018_オルヴィーズ緊急作戦会議

「こんチャロチャオー! ミスキリス所属、歌って踊って戦える冒険者アイドル! キディキディでーす! ギロ、ギロ! 本日は……なんと! フォロワーちゃんもご存じ、あたしちゃんたちの命の恩人、オルヴィーズの四人に来て頂きました!! はい拍手ー!!」


 パチパチパチ、とキディキディや彼女の仲間たちに拍手で迎えられ、俺たちはキャプチャーの前に進み出る。


 俺たちを迎えるように、彼女の大きな目玉はいつもと変わらずギロギロと動いていた。


「あはは……どうも……」


「……こんにちは」


「……」


「よろしくね」


 ……本当に申し訳ない限りだが、これが俺たちオルヴィーズの限界だ。


 演技なんてものが出来てりゃ、フォロワーが三百人ちょっとで止まる訳が無い。


 俺に至ってはこうやって姿を見せること自体初めて。緊張するなこれ……


「おやおや、オルヴィーズはどうやら緊張しているみたい。でも仕方ないね、だってオルヴィーズは初めてのコラボなんだって! だったらあたしちゃんが先輩としてビシ! バシ! 配信者の心得を叩き込んであげる! と言うわけで……今日は! シトロサムエの常在ダンジョンへ潜ってみたいと思いまーす!」


 ガチガチの俺たちをフォローするように、キディキディは身振り手振りをオーバーに、そして明るく場をつないでくれる。


 コラボとは言え心強い。これがベテラン配信者の実力か。


「実はシトロサムエのダンジョン、あたしちゃんたちは第七階層までしか潜れていないんだよね……でも今日はあのオルヴィーズが一緒! もしかすると夢の最深層まで行けるかも……!? それでは早速、行ってみまーショウ!」


「はーい、オッケーです」


 キャプチャーを操作していたキディキディのパーティメンバーがそう言ってキャプチャーを止めた。


「すげぇ……」


 思わずそんな言葉がこぼれるほどに、俺はキディキディたちの配信に圧倒されていた。


 キャプチャーに映るのはキディキディ一人だけ。だと言うのにその裏では、他のパーティメンバーがそのキディキディを緻密にサポートしている。


 ある者は魔法で光を起こし、ある者は音を拾い、ある者は辺りの通行人たちの誘導。その連携は美しさすら感じさせるほどだ。


 キディキディの配信者としての実力はもとより、彼らは一人一人が冒険者であると同時に配信のプロ集団なのだ。俺たちが見えないところでも、これだけの努力をしている。


 こんな細やかな努力があるからこそ、二百五十万人ものフォロワーを満足させられる配信を出し続けられるのだろう。


 神は細部にこそ宿る。まさにその言葉を体現するかのようだった。


 そして、だからこそ。


「では皆さん、準備が良ければ早速始めちゃいましょう!」


 この配信、絶対に失敗するわけにはいかない。


「へ、へへ……ちょっとだけ時間もらっていいっすか?」


「もちろん! 何か心配事がありました?」


 慌ててキディキディを止めた俺は、そのまま誤魔化しながらキディキディから距離を取る。


 こいつらといる限り俺は心配事だらけだよ。そんなことを思いながら俺は三人を呼び集めた。


「オルヴィーズ集合!」


 俺の掛け声に合わせてのろのろと集まる三人。三人と一緒に俺はダンジョンの隅に移動する。


「オルヴィーズ緊急作戦会議の時間だ。良いかお前ら、今回の配信じゃ絶対にボロを出すわけにはいかない。何としても騙し切って、俺たちのイメージアップを図る。これが絶対条件だ」


「えぇ……めんどくさーい」


「眠い……」


「そうね、頑張らなきゃいけないと思うわ」


「ありがとうヒルダ。その視線が爪じゃなくて俺に向いてたら完璧だったけどな。じゃあ早速、概要を説明するぞ。っつっても、やることはいつもと変わらない。まずティスカ。ティスカはいつも通り発言は最小限だ。聞かれたことだけ答えて、自分からは喋らない。出来るな?」


