春夏秋冬

藤澤 怜

第1話 雪の華

「さあ、いくよ」

自分に勇気を与える言葉、僕は怖かったり緊張したりするといつも自分にこの言葉をかける。

小学生の時、家で見ていたテレビで車椅子テニスの世界チャンピオンが試合中、追い込まれる時自分に「出来る、出来る何万本も返してきた!」と言い聞かせていたのを見て素直にかっこいいと思ったからだ。

冬の信州、2月の本格的な雪山シーズンの晴れの日、ここは全国でも人気の高いスキー場の集まる白馬村。

毎年父が連れてきてくれる。

山の上は雲一つない晴天、それとは似合わない極寒の風が吹いている。

兄と父と3人暮らしの家に育つ僕は父の影響で自然の中で遊ぶことが多かった。夏はキャンプや海で釣り、サーフィン、冬はスノーボード と父の趣味に大いに影響を受けている。

母が亡くなってからも父は変わらず僕や兄を遊びに連れて行ってくれている。

サッカーや野球は学校の授業でやった事があるが面白いとは思わなかった、むしろ難しい。何人もの人がそれぞれ考えて動くのだ。相手に合わせるのが苦手なんだ。

サッカーボールを蹴ったり、グローブに球を入れるのが苦手で体育の授業や体育祭では活躍した覚えがない。

学校の授業にはキャンプやサーフィン、スノーボード は無い。校庭で出来ればいいのにといつも思う。

休み時間や放課後にクラスメイトからの誘いも面白くなく断ったら自然と誘われなくなった。

友達よりも自然と遊ぶ方が僕にとっての#普通のこと#なのだ。

昨日も父に「明日は滑りに行くぞ!」と言われ付いてきた。

この時期は平地でも毎日が氷点下なのだが、ゴンドラで上がってきた山頂付近はさらに寒い、今日は氷点下15℃という寒い日だ。

全身頭から足のつま先まで完全装備で父と2人で滑りに来ている。新潟から車で2時間父が運転する車に乗って来た。朝一のコンディションが最高なんだと父はいつも言う。

寒い雪山の上で父が僕に最近言うセリフがある。

「今日こそは出来そうですか?挑戦者よ!」

雪山でスノーボード をするといってもコースを滑る以外あと1つ自分で挑戦していることがある。

パークと呼ばれる、人工的に作ったジャンプ台と障害物の上を滑る特殊なコースがあるのだが、僕は#__飛ぶこと_#にハマっている。

キッカーと呼ばれるジャンプ台を飛んで8メートル先まで飛ばなければ地面に叩きつけられる。ジャンプ台の踏み切り部分をリップという、ある程度飛ばなければテーブルと呼ばれる平らなゾーンに落ちる、そこに落ちれば地面に叩きつけられる様に痛い。

8メートル先まで飛べれば傾斜の着地ゾーンがあるので転んでもそれほど痛くない。カッコ悪く滑り落ちるだけだ。

「スピードを出し過ぎぐらいの感覚で行け」と言うがよくわからない。男の子だからって怪我してもいいのか?

