第3話 「カザフスタンへ」
『カザフスタンへ』
岩瀬橡三 著
カザフスタンへ
仁川国際空港についた。
慎司は、カザフスタンのアルマティを目指して、大韓航空のジャンボ機に乗り換えた。 学生時代に「エクスプロ・74」の大会出席のために到着した当時の金浦空港に比べ、その大きさに目を見張った。
小泉純一郎首相が、ちょうど一ヶ月前に訪れた国、カザフスタン。
慎司は、九月一四日から二六日まで、総人口一千五百万人の人口を擁するカザフスタン共和国のアルマティ市で開催される、二つの国際会議と宣教大会に参加すべく、まさに、旅路の途中であった。
アルマティの夜の空港
カザフスタンの人口第一の都市、アルマティの夜の空港に着いた。
慎司は、空港に降り立った瞬間、不思議な感覚を覚えた。それは、全く初めての国に来たのに、何か、祖国に帰って来たような感覚が心の中から込み上げて来たのだった。
アルマティ市は、ここ五年ほど前からオイル・マネーによる急激な経済成長の中にあった。旧ソ連の時代が去り、古い大きなビルもある景観のなかで、新しいビルの建設やビルの改築、新装が進められており、新しい国づくりに取り組む人々や街の姿を観察することができた。
街を走る車は、ほぼ半分が日本製。トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、スズキ、スバル、など。新車、それもトヨタのレクサスやランドクルーザーといった高級乗用車も数多く走っている。ベンツ、BMW、アウディ、フォルクスワーゲン。韓国の自動車メーカーの車も見受けられる。
「アルマティの生活レベルは、ヨーロッパとほとんど変わらないでしょう。」とのヨーロッパ出身者のコメント。十年前に首都が北部のアスタナに移ったが、景観や生活はアルマティの方が良いとの現地の人々の感想を聞くことができた。
カザフスタン(アルマティ市)の人々
九月一五日からのICOMB(世界メノナイト・ブレザレン共同体)の世界会議(GMA)や九月一七日からの全メノナイトの世界会議(GMF)の分科会が開催されていた。
慎司は、牧会している教会のクラフトや手芸の同好会のメンバーが五十セット作製したカード入れと栞のセットを会議の出席者にプレゼントした。
「サンキュー」と喜びながら、厚手の和紙の折り紙で作った名刺入れや手製の栞を手にとって、目を輝かしている人々。その表情や情景を、慎司はそのまま持ち帰りたいと感じながら、何枚かの写真を撮った。
話しかけて来た一人のカザフの婦人。彼女は小学生の娘さんが二人とのことだったので、二セットを進呈した。彼女は韓国に旅行に行ったおりに、「日本人ですか?」と問われたとの事。中央アジアの人々の中には、カザフ人やその他の民族の人々の中にも、日本人とそっくりの顔立ちの人々が大勢おられると語っているこのカザフスタンの婦人も、確かに日本人そっくり。
もしかすると「モンゴロイド」である日本人のルーツは、中央アジアにあるのかも、と慎司は思いつつ、空港に降り立った時の自らの思いを振り返ったのであった。
アルマティ市内はタクシーが少ないためか、多くの人が道路際で片手を少し開いて「乗せてください」との合図をしている。大学生や勤め帰りの二十才前後の女性たちも、結構一人で合図を送っていた。タクシーが来た場合も、また、乗用車が止まった場合も、早速、目的地を告げて値段の交渉が始まる。聞くところによると、倍ぐらいの値段を言って来る時もあるようだ。
日曜日の午後から始まる会議の専用バスに乗り遅れた慎司は、現地のメンバーの助けで三百テンゲで交渉成立した乗用車に乗って会場へ。初めて一人でいわゆる「白タク」に乗った訳である。少しドキドキしながらも降りるときには「スパシーバ」と運転していた男性に感謝を込めて五百テンゲを渡し、握手して降りた慎司。運転していた男性と横の女性に和紙のカード入れと栞のセットをプレゼントしたら、とても喜んでいたので、「三百テンゲでも良かったかな?」と思いつつ、シルクロード・センターの会場に到着した。
グローバル・ミッション・フェローシップ
ICOMBの世界会議の後に、六日間に渡って開催された、『グローバル・ミッション・フェローシップ(GMF)』の大会は、中央アジア諸国のクリスチャンリーダーが集い、カザフスタンの諸教団、諸教会の協力のもとに開催された。
テーマは、『宣教の緊急性 —全ての教会から全ての人々へ』。
