最終話 あなたとの春、いつまでも咲き誇る。

 登校の道すがら路傍に目を向けると,草花が芽を見せ花を見せ,暖かな陽がそれを照らしている.いよいよ季節は春を迎えようとしている.暦の上では立春はとっくに過ぎている.でも,感覚的には3月になってようやく春を実感する.学校主催の春期講習も悪くない.まさか自分からこういった進学対策の講習を希望するなんて思わなかったしお母さんも驚いてた.

 高校生になってもうすぐ1年が経とうとしている.思えばこの1年いろんなことがあった.色んな事とまとめないと収拾がつかないくらいたくさんんのことがあった.当然つらいことも経験した.でも,そんなのどうでもよくなるくらいうれしいこと楽しいことがあった.

 1年前までの私は誰かに何かを求めることをせず失うことから逃げてきた.誰かと関係を深めればいずれ来る別れが耐えられないものになる.特別なんて要らない,そう思ってた.

 そんな私を外に出してくれた春先輩,先輩に恋をして私は変われた.ずっと一緒に居たい別れなんて考えられない.そう思えた.


「はい,咲ちゃんが笑顔でいられるように頑張ります」


 春先輩が家に来た日にお父さんに言っていた言葉,嬉しかった,そこまで想ってくれていたんだって.私も春先輩のことは本当に大切に想っている,春先輩の笑顔を願ってる.

 あの時,春先輩は私のお父さんに向かって言ってたけどそれでも嬉しかった.だから,私の今の気持ちを春先輩に伝えたい,私も春先輩を笑顔にするって伝えたい.でもなかなか伝えられないでいる.あの日,駅の改札で春先輩に伝え損ねて以来何度か伝えようとして出来ないでいる.


「サキ」

「え,何?」

「何ぼーとしてんの,もうホームルーム終わってるよ」


考えに集中するあまり周りに注意がいってなかった,もう放課後になってたんだ,気づかなかった..


「で,何考えてたの?」

「いや,もうすぐ2年生だなって」

「ほんとに~?」


 にやにやとこっちを見てくるかおり,何面白がってるんだと小突きたくなる.まあ,


「ハル先輩のことでしょ?」

「…まあ」

「だよねーサキがそういう顔するのは春先輩に関係することだし」


 一体どんな顔しているんだ私は


「恋する乙女の顔?」

「人の考えてることを勝手に……え?」

「で,何悩んでるのさ?」


 いや,え?私どんな顔してるの…?そんな私の動揺なんてどこ吹く風とかおりは話を続ける.


「いいから言ってみなって」

「…」

「ほらほら~」

「……春先輩にこれまでのお礼とか,その…今の気持ちとかを伝えたい」.


 なんか改めて口にするとすごく恥ずかしい.かおりはかおりで「乙女だねー,青春だねー」とか言って茶化してくるし,かと思えばすっと真剣な表情になる.


「聞いた手前こんなこと言うのはあれだけど,ごめんそれはサキの力でやり遂げるべきことだね」

「…うん」


 わかってる,これは私がやらなきゃいけない,私の意志,言葉で伝えないと意味がない.


「まあ,頑張りな」

「…ありがとう」


 なんだかんだ茶化してくるけどかおりは悩んでいるとこうして相談に乗ってくれる.春先輩への想いに向き合うきっかけを作ってくれたのもかおりだった.


「かおり先輩,部活に行きましょう」

「ん,おっけー」


 教室の外からかおりを呼ぶ声がする,それに応じるようにかおりは席を立ち「また明日」と私に挨拶をして去っていった.この光景も見慣れたものになった.もし,かおりが今後悩むようなことがあれば力になりたいと思う.


「よし」


 今日,伝えよう.






「この後時間良いですか?」


 陽もずいぶんと傾き部活が終わる時間となった.葵先輩や彩先輩は先に帰り残ったのは私と春先輩の2人.


「外に出ませんか?」


 私の提案に静かにうなずく春先輩,ここ最近多分、挙動がおかしかった私の様子を見て不安に思っていたのだろう.理由を聞くことなくついてきてくれた.

 部室を出て玄関から外に出る.扉を開けると風が吹き込んでくる、そして視界に宙を舞う無数の花びらが飛び込んでくる。見上げると見事に色づいた桜の木がそこにはあった。

「…」


 周囲に目を向けても人の姿はない,今ここに居るのは私と春先輩だけだ.


「咲ちゃん?」


 立ち止まったまま何も言わない私を春先輩は不安げに伺う.


「もう春ですね」


 風が吹き気が音を鳴らす。舞散る桜はとても綺麗で、こうしてしっかりと見るのはあの時以来だ。懐かしい,のだろうか.あの時見たこの木は緑でいっぱいだった.この木だって昔は苗木でそこっから成長して,毎年,花をつけ葉をつけずっと同じなんてことは無い


「私,春が苦手でした」

「え?」


 悲しそうな表情になる春先輩、伝え方がまずかった,だめだな…こんな顔にさせるつもりは無かったのに。


「春は別れの季節だから…」


 本当に嫌だった、季節の節目というだけでどうして友達と離れなければならないのかと、安心できる場所を離れなければならないのかとずっと思ってた。


「咲ちゃん…」


 そんな顔しないでください、でも、今暗い顔をさせているのは私だ。


「だけど,そんな私に大好きな春が訪れました」


 だったら,笑顔にだって出来る.


「天野春さん、あなたです。あなたが私の大好きな春です」


 あの時、私の春は変わった,春先輩が私を変えてくれた。私にたくさんの気持ちをくれた。


「あなたと一緒なら春,いえ毎日が幸せで…」


 あなたの隣にいることが,あなたの名前を呼ぶことが,あなたに触れることが,あなたと送る日々の全てが私にとっての幸せです.


「だから,あなたにも幸せになってほしい」


まだ少し気恥ずかしくてどこまで出来るか分からないけど,たくさん伝えよう,大好きって気持ちを


「それであなたの幸せの一部に私がなれたらなって」



「…咲ちゃん…!」


 不意に春先輩に抱きしめられる.ちょっと強くてびっくりしたけど私も春先輩の背中に腕を回す.


「ありがとう…私も咲ちゃんと一緒に居られて幸せだよ」


 声を聞いて,触れて,すぐそばで春先輩を感じる.


「春先輩」

「なに?」

「これからも一緒にたくさんの幸せを作っていきましょう」

「うん!」


 春先輩は満開の桜のような笑顔で私も笑顔になれる.花はいずれ散るものかもしれない,でも春先輩の笑顔がずっと咲き続けられるように,もっと咲き誇れるように隣で笑って居たい.

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私は先輩に何を求める? くと @kuto_kkym

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