第9話 波乱のギルマス定例会

 昇級試験からしばらく経った頃、ライゼンベルク支部から送られたスタンピードの報告書がギルド本部に届いていた。報告書を読んだギルド本部長のヴラドは、その仰天の内容に声を張り上げた。


「街を襲った千の魔物を薙ぎ倒して、そのままオーガ・エンペラーに挑み、跡形もなく消滅させただぁ? なに寝ぼけたことほざいてやがる!」


 五万以上の魔物を率いるとされるエンペラー級の魔物が率いるスタンピードの発生に対して、ギルマス特権で緊急クエストを発動しておきながら金貨三百枚の赤字。しかも、スタンピード発生の証拠となるはずのオーガ・エンペラーは跡形もなく吹き飛んで、魔石どころか遺骸すら残っていないという。

 客観的には、虚偽の報告をして着服したようにしか見えない。だが、虚偽の報告をあげるにしても、あまりに荒唐無稽すぎたため、即座に嘘と断定できないでいた。それならそれで、もっとうまい報告の仕方があるだろう。


 そう考え冷静になったヴラドの元に、ライゼンベルク支部からまた別の報告が届けられる。


「これはなんだ! ライゼンベルク支部の冒険者が軒並みCランク冒険者になってやがるじゃねぇか。どんなザル試験をしやがった。大盤振る舞いにも程があるだろ!」


 手渡された昇級者リストのあまりの人数に、ヴラドは書類を机に叩きつけた。その様子を見ていた事務官は、激しい音に首をすくめつつも遠慮がちに追加の情報を知らせる。


「本部長。今回のスタンピードの処理について、ライゼンベルク支部に隣接するガーランド領の支部長、カネスキーさんから、査問会の要請が届いています」

「なに? だが査問会の要請には各支部のギルマスの三分の一以上の署名が必要だったはずだ。そんな数を集めたというのか?」

「はい。この通り署名は集まっていまして、不備は見当たりません」


 署名を確認したヴラドは、顎に手を当ててリストに並ぶ名前を確認していく。先ほどは勢いに任せて怒鳴り立てたが、カネスキーは色々と黒い噂の絶えないやつだ。

 ライゼンベルク支部が首の皮一枚で存続したことにより、ライゼンベルク辺境伯領の利権や冒険者を取り込めなかったことを根に持っている可能性も否定できなかった。


「わかった、だが査問会は適当な理由をつけて遅らせろ。ちょうど年一回のギルマス定例会があるから、そのタイミングで真偽を問えばいい。ライゼンベルク支部は、ギルマスを引き継いで三ヶ月も経っておらんだろ。査問会はやり過ぎだ」

「かしこまりました。では、そのように各支部のギルドマスターに通達を出します」


 こうして近々開かれるギルマス定例会で、ライゼンベルク領で発生したスタンピードについて、事の審議が図られることになった。


 ◇


 ロスガルド王国の王都支部でギルマスを務めるガンツは、ギルド本部からの通達により、ライゼンベルクで発生したスタンピードの処理に関してギルマス定例会でカネスキーがエリスティアを弾劾するつもりでいることを知ると、あまりの無謀さに思わず首を傾げた。


「お嬢を、いや、フォーリーフを敵に回すとは色々な意味で死ぬ気か?」


 お嬢に何かあれば、本人が黙っていても周囲の者はそうはいかない。国内貴族どころか周辺各国の総意により、経済的、社会的、そして何より身体的に全殺しにされることは間違いない。どうやら、用心深いカネスキーにしては珍しく調査を怠ったとみえる。

 “金の薔薇バラ”の正体は一体何者なのか。この三年間、念入りに隠蔽いんぺいしてきた甲斐があったというものだ。


「見せてもらおうじゃないか。カネスキーと愉快な仲間たちがりなす寸劇すんげきを」


 そう言って、ギルマス定例会の成り行きを想像し、ガンツは口の端を吊り上げるのだった。


 ◇


 初夏の日差しに木々の緑が目にしみる頃、年に一度のギルマス定例会の開催に合わせて、各国支部からギルドマスターたちが続々とギルド本部に集まっていた。

 冒険者を引退後にギルドマスターとなったものたちは早めに会議室に入り、互いに面識のあるもの同士で交流を深めあい、歓談に興じていた。


「おう、ガンツ。久しぶりだなぁ! どうだ調子は!」

「問題なくやっているぞ、ゴランも変わりないようで何よりだ」


 ローゼンベルク支部でギルドマスターを務めるゴランは、若い頃はガンツと同じパーティーメンバーとして各地を旅して回った仲間だ。そのゴランは、今回、カネスキーから挙げられた議題について、世間話としてガンツに話題を振る。


