020_天才たちの戦場
そして気づけば俺たちは第十二階層へ到達した。
このシトロサムエのダンジョンは全十三階層。気付けばもう踏破目前だ。
ダンジョンの雰囲気も階層が進むほど様変わりし、上層階ではあちこちに木の枝が生い茂る。まさに木の中にあるダンジョンにふさわしい様相になってきた。
更に、辺りには霧のような赤い煙が充満し、物々しい雰囲気を醸し出す。
「噂じゃ聞いてたけど……本当にこの辺りから瘴気が出始めるんだね……」
キディキディがその光景に圧倒されるかのように呟いた。
ダンジョンコアに近づくほどコアの強力な引力によって魔素が滞留しやすくなる。そして滞留した魔素はやがて瘴気となって、魔獣を発生させる。
ダンジョンの表層付近では瘴気は人の目に見えないほどに薄いが、ダンジョン深層ともなるとこうして、赤い煙のように瘴気が見えるようになるのだ。
「濃い瘴気の中では魔力と魔素が結合しやすくなるわ。すると意図していない量の魔力が勝手に魔素と結合して、魔法が暴発する危険も生まれる。瘴気帯での魔法の使用が危険なのはこのためよ。だけど、この程度の瘴気ならむしろ、魔法が強力になる恩恵だけを受けられる。私たちのような魔導士にとってはむしろ好都合ね」
唐突にメリーベルが語りだす。ほんとこいつ、魔法に関してだけは口が回るな。
「……つまり?」
「魔法を使うときは、普段より二階梯は落とした方が良い。下手すると暴発するから」
「なるほど……勉強になります」
キディキディの返事を聞いて満足したのか、メリーベルはまた黙り込んだ。
キディキディが青魔法使いであることは配信者なら誰もが知っている。この条件は、魔導士であるキディキディにとって有利に働くことだろう。
「じゃあ続きの探索シーン、撮りましょう!」
キディキディの言葉と共にキャプチャーが起動する。
この辺りの敵は既にランクⅥ。俺はもとよりランクⅤのキディキディにとっても格上の相手だ。油断すれば死にも繋がる。
軽い調子で話しちゃいるが、キディキディだって緊張しているに違いない。映像を撮っていても、結局行われているのは命のやり取りなのだ。
俺も気を引き締めなきゃな。
「ティスカ。まずはいつも通り、正面を抑えてくれ。ヒルダは茂みから敵が来ないか警戒しつつ、孤立した敵の処理。メリーベル、見えた敵を片っ端から白の第二で片づけるぞ」
直後、三人は一斉に動き出した。
始めにティスカが正面に現れた植物型の魔獣を次々切り捨て、道を切り開いていく。
植物型は急所がわかりにくく、倒したと思っても起き上がってくることが往々にしてあるため、消滅するその瞬間を見届けなくてはならないのが面倒なところだ。
そのせいでティスカが得意とする敵陣を駆け抜けて片っ端から切り捨てていく戦い方があまり使えない。こう言う時こそ魔法の出番だ。
「メリーベル!」
ティスカの周りに魔獣が溜まった瞬間、メリーベルに視線を飛ばす。
俺の意図を察しメリーベルは次の瞬間、フードの下でニヒルな笑みを浮かべるとローブを振り払った。
「見せてあげるわ。これこそ、我が魔道の白き――」
「ウオッホン! ゴホッゴホッ! ン゛ン゛ン゛」
「ラルドちゃん大丈夫? 風邪?」
「いやぁ、ハハハ。大きい声を出すと! 喉の調子がなぁ。いや、大きな声がなあ!」
やめろメリーベル! 配信にそれ載せるな! 俺たちの頭がおかしいと思われるだろ!
