019_ラルドの過去

 シトロサムエは植物型の魔獣が出てくる露出型のダンジョンだ。


 その外見は巨大な木のような見た目をしていて、上へ上へと昇っていく。そのためキディキディ達と出会ったギラフィナと違い、深層は空に近づく形になる。


 そのお蔭か辺りは常に明るく、内部はその日の光に晒された植物たちが活き活きと成長し続けている。結果、足元は木の根を張り巡らしたようにボコボコしているし、鬱蒼と生い茂る草木が視界を遮る。


 どこが壁でどこが道なのかわかりづらく、階層そのものが巨大な森林のような造りになっていた。


 そんな森林の中から時折現れるのは、植物のような姿をした魔獣たち。花のような姿の魔獣や動く木のような魔獣、更には食虫植物が巨大化したような魔獣などその容姿は様々だ。


「綺麗な魔獣ね」


 ヒルダがそう言いたくなるのがわかるほど、美しい花々が咲き誇る。


「そう見えるじゃん? でもその魔獣、毒があるんだよねー」


 しかしこのダンジョンには何度か来ている様子のキディキディにそう言われ「あら残念。倒すしか無くなっちゃうわ」とあっさり魔獣を切り捨ててしまった。


「あ、あはは……」


 キディキディの乾いた笑いが響く。


 常在ダンジョンと言うだけあって低階層の敵は非常に弱く、ティスカたちの相手には全くならなかった。


 何ならあいつら、木の枝で草木をどけるようなノリで鼻歌混じりに魔獣を処理している。いくら弱いとは言えあれはやりすぎだろう。


 ティスカ、ヒルダ、少し抑えろ……! キディキディが引いてるぞ……!


 俺が目線で訴えるも、上手く伝わってない様子。なぜかすごく良いキメ顔で、ティスカは更に敵を蹂躙していく。


 ヒルダに至っては恐らく、意図が伝わった上であえてそうしているに違いない。俺が困っている姿を見て楽しんでやがる。良い性格してやがるよほんと。


 そうこうしているうちに、あっという間にキディキディの自己ベストだという第七階層に到着した。


「こんなにあっさり来ちゃうなんて……ちょっとショック」


 キディキディが珍しくへこんでいるが無理もない。この道中で戦いらしい戦いは殆どなく、大体の敵はティスカとヒルダが武器を二、三回振り、メリーベルが軽く魔法を唱えるだけで消滅してしまったのだから。


「まぁそうなるよな……あれ見てるとさ……」


 この層の魔獣の強さはランクⅣからⅤ相当。平均的なダンジョンに比べると深さの割にランクが低いが、それでも魔獣が強力になりつつあることは間違いない。


 その上、普通ならここまでに複数の魔獣たちと戦いを繰り広げている。ランクⅤ相当とは言え疲労も相まってより手ごわさを感じるだろう。


 なのに蓋を開けてみればこの結果だ。俺やキディキディがてこずるような魔獣も、よそ見しながら平然と処理してやがる。嫌味かこいつら。


「とりあえず、あれと比べちゃダメだ。あいつらは天才……つうか異常だから。人としてあるべき何かを失ってるんだよ。ティスカなんか我流も我流、剣を棒みたいにただ振り回してるだけであれだぜ? 四年も王国剣術習ってた俺がバカみたいだ」


 視線の先では、メチャクチャにしか見えない剣筋でティスカが魔獣を次々切り捨てる。


 剣が空ぶれば、その人外じみた動体視力と筋力を活かして無理やり剣筋を反転させ、避けたつもりになっている魔獣の硬直に一撃を叩き込む。


 普通は剣の勢いに身体が引っ張られ、勢いを殺すために動きが止まるものだが、ティスカにはその時間すら存在しない。


 その様はまるで、空を飛ぶ燕が突然方向転換するかの如く。避けたと思った剣が突然自分目掛けて襲い来る恐怖は、実際に食らった者にしかわからないだろう。


 あんな真似ができるなら、確かに剣術なんてものはこの世に必要ない。問題があるなら、それは普通の人間には実現不可能ということだけだ。


「ラルドちゃんはあんなのを毎日見せられて心折れないの……?」


「折れるよそりゃ。けどもう、仕方ないだろ。現実として俺とあいつらの間には超えられない壁があるんだから。努力してもどうしようもないなら、受け入れるしかねーよ」


「強いね、ラルドちゃん」


「全部を諦めた、ともいうけどな」


 俺は自分が凡人であることをあいつらと一緒に戦うたびに嫌と言うほど思い知らされる。けど、それを受け入れることでしか前に進めない。だから受け入れて、諦めた。それだけだ。


「なんか、ラルドちゃんって珍しいタイプだね。冒険者になる人って皆、自分には才能がある! って信じてる人が多いから」


「あー……まぁ、昔色々あったからな」


「本当はマナー違反だけど……もしよかったら、なんで冒険者になったか聞きたいな」


 相手に深入りしない。それが冒険者同士の数少ないルールの一つ。だからこそ相手の過去を詮索するのはマナー違反だが……まぁ、俺はあまり気にしない。


 幸い、キャプチャーもティスカたちに向いている。だったら喋っちまってもいいか……


「そうだなぁ……俺、昔は騎士をやってたんだ」


 俺の脳裏に蘇る当時の記憶。思い出されるのはあの、貴族の坊ちゃんの憎たらしいまでに下卑た笑顔。


 元々俺は平民の出だった。だが、住んでいた村が魔物の襲撃にあって、両親が死んじまって……一人で生きるために、十七の時に騎士団に入隊した。


 そして無難に騎士学校を卒業し、正式に騎士になった。あの貴族のぼっちゃん――フィジオ・ファッショルドに出会ったのは、それから四年後の話だった。


 かつては王家を守るために組織された騎士団も、時代の移り変わりと共に今ではただの名誉職となった。


 騎士学校を卒業するか騎士からの推薦で就くことのできる騎士職には、貴族の次男や三男が箔をつけるために就くことも多く、フィジオもそうした貴族の三男坊だった。


 フィジオは家格で相手の価値を判断する絵に書いたような嫌な貴族だった。俺はあいつが気に入らず、極力関わらないようにしていたのだが……そんなフィジオと共に同じ任に就くことになったあの日。全てが狂い始めたんだ。


