第3部 第16話 マイリア師匠


〖ナオ〗


昨日、河原で照明弾の試し射ちをした後、マイリアさんがハンヴィーの揺れに慣れたのか、それとも動く気力さえ尽きたのか・・・ともかく、救急車からの停車連絡は入らなくなった。


それでも、僕達がサイラダームに辿り着いた頃には、もう深夜と言える時間帯になってしまっていて。


これほど遅い時間だと、宿がとれるのかちょっと心配はしてたんだけど・・・

救急車の後ろから這い出して来た顔色の悪いマイリアさんが、なじみの宿屋、黒鍋亭くろなべていの御主人に頼んでくれたお陰で、無事に暖かい夕食と宿を確保する事ができた。


そして翌朝、サイラダームの街を出発した僕達の中に、実にご機嫌な人物がいた。




「にこみ~ にこみ~ にぃ~ こぉ~ みぃ~ ♬」




今、ハンヴィーの中ではキーラの・・・いささか調子の外れた唄が響いている。


このハンヴィーの運転手はサキさん、助手席には索敵役として目と耳が鋭いキーラ、そして後席には僕とマイリアさんが座っている。


「マイリアさん大丈夫ですか? まだ少し顔色が悪いように見えますが?」


「ええ、ご心配をおかけしましたが、もう大丈夫です」


「それなら良いのですが・・・」


「それに、そろそろ先に出発した物資輸送の馬車に追いつく予定なんです。

この”はんゔぃー”を見て馬や御者が驚くといけないので、

見つけたら私の方から声をかけるつもりです」


「そうですか、確かにそうして頂けると助かります」




「にこみ~ にこみ~ にぃ~ こぉ~ みぃ~ ♬」




実はキーラは・・・昨夜食べた、その宿の名物料理 ”” がよほど気に入ったらしく・・・朝食にも当然のように、その煮込みを注文した。


そして・・・その煮込みの入った一抱ひとかかえはありそうな大鍋の中身を、それこそ食べ尽くすような勢いでとにかく食べまくった。


「おひるも~ にぃ~こぉ~みぃ~♬」


そう・・・そして、食べきれなかった大鍋の残りを(ストレージに入れて)持って行きたいと言い出したんだ。


宿の御主人には、店で食事をする人にしか提供していない・・・と始めは断られたんだけど。(まあ、食中毒のリスクとか・・・安全面を考えてだと思う)

マイリアさんがを安全に保管する方法を僕達が持っている事を説明した上で宿の御主人に頼み込んでくれたお陰で、今回に限って特別に分けてもらえたんだ。


「キーラちゃん、ご機嫌ですね・・・昨夜は黒鍋亭くろなべていにして、本当に正解でした」


「マイリアさん、ご迷惑をおかけしました。本当にありがとうございます」


「ん? は正解」


「それは良かった、実は私も・・・あの宿の”煮込み”が大好物なんです」


「マイリア・・・同志どうし


キーラ・・・その親指を立てる仕草サムズアップは、どこで覚えたのかな?


