第11話 ギルマス稼業は楽じゃない!?
「それで、ガーランド領のギルマスも引き受けてきたんですか? 何を考えているのです!」
ギルマス会議が終わって会議室を出た後、待機していたナッシュに事の次第を話して聞かせた私は、なぜか激しく責められていた。
「何って、二つの支部で融通をきかせれば資金繰りが楽になるって聞いたわよ?」
「はあ…いいですか? お嬢様。組織の運営は、お金だけではどうにもならないのですよ? 横領、汚職、妨害工作に関わった職員が大量に解雇されるガーランド領の支部を、いったい誰が運営するというのです」
つまり、今まではお金が枯渇して苦しかったけど、今度は人材が枯渇して苦しくなるという。
「うっ、それは考えていなかったわ。でも、今まではお金と人材の両方が足りていなかったのだから、人材不足だけになって一つ問題が解決したと思わない?」
つとめて明るく振る舞う私に、しかしナッシュは冷たい目を向けてくる。
「お嬢様の頭の中は本当にお花畑でございますね。そんなことを言っていられるのも今のうちです。明日から書類選考と採用面接の毎日が待っていますので覚悟してください」
こうして、ガーランド支部の職員の募集と採用が始まった。
◇
「それでは簡単な自己紹介と志望動機をお話しください」
私はナッシュが手渡した書類に目を通しながら、ダランとだらしなく足を広げる目の前の中年男性に定型の質問を投げかける。
「今まで冒険者をしていたんだが足を怪我しちまってよ。ガーランドならちょいと
「はい、お疲れ様でした。結果は追ってお知らせします」
…バタン
扉が閉まると同時に机に突っ伏す私に、ナッシュが声をかけてくる。
「そろそろ、お分かりいただけましたでしょうか? まともな人材というものは、希少な存在であるということが」
「だからって、あれはないでしょ! なぜ汚職で大量解雇したのに、あんなアピールができるのよ。信じられないわ!」
ガーランド支部に来て蓋を開けてみれば、カネスキー体制が長かったせいか、まともな職員は自主的に辞めていて、膿を出した後は本当にほとんど人が残っていなかった。おかげで、就任初日から代行業務に明け暮れている。
そして、その忙しい合間に面接をすれば、今までのノリでやってくる者ばかりで、ろくな人材が来なかった。汚泥の中で育ったものは、いきなり清水の中では生きられないらしい。
「選択肢は三つございます。一つは待遇を相場の倍にするなどして、他の職に就いている良い人材をヘッドハントして集めること、もう一つはガーランド支部を閉鎖してしまうこと、最後は支部を合併して統合してしまうことです」
「閉鎖も統合も同じに聞こえるけど、違うのかしら?」
「閉鎖はガーランド領から完全撤退して、依頼を受け付けないようにするのです。合併はギルド支部が遠くても、一応は依頼を受け付ける体制をとります」
もともとガーランドはライゼンベルクに守られているため魔獣が出現することも少なく、ガーランド支部はライゼンベルク領の魔石や素材を商人が仕入れる際の道中の護衛任務などで成り立っていた。
逆に言えば魔石や素材による収入が見込めないため、必然的に商人との関係を強める必要があり、あのような癒着に繋がった。
カネスキーさんは褒められた人物ではなかったけど、彼は彼なりに、ガーランド支部の運営に
こうしてガーランド支部を運営する側に回り、過去の帳簿を見ればよくわかる。構造的に、ライゼンベルク支部かガーランド支部、どちらか一方を
「就任していきなり閉鎖するのは気が引けるし、当面は支部を統合する方向で動きましょう。職員は依頼を受ける者だけ残して、基本的にガーランド支部はライゼンベルクにクエストを回す出張所に切り替えるわよ」
どちらにせよ、受注する人数くらいしか残っていなかったのだし、人材に余裕ができて採算が見込めるようなら、再オープンすればいいわ。
「かしこまりました。ではこちらにサインをお願いします」
そう言ってナッシュが差し出してきた書面は、ガーランド領の領主に
「なんで、もう、こんな手紙が出来上がっているのよ」
「こうなることは目に見えていましたから、事前に作っておきました」
「それなら、今までの
「お嬢様に世間のことを知っていただく機会として、利用させていただきました」
しれっというナッシュにムッときたけど、確かに今回は私の見識が足りなかったわ。おそらくナッシュやお父様なら、ギルマス定例会の場で、運営の継続に必要な要求をするか、それが無理なら統合を持ちかけるなり、辞退するなりしていたはずよ。
そうだわ。そう考えると元から私が統合することを見越して、本部長や定例会に居合わせた支部長たちは、二つの支部のギルドマスターを兼任させる決定を下したのかもしれない。
なんだか、ずいぶんと周りに気を遣われていたようだわ。
それに思い至った私は、スッと肩の荷がおりたように感じ、自然とお礼の言葉が口から滑り出てきた。
「ありがとう、ナッシュ。次はもっと上手く立ち回るわ」
そういって柔らかな笑みを浮かべると、ナッシュは一瞬、目を見開いて驚いた様子を見せた後、いつもの調子に戻って言葉短く答える。
「どういたしまして。お嬢様のこれからに期待しています」
まともな人材は確かに貴重な存在なのかもしれない。でも、すぐ近くにも、こうして私のためを思って行動してくれる人がいる。
これからギルドを運営していくことで、そうした人物と一人でも多く出会える機会を得られるのなら、それはきっと素敵なことだわ。
そんな希望に満ちた未来思い浮かべながら窓を開け放つエリスティアのもとに、祝福するような初夏の爽やかな風が通り抜けた。
辺境伯令嬢はギルドマスター!? 夜想庭園 @kakubell_triumph
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます