第8話 昇級試験は一撃で
一通りの事後処理が終わり
ドサッ!
「事後処理は終わったはずよ、今度はなに?」
「冒険者たちの昇級申請です」
「昇級申請ですって? なんで一度にこんなに申請がくるのよ」
積み上げられた申請書に訝しげに問うと、ナッシュは肩をすくめて答えた。
「この間の緊急クエストのせいですね。お嬢様が一人でぶっ倒しになられても、一応、エンペラー級のクエスト依頼達成に変わりありませんから。幸い、実力も騎士団に鍛えられたお陰で相応についています」
私は置かれた書類を手にとってパラパラとめくると、緊急クエストに任意参加したCランクの者はBランクへの昇級を希望、待機命令に従ったCランク未満だった者もCランクへの昇級試験を希望と。Bランクはライゼンベルク支部にいなかったから嬉しいわね。
「なら全員昇格でいいんじゃないの? 承認のサインをすればいいのかしら」
「いい訳ないじゃないですか。Cランク以上は実技試験が必要です」
「え、私は試験なんて受けてないわよ? フリークエストを数件こなしただけでAランクにしてくれたじゃない」
そう言って首をコテンと倒して疑問をぶつけると、ナッシュは呆れた表情をして答えた。
「いいですか、お嬢様。試験を受ける世間一般の冒険者というものは、鮮度が良いからと素手でドラゴンを気絶させて生け捕りにして運んできたり、大型魔獣をダース単位でマジックバックに詰め込んできたりしないものです。第一、あれをフリークエストと言い張っていいものやら」
そう言って学院に通い始めた冒険者登録直後のことを思い出したのか、ナッシュは深くため息をついた。
「なんでよ、フォレストウルフをはじめとした人を襲う魔獣の討伐って書いてあったじゃない。フリークエストに決まっているわ!」
「Sランク指定のドラゴンをフォレストウルフと同列に扱わないでください。まあ、そんな過去のことはさておき、上位の冒険者を試験官として雇うお金がありません。いかが致しましょう」
どうって却下するか書類のみで通過させるしか…いえ、上位の冒険者なら誰でもいいんだっけ。
「わかったわ。私が試験官を務めましょう!」
こうして資金不足によりギルマス直々の試験が執り行われることとなった。
◇
数日後、試験日にギルドの闘技場に集まった冒険者たちの前に立った私は、手早く終わらせようと前置き無しで試験の開始を告げた。
「私が試験官よ! Cランク試験を受ける人は番号順に、各自、真剣で切り掛かってきてちょうだい!」
そう言って二本の木刀に地脈の力を這わせて、上下太刀の構えを取ると、受験者たちは一様に困惑した表情を浮かべた。
それでも、ナッシュが最初の受験者の名前を呼ぶと、覚悟を決めて打ち込んでくる。
「やああああ!」
カッ、キーン! …トスッ
受験者が振り下ろした真剣を地脈で強化した木刀で絡め取って跳ね上げると、受験者の手から離れた剣が後方の地面に突き刺さった。
一瞬の早業に受験者は自分の手と私を交互に見て、最後に後ろに刺さった剣を見た後、ガクリと肩を落とし、闘技場を去ろうと出口に向けてトボトボと歩き出す。
その後ろ姿に、私は試験の結界を告げた。
「まあまあね、合格よ!」
「は? 不合格じゃないんですか?」
失格したと思っていたのか、グルンと首が取れそうな勢いで私の方に顔を向けた受験者は、ひどく驚いた顔をしていた。
「一太刀でも剣を交えれば、大体の実力は測れるわ。あなたは足の筋肉のつき方が左右でバランスが取れていないわ。左足をもっと鍛えれば振り下ろしの姿勢が安定するはずよ。次!」
ただの一太刀で対戦者の欠点を的確に指摘してくる様子に、受験者たちは気合を入れ直して素振りをはじめた。
そんな様子を満足気に見ていると、ローブを着込んだ魔術師風の女性がおずおずと話しかけてくる。
「あの、私は魔術師なんですが…」
「なら最大出力の魔法を私に撃ってきなさい!」
「ええ!? 大丈夫なんですか?」
木刀をマジックバックに収納して余裕の表情で両手を前に出して構えて見せると、やがて覚悟を決めたのか、火の女神の発動句と共にファイアーランスを放ってきた。
ボフッ、キン!