全身黒いウェアに黒のヘルメット、グローブも黒の真っ黒コーデで滑り降りていく。

勢い良く飛ぶ、しかし目標まで届かない、テーブルに尻餅をつき、次に飛んでくる人の邪魔にならない様に滑り降りる。

リップと呼ばれる踏み切りの位置で飛び出すのだがなかなか高く、遠くに飛ぶ事ができない。

小さいキッカーを飛んだ時の達成感と、やってやったぞという気持ちが自分の中でこの上ない達成感となり、この8メートルキッカーを飛ぶことばかり考えている。

腕を組みながらどこがいけないのか、どうすれば飛べるのか考えながらリフトを待っているときに横から。

「ねえねえ、よくここにいるよね」

声を掛けられた方を振り向く。

「一緒に乗っていい?」

「はい、どうぞ」

お姉さんとリフトに乗り込みなんで自分が上手く飛べないのか考える。

「いつも頑張ってるよね」

そういってくれたお姉さんはよく見かける知らない人だ。

白い手袋にはニコちゃんマークが描かれている。オレンジのウェアと紺のパンツがカッコいい、白いヘルメットからお下げの髪の毛が出ている。

大抵ここにいる人はヘルメットとゴーグル、フェイスガードで顔は見えない、服装と装備品で相手を見分ける事がスキー場では多い。

「なかなか上手く飛べないですけど」

「最初怖いよね、その壁を乗り越えれば楽勝だよ」

家族以外の人間とあまり喋らない僕にとって年上の女の人は未知の世界だ。

「一緒に滑ろうよ、私が先にジャンプするから上から見てて、同じスピードでくればいいよ」

嬉しいが名前も知らないお姉さんと一緒に滑るのは父がなんというか。

あまりここでは同い年の人を見かけない、普通なら子供がやりたいと言っても怪我をする恐れのあるキッカーに子を送り出す親はいないのかも。

「いいんですか?」

「もちろん♪」

この人は僕がよく見てる人なんだろうか、お姉さんに聞いてみた。

「お姉さんもここによくいますよね、よくその白いヘルメット見かけるんで、、、」

「毎週来るよ、ここ最高に面白いよね」

やはりそうだ。

このゲレンデにいる別格で上手な集団の1人だ。

「わかります、お姉さんいつも見てますよ、お上手ですよね」

このスキー場の1番大きいジャンプ台は15メートル、地元のボードショップでプロの人がよく練習していると聞いた事がある。

このお姉さんは巨大キッカーも普通に飛んでいるし、空中で360℃回るという曲芸を雪山でやっているのを見た事がある。

「ありがとう!君には上手に見えてるのね。

私はさくらっていうの!君、名前は?」

「疾風です」

「かっこいい名前じゃん!いつも一緒にいるのはお父さん?」

さくらさんみたいな年上の女性に言われると照れる、誰だってそうだろう。顔が隠れていてよかった。

「はい、父に連れてきてもらってます。」

「落ち着いてるよね、歳いくつ?」

「15です。さくらさんは?」

「22よ、年離れすぎでやばいんですけど!」

顔がわからないが、さくらさんは、クラスの女子とは雰囲気も喋り方も全然違うと思った。

母が亡くなってから早く大人になったのだろう、よく__落ち着いている_と言われる。

雰囲気だろうか、話し方だろうかよくわからない。

他人から自分はそう見えるのだ。

リフトで上部の降り場に着くと父のところまで滑り降りる。

「こんにちは!」

先にさくらさんが父に挨拶をする。

「こんにちは、息子の友達かい?」

「さっき知り合いました!私、黒木さくらといいます。疾風と一緒に滑っていいですか?」

父は笑っている、「いいの?じゃあちょっと向こうで滑って来るからここで遊んでてもらえる?ありがとうね!」

父も滑りたいのだ。が父よ呑気ではないか?

まあいつもの事だ、父は僕なら大丈夫だと思っているのだろう、一通りの事は自分で出来るからだ。

「疲れたらそこのレストハウスで休んでろ、2、3本滑って戻ってくる」

父はそういうと上級コースに滑っていく。

「付いておいで♪」さくらさんに付いて行く、後ろから見ても重心がブレずに滑っている。安定感というのかこの人の滑りは綺麗だ。

キッカーのスタートラインに立ちながら、さくらさんが言う「真っ直ぐを見るの、飛んだ後も下を見て頭を下げちゃダメ。リップまで我慢して飛び出してジャンプの高さがピークを過ぎたら下を見て着地点を見るの、空中では膝を曲げて小さくなって」

「わかりました」

さっきまでのラフな感じはなく真剣な声で言う。

ふざけてられないせっかく自分より上手い人に教えてもらうのだから言われた通りにやるんだ。

まずさくらさんがお手本を見せるために先にスタートを切る。

スピードは思ったよりも出でいない、大丈夫かと思ったが高くフワッと飛ぶ姿は余裕があってカッコよかった。

下でさくらさんが手を挙げている、次は自分の番だ。

「さあ、いくよ」

スピードをつけて真っ直ぐ滑り降りる、キッカーのランディングを滑り、飛ぶ。

飛びすぎた、、、ヤバい!