 俺が視線を向けると、ティスカは不貞腐れる。


「でもあれ、結構疲れるんだけど……」


「そう言うと思って準備してきた。これ食って良いぞ。新作だ。上手くやれたらもっと作ってやる」


 言いながら俺は、細かく切った肉を小麦の生地で包んで蒸した、新作料理を荷物の中から取り出す。これが中々美味かったりする。


 現にティスカはそれを口にした瞬間、言葉にならないと言うふうに目を輝かせた。


「わかった任せて! 私喋らないの得意! だからいっぱいお願いねラルド!!」


 ティスカ渾身のキメ顔が決まる。その様はまさに、おとぎ話に出てくるような勇者のそれだ。これから決戦だと言われても違和感がない。ただの食欲に駆られた獣だと一体誰が思うだろうか。


「よし。次はメリーベル。メリーベルは俺の後ろに必ず付け。それからいつもの……魔法使う時のアレは無しだ。いきなり流暢に喋り出したら驚かせちまうだろうし、何より……目立ちすぎる。できるか?」


 首を縦に振るメリーベル。こっちは大丈夫そうだ。最悪、魔法を使わせないように俺が配慮すれば良いだけだ。何とかなるだろう。


「よしよし。そして最後、ヒルダ。ヒルダは……うーん……」


 正直、ヒルダをどうするべきかは最後まで思いつかなかった。それだけ俺からすると扱いにくい存在だ。何かをやるなと言っても絶対やるだろうし、そもそもヒルダは俺を困らせて楽しんでいる節がある。一体どうしたものか……


 するとヒルダが不満そうな表情をして告げた。


「ねえラルド。前から不思議に思っていたのだけれど、どうして私の時だけいつも困った顔をするのかしら。心外だわ」


「それはなヒルダ。ヒルダが一番まともそうに見えて、その実一番ヤバいやつだからだよ」


「おかしいわね。私、ちゃんと気をつけているはずなのだけれど」


「気をつけてるやつは瀕死の冒険者を床に転がして、こいつを囮にすれば逃げられるなんて真顔で言わないんだよ」


 キディキディたちを助けた時にヒルダが口走った言葉をそのまま返してやると、ヒルダは困ったように右手のひらを頬に当てて「普通って難しいわ」なんて呟いた。


「とりあえずヒルダは、魔獣以外は攻撃しない。余計なことも言わない。これで行こう」


「でもどこからが余計なことかわからないわ」


「いざって時は俺が合図出すから、それ以上は喋らないように。良いな?」


「ええ、わかったわ」


 ヒルダも頷いたところで作戦会議終了だ。これなら何とかやれそうな気がする。


「ねえラルド? そういえば、さっきあの子が言っていた常在ダンジョンって何なのかしら」


 そして会議の最後にヒルダがそんな問いを口にする。これは冒険者なら知ってて当たり前の常識なんだが……今更か。


「常在ダンジョンってのは、あえてダンジョンコアを破壊せずに残されてるダンジョンのことだよ。危険度が低くてヴォイドが起きにくく、尚且つ大きな街からアクセスしやすい。そんな都合のいいダンジョンってのはそう多くない。だからそういうダンジョンをあえて残して、魔石を回収できるように王国が管理しているってわけだ」


俺の説明に「へえ、そうなの」と返事したヒルダは、何かをひらめいたようにニヤりと嗤う。


「じゃあダンジョンコアを壊したら大変ね」


「頼むから絶対やめてくれよ、ほんとに。過去に同じことやらかそうとして憲兵所送りになったダンジョン配信者が山ほど居るんだ。それに、本当にダンジョンコアを破壊しようものならダンジョンの崩壊に巻き込まれて被害者も出る。冗談じゃ済まないからな」


「嫌だわ、冗談なのに。私、そんなことするように見えるのかしら」


 見える。めちゃくちゃ見える。冗談じゃないくらい見える。だから怖いんだよ。


「オルヴィーズのみなさん、そろそろ次の階層に潜ろうと思いますけど大丈夫ですか?」


 そんな時、キディキディの声がして俺は「あ、大丈夫っす!」と返事した。するとキディキディは「敬語! 要らないよ!」といつものド派手なケバケバメイクのまま、にっこりとほほ笑んだ。


 なんつーか俺、キディキディのファンになりそうかも……


「……ラルド、鼻の下伸びてる」


「……うっせ」


 ぼそぼそと呟くメリーベルをしり目に、俺たちはキディキディのパーティの後に続く。シトロサムエダンジョンの攻略開始だ。

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