音葉さん、可愛いね」
「なによ急に、私の事バカにしてるでしょ?」
「そんな事ないよ、素直な意見さ」
「ありがとう」
2人で駅の外に出る。目指すカフェまでは歩いて15分程だ。僕は生まれも育ちも新潟だが、駅前にはあまり来たことがない。今まで特に用がなかったからだ。
地元なのに駅前すらろくに案内できないのが情けなくなった。
携帯のナビで目的地は入れてあったから迷うことはないが場所くらい見ておけばよかった。
駅前は既に沢山の人達で賑わっている。
「制服着てる姿しか知らないから、私服で会うの新鮮ね」
「僕も同じ事考えてたよ、音葉さんすごく大人っぽいね」
隣を歩く彼女はとても素敵だ。自分の心臓がとても早く動いているのがわかる。
汗をかいているのがバレないようにと祈りながら歩く。
学校以外で会うのは少なからず緊張する。
無言で歩く時間をなんとかしなければと考えるが何も思い浮かばない。
「お昼ごはんもカフェで食べていい?お腹空いちゃった」
「そうだね、そうしよう」
「ところでお兄さん達は結局何してたの?」
その話を店に着く前にされるとは思っていなかったがもう嘘はつかない方が良いと実感したので正直に話す。
「藤森先輩の言う通りお金を稼いでいたみたい。結構大きい金額だった。けどお金の使い方を間違えて人生が変わってしまった人がいたらしい。それが2人だと言っていたよ」
音葉さんは「ふうん」と言って僕の顔を見ている
「けど高校生がお金稼ぐってそんな大金じゃないでしょ?」
「今で5000万くらいだって言ってた」
「はぁ!」
両手で口を塞いでいる彼女はいつもより大きく目を見開いて驚いている、想像通りのリアクションしたなぁと少し笑いそうになった。
「それ本当なの?また私に嘘ついてるでしょ?」
普通は信じないだろう。
「本当だよ、株式投資と何かでお金を作ったんだけど、部員の1人が卒業後にお金のトラブルで後輩を退学させてしまったり問題が起きたみたい。兄達は卒業した後だったし、法律違反をした訳でもないから罰則は無かったけど、学校側が真似する人がいるといけないし公表出来ない事件として関係者に口止めしてるみたい」
「藤森先輩はどこから知ったのかしら?」
それなんだよな、口外しないよう誓約書まで書いたと言っていたのに当時の関係者から聞く以外ないと思うんだけど。先輩本人に聞くと面倒くさい事になりそうだな。
「都市伝説を聞いて勝手に調べてたのかな、聞くと面倒な事になりそうだね」
隣で彼女は「そうね」と言って笑っている。
「疾風のお兄さん達の活動こそまさにミステリーじゃない?誰にも知らない方法でお金を稼いだなんて、小説にしたら本当面白い作品になりそうなのにね」
確かにかなり特殊なネタではある。高校生が一攫千金を目指して仲間と知恵を絞って成功を手にする。
「本当だね。事実は小説より奇なりとはこの事だね」
「ここね」
目的のカフェに着いた。洋風な外観でとてもオシャレな感じがする。本来僕には無縁の場所だ。
「待たずに入れそうだね」
「お腹すいた、もしかしたら疾風には物足りないかもね」
店内は既に満席に近かったが僕達は奥の窓際の席に案内された。
改めて向かい合う彼女はとても素敵だった。
メニューを持っている手も彼女の目もとても綺麗だ。
「疾風何食べる?私このランチにしようかしら」
「あっハンバーグ美味しそう。僕はこれにしようかな」
注文をしてから食後のデザートの話をしたり、音葉さんは僕のスノーボードの事、サーフィンの話を聞いてくれた。
聞かれたことを答えただけだが雪山や海で撮った写真を携帯で見せて楽しそうにしている。
音葉さんとは不思議と会話が続く。
こんな事は今まで無かった。今まで人間関係の構築ができないなんて悩みはどこに行ったのかと思うくらい楽しい時間だ。
「美味しかった。疾風、ご馳走様でした」
「どういたしまして、やっと約束守れたね」
甘いものが好きとは言っていたけど、まさかケーキ2つも食べるとは思っていなかったがそこはあえて何も言わず約束通り音葉さんにご馳走できた。
「次は本屋さんでいい?」
「もちろん、1番近いのは駅ビルの近くの本屋だね」
2人で並んで歩き出す。街の人達から見たら僕たちは恋人同士に見えるだろうか。なんてね。
「新潟は結構都会なのね、思ってたより街が大きいわ」
「東京に比べたら小さな街だよ、一本電車に乗ればもう何もないよ」
音葉さんは新潟に来たのは高校の入学と同時だった事を今思い出した。
親元を離れて県外の高校に行くぐらいだから家庭の事情があるのだろうが、彼女もわざわざ人に自分の家庭の事情なんて話したく無いだろうなと勝手に思っていた。
「まさか、こんなことになるなんてね」
「なにが?」僕は聞き返す。彼女が何に対してそう感じているのかわからなかった。
僕と新潟駅前を歩いていること?