板と尻で着地し今までで一番の衝撃だった。

「痛~」お尻が割れるとはこのことか、1つ勉強になりました。

「大丈夫!?結構飛んだね笑」

「飛びすぎました」

笑いながら言ってみたがお尻は痛い。

さくらさんがアドバイスをくれた。

「飛ぼう飛ぼうと意識しすぎたね、あのスピードなら何もせず、まっすぐ見てそのまま飛び出しちゃいな、ポンってジャンプしなくていいよ」

「ジャンプしなきゃ飛べないんじゃないですか?

「大丈夫よ、まっすぐ前を見て怖がらないで!」

なかなか無理な話だ、失敗した後に怖がるなというのは。

リフトに乗るために2人で乗り場まで滑り降りる。

片足のビンディング を外すと。

「姿勢はいいと思うんだけどな、ちょっとこっち来て」

リフトの列から離れて平らなところで2人で向かい合う。

「板外して、姿勢見てあげる」

自分の板を外して雪の上で滑る時の体制になる、膝の曲がり具合、背筋を伸ばして頭は真っ直ぐ股の上にくる様に。父に教えてもらった姿勢で構えるとさくらさんが後ろに回り込む。

「もう少し低く」

結構きついが膝をまだ下げる。

「私が上から押さえるから持ち上げて」

「えっ」

僕の両肩に両手を乗せてさくらさんが下に押してくる。ほぼおんぶに近い体制で体がくっつく。

一生懸命体を持ち上げるが女の人とこんなにくっついていた事はない。

よくわからないまま1番力の入る体制のまま止まると。

「この姿勢を覚えておいて、これが空中でもブレない姿勢よ」

「わかりました」

と言うがもう忘れた。心臓の鼓動が早いのが恥ずかしい。

再びスノーボードを片足に装着してリフトに乗り込む。

リフトの上空を見上げていい天気に感謝する。

何か話さなきゃといけないと思い話しかける。

「すいません、さくらさんも滑りたいだろうに教えてもらっちゃって」

「いいのよ、今日は友達も誰もいないし、一人で滑るよりは誰かいればテンション上がるじゃん♪」

いつも何人かの人達と一緒に滑っているのを見ている。友達の多い人、この人に皆が集まるのも分かる気がする。

僕にはスノーボード を一緒にやる友達はいない。

「いつも友達といますよね。楽しそうで羨ましいです」

「疾風はいつも黙々と滑ってるわよね、昔の私みたい。滑るのが面白くてしょうがないでしょ?」

そう。なんで痛い思いをしてまで何度もチャレンジするのかと言うと説明できないくらい面白いのだ。

スノーボード ならではの疾走感はここでしか得られないだろう。

雪山の魅力はまだある、スキー場から見る雪山は写真では伝わらない壮大さと蒼い白でコーティングされた山は絶景だ。この景色を見る事も毎年の楽しみでもある。

フォロワーの少ないSNSの写真もこんなのばかり載せている。

「楽しいですね。さくらさんみたいに上手ならもっと楽しいんでしょうけど」

「楽しいわよ、最高に!ねぇ疾風、私が疾風の師匠になってあげる、私もここで出会った人に色々教えてもらったのよ。最初はひたすら滑って自分で考えて、疾風みたいだったのよ」

