十でとうとうみちたりて
油ぜみが、たいそうやかましゅうございます。
夏草おいしげる山道を、ヤタロがのぼってまいります。
あれからいくつ夏をすごしたのか、優しい顔だちはそのままながら、さびしさがかすかに瞳の色を深くしております。
問屋に朝顔の鉢をおろした帰り道、面やら竹細工やらの材料とともに、虫かごなぞもかついでおります。
どこぞで
仕事をふやしているところ、ヤタロらしいともうしましょうか。
「こーんこーん」
どこかでキツネが鳴いております。
ヤタロは足をとめ、声のしたほうをみつめます。
それから優しくほほ笑んで、
「おうい、キクよう。元気にやっているか。俺はたっしゃでいるぞお」
もちろん返事など、もどってくるわけはありません。
それでも、キツネの鳴き声がするたびヤタロは声をかけずにはいられないのでございましょう、ふところにはキクの匙とかんざしが、ずっと入っております。
しばらく待って、だれも来ないとわかると、ヤタロはまた歩きだしました。
道むこうの下ばえで、がさりと音がいたしました。
それからキツネがとびだしてまいりましたので、ヤタロはさすがにどきりといたしました。
「キクかしら」
そう思うのは仕方ありませんが、キクではありませんでした。
やってきたのはキクよりももっと小さな仔ギツネで、それに三匹もいたのです。
「おっとっと。なんだなんだ」
ヤタロの足元を、三匹のキツネがぐるぐるとじゃれつきます。
そのときです。
「きーん」
と声がいたしました。
ヤタロは、声も出せませんでした。
いつからそこにいたのか、道のすぐ先に、キクが立っているではありませんか。
粋な赤色の鼻緒をむすんだ草履のあしに、
三度笠のはしをちょいとあげると、細面のおおきな黒目がのぞいて、長くなったおかっぱは、くくって後ろにあげてまして、すっかりおちついたおなごになっておりました。
「おっとう、おっとう!」
足元にじゃれついていたキツネっこらは、いつのまにか、わらしに変わっております。
まだ化けるのがうまくないようで、どの頭にもぷっくり耳が、どの尻にもふたつにわかれたふわふわのしっぽが生えたままになっております。
「キクや、これは」
ヤタロには、夢のようでした。
「この子らは、俺の子供かい?」
キクがヤタロのもとにきて、そっと身を寄せます。
そして、土鈴がころがるような声で、
「あい」
ともうしたのでございます。
ヤタロはたまらなくなって、キクと三人の子らをいっぺんに抱えあげました。
「ひゃん」
「うわあい」
「おっとう!」
「おっかあ!」
よろこびの声が、緑しげる谷にこだまします。
足元で、赤い花をたくさんつけた
この話は、わたしが生まれ育った里の
「今でこそ狐狸を妖怪などとおそれるが、昔はそれらが神様でもあったのだ。今でもごらん、神社には千年もむかしから、豊作や子宝祈願のきつね、お稲荷さんが座っておられるだろう。
昔は寺子屋に使われたという広間で、ほかの子らと話を聞きながら、私は和尚様の言葉になるほどと手を打ちました。
そして同時に、ほっと胸をなでおろしたのです。
キクが神様のつかいだったらば、ヤタロと夫婦になり、そしてうまれたその子供たちといっしょに、すえながく幸せに暮らしたにちがいありませんから。
おしまい
きつねっこの恩返し ハシバミの花 @kaaki_iro
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