017_接触

 王都の中心部には、オルヴィス本社とは比べ物にならないほど巨大な建築物の並ぶ商業街がある。その一角にミスキリスの本社は建っていた。


 魔導学の発達により近頃、建築物の様式が変わってきているのだが、ミスキリスの本社はそんな近代の建築様式を取り入れているのか四角い塔のような構造をしていた。


 塔の全面にはガラス窓が取り付けられ、何だかギラギラしている。その塔に出入りするのは社員と思わしき多くの人々。スーツを綺麗に着込んだ者達ばかりで、いかにも仕事できますと言った風貌だ。


 俺たちのようなただの冒険者は場違い感が凄まじい。


「行くか、ミスキリス本社……」


 あれから三日後。俺たちはミスキリス本社前に到着していた。


 結局、三人の件をどうごまかすかこの三日間考え抜いたが何も良い案は思いつかなかった。

 と言うかそもそも、俺一人で三人分の面倒を見るというのが根本的に無理なのだ。どうあがいても絶望しかない。


 唯一の救いだったのは今回のコラボ配信は投稿型らしいことで、生配信よりまだボロを隠し通せる可能性があることだ。

 最悪、何かやらかしても編集して切り取ってしまえばなかったことにできる。


 ……但し、キディキディ達にはバレてしまうが、そこはもう目を瞑るしかない。


「凄いわね、警備も厳重。侵入するのに苦労しそうだわ」


 下手なダンジョンに潜るときよりも緊張しながらミスキリスの本社に足を踏み入れると、まず最初にヒルダがそう告げた。


 彼女の言葉通り、あちこちに屈強な雇われ冒険者の姿が見え、厳重な警備網が敷かれている。下手な侵入者が現れたところで彼らに簡単に制圧されてしまうことだろう。


「頼むから問題だけは起こすなよ」


「あら、問題なんて起こしたことないはずだけれど」


 心外だわ、とわざとらしく自分の頬に手のひらを当てるヒルダ。俺からすればどこまでやるのかがわからない分余計に怖いんだよ。


 もし取り返しのつかないような問題が起きるとしたら、まず間違いなくヒルダがやらかす。

 人を怪我させるまでならまだマシで、最悪は命を奪って全員刑務所行きもあり得る。それだけは何としても阻止しなければならない。


 オルヴィスの運命はまさに、俺の双肩にかかっていた。


 絶対問題を起こさせてなるものか。そんな決意を胸に秘めながら受付まで行くと、受付ではミスキリスの制服と思わしき藍色のスーツを着た受付嬢が俺たちを出迎える。


「ご用件は?」


「キディキディとのコラボ配信で……あ、オルヴィス企業所属の冒険者パーティ、オルヴィーズです」


 俺が名乗ると受付嬢は「少々お待ちください」と何やら魔導機を操作し、そしてすぐに「ご案内いたします。どうぞこちらへ」と俺たちを先導するように会社の奥へ歩き始めた。


「ティスカ、メリーベル。よそ見してると迷うぞ」


 きょろきょろと辺りを物珍しそうに眺めていた二人に声をかけ、俺たちは受付嬢の後に続く。


 通された廊下は絨毯が引かれて高級感が漂い、廊下の角には観葉植物が鎮座していた。ただの廊下だというのに気品溢れるその光景に、所詮は中小企業でしかないオルヴィスとの差をまざまざと見せつけられた気分だ。よほど羽振りが良いらしい。


 まぁ、あのキディキディを抱えているんだからそれも当然か。配信業だけでも儲かっているだろうに、最近はキディキディ関連のグッズまで売り捌いている。


 通り過ぎる廊下のあちこちにキディキディをモデルにした人形やグッズが置かれており、会社のどこもかしこもキディキディ一色だった。


 それに加えて元々ミスキリスが手がけていた本職の事業までやっているのだ。金はいくらでも稼げることだろう。


 金ってのはほんと、あるところにはとことんあるらしい。羨ましい、俺も転職しようかな。無理か、騎士を罷免されたんだったわハハハ。


 そうして一階の奥、応接間と思わしき部屋まで通された俺たちは、飲み物を差し出されて「こちらで少々お待ちください」と待たされることになった。


 通された応接間には魔物のものと思わしき、黒い皮張りのソファが並び、周りには相変わらずのキディキディグッズが並べられている。


 超人気配信者ともなると、こうしたグッズだけでも相当な収入になるそうだ。何ならキディキディが採取した魔石ってだけで、通常の価格のウン十倍の価格が付く物もあるとか。そりゃあどの企業も血眼になってダンジョン配信業を始めるわけだよ。


