022_再会

「凄い……これがダンジョンコア……」


 ダンジョンコアの間近まで来た時、キディキディが感嘆の声を漏らした。

 入り口付近から見た時も相当大きかったが、近づいてみるとその大きさは圧倒的だ。


 キディキディのパーティメンバーも、圧倒されるようにダンジョンコアの姿をキャプチャーに収めていた。


 そしてダンジョンコアの周りでは鎧をまとった騎士たちが睨みを利かせ、誰一人として近づけないと言った風に辺りを警戒している。


 コアを眺める程度であればいちいちとやかく言われるようなこともないが、余計なことをしないに越したことはない。ある程度の映像を撮ったら、さっさと退散しよう。


 そう思っていたのだが。


「なんだ、誰かと思えば罷免されたラルド・ヴィレンスじゃないか。まだ王都に居たのか」


 俺はどうやら、とことん運に見放される星の元に生まれたらしい。


 くすんだ茶髪を撫でつけたような髪型。人を小ばかにするようなニヤついた顔。騎士に似つかわしくない小太りな体型と俺より頭半個分低い身長。

 忘れるはずもない。奴は――


「……フィジオ……!」


 ――俺が騎士を辞める原因になった、フィジオ・ファッショルドだ。


 よりにもよってこんなところで、一番会いたくない奴に会うことになるとは。

 俺は前世で一体どんな悪行を積み重ねたらここまで不運に見舞われることになるんだ。


「ファッショルド様、だろ。フン、そんなことはどうでもいい。そこのお前、今我々の許可なくキャプチャーを使用したな? 魔導具を出せ」


 高圧的な態度のフィジオは、キディキディらに詰め寄る。先ほどキディキディたちがダンジョンコアを撮影していたことが気に入らなかったらしい。


 もちろん、ダンジョンコアを撮影してはいけないなんて言うルールは存在しない。ただのフィジオの言いがかりだ。


「そんな……! ただダンジョンコアを撮っていただけじゃない!」


「撮っていただけかどうかはこちらが判断する。さっさと寄越せ!」


 フィジオの指示に従って、周りの騎士たちがキディキディのパーティメンバーからキャプチャーを取り上げた。

 いくらランクⅤの冒険者とは言え、相手は騎士だ。真正面からぶつかっても勝てるかは怪しい。それに、無理に抵抗すればそのままありもしない罪で数日間牢屋行きもあり得る。彼らは悔しそうに表情を歪めながらも、フィジオの言いがかりにそれ以上抵抗することはできなかった。


 だが、これはいくら何でもやりすぎだ。


「おいフィジオ、そいつを返せ。騎士にそこまで勝手できる自由は無いはずだろ」


 俺の言葉に片眉をピクりと上げたフィジオは、ゆっくりと俺の方へと向き直る。


「……お前は相変わらず礼儀を知らん奴だな。言ったはずだ、ファッショルド様、だと。お前が騎士を辞めた半年前とは違い、僕は階級が上等騎士に上がったんだ。もはやお前如きが、ため口を利いて良い相手じゃないんだよ!」


