後編 きみがすき
とうとう当日が来てしまった。
8月4日。
私はお母さんに頼んで着せてもらった浴衣の裾をいじいじしながら彼を待つ。
予定よりも少し早く着いたせいで、気持ちが落ち着かない。
だって、私は今日彼に告白する。
そう、覚悟を決めた。
夏らしい湿気のこもった風が肌を撫でる。
「ごめん、遅れた」
彼の言葉通り、予定の時間より一分ほど過ぎていた。
「それじゃ、わた菓子とかき氷、奢りね?」
そう言って彼に笑いかけると、彼もニコッと笑ってくれる。ただ私は、どんよりとした雲だけが気がかりだった。
それから、色々な屋台を回った。
未だに食べきらないわた菓子片手に、はぐれないようにと手を繋いだもう片方の手を彼が引きながら歩みを進める。
もうすぐ花火が始まる。
そして、私はそのとき告白すると決めている。
「悪い。ちょっとトイレ行ってきていいか?」
ジト目で彼を見ながら、ぽつりと言う。
「…………いいよ」
「何その目。まあ、行ってくる」
彼がトイレに行ってすぐ、ぽつりと肌に雨が当たる。
嫌な予感がした。そして、それは的中した。
ぽつりぽつりと降り始めた雨は勢いを増していき、大雨となる。私はすぐ雨があまり当たらない場所に避難する。雨の様子から、これが通り雨ですぐ止むとわかっても、これじゃ花火は打ち上がらないと思った。
そう思ったら、私は泣いていた。
まだ戻ってこないうちにと思って。
せっかくの舞台を、たかだか通り雨で台無しにされて、私は悔しかった。
頑張っても、勇気を出しても、結局私は……。
それから、雨で濡れたのか、それとも涙なのか、びちょびちょになった袖を恨めしげに見つめる。
程なくして、雨は止んだ。予想通り、それは通り雨だった。
彼もトイレから戻ってくる。トイレから出てすぐ雨が降ってきたから、そこでしのいでいたらしい。
彼とは対処的に、ところどころ雨で濡れ私の浴衣はびちょびちょだった。
「ごめん。せっかくのかわいい浴衣がびちょびちょになっちゃって」
その言葉に、私は頬が熱くなるのを感じる。
今の今までかわいいなんて言われてなかったから、彼の何気ない一言が私の雨雲で隠れた心を差す。
雨も悪くないなと思った。
それから、私は平然を装いながら言った。
「べつに、いいよ。それより、花火やるかな?」
「どうだろう。わからん」
そんな彼とのやりとりに、私は幸せを感じる。
「とりあえず、花火やるかもしれないし、行こう」
「わかった」
もう、花火は上がらなくてもいいと思った。
花火の力がなくても、今の私には好きと伝えるだけの勇気があったから。
花火が綺麗に見える場所に移動した私たちは、打ち上がるのを待っていた。
「まだかな?」
「もうすぐだろ。さっき、アナウンスもあったし」
ここにいるのは彼と私の二人だけ。穴場の中の穴場だった。これも、友人のおかげだ。
もしかしたら、そこらにいるかもと思うとなんだかムカつくけど。
「ねぇ」
「うん?」
「私、今日伝えようと思ってたことがあるんだけど」
「なんだ? 夏休みの宿題なら一人でやれよ」
「いや、たしかにピンチなんだけど、手伝ってほしいけど、そうじゃなくて!」
「じゃ、なに? お金なら貸さねぇけど?」
「そうでもない!」
「それじゃなに?」
あらためてそう言われて、私は恥ずかしくなる。
けど、意を決したように、私は言った。
「私、君のことが──!」
「えっ? なんて?」
タイミングよく、というか悪意のある花火にちょっとイラッとしながらも、私は彼にもう一度言った。
次は絶対に聞こえるよう、耳元で。
「きみがすき」
予想もしてなかったのか、それともあまりの嬉しさにか顔を真っ赤にさせる彼を見て、私はしってやったりと感じる。
けど彼はこう言った。
「ごめん」
「なんで……?」
「それは、その、言えない」
「もしかして、他に好きな子でもいるの? それとも彼女が──」
「そういうんじゃない。とにかく、無理なんだ。ごめん」
フラレた。
一瞬、頭の中が真っ白になるが、それでも私は言葉を捻り出そうとする。けど、どう言っていいか、なかなか見つからない。
そうして花火が打ち上がる中、沈黙が場を支配する。
それから、私はなんとか頭の中を整理してこう言った。
「わかった。でも、私は絶対諦めないから。振り向かせて、見せるから。君に好きって、言わせてみせるから」
それから私はその場を逃げるようにして、走り出した。
ふと見上げ夜空には、天の川で分けられたアルタイルとベガが輝いている。
そんな夜空に向かって、私は願いとともに泣き叫んだ。
恋する夜空に叫んで アールケイ @barkbark
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