領主は冬の睡魔に弱い。

飯塚ヒロアキ

第1話 吹雪の館の中で。

 今年の冬は、例年よりもずっと寒さが厳しい年となった。窓の外ではゴーゴーと強い風が吹き荒れ、窓を叩く。


 雪が降り積もる街の領主エルシェはそんな外の景色を眺めながら、ため息をついた。


「……どうしたものか」


 吹雪のせいで、予定していた街道の視察に行けず困っていた。この吹雪だ。集落や村に被害が出ていないか、心配だった。しかし、どう考えてもこの状況で、外に出るのは危険すぎると思い、諦めることにした。


 エルシェは暖炉のある部屋へと戻ると冷え切った暖炉に火をくべ、おもむろに執務机に座る。


 暖炉の火が徐々に強くなっていき、部屋がオレンジ色に照らされ始めたことを確認した後、視線を机上の書類へと向けた。


 机上では書類が散乱していて、開きっ放しの書物もある。その中で、かき分けながら書簡を取り出す。


 そこには難しい言葉でかかれた文章が並べられていた。


 一年に一度、王の命令で、領地で何をやったのかを書簡にまとめて、提出しなければならないため、それをまとめている途中だった。


 嫌気を差して、投げていたのである。


「期日が……」


 期日が近いため、他にやることもないので、仕方なく、作業をすることにした。


 羽ペンを手に取り、ペン先にインクにつける。


 途中でやめた文章を見て、大きなため息を一つ。


 それから気合を入れなおして、カリカリと音を立てながら、仕事をする。


 風の音を除けば、部屋に響くのは自分の書く音だけ。その静けさが逆に寂しさを感じさせた。


 誰もいない部屋で、一人、黙々と作業するのは辛い。


 そして、暖炉の薪がパチパチと音が鳴り、火の粉が舞っているのが見えた。


 外は吹雪というのにも関わらず、部屋の中はとても温かく、心地がいいものだった。身体が浮いたようなフワフワとした感覚に襲われ、文字を見ているとやがて、ウトウトとしてしまう。


(――――あぁ、眠い…)

 

 瞼も重く、睡魔に襲われてしまい、もうこのまま寝てしまおうと執務机に突っ伏す。


 すると、タイミングよく、部屋の扉がトントンっと叩かれた。


 返事をする気力もなく、脱力したような声で入室を許可する。ゆっくりと開かれた扉からはメイド服姿の女性が現れた。


「失礼します」


 ペコリとお辞儀をし、顔を上げる。そこには見知った女性が立っていた。


「……お嬢様?」


 首を傾げ、こちらの様子を伺うように顔を覗かせてくる女性の名前はクロ。領主であるエルシェに使える使用人の一人である。寒い冬の夜、気を遣ったのか、温かい紅茶を運んできてくれたようだった。


「…………ん? あぁ、クロか……」

「あの、お疲れですか?」

「あぁ、まぁね……」


 そう言いつつ、眠そうにしているのをクロは笑みを浮かべながら歩み寄ってくるとそばに紅茶をそっと置いた。


「冷めないうちにどうぞ」

「うん……ありがとう……」


 そういって、右手を小さく上げる。その様子にクロはクスリと笑うと、「では、ごゆっくり」と言って恭しく頭を下げて、部屋を出て行った。


 湯気を上げる紅茶をチラ見したエルシェは結局、一口もつけることなく、夢の中へと旅立つのであった――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

領主は冬の睡魔に弱い。 飯塚ヒロアキ @iiduka21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