空しい
ヤチヨリコ
空しい
――僕は、殺したのだ。
目が覚めると、何かに安堵した。陰気な青白い夜明けの光が部屋の中に入ってくる。夜でも昼でもない、夢の続きではないが確かな現実でもない、夜明けの薄ぼんやりしたトワイライトの感覚になんだか妙な気分を覚える。
誰もが一人、親友と呼べる存在がいると思っていた。僕がその人を見ているとその人も僕を見ている、そんなものを親友と呼ぶと。
僕を見る彼女の目はなんだか虚ろで僕ではないどこかを見ているようだ。僕はその人の目に手をやって、視線を僕のほうに向けた。と言っても、ガラス玉の眼球を少し動かしただけ。それ以外は何もしていない。
僕は昔、人形を親友だと思っていた。僕が彼女のほうを見ている限り、彼女は僕のほうを見続けてくれていたから。僕以外の誰とも話さないし、僕以外の誰にも触れない。そんな彼女を僕は愛していた。だというのに、両親は勝手に彼女を捨ててしまった。
だから、驚いた。彼女が電話をかけてきてくれるなんて!
しかし、どうやら彼女は僕の親友じゃなかったようで。
おかしい。あんなに「今行くね」と言ってくれたのに。
おかしい。あんなに電話してくれたのに。
おかしい。なんで彼女は僕を見てくれなかったのだろう。僕はただ彼女を迎えに行っただけなのに。
彼女のポリ塩化ビニルの腕が僕に助けを求め、残念なことにその腕が願いも虚しく空を切った瞬間。鼻の奥で血管が膨張し、弾ける感覚があった。
人形のように力なく倒れ込む彼女を見ると、今でも彼女を殺した時の触感が思い起こせる。指を、関節を、首を折った時に指に残った硬質的な感触を。
僕はただの人形を壊した。
いつの間にやら日は上り、空は青く晴れ渡っている。
「あら、佐藤さん。今日は燃えないゴミの日じゃないわよ」
ゴミ袋の中の君はまた僕に電話をかけてくれるのだろうか。
空しい ヤチヨリコ @ricoyachiyo0
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