第10話 金の薔薇の正体

 本部長のヴラドが定例会の開催を告げた後、用意された資料に沿って議論が進められるのがいつもの定例会の流れだ。そして、その先頭の議題は、ライゼンベルクのスタンピードに関する質疑応答だった。


「まず、カネスキーから出されたライゼンベルクのスタンピードに関する疑義ぎぎについて議論する。では提起したガーランド領支部のカネスキーから疑義申立てを」


 指名されたカネスキーは颯爽と立ち上がると、大袈裟おおげさな身振り手振りを交えてスタンピードに関して、疑義を唱えはじめた。


「まず、ライゼンベルクでエンペラー級のスタンピードが発生したということ自体、いささか信憑性しんぴょうせいに欠けますなぁ。冒険者から一人の犠牲も出さなかったどころか、怪我人すら皆無だったというではありませんか。それで金貨三百枚の赤字を出したなど、存在しないスタンピードをでっち上げて、着服したようにしか聞こえませんなぁ」


 嫌な笑みを浮かべて話すカネスキーに軽く眉をひそめながらも、エリスティアは向けられた疑惑ぎわくに対して理由を説明していく。


「スタンピードの大部分は騎士団に集中し、騎士団の隊列を掻い潜ってきた少数の魔物が、街を警備していた冒険者に襲って来ただけなので、損耗はありませんでした」

「配布された報告書によると、その少数の中にオーガ・エンペラーが含まれていたとあるが、それはどうしたんだ?」

「私が塵も残さず吹き飛ばしました」

「…ぷっ、アーハッハッハ! だそうですよ、皆さん! 後の判断は各々に任せるとして、私からの質問は以上です」


 エリスティアが、今のどこに笑う要素があったのかわからず首を傾げていると、今度は本部長のヴラドから質問が寄せられた。


「あー、エリスティア嬢? スタンピードの特別クエスト達成により、ライゼンベルクで最近Cランク冒険者が爆発的に増えたようだが、いったい誰が試験したんだ?」

「私が昇級試験を執り行いました」

「そうか、ギルドマスターはAランク以上の冒険者の経歴を持つ者とすると規定にある。エリスティア嬢の年齢なら現役だから、それも可能なのか。そういや、ガンツの推薦状にも現役のAランク冒険者と書いてあったな。Aランクならエリスティア嬢の二つ名を教えてくれないか?」


 自ら“金の薔薇バラ“を名乗るのは気恥ずかしいとエリスティアがまごついていると、カネスキーが鬼の首をとったようにして声を張り上げる。


「本部長! こんな華奢きゃしゃな御令嬢がAランク冒険者なわけないでしょう! ガンツが虚偽きょぎ報告をしたに違いないですよ!」

「「「そうだ! そうだ!」」」


 カネスキーの指摘に合わせてヤジを入れるものがあらわれる中で、ガンツが静かに手を挙げて発言の機会を求めるのに気がつき、ヴラドが発言を促す。


「なんだ、ガンツ。言いたいことがあるなら、さっさと言え」

「はい。名付けた俺が、彼女の二つ名を教えてあげますよ」

「そう言えば元々、お前の支部の所属だったな。で? なんと言うんだ」

「彼女の二つ名は、“金の薔薇”です」

「…」


 ガンツが告げた二つ名に、多くのギルマスが出席する大会議室が一瞬静まり返った後、せきを切ったように罵声の声が上がった。


「なにぃ! 冒険者登録初日にいきなりドラゴンを生け捕りにして、ダース単位の大型魔獣と共に受付嬢の前に並べて気絶させたという、あの、“金の薔薇”だと!?」

「アイスドラゴンが尻尾を巻いて逃げるどころか、尻尾を切られて逃げたという、あの、“金の薔薇”が、この嬢ちゃんだと! 嘘も大概にしやがれ!」


 騒然となる室内に、やや年嵩としかさと思しきギルドマスターが挙手して発言を求めると、再び室内は静けさを取り戻していく。やがて完全に静かになったところで、本部長のヴラドが居合いあわせたギルマス達の気持ちを代弁するように声をかけた。


「なんだ、ゼルドギアさん。あんたが発言するなんて珍しいな」


 元Sランク冒険者のゼルドギアは、ギルドマスターの中でも一目置かれる存在だ。そのゼルドギアは、エリスティアが腰にく二本の剣の柄頭つかがしらを指してこうべた。


「それくらい、できて当然だろう。貴様らは、彼女のすきの無い立ち振る舞いを見て、何も感じないのか? それ以前に、を見て、何も思うところはないのか?」


 そう言ったきり黙り込んだゼルドギアに、ギルマス達はあらためてエリスティアの方を向いて腰の剣の柄頭に注目すると、そこには表に四つ葉、裏にサイドテールの女性の精緻な細工が刻まれていた。