 顔を上気させて怒鳴り散らすフィジオ。相変わらず、短気なところは治っていないらしい。


「それは失礼しました、ファッショルド上等騎士殿。それで、いくら上等騎士殿とは言え、人様の道具を押収する権限は無いと思われますが?」


「こいつらは我々騎士団を盗撮し、機密を盗んだ疑いがある。少なくともこの映像は削除せねばならん」


 機密、と言う言葉に思わず吹き出しそうになる。お前らごときに知られて困るような機密があるのかよ。


「削除って……今日の取れ高が……!」


 不快なことこの上ないが、キディキディの言葉通りあの映像を失えば今日の取れ高が全て消えてしまう。

 今俺たちは命の次に大切と言って良い映像をフィジオに握られている。


「……頼む、その映像を返してくれ」


 自分の胸の奥底で叫ぶ自尊心を押さえつけて、俺は静かに頭を下げる。しかし、フィジオはゆっくりと言った。


「お前は、人に物を頼む時に立ったまま頭を下げるのか?」


 思わずカッとなって頭を上げるも、そこには不快なフィジオのニヤけ顔。その顔を見た時、俺の頭は冷静になった。

 そうだ。こいつはこういうやつだった。他人が悲しみ、苦しんでいる姿を見て喜ぶような、救いようのないクソ野郎だった。


 もしここで俺がカッとなって手を出せば、それこそコイツの思う壺だ。


 俺はその場で、ゆっくりと膝を折る。


「ラルド!」


「やめてラルドちゃん! もういいから!」


 ティスカとキディキディの悲鳴のような声が響くが、俺はそのままダンジョンの床に座り込み、頭を下げた。


「お願いします、ファッショルド様、だろ?」


「……お願いします、ファッショルド様」


 今更俺に誇りなんて物は無い。それよりもキディキディの配信の方が大切だ。そう自分に言い聞かせながら、震える拳を握りしめてフィジオの言葉を復唱する。


「クハハハハハハ! 無様だなラルド・ヴィレンス! 僕を侮辱するような真似をするからそうなるんだ! ハハハハハハハハ!」


 フィジオは勝ち誇ったように笑う。屈辱的、と言う言葉以上に今の感情を表現する言葉を俺は知らない。


「わかったかラルド・ヴィレンス。お前は自分を賢いと思っているのだろうが、お前の正体は誇りも矜持もない、無様な平民なんだ! 所詮、お前のような人間は僕のような崇高な人間と肩を並べることなどできないんだよ。一度でもお前と同じ階級であったこと、一生の恥だ」


 そう吐き捨てるように告げたフィジオは、周りの騎士らへ「持ち場に戻れ」と指示を出し、そのまま立ち去ろうとする。


「ちょっと! 返しなさいよそれ!」


 ティスカの声に頭をあげると、フィジオがまさに今立ち去ろうとしているところだった。


「フン。誰が返すと約束した? 僕はただ、人への頼み方をそこの下賤の者に教えてやっただけに過ぎない。感謝こそすれ、僕を責めるのは間違いだろう」


 ニヤニヤと、相変わらず醜い笑みを浮かべるフィジオは、その右手でキャプチャーをもてあそぶ。


 ああそうだ、そういうやつだった。フィジオは根っから腐りきったクソ野郎だ。頼んだ程度でこっちの望みなんか聞いてくれるはずがないんだ。つまり俺の行為は全て無駄だったという訳だ。


「……クソ野郎が」


「……今、何と言った? 下民」


 立ち上がりながら呟くと、フィジオが眉間をひくつかせながら口を開く。。


「クソ野郎、って言ったんだよ。聞こえなかったのか」


「どうやら騎士を罷免されただけでは理解できなかったらしいな。お前と僕の圧倒的なまでの力の差を」


 続けてフィジオが片手をあげると、俺たちの周りを騎士が取り囲む。いつでも戦えるよう、腰の剣に手をかけて。


 ティスカたちならこの程度、簡単に強行突破できるだろう。だが、そうすればきっと俺たちはお尋ね者だ。

 どうしたものか……


「あなた、そういうの姑息って言うのよ。知っていて?」


 その時。そんなことを口走りながらフィジオの手からキャプチャを取り戻した者が居た。ヒルダだ。


「ヒルダ!」


「いつの間に!?」


「はい、どうぞ。これでもう良いでしょう? さっさと帰りましょうラルド」


 キャプチャを奪われたフィジオが間抜けなツラを晒し、目を丸くしている。真横に近づかれていたことにすら気付かないフィジオが間抜けなのか、それとも俺たちにすら気取らせないヒルダの技術が凄まじいのか。恐らく両方だろうが、とにかくこれで目的は達成だ。


「撤収だ、帰るぞ」


「おい待て!」


「ティスカ! やれ!」


 元々騎士団側に、俺たちを拘束できる理由は無い。それに、あいつらはダンジョンコアの防衛が任務だ。だったらここから逃げ出しさえできればこちらの勝ち。


 俺の声に反応したティスカは、途端に走り出して騎士の間をそのまま駆け抜ける。騎士たちの視線がティスカに向いた途端、残りの全員で一斉に包囲を突破する。


「行け行け行け行け!」


「うわー!!」


「んぶぇ……!」


 キディキディ達やヒルダに続き、俺もメリーベルを抱えて一気に駆け抜ける。そのまま十二階層へ抜けた俺たちの後を追うほど、騎士たちは暇ではないようだった。


「はぁ……はぁ……」


「抜けたぁ……!」


「まさか……騎士が敵に回るとは……」


「ザマァ見ろ、クソ野郎……!」


 キディキディのパーティメンバーたちが肩で息する中、俺は思わずそう毒づく。今頃あのクソ野郎は、出し抜かれた悔しさに歯噛みしていることだろう。いい気味だ。


「でかしたヒルダ、お手柄だったぞ」


 俺の言葉に「そうかしら」と返したヒルダは、何のことも無さげにキディキディへキャプチャを返却した。


 その後俺たちはシトロサムエの来た道を戻り、最後に配信の挨拶を撮って解散となった。

 最後の最後でケチが付いたが、俺たちの初のコラボ配信は、こうして無事に幕を下ろしたのだった。



************


書き溜めが尽きたのと読みたい本が溜まっているのでしばらく更新を停止します。

8月中には第一部完結予定です。

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クアトリアの冒険者―史上最強の問題児たちはダンジョン配信を始めるようです― 一代 半可 @gratan1256

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