私は右手で受けた熱を錬金術で常温まで下げ、返す左手から吸収した熱を反転したアイスランスを上空に打ち上げると、ファイアーランスは跡形もなく消え去った。その間、コンマ一秒。まあ中型魔獣なら問題なく狩れそうね。
「そ、そんな。私のファイアーランスが全く効かないなんて…」
「合格よ! もう少し空気を送り込んで、火が青くなるまで温度を上げるのね!」
「え? は、はい! ありがとうございます!」
こんな調子で一撃で合否を判定していった結果、Cランク冒険者の基準とされるフォレストウルフのソロ討伐に支障のあるような冒険者はいなかった。ここまで仕上げてくれたゴードン団長に感謝しないといけないわね。
「次はBランク試験よ。規定によるとBランクは生存能力が重視されるわ。試験内容はズバリ! 私の一撃を受けて意識があれば合格よ!」
「「「はぁああああ!?」」」
驚くBランク試験受験者たちを尻目に、マジックバックから硬度強化の魔石と氷結の魔石を埋め込んだアイスシールドを取り出すと、ナッシュに渡して受験者に順に持たせるように指示する。
やがて準備を終えた最初の受験者がアイスシールドを腰だめに構えるのを確認した後、私は上段の構えを取り、地脈の力と共に爆炎の魔法を木刀に
ブボボボボボボボッ!
「さあ、覚悟はいい!? 腰に力を入れるのよ!」
「ヒエェエエエエエ、お助けをォ!」
ボガァアアアン!
木刀で加減した爆炎撃を叩き込むと、受験者は盾と一緒に十メートルほど後方に吹き飛んだ。最初はピクリともしなかったので、少しやり過ぎたかと心配になったけど、受験者は右手を上げて声を上げた。
「…一応、生きて、ます」
「合格よ! 攻撃を受ける前に声を出したらだめよ? 踏ん張る力が逃げてしまうわ。次!」
ガァアアアン! ドォーン! バガンッ!
次々と吹き飛ばされる冒険者たちは、いずれもなんとか意識を保っていた。大体、Bランク指定のジャイアント・ビッグ・ボアの突進くらいの威力に加減しているけど、これなら正面から突撃されても即死はしなそうね。
即死さえしなければ、私のポーションがあれば何度でも蘇る。死ななければ勝ちよ!
そんなことを考えていると、魔道士風の男性が姿をあらわした。
「あの、小生は魔道士なのですが、同じ試験内容だろうか?」
「…いえ、盾を持って前面に全開の魔力シールドを張ってちょうだい」
そう言ってメギド・フレアの一段下の火炎魔法、フレアを右手に発動させる。
「ま、まさかそれを放つつもりですかァ!」
「さぁ、気張りなさい! 気を抜いたら一瞬で消滅よ!」
ゴォオオオー…バキャーン!
ふむ、私のフレアを前に三秒も耐えるなんて、なかなかやるじゃない。これなら中型魔獣のブレス程度なら問題なく耐えられるわね。
「すごいじゃない、合格よ!」
「…ぜんぜんすごい気がしないのは小生の気のせいだろうか」
仰向けになってローブの端をプスプスと焦げさせ大の字になる魔道士風の男性は、空を見上げて何やらブツブツと言っているようだった。
「もう、考え過ぎよ。魔法も気合よ! 気合でなんとかなるわ!」
こうして、後にライゼンベルク支部の一撃試験と呼ばれる昇級試験が順調に消化されていくのだった。
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