第44話 もっと、ぎゅっと ~after~
シーツの上を逃げて行く柔らかな肢体を追いかけて、腕を伸ばす。
平素は十分な広さがあって良かったと思えるベッドだが、今この瞬間だけは、セミダブルでも良かったのに、と身勝手な気持ちになった。
滑らかな背中を撫でて、丸い肩を捕まえると、くるりと振り向いた南が伺うような眼差しを向けて来た。
したい、と言われれば喜んで応じるし、そうでないなら、このまま眠ってしまって構わない。
少しずつ熱の余韻が抜けて行く身体は怠さと充足感で満たされている。
こちらの気分としては、どちらでも。
腕のなかに閉じ込めていた先ほどまでの時間を考えれば、そろそろ寝かせてやらないと、明日の朝も早い南の身体は辛い筈だ。
ぶつかり合った視線の先、熱に浮かされていた瞳の中を覗き込めば、穏やかな光だけが煌めていて。
忍び寄り眠気に身を委ねたいのだと理解する。
誘いかける為に捕まえたのではなくて、今はただ冷えて行く身体を包み込んでいたいだけ。
しつこい位に重ねたキスのせいで赤くなった唇を優しく吸って、ほどく。
「すぐに冷えて来るから」
「・・・ん・・・」
「シャワー浴びる?」
「・・・朝でいい・・・」
「なら着ておかないと」
「・・・ねえ、脱がせた人がそれ言う・・・?」
「なんだ、着たまました方が良かったのか?なら、次からそうするけど」
起き上がってベッドの端に追いやった南のキャミソールワンピースと下着を掴む。
脱がせる行為が手間だと思う時も無くはないが、すべらかで、沁み一つない綺麗な肌を堪能できる機会はそう多くない(個人的に)ので、出来るだけ邪魔な布切れは排除したい。
他の男を知らない南が、それ以外の方法を知りたいなんて思う筈も無いけれど、仕事がら色んな情報が入りやすい立場なので、そのうち興味を持つかもしれないな、とは思う。
それを素直に口に出すなんてまずあり得ないけれど。
「そ、そう言う事は言ってない・・っぁ」
真っ白な足首を捕まえてスタンプのように唇を押しつけながら膝頭までラインを描く。
さっきも散々キスしたけれど、癖のない真っすぐな脚を間近で見つめているだけなんて勿体なさすぎる。
滑らせるだけの唇の感触がくすぐったいのか、身を捩ろうとする南を押し込める形になって、ちょっとした攻防戦が起こった。
爪先を丸めて唇を引き結ぶ姿は、もう何度も目にして来た。
うわごとのように名前を呼びながら伸ばされる華奢な手も、押し寄せる波に飲み込まれまいと必死に縋りついて来る腕も。
眠気と燻る熱の狭間で幸せそうに揺れるまどろんだ表情も。
「気持ちいい?」
「くすぐったいの」
「くすぐったい場所は、性感帯らしいけど・・・」
また新しく俺しか知らない南の一面を見つけられた事に自然と頬が緩む。
囲い込んで暴いて全部飲み干したつもりだったけれど、南が自分の足で生きている以上、未知はこれからも無限に増え続ける。
「・・そんなの知らない」
言葉を綴る事を生業としているこちらに、南が言葉で叶う筈もない。
収まりかけた頬の熱が蘇ってきて、食べごろの林檎のように熟れている。
伸びあがって、その頬にもキスをしてから両足に下着を通した。
滑らかな肌を慰めるように辿るたび、迷うように南が視線を震わせる。
その先の言葉を言わせたくて、堪らなくなる。
仕掛けたくなる気持ちを抑えつけながら、丸い膝をくるりと撫でた。
と、柔らかい間接照明の中にぼんやりと浮かび上が赤い筋。
「これ・・・」
「ああ・・・高校生の時の傷ね」
「やっぱり痕が残ったのか・・・」
真っ白な膝に滲む真っ赤な血のコントラストが鮮明過ぎて、思わず目を逸らしたくなった。
誰かの傷に胸を痛めたのは、あれが初めてだった。
今更痛みなんてあるわけもないけれど、そうせずにはいられなくて唇を寄せる。
「俺が傍にいなかったせいで出来た傷だから、責任取らないと」
「そんなの頼んでないわよ」
「南の答えは聞いてないよ。俺がそう決めた」
「・・・強引」
「昔から知ってるだろ」
「・・・そうだけど」
「南がほんとに嫌がる事は、してないつもりだけど・・?」
惚れた相手に嫌われたい男なんている筈がない。
あの頃燻っていて伝えられなかった分だけ、今はどろどろに溶かして甘やかしたい。
「ああ、もうやだ、その顔やめて!弱いの知ってるでしょ」
「知ってる、から、有効活用してるんだよ」
じっと揺れる瞳を覗き込めば、観念したように南が両腕を伸ばしてくる。
首に回された腕に引き寄せられるまま、もう一度華奢な身体を組み敷いた。
「それで・・・どうしたい?」
「・・・意地悪」
「脱がすよ」
最終通告で尋ねれば、瞼を下しながら南が小さく頷いた。
アステリアメモリ ~アンダンテスピンオフ~ 宇月朋花 @tomokauduki
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