「キーラちゃん、王都アイロガにも何軒か”煮込み”の美味しい店があるんだ」


「えっ?」


「今度は、王都アイロガの”煮込み”を一緒に食べに行こうか?」


「マイリア・・・師匠ししょう


「キーラ・・・後ろばかり見てないで、そろそろ前も警戒してくれるかな?」


「ん、ナオ・・・お願い」


「お願い・・・何?」


でも、にこみ食べたい」


「もちろん、良いよ」


「それと・・・また、すとれーじ」


「まさか、そこの”煮込み”も持って帰るつもり?」


は1回だけ、だから・・・も1回だけ」


「キーラ、さすがにそれはちょっと・・・」


おそらく・・・僕がバールキナで世話になった親父さんに、同じようなことを言ったら、黙って店の外に叩き出だされてる。


「キーラちゃん、ナオ殿、お店の人が承諾してくれるかはわかりませんが、私の方からお願いしてみましょうか?」


「マイリア・・・師匠ししょう


どうやら、キーラの中でマイリアさんの呼び方が師匠ししょうに決まったみたいだ。






そうして・・・キーラが待ちに待った昼食の時間がやってきた。

ハンヴィーを街道脇の草原くさはらに止めて、僕はテーブルやイス、日除けの天幕、何種類かのレーションと”煮込み”の入った鍋をストレージから取り出した。



「キーラは・・・で良いんだよね?」


「ん、師匠も一緒」


「マイリアさんも煮込みで良いんですか?」


「そうですね、せっかくキーラちゃんが勧めてくれたのですから

私も煮込みをいただくことにします」


「分かりました・・・今、準備しますので、ちょっと待っててくださいね」


テーブルで2人並んで煮込みを待つ、キーラとマイリアさん。

2人の手には既に、これまたキーラにリクエストされた、

『にこみに絶対合う』という、堅めのパンが握られている。


「にこみ~ にこみ~ にぃ~ こぉ~ みぃ~ ♬」


待っている間、キーラは・・・始めは1人で、楽しそうに歌っていたんだけど・・・


「師匠も歌う・・・にこみ~」


なんと、今度はマイリアさんに歌を強要し始めた・・・


「えっと・・・にこみ~」


マイリアさん、付き合いが良いな。


「師匠・・・声、小さい」


「わかった、こうかな? にこみ~~~」


「もっと、大きいの・・・絶対に出る」


「わかった・・・ちょっと待ってね」


マイリアさんはキーラの要望に応えようと、大きく息を吸い込んで・・・あれっ? 

いつの間にか街道に3台の馬車が止まっていた。


その馬車から1人だけ飛び降りて、こちらに向かって走ってきている。


「さ・・・サブマスター、ちょうど良かった。報告したいことが・・・」

「にぃ~~~ こぉ~~~ みぃ~~~~~」


首に赤い布を巻いたヒトのオジサンが息を切らせながらマイリアさんに声をかける言葉にかぶって、マイリアさんの大声が草原くさはらに虚しく響いていた。


オジサンの首元の赤い布と、赤く染まっていくマイリアさんの顔・・・


「クッ・・・クラタス、あなた・・・どうして、ここに?」


「それは、こっちのセリフです。変な馬車?の近くに、どこかで見たヒトがいるなぁ~と思って、よく見たらやっぱりサブマスターじゃないですか。サブマスターこそ・・・どうして、ここにいるんですか?」


マイリアさんは街道の方を見て、止まっている馬車を確認してから・・・


「私は急遽サーサンタに行く用事が出来て、こちらのパーティーに乗せてもらっているの。それよりもクラタス、他のみんなはどうしたの? どうして馬車3台だけで移動しているのかな?」


「実は、この先で土砂崩れが起きてまして、馬車が通れないんです」


「土砂崩れ?」


「はい、それで引き返して街道を迂回しようと提案したんですが。同行しているドワーフ達が『この程度なら、迂回するよりも土をどけた方が早い』とか言い出しまして」


「ドワーフ達の言いそうなことですね」


「それから『土砂の撤去はコッチで進めておくから、お前はサイラダームに戻って、土をどけるのに必要な道具を持ってこい』と言われまして、この3台の馬車でサイラダームに戻る途中だったんです」


「そうですか・・・それでクラタス、実際に馬車が通れるようになるのはいつごろになりそうですか?」


「人手の方は十分にあるので、道具さえ準備できれば2日ほどで通れるようになるだろうと言ってました」


「2日ですか? ナオ殿、せっかくここまで来ていただきましたが、今は肝心の街道が通れないようです。こうなったら以上、我々も一度サイラダームに戻って土砂の撤去が終わるのを待った方が良いかもしれませんね」


「このままサイラダームに戻るのは、ちょっと待ってくれるかな」


「サキ殿?」


「土砂崩れなんでしょ? それなら、私達でどうにか出来るかもしれない。

その土砂崩れの現場を見たいので、そこまで連れて行ってもらえません?」


「サブマスター・・・こちらの方々は?」


「この方々は・・・ほら、ルゼル湖で活躍されたカリキュレーターの皆さんです」


「ああ・・・皆さんが、あのルゼル湖つぶっ・・・」


突然クラタスさんの頭が、後ろにったかと思うと、そのまま背中から草むらに倒れてしまった。


仰向けに倒れたクラタスさんの口には、堅そうなパンが突き刺さっている。


・・・そのパンのお味はどう?」


クラタスさんは、口に刺さったパンを引き抜いた・・・どうやら無事みたいだ。


「首の骨と歯が砕けるような衝撃的な味ですね・・・いえ、失礼しました。確かにカリキュレーター皆さんなら土砂崩れでも何とかしてしまいそうですね」


「クラタス、土砂崩れの正確な位置を教えてくれる?」


「わかりました、馬車から地図を持って来ます。ところで、あの馬車はどうしましょうか?」


「あなたは念の為、あの馬車と一緒にサイラダームで道具の確保をお願い」


「了解です、サブマスター」


「それではサキ殿、私達はその土砂崩れの現場を見に行きましょうか?」






「師匠・・・にこみ・・・まだ?」


「・・・そうね、現場を見に行くのは食事が終わってからにしましょうね」


「ん」

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