鏡への誘い
結騎 了
#365日ショートショート 216
鏡の中から、私に問いかけた。
「ねえ、人生ってつまらないと思わない?」
奥行きのない世界から見る私の部屋は、フルCGのアニメーションのように、どこか浮世だった。私の部屋にいる私は、しかめ面でネイルの手入れをしている。
「聞こえているんでしょう。ねぇ、私ったら」
「うるさいわね」
声が帰ってきた。鏡の世界には反響がないため、音はひどく平面的に届く。
「それは……」。私は、視線を鏡に移して呟いた。「確かにつまらないわよ。片思いの先輩には彼女ができるし、友達関係は喧嘩しちゃってボロボロだし、両親は毎日のように言い争ってる。なんて楽しくない日々なんだろう、って」
そうだそうだ。よく分かる。だってあなたは私なんだから。
さあ、一押し。とびっきりの猫撫で声、そして、とびっきりの妖艶さで。
「変わってみない? 人生を私と。ここはむしろ快適よ。狭いのは仕方ないけど、世の中の喧騒からはきっぱり距離を置ける」
これでなびいてくれるだろうか。沈黙の後、私は目に涙を浮かべていた。
「もう、疲れたわ……。お願い」
私の視線が真に私に向けられた。すとんと、その視線を捕まえて体に落とし込む。世界がひっくり返った。鏡から抜け出し、立体の部屋に放り出される。気づいた時には、私は鏡の中でうずくまっていた。
「やった、戻れた」
何より、それが言葉に出た。
鏡への誘い 結騎 了 @slinky_dog_s11
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