021_むかし話

「本当に来ちゃった、最深層……」


 キディキディも驚いているが、俺もびっくりだ。まさか初見でここまで到達するとは……


 シトロサムエは巨大な木。その最深層――つまり一番上の第十三階層は、巨大な枝葉の中にある。そしてそのさらに中心には、ダンジョンコアが安置されていた。


「あれがここのダンジョンコアか……でかいな」


 入り口付近からでも見えるほどに巨大なダンジョンコア。まるで宝石のように煌めく丸い本体を、木の枝が守るように無数に絡みついている。


 ダンジョンコアの大きさはダンジョンの規模と比例する。十三階層もあるようなダンジョンだと、ここまで大きく成長ものなのか。


「案外、ダンジョンが生きてるってのも本当なのかもな」


 大きく成長したダンジョンコアを眺めていると、そんな感想さえこぼれ出る。

 きっと、最初にダンジョンが生きていると考えた学者も、俺と同じことを感じたに違いない。


「と、とにかくコアまで行きましょう! ここまできたら絶対踏破する!」


 念願の最深層へたどり着いたキディキディは、そう意気込んで歩みだした。


 一般的に、ダンジョン踏破はダンジョンコアまで辿り着いて達成とされる。誰が決めたって訳でもないが、何となくそういう空気があると言う話だ。


 そうしてダンジョンコアに到達したら、あとは帰るだけ。これまで登って来た道のりを今度は降りないといけない。骨の折れる話だ。


「見えてきたな」


 第十三階層と言えど、出てくる魔獣はこれまでと大差なく、あの三人の敵にはならなかった。拍子抜けするほどにあっけなく、俺たちの目の前にダンジョンコアへの道が姿を現した。


 ハラハラする局面もいくつかあったが、何とかティスカたちはボロを出さずにここまで辿り着いた。これでようやく一安心だ。


 コアへの道を進むと、辺りは段々と物々しい雰囲気となる。次第に視界を覆う様に巨大になっていくダンジョンコアもさることながら、その辺りを守るように取り囲む騎士の姿が現れたためだ。


「騎士がいる……」


 その様子にティスカが言葉を漏らす。


「常在ダンジョンのコアを管理するのは王国騎士の仕事の一つだからな」


「ユニオンではなくて?」


 ヒルダの問いに俺は「ああ」と続ける。


「ユニオンは基本的に、特定の戦力を保有することをしないんだ。まぁそもそもユニオン自体、国がダンジョンの管理を丸投げするために作った組織だから大きな意味ではどっちも国営だけどな」


「それなら初めから国で管理すれば良いのに」


「亡国王のむかし話、知らないか?」


「ぼーこくおー?」


 ティスカがいかにもな声を上げた。絶対知らない奴だなこれは……


「結構有名な話なんだが……」


 道すがら、俺は昔話をしてやることにした。


 ダンジョンの管理をなぜユニオンが行なっているか。この話をする時、亡国王のむかし話は避けて通れない。


 昔、ダンジョンに入るための入場料を税金として徴収しようと考えた王が居た。当時の王国は周辺国との軍事衝突や魔物の被害によって国庫が圧迫されており、何とか資金を捻出しようとした苦肉の策だったと言われている。


 その頃には既に魔導機前身とも言える魔道具が開発され、魔石は人々の生活に欠かせない物となっていた。

 そのため魔石を採取するダンジョンに入場料を課せば収入を増やせるという考えだったんだろう。


 結果どうなったかはかの王が亡国王として伝えられることからも明白。国が滅びかけた。比喩ではなく、文字通りの意味で。


 そもそもダンジョンなんてのは、いつもどこかでキノコのようにポコポコ生まれている。そんなダンジョンを全て国が把握する、なんて現実論として不可能だ。


 そのうち冒険者や国民たちは、金を取られるくらいならと発生したダンジョンの存在を国に伝えることなく、自分たちだけで使うようになってしまった。いわゆる闇ダンジョンだ。


 そんな闇ダンジョンが王国領内の各地に現れた結果、人々が忘れたり、魔獣が強すぎて人々が入れなくなったダンジョンからやがて魔獣たちが地表に噴出し始めた。魔獣の氾濫の発生だ。


 しかもそれが一ヶ所や二ヶ所の話ではなく、国中あちこちのダンジョンで多発したのだから国王はそれはそれは慌てただろう。


 何せ存在すら知らされていない国中のダンジョンから、次々魔獣が溢れかえって近くの村や田畑を破壊し尽くして行くのだから。


 この事態に国王はすぐさま騎士を招集し、事態の沈静化を図ろうとした……のだが。


 王国領内に点在するダンジョンへ、入場料を徴収するために分散していた騎士たちは、各地で発生する氾濫に対応できずに各個撃破され、王都に集まることのできた騎士はごく僅か。この頃魔獣たちは波のように次々村を襲い、滅ぼしていったと伝わっている。


 やがて魔獣たちの波のような群れは王都まで迫り、王国民は誰もが王国の終わりを想起した。


 だからこそ、彼の名は亡国王として伝わっているんだ。


「で、結局その後はどうなったの?」


「ん? 魔獣が消えて、危機一髪で助かったってとこだな」


 ティスカの問いに応えてやると、ティスカは首を傾げた。


「魔獣が……消えた?」


「あぁ。魔獣は言ってみれば、魔法みたいな存在だ。体内の魔石が魔素を結合させてるから生物のように振舞える。その魔石はダンジョンの瘴気の中だからこそ半永久的に活動できるわけだが、地上に出ちまうと魔素が枯渇して消耗していくんだよ」


「だから魔石が消耗した魔獣は消えた、って訳ね」


 言葉を継いだヒルダに「そういうことだ」と頷いてやる。


 そんなわけで、今ではダンジョンの管理はユニオンに丸投げされ、ユニオンは冒険者たちにダンジョンの攻略を委託。委託された冒険者たちは日々ダンジョン攻略に勤しんでいるという訳だ。


 まぁ、それを抜きにしてもダンジョンの管理を個人でやる場合、ダンジョンの管理やセーフティのメンテナンスが必要になるし、魔獣の討伐を放置すれば例によって氾濫が起こる。


 そもそも冒険者にはダンジョンを発見したらユニオンに報告することを義務付けられているから、全ての冒険者の目をかいくぐってダンジョンを個人で所有するというのも現実的じゃない。


 例えユニオンが無かったとしても、ダンジョンを個人で管理しようとする数奇な奴は早々居はしないだろう。

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