安眠小人

結騎 了

#365日ショートショート 217

「安眠小人!安眠小人はいかがですかーっ!」

 おぼつかない足取りの男は、その呼び声にぴくりと反応した。人もまばらな商店街。仕事の都合でたまたま通りがかった男は、奇妙な露天商に遭遇していた。

「おっ、お兄さん。いいクマが出来てますねぇ」

 熊? ……ああ、目のくまか。数秒前の記憶が混濁する。男は極度の不眠症であった。夜中までうるさい隣人に、体に合わない寝具。その全てが男の睡眠を妨げていた。節約のために安アパートに住んだのが原因か。あるいは、寝具をケチってその辺のスーパーで買ったせいか。男は貧乏性でもあった。

「安眠小人とは、なんですか」

 か細い声で問いかける。小人などと、まったくもって分からないが、安眠という単語につい惹かれてしまう。まるで、夏の夜の街頭に吸い寄せられる虫のように。思考してそうしている訳ではない。もはや本能のような動きだった。

「文字通りですよ。ほら、こちらをご覧ください」

 露天商は足元の虫かごを指さした。ややっ、なんということだ。男は目をぎょっとさせる。本当に小人がいるではないか。親指の第一関節ほどのは、布切れを身にまとい、丸い目でこちらを見つめていた。その風貌は子供のようでもあり、初老の男性にも感じられる。

「小人って本当にいるんですね」

「あら、ご存じなかったんですか、お兄さん。流行り始めているんですよ、安眠小人」

「それで、安眠とは……」

 男が尋ねると、露天商は得意げな表情を見せた。

「眠れないときに羊を数えるというでしょう。しかし、数えるのは寝たい本人なのだから、数字を数えることに意識が集中してしまう。頭の中で簡単な算数を繰り返すようなものです。それでは脳が覚醒してしまい、眠ることはできない」

 なるほど、一理ある。男は頷いていた。慢性的に睡眠不足なので、あらゆる手段を試してきた。適度な運動や、就寝前のホットミルク、そして羊のカウント。しかし、どれも目覚ましい効果には繋がらなかった。

「そこでお兄さん、この安眠小人です。この子たちは、あなたの代わりに羊を数えてくれるのです。小人は少ない空気で生きられますからね、枕の中に入れてください」

 なんと。枕の中から数えてくれるというわけか。それは確かに効果があるかもしれない。自分の脳を休めたまま、羊のカウントを聞けるのだから。

「ひとつ。いや、ひとり。ください。ぜひ」

 男は財布を取り出していた。が…… 「恥ずかしいのですが、あまり余裕がなくて。安い小人はいますか?」


 その晩、男は寝つけずにいた。

「羊が21、羊が22、羊が26 ……あれ、ひとつ飛ばしたかな。しまった。もう一度やり直します。羊が22、羊が24、羊が…… えっと、しまった。忘れた。ごめんなさい、やっぱり最初からいきます。仕切り直します」

 安物の安眠小人は、やはり安物であった。

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安眠小人 結騎 了 @slinky_dog_s11

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