 そう、冒険者なら幾度となく世話になるポーションの瓶に付けられる、の紋章だ。そして、その紋章付きの剣を帯びることが許される御令嬢といえば、直系の孫であるエリスティア・フォーリーフ・フォン・ライゼンベルク、ただ一人しかいなかった。


「ま、まさか…あの紋章は、最高峰錬金薬師にしてSランク冒険者の…」

「嘘だろ? カネスキー…お前、フォーリーフ相手に一体何してくれてんだ」


 そのカネスキーはといえば、顔が真っ青を通り越して土気色に変わっており、額から脂汗を滝のように流して今にも倒れそうに過呼吸をしていた。

 そんな瀕死のカネスキーを見て、自分達もエリスティアの査問に同意する署名をしたことに今更ながら気がついた一部のギルマスたちは、まるで劇薬でもあおったかのように半狂乱になって取り乱し始めた。


「お、俺は何も聞いていなかった! カネスキーに金を渡されて署名しただけなんだ! 許してくれ!」

「カネスキーは商人から金をもらってライゼンベルクの魔石を横流しするように言われていたんだ! その金を使って、うちの支部に資金援助する見返りとして、署名させられたんだ!」


 そこからは出るわ出るわ。カネスキーの横領、汚職、果てはライゼンベルク支部への妨害工作の数々が複数のギルマスの証言により暴露ばくろされていき、本人はあまりのショックに泡を吹いて倒れてしまう。

 今にも死にそうと判断したエリスティアが駆け寄り、自作の上級ポーションを飲ませるとカネスキーはすぐに復活したが、エリスティアの顔を見るなり、また精神の安定を崩し始める。


「あ? ああぁああああ!」


 その後、何度か起き上がっては倒れを繰り返していると、エリスティアの肩に、そっとガンツの手がかけられた。


「お嬢、その辺にしてやってくれ。奴は眠りたいんだ…」

「そうだったの? なんだか今にも死んでしまいそうに見えたから、ポーションが効かないのかと思って心配したわ」


 そう言って無邪気に喜ぶ姿に、若い頃に体験した不眠不休ポーション訓練法でみたの笑顔を重ねたのか、ゴランが大きく首を縦に振る。

 フォーリーフの名を冠する最高峰の錬金薬師を前にして、怪我や病気、気絶によるは許されない。まさにフォーリーフの直系がなせる御技みわざだった。


「なるほど、そういうことだったのか。納得したぜ」


 後ろでその様子をうかがっていた本部長のヴラドは、すべての謎が解けたと嘆息たんそくした。


 なぜライゼンベルク騎士団は、防衛に参加した冒険者たちを過保護とも言えるような遥か後方に配置したのか。どうして死者どころか怪我人ひとり出ないのか。さらにはエンペラー級の魔物が跡形もなく消滅してしまうというのか。

 すべては、エリスティア・フォーリーフ・フォン・ライゼンベルクがギルドマスターであるという事実、ただひとつで説明できてしまう。


 そして、初級冒険者たちを根こそぎCランク冒険者に育成することなど、今の世代では伝説とされるポーション訓練法をもってすれば容易たやすいことだったのだ。ライゼンベルク支部の冒険者たちは、身体は絶好調を維持しつつ、さぞ大変な思いをしたことだろう。

 そう、先ほどのカネスキーのように――


 エリスティアの査問に署名しなかったものの、今回のスタンピードの結果報告に多少なりとも疑問を感じていたギルマスたちは、特大の地雷を踏まなかった自らの幸運に感謝しつつ、悪事の暴露会場と化したギルマス定例会の狂騒きょうそうを無言で見守るのだった。


 ◇


 その後、カネスキーが担ぎ出されて普段の落ち着きを取り戻すと、ギルマス定例会は冒頭の混乱を打ち消すように、足早あしばやに所定の議題が消化されていった。

 そして、その最後に本部長から閉幕の挨拶と共に重要な決議がとられる。


「今回の不始末に対する冒険者ギルドの誠意の証として、エリスティア嬢をライゼンベルクの永年ギルドマスターに認定すると共に、カネスキーを更迭して奴が運営していた支部のギルマスも兼任してもらうこととする」

「「「異議なし!」」」


 こうしてエリスティアが気付いた時には、隣の領のギルドマスターも兼任することが決定されていた。


 二つの支部で融通をきかせることで、資金繰りに余裕ができると言われて素直に喜ぶエリスティアが、のちに自らの浅はかな考えに頭を抱えることになるのは、すぐ後のことであった。

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