真面目の方プロローグ

「とっとと消えろよ、役立たず!」


 かけられた心無い言葉を思い出すたび、少女の瞳が涙で滲んだ。いくらかの同情を寄せてはくれた酒場の主人の顔から同情の色が消えて迷惑気な表情に変わる前に勘定を終えて少し軽くなった財布には大した額は残っていない。


『冒険者の街』


 少女がやってきたこの街がそう呼ばれているのは街が辺境に近く、大勢の冒険者が滞在しているからだ。辺境には危険な生き物が多く、貴重な資源も数多く眠ることから荒事を含むなんでも屋である冒険者の需要が高い。

 そうして集まった冒険者の中には秘境と言うべき場所から希少な物を持ち帰って売り払い富を築いたなどの成功者も数える程度ではあるが存在した。人数にして八人、故に彼らは八輝石と呼ばれた。


「『探し人クスヘ』は巨万の富を築けども、探究心は尽きることなく、未だ秘境へ潜り続ける。『解体屋トロポス』が捌いた魔獣は百を超し~」


 通りで竪琴をつま弾く青年が歌うのも、そんな八輝石を讃える歌。八人の中の半数は現役を退いたとも噂されるも、すでに成功している人物であれば瑕にはならず。九人目の輝石を目指す冒険者は数知れない。少女もそんな冒険者の一人であったし、少女を徒党から追放した者達もまた九人目の輝石を目指していた。

 珍しくもない。街にやってくる若者が成功例に憧れることも、仲間と折り合いがつかず喧嘩別れしたりメンバーが抜けることや追放されることも。人が集えば水と油のように互いに性分の合わない人間同士がこれに含まれていることも多々あり。

 冒険者や冒険者志望者の資質や身体能力も千差万別。落ちこぼれる者が居るかと思えば、メキメキと腕を上げ頭角を現してなり上がってゆく者も居た。


「はぁ」


 思わず嘆息する少女はどちらかと言えば前者だ。有能であればパーティーから追放されることもなかったであろうし、単独でやってゆけるならば所在なさげに街を彷徨いなどせず再起の為に動き出しているだろう。

 夢を胸に抱きやってくる若者が多ければ、少女のようなケースも相応に存在する。諦めて故郷に帰る者、諦めきれず無謀な挑戦に出て還らぬ者、身を持ち崩してスラムの住民や犯罪者に身を落とす者、その先は様々だ。


「はぁ」


 とぼとぼと歩きつつ嘆息の音を聞いた時、少女がまたため息をついてしまったかと思ったのは、自身の置かれた状況に気がめいっていたからだが、違和感も覚えてふいに顔をあげると一人の男が中を振り返りつつ冒険者のあっせん所から出てきたところだった。


「ありゃ今日はダメだな……今日は野良狩りでもするかね」


 狩りと言う言葉に釣られるように男の背を見れば、折りたたまれた弓がそこにあり、腰には矢筒がぶら下がっている。出てきた場所を鑑みれば男も冒険者であり、見える場所につけることと規定されている冒険者章には単独で活動することを現す白い布が垂れていた。


「あっ」


 それに目を奪われていたからであろう。衝撃を感じた時には少女はバランスを崩し。


「きゃあ」


 溺れる者は藁をも掴むという。この場合、倒れかけたので咄嗟につかまれそうなモノに手を伸ばしたのだが、何かを掴んだ直後、ブッという不吉な音がした。


「ぶっ」


 倒れ込んで地面に突っ伏すことになったのは、手にしたモノが少女の侍従を支えきれなかったから。握ったのが布地か何かであったことを少女が察したのは、倒れた後、手の中の感触からの推測で。


「こう、見知らぬ子に街の通りでズボンずり下げられた件について」


 ぼそっと上から聞こえた声に少女の肩はビクッと跳ね。


「っ」


 少女が恐る恐る伺い見た男の目は遠くを見ていた、当然だろう。公衆の面前と言う程人通りがあったわけではないが、街中で唐突にズボンをずり下されたのだから。


「す、すみません、ごめんなさい」


 少女は事態に気づいて顔を青くし、それでいて男の下半身は器用に見ないようにしつつ平謝りする。


「ちょ、っと、と、とりあえず場所を移そう。これ以上注目されるのはさすがに困る」

「あ」


 片手で引き揚げたズボンを押さえながら男が言えば、状況のまずさに少女も遅れて気づいたようで、ぽかんと口を開けたまま一音漏らすと、周囲を見回し、通行人の視線が集まっていることも理解する。異論はなかった。


「そうだな、あっちの路地だ」

「はっ、はい」


 別に他者の視線がなければ別の場所でも構わなくはあったのだろう。ただ、宿屋のような場所では金銭がかかり、目についた他の建物は人目を避けるためにちょっとお邪魔できるような種のものでもなかった。代案もなかった少女は男と一緒に示された細めの路地へと入ってゆき。


「ふぅ、この辺までくればいいか」


 通りの方を見てから男は嘆息した。ただ、ズボンを押さえる手は離さず。


「と、ここに来てふと思ったんだが、場所を移したからどうだって話だよな?」

「えっ」


 少女が声を漏らしたのは唐突に男が口にした内容が意外であったからだろう、ただ。


「ズボンの件はまぁ、アレだが、見たとこ駆け出し冒険者だろ? 一応こっちが被害者ではあるものの、ここでズボンの修繕費だとか要求すんのはこっちが悪党みたいだしな。もう謝っちゃ貰ったわけだし」


 微妙そうな顔で理由も口にした男は唸りつつ空を仰ぎ。


「んー、そうだな。さっき依頼見てきたんだが、良さそうなのなくて今日は依頼受ける気分じゃなくなったとこだったんだわ。だから、僕が回れ右したことは黙っといて貰える? それでチャラってことにしよう」

「それでチャラって……依頼、受けられないんですか?」


 明らかに今思いついたと言った様子の男の提案に少女が声をあげた。疑問に驚きの成分が混じっていたのは、少女もまた冒険者であるからで。


「僕は『雑魚専』って言わば雑魚専門でね。身の程をわきまえてるから危ない橋は渡らないんだ。あと討伐がめんどくさいタイプの奴もパス。ああ、次は『えり好みしてて大丈夫』かって質問かな?」


 それなら心配ご無用とお道化たしぐさをとりかけて、あっと声を漏らし、離した手で慌ててズボンを押さえる。


「危ない危ない。それは置いておいて、さっき雑魚専って言っただろ? 僕が狙うような雑魚は弱いけどウジャウジャいる。だから何件か梯子すれば依頼が無いってこともないし、場所に寄っちゃ常設って形で常に張り出されてるんだ『ホニャホニャを倒してくんなまし』ってね」


 なのでよっぽどのことが無ければ受ける依頼がないということはないと男は言い。


「じゃあそう言うことで。これからはちゃんと前をよく見」

「待って!」


 立ち去ろうとしたところで呼び止められた。


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よくある追放ファンタジーにやや強憑依トリッパーを添えて 闇谷 紅 @yamitanikou

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