『やめろフィジオ! お前、冒険者を囮にするつもりか!?』


『誰に口を利いているんだ、隊長は僕だぞ。黙ってろラルド副隊長』


 あの日、国境付近に現れた強力な魔物を討伐するため、俺たち騎士団は冒険者と共に王都を発った。


 だが、コネで隊長職に就いたフィジオは副隊長である俺や他の騎士の意見を無視して独断で作戦を開始。


 そして……凄惨たる結果に終わった。


『アルスレッド……! どうして……!』


『何で兄が死ななきゃならなかったんですか!? なんで!!』


『お前たち騎士が冒険者を捨て駒にしたのか……!』


 この作戦に参加した冒険者二十三名は、杜撰ずさんとしか言えないような作戦によって森の中でまともに連携も取れずに孤立、森林の中を駆ける討伐対象によって各個撃破され全滅した。


 また共に同道した騎士団十三名のうち五名は命を落とし、作戦参加者三十六名のうち、生き残ったのはたった八名。俺やフィジオ、そして複数のフィジオの取り巻き以外は皆死んだ。


 もちろん、この件は作戦を立案したフィジオが責任を取ることになるはずだった。


『この作戦は、副隊長のラルド・ヴィレンスが独断で開始したため、かような結果に終わったのです』


 あのクソ野郎が、全ての責任を俺に擦り付けるまでは。


「……ま、そう言うわけで俺は騎士を罷免されて、借金を返済するには冒険者になるしかなかった、って訳だ。騎士団を罷免された奴なんかどこも雇いたがらないしな」


 なるべく重くならないように、なるべく重い部分は簡単に流したつもりだったが……それでもキディキディの眉間にはシワが寄る。

 まぁそりゃそうか。キディキディも冒険者だ、そんな話を聞かされて良い気分はしないだろう。


「頑張ったねラルドちゃん、偉いよ本当に」


 そうして俺の肩ほどまでしか身長がないキディキディは、背伸びしてよしよしと俺の頭を撫でた。


 ううん……居た堪れない……


「ま、まぁ、冒険者や騎士なんてやってる以上、死ぬのは当たり前だしな……それに元々、俺は冒険者に憧れてたところもあったから、丁度良かったのかなって」


「憧れてた?」


「俺が罷免される原因になった作戦の時、一緒に酒を飲んだ冒険者たちが居たんだけどさ。あいつら、なんかめちゃくちゃ楽しそうでさ。仲間たちと一緒に飯食って、酒飲んで、バカやって。そういうの、羨ましいなって思ったんだよ」


 脳裏に蘇るのは、あの時一緒に戦った冒険者たちの顔。金は無くとも心は豊かだとばかりにその誰もが楽しそうだった。


『行けラルド! 俺たちがここは食い止める!』


『けど!』


『ヘーキヘーキ、こういうの慣れてるから。それに、死んで元々の冒険者だ。今更後悔なんてしやしないよ』


『そうそう。それにアンタが指揮取れば、助かる奴がまだいるかもしれない。こんなところで死ぬのはナシだろ』


『わかったら行け! もし生きてまた会えたら、酒おごれよ!』


『……すまん!』


 あの日、きっと自分たちが死ぬことはわかってだろうに、最期のその時まであいつらは笑っていた。

 それが無理した笑顔だったのか、それとも別の意味があったのか。今の俺にはもうわからない。


 俺が冒険者を始めたのは、もしかしたらあいつらの最期の笑顔の意味を知るためなのかもしれない。

 もし俺にもあいつらみたいな仲間が居たなら。死ぬその瞬間まで、あいつらみたいに笑っていられるんだろうか。


「じゃあ……その夢、叶ったんだ?」


 不意にキディキディにそんなことを言われ、思わず「え?」と声が漏れた。


「だってほら。一緒に戦う仲間、もう居るでしょ?」


 彼女の視線の先にはティスカやヒルダ、そしてメリーベルの姿。あぁ、そういう。


「……こいつらを仲間と呼ぶのはちょっと……」


 後ろにひっついているメリーベルから、すぐさま抗議の平手打ちが背中に飛ぶ。非力すぎてそよ風に撫でられているかのようだ。


 そしてその様子を見て笑ったキディキディが、「あ!」と何かを思いついたように声を上げた。


「もちろんあたしちゃんも仲間だと思ってるけどね!」


「いやいやいや、天下のキディキディを仲間って呼ぶのは失礼すぎるというか」


「ひどーい! 仲間外れだ! 信じられなーい!」


「いや、自分の立場考えてくれよ! 俺たち零細配信者からしたら神みたいなもんだぞ!?」


「やだやだやだ! 私のことも仲間って言ってくれるまで今日は帰らない!」


「あ、ほら先輩、次の階層が見えてきましたよ! さっさと行きましょう!」


「ああ! ごまかした! ていうか敬語やだー!」

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