第8話 祝福の本領発揮
「まさか本当に個人を特定するとは……」
呆れた様子でユリウスがそう呟く横で、リィナはあの二人に渡した飲み物と一緒にシャルマが用意したクッキーを食べていた。ユリウスの執務室には二人の他に疲れ切った顔のガジェットとアイリーン、そして苦笑するシャルマがいた。彼らがそんな顔をするにも訳がある。
スープに雑巾のしぼり汁が入っていると分かった後、リィナはバスケットの中を隅から隅まで調べた。それこそ指でこすりとった塵まで舐めた。ご丁寧にもあの二人は食事だけでなく、寮にあるリィナの部屋も荒らしていたのだ。おかげで証拠が十分に採れたのだ。決め手となったのはバスケットの中と自室に落ちていた髪の毛。
分析結果は女性のもの。使用人寮の全ての部屋から髪の毛や枕カバーを失敬させてもらい、犯人を絞ったのだ。最後は精査するためユリウスに相談して本人達の髪の毛を取ってきてくれたのだ。
枕カバーと髪の毛を齧るリィナに、アイリーンは悲鳴を上げ、ガジェットには白い目で見られ、ユリウスからあの胡散臭い笑みが消えた。シャルマだけが申し訳なさそうな顔でリィナを優しく見守っていた。
「君も良くやるよ……こんな髪の毛一本でどうやって個人を特定するんだい?」
「人間にはDNAっていうものがあるんです」
「でぃ……なに?」
「えーっと……設計図っていうんですかね? 殿下の身体の中にはご本人であることを証明できるものがあるんです」
前世では科学の力によって、汗や髪の毛、指紋、血液から個人を特定する技術があった。ものによっては個人だけでなく、親子関係も調べることができる。
「髪の毛の中には微量ながら、その人を表す情報が含まれています。髪の毛が二本もあれば、私は祝福でそれが同一人物のものか分かるんですよ。やろうとすれば、親子かどうかも判別できますよ」
それを聞いてその場にいた者達が驚いた顔でリィナを見た。
ユリウスは「なるほどね」と静かに頷くと興味深い目でリィナを見つめる。
「個人を判別するまで調べられるということは、君はそれだけ人の髪を貪っていたことになるんだけど?」
「うっ……」
ユリウスの言う通り。リィナはこの祝福を手に入れてから、片っ端から落ちている髪の毛を口にしていた。それこそ、正確に個人を特定できるほどに。
アイリーンとガジェットの目がますます冷めたものに変わっていく。シャルマも困った顔でこちらを見ていた。
「こ、これには深い事情があるんです……孤児が生き抜くためには仕方ないことだったんですっ!」
「……というと?」
「皆さんは孤児院の子は祝福の能力が分かると里親や就職先が決まりやすいってことはご存じですよね?」
「そうね。その殆どは専門職に携わるものばかりだと聞いています。稀少な祝福であれば貴族の養子にも迎えられると」
そう答えたのはアイリーンだ。リィナは頷くと背中を丸める。
「その中には、親戚縁者を名乗って引き取ろうとする人もいるんです……そういう人達のほどんどは子どもを馬車馬のように働かせたり、引き取ってすぐに貴族やお金のある家に売りに出したりするんです」
もちろん、孤児院の職員はちゃんと相手の身元を調べてから手続きをするが、数年後子どもの様子を確認すると、引き取り相手が姿を消していたなんて話も少なくない。
その社会事情を知ったリィナは大いに震えた。自分の祝福が周囲に知られたら、こんな人たちが来るのではないかと。それからリィナは孤児院の中の髪の毛を拾い集め、摂食分析の精度を上げた。
「特に私の親友は絶対音感の祝福を持っていて、チャリティーで合唱を披露したら親類縁者を名乗る人間がわんさか集まってきたんです」
絶対音感の祝福を持つ子どもは楽器や声楽をやらせれば、メキメキ上達し、音楽家になる可能性がある。つまり、将来的にお金になるのだ。
「親友と顔がそっくりの人が来た時は、親友と二人で強引に相手の髪をむしり取りました。赤の他人だって分かった時はもう怖くて怖くて……」
あとから分かったことだが、彼らは引き取った子どもを売り飛ばす犯罪集団の人間だった。一人は顔立ちを変える祝福を持っており、子どもの顔立ちに作りを寄せて親子だと偽っていたのだ。リィナが一時人間不信に陥ったのは無理もなかった。
「その親友はどうなったんだい?」
「身元がはっきりしている音楽家の貴族の養子になりました。時々手紙もくれます」
たまにチャリティーコンサートや、彼の一家が催す演奏会にも招待してくれたことがあった。本当にいい里親に引き取られて良かった。
ユリウスは少し考えた後、リィナに言った。
「そう……リィナ。もし君の祝福が知られた時、親子関係まで調べられることは、絶対に伏せてくれ」
「え……何でですか?」
「王族や貴族は血筋を重んじる。もし、その血が違うものだと疑われ、真偽がはっきりすることが出来る者がいた時、後ろ暗い者はどうすると思う?」
「………………」
まさかそんなことはないとは言い切れない。もし、血筋を疑われるような事案が発生し、不都合があればリィナは消される可能性があった。
「絶対に言いません」
リィナは固くそう心に決めた。全ては自分の平穏の為。平和に食事をするためである。ユリウスは「物分かりのいい子は好きだよ」とにっこり笑った。
「それで、彼女達に飲ませたそれは、一体なんなんだい?」
リィナが飲んでいる半透明の飲み物を見て、ユリウスが言った。
「あー、これですか? コーヒーをすこし混ぜた水ですよ。変な味がするので、やり返されたと勘違いしたんでしょうね」
顔を真っ青にして食堂を飛び出していった彼女達を思い出して、少しだけ気分が晴れた。
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