 展示されているキディキディグッズの数々に気を盗られながらソファに腰掛けると、ソファは驚くほどに沈み込み、思わずバランスを崩しそうになった。


 柔らかい、なんてもんじゃない。ヘタすりゃこのソファで寝られるぞ俺。


「うう……眠い……」


 何ならメリーベルはソファのせいで眠気を訴えている。多分、目を放せばすぐに寝るだろう。


「このお菓子美味しい……!」


 一方、席に着くなり差し出された菓子をバクバク食うのはもちろんティスカ。

 そうバクバク食べる物でもないだろうに、机の上に並んでいたお菓子は一瞬のうちにティスカの腹に収まった。


 それでもまだ物欲しそうにしていたため、俺の前に置かれていた菓子を無言で差し出すと嬉しそうにまたバクバクと食べ始めた。


 なんてことない。初めからそんな物なかったのだと思えば良いのだ。


 そうしてヒルダが部屋中を練り歩き、つまらなそうに「罠は無さそうね」なんてため息混じりに呟いた頃。ようやく応接間の扉がガチャリと開いてその人物が現れた。


「オルヴィーズの皆さん! 良かった来てくれて……! この間は、ちゃんとお礼を言えないままだったから……」


 部屋に入ってきたのはまごうことなく先日俺たちが助けた大物配信者、キディキディ。


 配信の準備中だったのか、その姿はいつものド派手な恰好だ。相変わらずどでかい目玉が二つ、彼女の頭の動きに合わせてギロギロ動いている。


 そして彼女が歩くたび、足元からはゴッ、ゴッ、と、とても足音とは思えない重量感あふれる鈍い音が鳴る。あのゴテゴテした靴は相当な重さがあるらしい。と言うか人が出して良い音じゃないだろそれ。


「どうも、こんにちは」


「あ、この間の人」


「……」


「思っていたより元気そうね」


 三者三様……いやこの場合、俺も含めて四者四様の反応をそれぞれ示す。

 起きろメリーベル。仕事の時間だぞ。


 俺がメリーベルの肩を揺らして彼女を起こしていると、キディキディは急いでやってきたのか乱れた呼吸を整えつつ言葉を続けた。


「皆さんのおかげで、ダンテも一命を取り留めることができました。本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」


「あぁ、冒険者通信で見た……ああいや、見ました。助かってよかったです。それに今日はコラボのお誘い、ありがとうございます」


 せっかく助けたのに死なれてもいい気持ちはしないしな。


 一応相手は大物配信者ってことでなるべく失礼無いよう下手に出ると、キディキディは「そんな、お礼を言うのはこちらです! 敬語なんて!」と俺と同じように頭を思いきり下げた。


 その瞬間、頭に付いたでかい目玉が勢いよくギロンと動く。相変わらず不気味な目玉だ……


「配信上は仕方ないかもしれないですけど、裏では敬語を辞めてもらえたら……その、できればお友達になれると良いな、なんて思ってます」


 そうして目玉とは対照的に屈託のない笑みを見せるキディキディ。配信で見るよりずっとまともで真面目そうな印象だ。いつものあのギロギロ言っている姿はやはり演じているんだろう。


「……まぁ、そういうことならこちらこそ。今日の配信、迷惑かけるかもしれないけれどよろしく」


「配信は何より、私たちが楽しむことが第一です! 今日はみんなで楽しみましょう!」


 そうして俺たちのコラボ配信が幕を開けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る