この大会は、「メノナイト世界会議(MWC)」のもとで、メノナイト/アナバプテストの世界宣教を進める「グローバル・ミッション・フェローシップ(GMF=Global Mission Fellowship)」と「カザフスタン福音同盟("Evangelical Alliance of Kazakhstan”)」が共同で開催したものである。
カザフスタンのアルマティ市の「シルクロード・ビジョン・センター(グレース・チャーチ)」での九月一七日(日)の午後二時からの宣教大会には、GMFの議長、メノナイト世界会議(MWC)の代表、世界福音同盟の代表、そして、中央アジアの「トルコ語を話す牧師たちの会(Turkic speaking “kurultai" )」の代表、他による挨拶やメッセージがあった。
三十四カ国から集まった九十一名の代表者とともに、三千人を超える諸教会のクリスチャンが集う宣教大会。開会式には各国のメノナイト諸教団の代表者とともに、慎司も日本の国旗を掲げて入場した。カザフスタンの青年たちの賛美や民族衣装での踊り、メッセージや中央アジアのクリスチャンの兄弟姉妹たちの信仰の証、民族楽器による賛美を通して、聖霊による躍動感あふれるものであった。
リバイバルの特徴
キリスト教の伝道における著しい拡大や、ある地域や民族の中での膨大な人々のキリスト教への回心、また、信仰面で「聖くされること」、信仰の復興などがその国のいたるところで起こった場合などを、「リバイバル」と呼ぶ。
旧ソ連の崩壊後、一九九二年の時点で、カザフ人の信者は四十人であったが、十五年後のこの時には一万五千人を遥かに超えているとのことである。
毎年、三十パーセントの増加率。このリバイバルの特徴は、カザフスタンのリーダーたちの間に信仰による一致と、いわゆる昔は「部族長会議」を意味する言葉で、「クリルタイ(Kurultai)=Consultation of Kazakh Leaders 」という、「牧師たちの集い」を中心に教団教派を越えて共に協力し合い進められている「コラボレーション=協力、合作、協調、提携」にあるとのことであった。
そこには数人のクリスチャンリーダーから始まった「和解(リコンシリエイション)」のミニストリーが力強く進められていた。また、カザフ語、ロシア語、他の様々な言語で新しい賛美歌(ワーシップソング)が作られ、数多くのワーシップチームがある。カザフのクリスチャンは、およそ百三十の民族や文化の違いを超えて共に賛美し、生きて働いておられる神様を体験し、日々の証をとおして励まし合い、共に祈っているとのことだ。
「神様がカザフスタンにリバイバルを起こしてくださったのは、中央アジアを始めとするムスレムの国々の人々に、私たちを用いてキリストを証するためなのです。」と信じ、喜んで主なる神に仕えている人々を目の当たりにして、慎司は、なかなか宣教が進まない自らの国、日本の現状を振り返ったのであった。
帝政ロシアの時代からの歴史と旧ソ連の政策によって、ドイツ系のメノナイトの人々が入植し現在に至った中央アジアの諸国。その中でも特にカザフスタンには、現在、ドイツの諸教会からの宣教師や、慎司の所属するメノナイトブレザレン教会(教団)や他のメノナイトの諸団体から宣教師が大勢派遣されている。
歴史的にもつながりの深い韓国の宣教師や牧師たちによって、さらに、カザフ人の牧師や働き人たちによって、ムスレム(回教)の背景を持ったカザフ人たちが次々とキリスト教への回心、すなわち「リバイバル」と言われる民族的な信仰復興が起こっているとのことであった。
カザフスタン国立中央博物館
国際宣教大会が終わった。
専用の大型バスので行く市内観光。国際的に有名なスケートリンク(メデウ・スケートリンク)の見学に行く途上で数多くの高級住宅街を見た。市内から空港に向かう道では市の中心から離れるに従い、ロシアの典型的な古い家(屋根がコンクリートの波板、あるいは、スレート拭き)もあり、大都市と周辺の街の格差を感じる。
実際に、国際宣教大会後、カザフスタンからの帰途でウズベキスタン航空の便で隣に座ったドイツ人のビジネスマンに聞くと、ガザフスタンでは二十%程度が富裕層であり、あとは、ひと月当たり、四百~五百ドルで生活している人たちも多いとのことであった。
豊富な石油やウランといった天然資源に恵まれた国の、急激な都市部の経済成長に伴う課題。地方との格差の是正や、広大な国土を持つ故の社会基盤の充実は今後の課題なのであろうと、慎司は思いめぐらせていた。