さくらさんほど上手な人が教えてくれるならこれほど頼りになることはない。

さっき出会ったばかりなのに優しくしてるれる、さくらさんが本当に頼りになると心から思う。

「いいんですか?さくらさんに教えてもらえて嬉しいです。一緒に滑る友達がいないから一緒に滑ってくれて嬉しいです」

顔が見えないからかスキー場では素直な事を口に出すのが自然とできる。

「あらそう?私と友達になってくれる?」

自分の口から一言も出したことのないセリフ #友達になろう#

まさか雪山で年上のお姉さんに言われるとは思わなかった。

黙っていたらさくらさんが言う。

「キッカー飛ぶ勇気はあるのに友達になろうは言えないの?可愛いわね!」

それとこれとは話が違う、まして相手は年上のお姉さん。隣の席にいるクラスメイトとはわけが違う。

「お願いします。友達になって下さい

「よく言えました、よろしくね。」

声が笑っているさくらさんはからかっているのか本気なのかわからない。

ただ嬉しかった。

リフトから降りて2人並んで板を足にはめる。

「疾風、さっきの姿勢のまま滑ってみようか」

先程までの雰囲気とは違う、師匠モードに突入してるさくらさんにすばやく反応する。

「わかりました」

いつもより低い重心で前を見てさくらさんを追いかける。

姿勢が低いからかいつもより安定する。

ただその背中を追いかける。

さくらさんが教えてくれた通りにやれば出来るはず。

スタートライン立ってこれから飛ぶキッカーと向き合う。

重心は低く、前を見て、無理な力でジャンプしない。

「さっき言ったこと意識して、飛ぼうとするんじゃなくてキッカーに飛ばせてもらうの、

下で待ってるからね」

相変わらず安定した滑りでキッカーを飛ぶさくらさんはカッコいい、あんな風になりたいと思う。

「さあ、いくよ」師匠に言われた事を意識して。

スピードはさっきのまま姿勢を意識して前を見る。

このまま怯まず行くだけだ。

リップめがけてまっすぐ滑る、無理に力んでジャンプしない、まっすぐ行く。

飛び出した体は今までより高い弧を描く、フワッと飛び出し体を縮める。

ジャンプして感じる。これなら届くと言う確信。

着地点を見ながら両足で着地する。

飛べた。転びもせず飛距離も足りてる。

達成感と成功できた嬉しさが込み上げる、咄嗟に腕を突き上げさくらさんを見る。

「イェーイ!!」

さくらさんが手を叩きながら叫んでいる。

近づいていってお互いが手を差し出してハイタッチをする。

「出来ました!」

「出来たじゃん!」

「すごい気持ちよく飛べました、ありがとうございました!」

「すごいカッコよかったよ!」

さくらさんに感謝の気持ちを伝える、出来なかった事が出来たのは技術を教えてくれたさくらさんのおかげだ。

「OK!行こうか!」

リフト乗り場まで2人で滑る、風を切り周りのスキーヤー達をを追い抜かしながらさくらさんを追いかける。

極寒の晴れた日が最高の1日になった。達成感と嬉しさのあまり、#やったぞ#と心の中で繰り返す。

リフトを待つ間も鼓動が治らない。怖い気持ちはどこかにいってしまった、今ならなんでも出来そうな気がする。

リフト乗り場で自分達の乗る順番を待つ。

上に向かうリフトに揺られながらさくらさんを見る。

「ありがとうございます。さくらさんのおかげです」

「疾風は頑張ってたからね、よくやったよ!