それとも違うこと?
彼女は急に立ち止まり、前を見ながらそれ以上言わなかった。
「ねぇ、やっぱり海に行かない?」
「僕はいいけど、どうしたの?」
「そんな気分なだけよ。本屋さんはまた学校帰りでも寄れるって気づいちゃったの」
「じゃあ、水族館の方行く?僕の家の近くにあるんだ」
「行きたい」
駅に向かい僕の家まで行って自転車で水族館に向かう事になった。
2人乗りは法律で禁止されているが、水族館は最寄駅から少し離れている。
しょうがないよね。
「すごーい!キラキラしてる」
海は太陽の光を反射させながらさざなみを立てとても穏やかだ。
「音葉さんが水族館興味ある?ここイルカがいるんだよ」
「イルカ好きよ、見てみたい」
僕はこの水族館の近くの海水浴場でよくサーフィンをする。夏場は海水浴客が大勢いるから出来ないけど、海開き前の今は開放されている。
「じゃあ水族館行って、海岸まで行ってみようか」
2人で海岸沿いを自転車で走りながら水族館を目指す。
「気持ちいいわね」
「そうだね」
小さい頃は毎年来ていた記憶がある。夏になれば水族館を楽しみにしていたあの頃、いつのまにか海に入る事に夢中になっていった。
最後に来たのは小学校6年生の時だったかな。
母が入院した年から行かなくなったような気がする。
「到着」
「お疲れ様でした」
館内に入るとそこには既に沢山の人達とさまざまな魚がいる。
普段お刺身で食べる魚から深海魚、クラゲなどお馴染みの海の生き物。僕は魚が好きだ、食べるのも見るのも。
「可愛い」
「珊瑚も綺麗でしょ、ここは海の魚だけじゃなくて川の魚も展示してるんだ。音葉さん魚好き?」
「そんなに好きじゃない、けど見ていて飽きないわ」
久しぶりに来たけど、あまり変わらないな。
そういえばこんな魚もいたっけ。小さい頃の事を思い出す。
「イルカショー見てく?」
「見た~い」
開始まではまだ30分以上あるが早めに席をとっておかなくてはならない。
「なら早めに席とっておこうか」
既にショーの会場はまばらに席が埋まっている。
椅子やコンクリートのひび割れた地面。細かなキズの付いた大きな水槽を見ると、こんな感じだったなと懐かしく思う。
「この辺なら見やすいと思うよ」
「うん、ありがとう」
「喉乾かない?何か買ってくるよ」
「ありがとう、お水がいい」
自販機までは遠くない。2本のペットボトルを持って席に戻る。
「どうぞ」
「ありがとう」
「疾風は何で私に友達になろうって言ってくれたの?」
理由はなんだっけ。自分でも具体的に言葉にできない。これだけは言えるけど、気になったんだ。君が。
「前に師匠に言われたんだ、友達が欲しかったら行動しないといけないよって。初めて見た時に音葉さんの事もっと知りたいって思ったんだ。すごく魅力的だったから」
「あなたに声を掛けてもらって嬉しかった。ちょっと恥ずかしかったけどね」
自分が彼女に言った言葉がとても恥ずかしかった。
本人に言うことではなかったのではないか。今言った事を取り消したい。恥ずかしすぎてもう音葉さんの顔見れないよ。
久しぶりに見るイルカショーは懐かしくもあり、とても新鮮だ。昔は家族4人並んで見ていた。
兄も母さんとも一緒に住んでいた当時のことが頭の中で復活する。
さくらさん、隣で一緒に見てる彼女は僕と友達になってくれたし部活も一緒なんだ。
教えてもらったことちゃんと実行に移せたよ。
壁は一つ越えたと思う。
大きな拍手でショーがおわる。
水族館を出て今度は海岸へ向かう。砂浜までは坂を下ってすぐだ。
「砂浜まですぐそこだから歩いて行こう」
「自転車は?」