数名の大会参加者と一緒に、政府の建物(大統領官邸)の近くにある「カザフスタン国立中央博物館」を見学した慎司。
有史以前の化石やマンモス像の骨格(化石)、珪化木(化石に変化した木)や産出する鉱物やメノー、水晶、などの貴石類の展示とともに、各種の石器類、日本の縄文・弥生時代を思わせる土器、高貴な死者を葬った石室やその上に築かれた円墳の模型の展示もあった。日本の古墳時代の石室や円墳の構造に類似していたのには非常に興味をそそそった。
また、古代の兵士の装具のうちで、長剣は二種類あった。ヨーロッパで用いられた両刃の長剣の他に、片刃の日本刀とそっくりの長剣は、楕円形のつばの形も日本刀とよく似ていたのには、剣道愛好家の慎司にとっては、大きな驚きでもあった。展示物の写真撮影ができないとのことで、慎司は、その長剣をじっと見続けるのであった。
東方教会の十字架と文字が刻まれている、卵形の扁平の一抱えもある石がいくつか展示されており、中央アジアに至る古代のキリスト教の歴史の一端をかいま見る事が出来た。
モスクの模型や回教に関する展示も数多くあり、また、博物館の一室には、第二次世界大戦の時のドイツ軍との戦闘の様子が詳しく展示されていた。
博物館の大きな別室には、一九九一年の独立の経緯とともに、各民族のコーナーがあった。百二十から百三十ほどの民族と文化、宗教の多様性の相互理解を深め、カザフスタン共和国としての一体感を深めようとする国の方針を強く感じた慎司であった。
「カザフスタン国立中央博物館」の見学を終えて、スイスからの代表と二人でタクシーを拾い、グリーン・バザール(中央バザール)へ。スリにも注意と言われていたこともあり、腰の財布を気にしつつ建物の中に入ると、一坪くらいの店が軒を連ね、食料品や様々な生活用品が並べられていた。
大勢の人でごった返す中を楽器を扱っている店へ。半坪ほどの店の中に、ギターや民族楽器の「ドンブラ」があった。四千七百テンゲ。
「三千 テンゲではどう?」
少し勇気を出しで慎司は英語の単語を並べた。
「ノー。ノー。この値段。」
何回か値段の交渉をしたのだが、二十才ぐらいの若いお兄ちゃん、なかなか値下げしてくれない。 同行してくれているスイス人の宣教師が、横で微笑んでいる。結局、四千二百テンゲでドンブラを購入した慎司。もう少し時間があれば、さらに安く買えたかもしれない。
これで、ギタリストを目指す十七才の次男へのお土産が買えたと、慎司は少しホッとしたのであった。
カザフ人の教会
市内観光を終えた晩、カザフ・ウイグル人の教会の一つ、ヌル・チャーチでの歓迎愛餐会に出席した。
アイヌ民族の衣装に似たカザフの民族衣装に身をつつんだ教会の兄弟姉妹たちが、民族楽器のドンブラなどの楽器を演奏する中、沖縄の手踊りとそっくりな踊りで各国のメノナイトの代表者たちを迎えてくれた。
礼拝堂では、青年たちによってカザフの踊りなどが披露された。伝統的な歌や踊りが、イエス・キリストにあって新しい歌や賛美へと変えられ、主なる神を誉め讃える力と喜びに満ちたものとなっていたのであった。
モンゴルの移動式の家「ゲル」とそっくりの「ユルタ」の中での愛餐会で、羊や牛の肉や野菜料理など様々な伝統料理が振る舞われた。笑いの渦の中で、特別な客人に出される料理「ラクダの頭」に慎司もナイフを入れたのだった。
栄冠を目指して
二十年間仕えた教会の牧師を退任し、所属している教団を定年退職した慎司。母校の剣道部の国際親善試合と合同練習に誘われた。
四十年ぶりの母校の剣道場。慎司の自宅の壁に掲げてある佐々木師範の書「有備無憂」の色紙と同じ文字の額が架けてあった。
正面と相互の礼を終え、道場の端に正座した慎司。面を取り、兜のごとくしっかりと被り、いつものように面の紐を後ろに結び、左右にピシッと二回ほど張った。
「神のすべての武具を身につけよ。」
「救いの兜をかぶり、聖霊が与える剣、神のことばを取れ。」
「天の栄冠が用意されている。」
帯刀して一礼し、進み出て中段に剣を構えた。剣先の向こうには身を捨てて生きる剣の道が続いていた。それは、イエスと共に死に新たないのちに生きる、伝道者の道そのものであった。
ー 完 ー
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兜と剣 岩瀬たかし・岩瀬橡三 @Iwase-Syozo
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