」今日の目標は達成したが、まだまだ飛びたい、一回だけじゃない、出来るだけ今の成功の感覚を忘れないうちに何度も飛びたいと強く思う。

「壁越えたね」

「師匠の教えのおかげです、ありがとうございました」

さくらさんに声を掛けてもらえて本当によかった。僕だったら自分から知らない人に声を掛けるなんてできっこない。

ふと思った。

「なんでさくらさんは僕に声掛けてくれたんですか?」

隣に座るさくらさんを見てみるとさくらさんはリフトの上からゲレンデを見ている。

上から他の人の滑りを見るのは面白い、僕も上手い人の滑りを見て勉強している。

「なんでだろう、友達になりたいと思ったからかな、昔の私を見てるみたい、好きな事にストイックに取り組む姿とかね」

さくらさんはいつも見ててくれたのかな、だとしたら無様に転んでるところも沢山見られてるのかな。

「友達になろうって初めて言われました」

さくらさんがこちらを振り向く

「学校の友達には言われた事ないの?」

僕には友達と呼べる人はいない。学校の友達は知らないだろう僕がサーフィンやスノーボード をやってる事も飛んでる事も。

「疾風、自分から行動するのよ、世の成功者は皆自分から行動するものよ、スポーツ選手もノーベル賞受賞者も、恋愛も」

それが出来たら簡単だが、やった事もやろうとした事もない。

あまり自分から意見を言う事はしない。目立つ事が怖いというのもあるが、人に対してどう接すればいいのか分からないんだ。

「なかなか勇気がなくて」

「疾風は勇気を持ってるわ、自信を持ってこれからいろんな壁を越えていくのよ」

リフトを降りて板を足にはめる。

「もう一回飛んでもいいですか?」

「もちろん、ただし怪我しないようにね、油断しない様に!」

そうだ調子に乗ってはいけない。だが早く試したい。また気持ちよく飛びたくて仕方がない。

成功と失敗を繰り返しながら1時間近くが経ったろうか、リフト降り場に父がいる。

僕たちは父の側まで片足で滑りながら近づいていく。

「息子と滑ってくれてありがとう。」

さくらさんは笑いながら答える。

「こちらこそ大事な息子さんをお借りしました!楽しかったです♪疾風がミドルのキッカー飛べましたよ!」

ここには大中小のキッカーかある、それぞれ、スモール、ミドル、ビックとも読んでいる。

父は嬉しそうに笑いながら答える。

「そうかい!よかったな挑戦者よ!可愛いお姉さんに教えてもらえて幸せだな!」

なんだか急に恥ずかしくなってきた。

父に秘密がバレた様なそんな気分になった。

「ありがとうございました」

お辞儀をしながら、さくらさんに改めてお礼を言う。

「どういたしまして!」

さくらさんもお辞儀を返してくれている。

「ねぇ、黒木さんジェラート一緒に食べない?疾風の相手をしてくれたお礼にご馳走させてよ」

さくらさんは大きな手振りで父に言う。

「いやいや!誘ったの私ですので!そんな申し訳ない!」

僕は父を見る。やめときなよ、ナンパだなんて、、、

「レッスン料だと思ってさ、このぐらいしか出来ないからさ」

正直いうと食べたい、さくらさんにも言われたが怪我しないようにしなくては、休憩するにはいい時間かもしれない。

僕は2人に話しかける。

「僕は少し休憩しようかな」

2人は僕を見る。

「じゃあお言葉に甘えて、行こうかな♪」

3人でレストハウスに入っていく。

なかなか人がいる、席には余裕があるから6人掛けの大きなテーブルを3人で使う。

ゴーグルとヘルメットを外してぺたんこになった髪を指で掻く、女の人前ではできればカッコよくいたい。

父もさくらさんも同様に身につけている装備を外していく。

初めてお互い顔を合わせた。

可愛い、いや美人で可愛い。

小さい顔に大きい目が綺麗だ。

ウエアのせいで体が大きく見えるせいか、余計に小顔に見える。

「荷物を見ている、黒木さんと一緒に選んでおいで」

父はお金を渡しながら僕に言う。

「父さんは何味にする?」

「バナナとチョコでお願いします!」

「すいません、ありがとうございます。」

2人でジェラート屋まで歩いていく。

ここのスキー場のジェラートは有名だ。くるくる回る変わったショーケースに十種類のジェラートが入っている。

今日は僕の好きなあずきがある、僕の好物は餡子なのだ。

「何味にする?」

無言でショーケースを見ている僕にさくらさんが話しかける。

「あずきと桜餅とストロベリーショートケーキのトリプルにします」

今日は自分にご褒美をあげてもいいだろう。

今までにない高揚感となんだか大人になった様な、なんとも言えない感じが気持ちよかった。

