応援コメント

第5話 サクサク読める」への応援コメント


  • 編集済

    初めまして。
    なるほどと思う事が多く。
    よく書籍化作家さんが「中学生が読めるような文体で書く」と言われるのは、SNS的なシンボル・記号的な要素から妄想しちゃうものなのかもしれませんね。

    追記)
    昔流行った「スキゾ」=シンボリックなものの微分、つまりSNSでいえば閉鎖集団の中の共通認識としてスタンプなどで意思疎通が出来ちゃうのかなぁと考えた次第です。

    創作で言うなら中学生ならわかる簡略型の文章で構成されているだけで、若い人はそこから想像の世界へ旅立てるのか、と思ってしまいました。

    説明が簡略化しすぎてすみませんでした。
    けっして「知識マウント」ではございませぬ~!

    作者からの返信


    コメント、ありがとうございます。
    中学生でも読めるような文体で書けというのは、
    難儀ですなぁ。
    たとえば、幕末から明治にかけての動乱の時代を、
    中学生でも読めるような文体で書いたら、
    気が抜けますがな。

    後頭葉なら受けつけてくれますが、
    前頭葉には、門前払いを食らうかと思われます。

    でも、それが時代のニーズなんでしょうね。

    また、大変恐縮なのですが、
    『SNS的なシンボル』とは。
    『記号的な要素から、何を妄想』する恐れがあるのでしょうか。
    もう少しだけ、付け加えて頂けましたら助かります。


    追記)

    ご丁寧にありがとうございます。
    簡略型の文章は、省エネがモットーの後頭葉への
    負荷が減らせますから、後頭葉対策のひとつになるでしょう。

    ですが、その文体から作者が思い描く世界観へと飛び立てるのかは、疑問です。
    いくら文体がスッカスカでも、想像力が培われていないなら、そこに何が書かれているのか、理解できないはずですよ。

    また、前頭葉はスッカスカの文体で書かれた小説を『学び』にしません。

    娯楽ですよね。
    つまるところ、ライトノベルの役割は。

    スタンプだったり、ひらがなと空白だらけのページだったり。
    コミュニケーションの形態が、
    簡素化されればされるほど、人と人との関係が希薄化することも、自覚しなければなりません。

    それを阻止するツールが読書です。

    文学、エッセイ、ドキュメンタリー、または新聞なんかでもいいんです。

    ちゃんとした文体の本を読み、語彙を増やし、自分の気持ちや考えを文章にする、言葉として伝えるための訓練を、避けよう、避けようとする傾向を、加速化させているのも、ラノベなんじゃないでしょうか。

    だから私は、ラノベで文学をやりたいんです。
    そのためのスキルを見つけ出すため、創作論など書いている次第です。

    こうしてコミュニケーションがとれている、
    天のまにまに様を一方通行の『知識マウント野郎』などとは、思いません。
    ご安心くださいませ。

    編集済
  • 興味深い考察ですね。
    ウェブで読んでいた作品が、書籍化された方が読みやすかったりするのは経験上よくありましたが、なるほどと納得しました。

    作者からの返信


    コメントありがとうございます。
    みちのあかり様は、おそらく紙書籍派でいらっしゃるのでは?
    だとしたら、前頭葉優勢の脳であり、
    妄想で楽しむ読書ではなく、
    思考で楽しむ読書派なのかもしれませんね。

    編集済