第9話 リィナの平和な食事


 ちーんっ!

 分析結果『おいしい』

「美味しい!」

 騒動後の昼食時間。リィナとシャルマはいつもの屋上で食事を摂っていた。雑巾の絞り汁を入れられたことから、今度からバスケットは直接厨房から取りにいくことになった。

(今日はミートパイ! 生地がざくざくでバターの味も利いてて美味しい! ああ、幸せ……)

 リィナは幸せいっぱいな気持ちでミートパイを頬張っていると、隣にいたシャルマが、リィナの頬に触れた。

「リィナさん、パイ生地がついてますよ」

 シャルマに食べかすを丁寧にとってもらい、自分の子どもっぽさにリィナは恥ずかしさを覚え、笑って誤魔化す。

「ありがとうございます。シャルマさんのご飯が美味しくて、つい夢中で食べちゃました!」

「それはよかった……」

 彼はリィナの言葉に嬉しそうな、それでいて悲しそうな表情を浮かべる。

「シャルマさん?」

「リィナさんは……」

 シャルマは少し言い淀みながら口を開く。

「今の生活が辛くないですか?」

「へ?」

 予想もしていなかった問いかけにリィナは素っ頓狂な声を上げる。

「今、ですか?」

「ええ。祝福を能力のせいで殿下に目をつけられて、半ば無理やり王宮で働けって言われて、毒見役なんて自分の身を削って仕事をしているのに、平民の生まれを理由に嫌がらせまでされて……理不尽じゃないですか。少なくともオレはこの離宮に来た頃、それで気が滅入ったことがありますから」

 ──ああ、そうか。

 リィナは、彼から感じた優しさの理由を悟り、自分が思ったことを素直に口にした。

「うーん……すごく単純なことを言っていいですか? 私、今の生活が幸せなんです」

 それが意外な答えだったようで、シャルマは目を見開いた。

「幸せ……?」

「はい。だってお部屋は個室だし、雨漏りしないし、隙間風もないですし、衛生面もいい。そのうえ、お仕着せだって配給されるし、日用品も滞りなく配給される。それって普通じゃないことです」

 前世の自分が恵まれ過ぎていた。前世のバイト先は制服を支給されるところもあるし、衛生面も市街の治安もこの国よりずっといい。前世の世界を知っているからこそ、この世界の平民の生活水準が低すぎることも身に染みて分かってるし、今の生活が普通でないことを余計に実感する。

「今は違いますが、私が小さい頃の孤児院は劣悪な環境でした。というのも、孤児院に子どもがいっぱい溢れかえっていたんですよ。シャルマさんもご存じですよね、反女神信仰の暴動」

「祝福の能力が判明しない民が、待遇改善を訴えた暴動でしたよね」

 痛ましい顔で答えたシャルマに、リィナは大きく頷いた。

 十年前に起きたその事件は国だけでなく、リィナの人生を大きく変えた。

「いっぱいになった孤児を養うために職員さんは懸命に駆けずり回ってくれました。お金があっても何も買えないご時世だったので、ただでさえ生活が苦しいのに食べ物を譲って欲しいと頭を下げたり、水場を陣取る怖い人達に目を付けられて脅されたり……」

 あの暴動のせいでリィナは両親と離れ離れになったし、一時物流が止まってお金はあっても店が開いておらず食べ物は買えない。水は汚れて、使える水場はゴロツキが陣取っていた。毎日雑草が主食だったし、花の蜜は最高のおやつだった。祝福を得てからは、食べられるものを死ぬ気で仕分けた。親切な貴族のおじ様が植物図鑑を寄付してくれた時は、食べられる実をつける植物やその効能を頭に叩き込んだ。誰かが病にかかったもんなら泣きながら森の中を駆け回る日々だった。

 今では王族が孤児院を視察するようになって、寄付や支援を多くしてもらえるようになったおかげで前よりずっといい生活ができるようになった。ここ数年は雑草を口にしていないし、冬には温かいものを食べられている。

 リィナの食事に雑巾の絞り汁を入れた彼女達はきっとあの暴動を知らない幸せな生活をしてきたのだろう。

「だから……だから今はシャルマさんの美味しいご飯を食べられるのが最高に幸せなんです……世界一幸せなんですよ、今の私!」

 今食べているミートパイだって、自分を幸せにしてくれる魔法の食べ物だ。リィナはこれだけで仕事を頑張れる。

「シャルマさんは私に美味しい食事を作ってくださる神様です! 私の幸せはシャルマさんによって成り立っているも同然! いつもありがとうございます!」

 リィナの言葉にシャルマは虚を突かれた様子でリィナを見つめる。そして、静かに「すみません」と謝罪を口にした。

「オレはリィナさんを勝手に同情して憐れんでいました。オレと同じ平民の生まれで、殿下に目を付けられて、無理やり連れてこられた可哀そうな子だって。力になってあげたいなって。とんだ思い上がりでしたね」

 その言葉を聞いて、リィナは(ああ、やっぱり)と苦笑する。彼から感じたリィナへの優しさはやはり憐憫や同情からくるものだった。

「リィナさん、貴方は尊敬に値する女性です。今までの失礼な態度をどうかお許しください」

 そう言ってシャルマは頭を下げる。

 リィナはなぜシャルマがこんなに優しくしてくれるのか何度も不思議に思ったことがあった。最初は単にリィナに甘いのではなく、誰にでも分け隔てなく優しいなのかと思っていた。

「シャルマさん、顔を上げてください」

 懺悔する彼にそういうと、リィナは続けた。

「私は……シャルマさんの優しさの裏にどんな感情があっても嬉しかったです」

 彼のフォローのおかげでアイリーンの厳しい態度には優しさが含まれていることが分かったし、こうして彼が気遣ってくれることも素直に嬉しかった。

「私を憐れんでいたと言いましたが、シャルマさんはその人を思って言葉を選んでくれていました。価値観の違いから理解が足りない所を言葉で補ってくれます。いつも作ってくれる食事だって、ちゃんと美味しくて栄養があって私の能力のことを考えてくれているものです。憐みや同情だけでは到底できることではありません。人はそれを思いやりというんだと思います」

 リィナの言葉にシャルマが薄紫の目を見開いた。

「シャルマさんの思いやりは、ちゃんと私の支えになってます。だから、その謝罪を受け入れません。そのかわりお友達になってくれませんか? 今度は同僚として互いに支え合うお友達です」

 まだぺーぺーの新人のくせにだいぶ大口を叩いたつもりだったが、シャルマは眉を下げて優しく笑い返してくれた。

「はい。こんなオレで良ければ喜んで」

 彼の言葉にリィナも笑みを返したのだった。

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【短編版】悪食鑑定リィナの平和な食事 こふる/すずきこふる @kofuru-01

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