「あー!桜餅私も食べたい!後でちょっとちょうだい、私はどれにしよう」

さくらさんはと生チョコとかぼちゃとメープルバニラを頼んだ。

ここのジェラートは全部美味しいから迷うんだ。

父の分も注文してお会計を済ませる。

店員さんが作ってくれるのを待ちながら、さくらさんの事を考えていた。

この人の事を何も知らない。

名前と年齢、スノーボード が上手それだけだ。

何から聞こうか、、、

「ねえ、疾風、私の事どう思う?」

「えっ」

急に言われて驚いた。

何の事を聞いているのか分からなかった。

可愛いし一緒にいれて嬉しい。

「急に話掛けたから変な人だと思ったでしょ?」

そっちか。

「いや、全然!僕は話掛けてくれて嬉しかったです」

本当にそう思った。

「お待たせしました」

2人でジェラートを持って席に戻る。落とさない様に慎重に。

父が待つ席に戻り、ジェラートを渡す。

「ありがとう。」

「すいません、ごちそうさまです」

さくらさんは父にお礼を言う。

「お礼を言うのはこっちの方だよ、疾風が世話になったね、疾風、お礼はちゃんと言ったか?」

もちろん言ったさ、だが改めて、、

「ありがとうございました」

頭を下げてさくらさんを見る。

「どういたしまして、ねぇ桜餅一口ちょうだい!」

さくらさんは笑いながら答える。

「頂きまーす!」

「頂きます。」

食べながら父とさくらさんは色々な話をしてた。出身地、スノーボード 歴、お互い見覚えがあるなんて事を話す。

同じ趣味の人間同士だからか、よくこんなに言葉が出てくるなと思う。

さくらさんは県内の松本というところの出身らしい、僕たちは隣の新潟県だと父が言った。

僕はそれを聞いているだけ。

ジェラートも食べ終わり、フリーランしようと父がいう。

さくらさんは一緒に滑ろうと言ってくれた。

コースを普通に滑るのだ、好きな様に好きなスピードで。だからフリーラン。

リフト乗り場はすぐそこだ。山頂付近まで上がって全長3000メートルのコースを滑る。

リフトは2人乗りなので僕は、さくらさんと乗った。

「新潟いいなぁ~海があって、私も海のある街に住みたい」

そういうものなのか、僕はスキー場が近くにあってとても長野県民が羨ましかった。

スノーボード は好きだが早起きは苦手だ。車にさえ乗ってしまえば父が連れて行ってくれるのだが、、、

「海気持ちいいですよね、夕日が綺麗ですし」

「いいなぁ、私サーフィンやってみたいんだよね」

「さくらさんサーフィンやったことないんですね」

僕は父の趣味の影響で小さい頃からやっている。

「疾風やった事ある?」

「スノーボードより長くやってます」

急にさくらさんがこっちを見る。

「私にサーフィン教えてよ!!」

さくらさんは大きい声で僕に言う。

「え、はい」

「あははは!やっぱり声掛けてよかった!」

さくらさんは笑いながら僕に言う。

「さくらさんが羨ましいです」

僕には出来ない。自分から知らない人に話かけて友達になっちゃうなんて。

「何が?」

さくらさんの声はいつも優しい。

「自分から他人と友達になれるなんて、僕こそ教えて欲しいです」

クラスメイトには出来ない相談だ。友達の作り方を教えてなんて、サッカーや野球を一緒に休み時間にしていればどんな学校生活だっただろう。

「疾風が魅力的だったからよ」

「!?」

「疾風を見ていたらね、そう思ったのよ」

「人を見て、この人のこともっと知りたいって思ったらなんでもいいから話しかけてみればいいのよ、あなたならきっと素敵な友達ができるわ」

冷たい風が吹くこの場所は全然寒くなかった。

「疾風にも来るわ、この人の事が気になっちゃってしょうがないっ#出会い#が。それが来たら勇気を出していくの、行動した者にしか来ない出会いがあるのよ」

リフトを降りて両足を板にはめる。

今日はなんでも出来る気がする。青い空に白い大地のなか颯爽と滑る自分は特別なんだと錯覚する。

隣にさくらさんがいるのも嬉しかった。

「じゃあ、下で落ち合おう!」

父は早々と滑り降りる。

「おー!」

さくらさんも父について行く、僕もさくらさんの背中を追いかける。

耳に入ってくる、風の音、ビュービューと風を切り思いのままに板を操る。

その後またパークに入り、キッカーを飛ぶが上手くいかなかった。

さっきはできたのだが、なんでだろう。

不思議と悔しさはなかった。

今日は目標を1つ達成できたし、さくらさんとも友達になれた。

14時には下山する。

足が痛くなってきて、出来る事もできなくなってくるのだ。