何度も目配せしたお蔭か俺の意図が伝わったらしく、メリーベルは一度表情が固まった後に「……こほん」と小さく咳をし「白の第二階梯」と小声で続けた。
第二
もちろんその範囲にはティスカも巻き込んでいるが、ティスカの動体視力ならこの程度をかわすのは造作もないだろう。
植物型には一般に、赤と白の魔法が通りやすいとされる。
しかし赤魔法は敵が暴れた際、周りの木々に燃え移る可能性があり、植物型のダンジョンでは御法度だ。
なのでこう言う場合は基本的に白魔法を使う。
初級魔法の第二階梯と言えど、メリーベルの卓越した魔法技術や瘴気の影響、そして魔獣の弱点を突いた属性であることが重なれば相応の威力に化ける。
つららが直撃した魔獣は次々消滅し、ティスカの周りからは瞬く間に魔獣の群れが消え去った。
「わ、私も負けていられない!」
そんな戦いぶりを見て、キディキディは奮起する。
「私の得意魔法は青だから、植物型には通りにくいけど……白と合わせれば!」
そうしてキディキディが両手を構えると、手のひらの先に水の塊が渦巻き始めた。
規模からして第四……いや、瘴気の影響を考えると第三階梯といったところか。短い柱となったその水は、キディキディの手から放たれた。
「メリーベル、白の第一!」
その水の柱に対し、メリーベルが魔法を叩き込む。第一階梯は基礎中の基礎魔法。この程度の魔法なら、メリーベルは目視すらせずにノータイムで放つことができる。
後追いで放ったにも関わらず、完璧なタイミングでメリーベルの魔法が着弾。キディキディの青魔法は凍りつき、氷の柱となって大型の魔獣に襲いかかった。
巨大な木のような魔獣の幹に、その氷の柱が突き刺さる。魔獣は苦悶の声をあげると、そのまま地面に沈んだ。
「やった……!」
喜ぶキディキディには悪いがそんな余裕は許されない。
「横からも来るぞ!」
続けて、茂みから小型の魔獣が複数体姿を表した。
ヒルダが構える方とは反対側から現れたその魔獣たちは、黄色い花が根っこを手足にして動いているような姿をしている。
間抜けな見た目だがこれでもランクⅥだ。一筋縄ではいかない相手だろう。
案の定、奴らは一個体の生命のように、一切の前触れなく一斉に左右に分かれて襲い来る。狙いはどうやらキディキディだ。
「ちょっと失礼」
「わっ!」
この階層まで初めてきたことで緊張しているのか、魔獣の動き出しに反応が遅れたキディキディ。
俺は彼女の腕を引き、そのまま左腕で彼女の腰を抱いて、空いた右腕に構えている剣を振るった。
襲いかかって来た魔獣のうち最初の二匹を剣で弾き落とすなり、すぐさま二、三歩後ろに下がる。
すると他の魔獣たちの攻撃は全て外れ、こちらの出方を伺うように威嚇し始めた。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして、先輩」
ぱちぱちぱち、と拍手するキディキディの腰から手を離し、すぐさま盾を正面に構えなおす。
小型とは言え手に余るな……そう考えていたとき、俺たちの後ろから追い抜くようにして――ヒルダが駆け抜けた。
「ちょっと近いんじゃない?」
それは一瞬だった。
俺の横を抜ける際そう言い残したかと思えば、藍色の影が敵中を舞う。そして次の瞬間には、先ほどまで俺たちに威嚇していた魔獣が一斉に消滅した。
「ち、近くはないだろ……」
「どうかしら。盾、借りるわね」
返事も早々に、ヒルダは続けて俺に突っ込んで来る。
意図を理解し慌てて俺が盾を構えると、それを足場にするようにヒルダが盾を蹴り、そのまま大きく跳躍。元居た反対側の茂みへと消えていく。
その身のこなしは実に美しく、まるでしなるようだ。身体をくねらせ、次の魔獣の元へと舞い降り立つ。鳥の羽のような軽やかさを感じさせる。
「すげぇ……」
「本当強いなオルヴィーズ」
「この辺の魔獣、ランクⅥだろ? 俺たち全員がかりでも一匹相手するので手一杯だぞ……」
キディキディのパーティメンバーたちが、三人の戦いぶりを見て感嘆の声を漏らす。なんか、こうして面と向かって褒められると照れるな……
俺に対してじゃないことはわかってんだけどさ。
「これで冒険者始めてまだ半年って……なんか、自信無くなって来た」
一方でキディキディは凹んでいた。まぁ仕方ない。あいつらの戦いを見たら、普通の反応は驚くか心折られるかの二つに一つだ。
ちなみに俺は折られた側。
「さっきも言ったけど、アイツらは天才だから比べちゃダメだ。俺たち一般人には、一般人なりの戦い方ってもんがあるからな」
「いや、他人事みたいに言ってるけどラルドちゃんもよっぽどだからね。あの三人の強みをちゃんと理解して押」
うんざりした様子のキディキディがそう呟くが、俺は「どうも」と適当に返事して聞き流す。よっぽど、と言われても、やってることは三人を好きに暴れさせてるだけだ。この程度なら誰でも出来る。
それに俺が本当に天才だったなら……あの時、あの冒険者たちを見殺しにせずに済んだはずなんだ。
そうして僅かばかりの後悔と共に、とうとう俺たちはシトロサムエのダンジョン最深部へと到達したのだった。
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