どこかの星空の下で

オウヅキ

第1話 どこかの星空の下で

「綺麗な星空見たかったな」

 呟く言葉は、誰にも届かずに消え失せる。

 世間的に有名なわけではないけど、私が今いるこの山は、近所では有名な山だ。

『小さい子が一人で登ったらお化けが出て、どこか別の世界に連れてかれてしまう』

 私たちは、親からそう聞かされて育ってきた。

 理由はきっと二つあって、一つはこの山には崖があって、子どもが一人で登るには危険だから、子どもが勝手に登らないように。

 もう一つは、この山での自殺が頻発してるから。

 晴れている日に崖に立つと、海がキラキラ輝くのが見えて、とても綺麗だ。朝は朝で綺麗だし、夜なら満天の星も見ることができる。

 どうせ死ぬなら、綺麗な景色を見ながら死にたい、と、そう思う人が多いのだろう。

 私も可能なら、満天の星とキラキラ輝く海を見ながら死にたかった。

 だけど、今日はあいにくの曇天だ。風も強く吹き付けている。真っ暗な中、崖から見る景色は、ただ怖いだけ。

 死ぬか。

 ぐずぐずしててもしょうがない。崖のふちに、足をかける。


「……え?」


『助けて』

 そう聞こえたような気がして、周りを見渡す。だけど深夜である今、当然のように人はいない。

『お化けが出て、どこか別の世界に連れてかれてしまう』

 ありえない。そう思うも、心臓の動きはどんどん早まっていく。

 小さい子どもじゃないし、そんなのつくり話にすぎないし。


 ――でも、もし本当だったら?


 突然この場所にいるのが怖くなった。

 逃げなきゃ。

 山道を必死で駆け戻る。風が強く吹きつける。木が音をたてて揺れ、それにも恐怖を感じてしまう。朝や昼だったら、そうじゃなくても天候が良かったら、恐怖もだいぶましだったかもしれない。だけど、遅い時間、今にも雨が降りそうな曇り空、風。それらが組み合わされば、そこには恐怖しか残らない。

「っあ、はぁ」

 息を切らして走り続け、何十分経っただろうか。山のふもとにつく。

 助かった。

 そう思い、思った自分に驚く。

 よくよく考えてみれば、死のうとしてたんだから、逃げてくる必要なんてなかったんじゃ?お化けがいようがいまいが、どうだっていいじゃんそんなこと。さっさと崖から飛び降りれば良かったのに。何やってるんだろ私。

 はぁ、とため息をつき、その場に座り込んで、上を見上げる。

「あ」

 さっきまで曇っていた空が、いつのまにか晴れていた。強い風が吹いて、雲が流されたんだろうか?

 さっきまでどんよりと曇っていた空には、一転、たくさんの星が瞬いている。

 

 ――帰ろう。

 そう思い、立ち上がる。もう一度山を登る気力はない。それに、きっと偶然だと思う。だけど、空か神様か。誰かが助けてくれた気がした。

 冷静になって考えてみれば、聞こえた声は、きっと風の音なんだろう。お化けが出てもおかしくない雰囲気だったために起こった、多分幻聴に近いものだ。

 最初は声が。山道では暗闇や風が、私を崖から追い立ててくれた。

 もっと穏やかな天候だったなら、安らかな気持ちで飛び降りて、今頃私はこの世にいなかったと思う。だけど、実際には天候は悪かった。だから、私は今生きている。

 本当はきっと偶然の出来事だろう。でも、そう思った方が、これから生きていくための力になる気がする。

 きっと私は、あの崖から飛び降りて死んでいった人たちと違って、本当に死にたいとは思ってなかったんだろう。だから山のふもとの方へ逃げ出した。

 生きていくのは辛い。だけど、もう死ぬ気にはなれなかった。

それは心のどこかで死にたいと思ってなかったことに気がついたからか。

星空がとても綺麗で、心を洗われたような気持ちになったからか。

「ありがとう」

 星空に向かい、呟く。

 こんな綺麗な星空を見ることができるなら、生きているのも悪くない。少しだけそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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どこかの星空の下で オウヅキ @sakuranotuki

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