最近それを感じ始めた。

それに早めに撤収しないと父は運転中に眠くなるから14時が限界だそうだ。


父がさくらさんに尋ねる。

「黒木さん、私たちはそろそろ降りるけど、まだ滑ってくかい?」

「はい!いつも終わりまで滑っているので!」

さくらさんの細い体のどこにそんな元気があるのだろう、しかし分かる気がする。

好きが原動力は強い。

今日はここでお別れだ。


父はさくらさんにお礼を言う。

「今日はありがとうございました。疾風にも教えてくれて助かったよ。なぁ疾風」

全くその通りだ。

「ありがとうございました。さくらさんのお陰で壁を超えれそうです」

さくらさんはおそらく笑っているだろう、顔は見えないがそう感じる。

「いえいえ!こちらこそありがとうございました。楽しかったです!ジェラートもご馳走になっちゃって!」

さくらさんが僕に言う。

「疾風今日かっこよかったよ、次もいけそうだね!」

「はい、頑張ります!」

そう答えるとさくらさんが拳を出してくる。

何も言わずに僕も拳を出してお互いの拳を合わせる。

よく外国人がやっているのを見た事がある。

「疾風、頑張るのよ。いろんな事をね」

「はい。」

「疾風、SNSやってる?繋がっていい?」

「やってますよ」

雪山の上で今時の事をしている。手袋を外し携帯をいじりながらお互いの名前を検索する。

僕のプロフィール写真は海の写真だ。

家族旅行で行った時に撮ったハワイの海。

さくらさんは花の画像。大きな花だが名前はわからない。

綺麗な花だ。

「久しぶりにフォロワーが増えました」

「これからどんどん増やすのよ!」

さくらさんが笑いながら僕に言う。


手を振りながらここでお別れ、さくらさんは巨大なキッカーに向かって滑って行く。

僕は父と一緒に駐車場まで滑って行く。

滑りながら、さくらさんに教えてもらった#姿勢#を意識しながら滑る。

結構しんどいものだ。

まだまだ実力不足だなと実感する。


父と話をながら駐車場で装備を外す。

「今日はどうでしたか、挑戦者よ」

父はいつも僕に聞く。

「今日は一回壁越えたよ。さくらさんに教えてもらったんだ」

父と僕はお互い違う方を見ながら声だけ交わす。

「bouquetの黒木さんに教えてもらえるなんて疾風は幸運だな」

「なに?」

なんの黒木さんだって?

「bouquetだよ、女の子だけのスノーボード チームだ、全国から集まって結成した、滑りを映像に残して販売したりしているんだ。スポンサーだってついているぞ」

知らなかった。そんなすごい人だったのか、僕はたまにテレビで出てくるオリンピック選手くらいしか名前は知らない。

「ボードショップにDVDが売ってるよ、黒木さんの本気の滑り見てみるといい、また今度買ってあげるよ」

父はなんでそんな事知ってるんだ?

「さくらさんがプロだって知っていたの?」

父は私服に着替えて忘れ物がないか車の周りを一周する。

「ボードショップの店長に聞いたよ、スノーボード を本気でやってる子達が活動してるって、子供達にスノーボード 教室を開いたり、オリンピックを目指してる子もいるみたいだ」

上手ですね、なんて言っちゃったよ。

車に乗り込んでスキー場を後にする。

さくらさんに教えてもらったのはスノーボード だけではない。

これからの人生を大きく変える、#きっかけ#

さくらさんとの出会いはこれからかけがえのない親友達との出会うきっかけになった。



あの日の後さくらさんを見かけたのは2回だけだ、遠くから手を振ることと少し話す事しかできなかったけど、会えば元気をもらえた。

冬が終わり、春が来る、雪山のシーズンは終わる。

夏になってからは高校受験の準備がある。父にも後悔しないようにしっかり勉強しなさいと言われた。

市内にある県立高校は偏差値65。僕の成績ならギリギリ入れるはずなのだが頑張らなければならない。金沢の大学に行っている兄の出身校だ。



SNSでさくらさんは看護師だと言う事を知った。

アップしている写真に載っているさくらさんはいつも笑顔だ。

僕が夏の海の写真をアップしたらコメントをくれて嬉しかった。

元気にしてる事と高校受験だと言う事を伝えた。それとまた、さくらさんにありがとうと伝えた。

ちなみにサーフィンを教える約束は果たせてない。


学校では相変わらず友達が増えていない。

がこれが日常だ。

ひとまず、高校受験に向けて勉強する。

僕にとって後悔のない高校生活になるように。

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