「しかし、ライゼンベルクでエンペラー級のスタンピードが起きたってマジか? その割に被害が小さ過ぎるようだが、何か知っているか?」

「ああ、そいつはな…」


 コンコンッ


 ガンツが答える前に、大会議室の大扉を軽く叩く音が聞こえ、ゴランとの会話は中断された。元は荒くれ者ばかりのギルマス定例で、わざわざ扉をノックして入るような奴がいたかと、皆、不思議に思っていると、ややあって扉が開かれ、そこから少女と言っていい年頃の女性が姿をあらわした。


 一体どこの御令嬢だろう――


 涼しげな純白のブラウスに薄い水色のフレアスカートが彼女の歩みに合わせてふわりと広がる。その大きめの白い帽子から覗く金色の長い髪は綺麗に手入れされ、十代でしか表れない艶やかな光沢を放っていた。

 裕福な商人の服装に似せていながらも、その立ち振る舞いの端々から溢れる気品は、どこからどう見ても、お忍びで街に繰り出してきた深窓の令嬢そのものだ。

 唯一、違和感があるとすれば腰にいた美しい装飾の二本の剣だが、重量を全く感じさせない彼女の羽毛のような軽やかな歩みに、不思議と馴染んで見えた。


 そんな場違いと言っていい令嬢の登場に、大扉から一番近くにいたゴランが優しく気遣う調子で話しかける。


「ん? ここは嬢ちゃんみたいな子がくるとこじゃないぞ。家族とはぐれたのか?」


 その少女は話しかけられたことに気がつき、ちょこんと首を傾げたかと思うと、人懐こい笑みを浮かべて挨拶をした。


「はじめまして、ライゼンベルク支部で臨時のギルドマスターを務めていますエリスティアと申します。よろしくお願いしますね、おじ様」


 そう言ってカーテシーをしてみせるエリスティアに、現役時代は各々おのおのAランク以上の冒険者として名を馳せてきた強面のギルドマスターたちが、一様に口をポカンと開けて静まり返る。


「…お、おう。よろしくな」


 かなりの間を置いて、絞り出すようにして答えたゴランの言葉にこぼれるような笑みを浮かべると、少女は隣にいるガンツに気がついて声をかけた。


「あ、ガンツさん。お久しぶり!」


 そのガンツはといえば、かつて不動のタンク役として“鉄壁“の異名をとったゴランが、と呼ばれてオドオドと答える様子がツボにはまったのか、腹を抱えて笑っていた。


「おう、お嬢! 元気にしていたかって、聞くまでもねぇか」


 ついこの間、氷漬けのファイアードラゴンが搬送されてきたところだもんなぁと笑い合う二人に、各支部のギルドマスターたちは目と耳から入ってくる情報の整合性がとれず固まっていた。


「そうだわ。今日はお近づきの印に、お婆様とマドレーヌを焼いてきたの。よかったら召し上がってください」


 そう言ってマジックバックからお菓子をたくさん詰めたバスケットを取り出したエリスティアは、ギルドマスターたちにマドレーヌを手渡していく。

 そんな中、ゴランが声をひそめて、どういうことかとガンツに食って掛かる。


(おい、ガンツ! どうなってんだ! どう見ても十五歳やそこらの貴族の御令嬢だぞ!)

(お師匠のお孫さんだ。それだけ言えば、あとはわかるな)

(おま…嘘だろォ! この会議やべぇぞ!)


 全てを理解したゴランは、カネスキーが提起した議題の危うさに気がつき、顔を青くする。


 やがて、お菓子を渡し終えたエリスティアが用意された席に着くと、会議の開催を告げる本部長の声が響き、再びギルマス達の時が動き出した。

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