「後でまた取りに来るよ」
2人で坂を下りながら海の写真を撮る。
「疾風、時雨先輩からの宿題考えた?」
「いや、全然思いつかなくて何にも案が無いんだ。音葉さんは考えた?」
「いくつか考えたけど、主人公は学生って設定が一番物語を膨らませ易いと思うの、私たちの学校を舞台にしてさ」
想像力というものは誰にでも備わっているはずなのだが発揮できるかは意外と難しいものだ。
砂浜には誰もいない。
穏やかな波の音と打ち上げられた漂着物と僕達2人だけ、あと蟹もいた。
「ここでサーフィンやるの?」
「ここでもやるよ、あのテトラポットの内側でやるんだ」
砂浜に落ちている流木に腰掛けながら海を見る。傾き始めた太陽に照らされ暖かい光が心地いい。
「疾風、私の事を話してもいい?」
「ん?」
「去年お父さんが逮捕されたの、会社を経営してたけど悪いことしたみたい。お母さんは家を出て行ったっきり帰ってこなかった。ここに私が来た理由よ」
「そうなんだ」
「新聞記者が家に来たり、SNSにもある事ない事書かれていたわ。西野さんが、叔父さんが守ってくれたの。新潟に来ないかって言ってくれてあっという間にこの生活が始まったわ」
誰にだって家庭の事情はあるだろう、テレビでもよくこういった話を聞いた事がある。
まさか自分がこんなことになるなんて。
人生において思いもよらない事が起こった時、誰しもがそう思うだろう。
この子は家族と急に離れ離れになって、他人に勝手にプライベートを晒される。
「友達だった子とは誰からも連絡来ないし、皆私とは繋がりたくないみたい」
分かりたくても分からない、自分より酷い目にあってる人がどう接してほしいか、どう接するべきか。
掛ける言葉も思いつかない。
「大変だったね」
「疾風には話しておこうと思って、こんな話されて引いた?」
「引かないよ。話してくれてありがとう。何かあったら僕を頼ってよ」
何か彼女の気が紛れるような話をしなきゃいけない気がして、自虐的な事しか頭に浮かんでこない。
「僕には友達がいないんだ。音葉さんはこんな僕とも友達になってくれた。それに部活まで一緒に入ってくれてありがとう」
彼女は下を見ている。横髪で表情は見えなかった。
辛い経験はそう簡単には消えない。一生覚えているだろう。
それをかき消すほど夢中になれるものが音葉さんにもあればいいんだけれども。
「帰ろっか」
「うん、ジェラート食べたいな」
「よく食べるね」
「もしもし」
「ご無沙汰してます。倉木です」
「時雨ちゃん、しばらく。元気そうだね」
「先輩も元気そうで。柊一郎先輩の裁判始まったんですね」
「そうだね、」
「柊一郎先輩、なんでこんな事を」
「俺達が気づけばよかった、未成年だったとはいえなんて馬鹿な事を。薫が色々と動いてくれているが罪は罪だ」
「あんなに優しい人が。信じられない」
「俺達だって同じ気持ちさ、時雨ちゃん色々と面倒掛けてごめんね」
「いえ、大丈夫です。先輩も本当の事、話さなかったんですね」
「嘘はついてない。全部を話していないだけさ。殺人事件の事なんて教えたくない」
「話の続きがあるとは思ってないみたいです、このまま知らん顔しておきましょう」
「ああ、またみんなで集まれるといいね」
「そうですね。弟さん、部活入ってくれましたよ。やはり兄弟ですね」
「あいつはやらせればなんでもできるからこき使ってくれ」
「わかりました。ではまた」
「じゃあね」
春夏秋冬 藤澤 怜 @reifujisawa
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